元野球選手が鎮守府に着任しました。   作:ポンセ

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嵐の前の

(決め球にチェンジアップが増えたとはいえ攻めの主体はZライジング。)

 

翔鶴はマスク越しに夕立を見つめる。

1打席目はチェンジアップを左中間に運ばれ、2打席目も凡退とはいえ十分捉えられていた。瑞鶴の球が通用していないとは思わないし思いたくもない。

ならば、これまでの結果は自分のリードに問題があるのだろう。

 

 

(今の瑞鶴は調子がいい、厳しいコースも十分ついていける。甘くさえ入ってこなければスライダーでもカウントを取れる。)

(出来れば狙われる前に手札を切っておきたい。・・・だったら。)

 

 

翔鶴は瑞鶴にサインを送る。

消極的になっては後手を踏む。そして夕立は後手を踏んで勝てる相手ではない。

攻めは精密かつ大胆に。夕立が迷いを抱くように配球を組み立てる。

 

試合中とは思えないほど静かに思える。

自分の心臓の音がはっきりと聞こえるくらいに。

 

”ふぅ”と息をつきミットを構える翔鶴。

 

 

(必ず抑えましょう瑞鶴。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実況の青葉です!!!」

 

「急に大声を出して・・どうしたんだ青葉。」

 

「いえ!なんか影が薄いなー思っていたので存在感出していこうと思ってつい!」

 

「なんだかわからんが少し声の大きさを抑えなさい。中継を見ているものが驚くだろう。」

 

「あはは・・。面目ないです。では、気を取り直して実況を続けていきましょう。」

「打席には夕立。瑞鶴は夕立に対して現在4球を投じてカウント1ボール2ストライク!」

「提督。ここまでの勝負はどちらが優勢なのでしょうか。」

 

「ああ。ここまではバッテリー側がよく攻めている。」

「一球目にスライダーを外角低めに。コースギリギリに決まったいいボールだった。」

「そして2球目に外角低めにZライジング。最初のスライダーよりは甘かったがある程度のコースに決まればZライジングは夕立でもそう簡単には打てないな。」

 

「夕立ちゃんも打っていきましたがファールでしたね。」

 

「ああ。そして3球目にもう一度外角低めにスライダー。これも若干真ん中に寄ってはいたが夕立もその前のZライジング効いていたんだろう。」

 

「夕立ちゃんはこれも打っていきましたがファールでした。」

 

「そして4球目に真ん中にチェンジアップ。」

 

「これはベース手前でバウンドしたので夕立ちゃんも見送りました。」

 

「そうだな。さすがに手前で落ちすぎた。あれでは空振りも誘えない。」

 

「ここまで瑞鶴ちゃんは全球厳しいコース!というわけではありません。そこそこ真ん中によるボールもあったように思えます。」

「勝負強い夕立ちゃんが打ち損じているということはそれだけ翔鶴さんのリードがいいということでしょうか。」

 

「まあ、結局打てても3割強なのがバッターだ。つまり10回中7回は打ち損じる。」

「当然、夕立も例外じゃない。この打席に関してはもちろん翔鶴のリードもいいが、瑞鶴の投球も夕立を苦戦させている。」

 

「というと?」

 

「コース自体は真ん中に寄った球も多い。」

「だが、瑞鶴はここまで高さを間違えてない。基本夕立のベルトより下にボールがいっている。」

「基本低めは打つのが難しいからな。2球で追い込まれた夕立からすれば苦戦も当然の結果だよ。」

 

「なるほど。最低でも押さえるべき点は押さえている投球ということですね。」

 

「そうだな。」

「瑞鶴からすれば不運とミスで作ったピンチだ。変に力が入ればここで試合も決まると思っていたんだが、そこは持ち前の度胸だ。低めさえつけばコースは大体でいいと割り切れている。」

「腕の振りも強く、ボールもこの試合で一番走っているように見える。非常にいい攻めだ。」

 

「ちなみに、夕立ちゃんは高めが得意というデータも出ています。バッテリー側はそこも踏まえての低め勝負なんでしょうか。」

 

「高めは得意だが低めが苦手というわけじゃない。とはいえなかなか得意コースに来なくてもどかしい気持ちは夕立にもあると思う。そういった意味では翔鶴の術中なのかもしれないな。」

 

「なるほど。高度な心理戦が行われているんですね!」

 

「狙ってかはわからないがそうかもしれないね。」

「なんにしろここまでは夕立が押されている。スライダーがいいコースに決まっている以上、それを無視してZライジング一本狙いはできない。かといってスライダーに照準を合わせると低めのZライジングには振り遅れる。特に追い込まれると空振りはできない。なかなか狙い球を絞るのは難しいだろうな。」

 

 

状況は夕立が圧倒的に不利だ。

この打席のZライジングは特に走ってる。ここまで決まってくると夕立もZライジングに合わせるしかない。

しかし、そうなるとコースに決まってくるスライダーにタイミングが合わせづらい。

そこにもう一段、緩急差のつくチェンジアップを見せられればさらに絞りづらくなる。

加えて満塁で内野は前進守備。最低でも本塁アウト、狙いはホームゲッツー。

下手に当てて前に飛ばせば千載一遇のチャンスが一気に終わる可能性もある。それだけは避けたい。

となれば夕立がとれる方法は一つ。

 

 

「きわどい球は何とか食らいついてカット、ボールはしっかり見極めてカウントを整える。今のカウントではいいようにやられてしまうからな。」

「カウントが並んでくれば瑞鶴も満塁だ。慎重にならざるを得ない。」

「そこで甘く入ってくるボールをしっかり捉える。厳しい戦いだが夕立には3番の意地を見せてほしいな。」

 

「なるほど。粘って甘いボールをガツンと叩くということですね。」

 

「そうだな。」

 

 

なんにせよバッテリー側は非常に攻め気だ。

出来ればこの調子が続いているうちに夕立だけでも仕留めておくと楽になる。

 

 

「双方ミスなく全力を尽くしてほしい。」

 

 

マウンド上では瑞鶴が振りかぶっている。

青葉もグラウンドに目を向けた。

 

 

(勢いのまま夕立を制するのか、持ち前の打撃で勢いを断ち切るのか。)

(楽しみだ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さっきと同じ、ベース手前でバウンドしてるからなんとか見送れるっぽい。)

 

 

5球目のチェンジアップを見送って夕立は打席を外れる。

今のでカウントは2ボール2ストライクの平行カウント。

 

 

(Zライジングとスライダーはコースに決まるから見逃せないけどここまでのチェンジアップは大丈夫。)

(さっきから外れてるし、チェンジアップは入らないっぽい?)

(でもさっきから全部低めにきてる。スライダーかチェンジアップが浮いてくれれば捉える自信もあるけど・・・。瑞鶴さんの調子を見てるとそう簡単に浮いた球は来ないっぽいし・・。)

 

 

頭の中で考えが巡る。もちろん夕立は配球をある程度読みもする。

しかし、本来は感覚と反応でボールを捉える天才肌の選手だ。完全に配球を読み切ることはできない。

そんな選手が考え込んでいるのなら十分翔鶴の術中にハマってるといえるだろう。

 

 

 

(いいように振り回されてる・・っぽい。どうにか食らいついていかないと。)

(甘く浮いてくるなら多分チェンジアップが一番可能性あるっぽいけど・・・2球ともコントロールできてない球を2-2で投げるかな。)

(それでフルカウントになったら押し出しが見えてくる。そこからじゃ3球とも入らないチェンジアップは投げられないはず。)

(今でこそ調子がいいけど、フルカウントになれば瑞鶴さんにもほころびは出てくるっぽい。)

(粘られればフォアボールになる可能性が大きくなるのは翔鶴さんもきっとわかってるはず。だからフルカウントにしたくない。)

(・・・だったら勝負はこのカウントからっぽい。)

(どうだろう。ここ一番でチェンジアップをベース上に落とせるかな・・。)

(正直チェンジアップまでカバーしてると近いうちに仕留められるっぽい。それくらいZライジングが走ってる。)

(・・・。)

 

 

夕立は瑞鶴を見つめ考える。

これまでのチェンジアップが撒き餌で次は完ぺきに決められる・・・というのもなくはないがこの状況では考えられない。そこまでの余裕は絶対にない。

だとしたら2球のチェンジアップから読み取れるものがある。

 

 

(チェンジアップはコントロールできてない。)

 

息を大きく吸って吐く夕立。

 

 

(なんでもかんでも待って仕留められるほどこの勝負は甘くない。)

(だったらチェンジアップは捨てる。いいところに決まっちゃったらごめんなさいっぽい!)

(粘って粘って甘いコースに入ってきたZライジングとスライダーを叩く!!)

 

 

チェンジアップは投げてこないと判断した夕立。

一度大きくスイングをし打席に入る。

満塁時の攻防は先頭バッターの出来で決まる。

先頭で点が入れば勢いのままビッグイニングになり、先頭を抑えればそのまま無得点になりやすい。

夕立もバッテリー側ももちろんそれは知っている。

両陣営とも高い集中を保ったまま勝負の一球を迎えた。

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