元野球選手が鎮守府に着任しました。   作:ポンセ

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綻ぶ心

翔鶴は考える。

 

 

さて、この一球は勝負どころでしょうね。

いくら瑞鶴の調子が良いとはいえ満塁でフルカウントにするのは怖い。

どうしましょう、精度が悪いカーブと入らないチェンジアップはこの状況では使いにくいし。

 

だったら信頼できるZライジングかスライダーか。

スライダーだったら外からゾーンに入れる?

いえ、入ってくる球は怖いわ。使うとすれば足元に落とす形で使わないと。

 

Zライジングだったらさっきと同じで外角に?

・・・いくらZライジングでも同じコースを続けるのは、夕立ちゃんの対応力を考えると怖い。

 

だったら内角にZライジングを要求したほうがいい?

甘くなれば痛打を食らうけどZライジングのせり上がる変化を考えればこのコースでミートするのは難しいはず。

一球前の外角はなんとか対応したように見えたし・・、外角ノーマークはないはず。

 

それにZライジングは瑞鶴のウイニングショット。

これで夕立ちゃんを押し切れれば勢いが付く。だったら・・。

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

瑞鶴は翔鶴のグラブめがけて腕を振りぬく。

狙いは夕立の胸元、インコース高め。

 

踏み込めば打てず、狙っていてもこのコースは打者にとっては泣き所。

Zライジングの軌道が合わさればまさに鬼に金棒。必殺の一球。

 

 

 

投げ込めれば、の話だが。

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「ボスッ!」「っぽふぉうい!!!!」

 

 

 

何かがぶつかり合う鈍い音と夕立の奇声が上がる。

ボールはグラブに収まらず、翔鶴は夕立へと駆け寄る。

 

3塁ランナーの夕張はゆっくりとホームへ。

3塁を守っていた叢雲はマウンドへ。

 

そしてマウンド上の瑞鶴は立ち尽くしていた。

 

 

ビックナインズ側のスコアボードに「1」が入る。

夕立へのデッドボール、押し出しにより遂に1点が入る。

 

 

瑞鶴にとって、そしてウイングスにとって重く痛い1点だ。

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

「ここで押し出しですかぁ。」

 

「これは痛いな。」

 

「ええ、聞いたことない声でしたもんね、夕立ちゃん。」

 

 

 

『っぽふぉうい!!!!』

 

 

確かに聞いたことないな。

幸いあたった箇所が二の腕付近だ。痛いことは痛いがそこまでひどくはならない。

まあ艦娘だし、入渠すれば大丈夫だろう・・・と思うのはよくないだろうな。言うのやめとこう。

 

 

「『っぽふぉうい!!!!』って・・・。フフッ、フッヒヒッッ。へ、変な、フフフッ、こんなときまで、エヘヘエッ・・ぽいって使うん、フフッ、ですねぇ、フフフッ・・・。」

 

 

余計な心配だったのかもしれないな。

夕立も瑞鶴に向けて心配要らないってジェスチャーしてるし、元気そうだ。

 

横の青葉もこんだけ笑ってるんだし、艦娘的には特に問題ないんだろう。

 

 

「確かに、今のデッドボールは夕立も痛いだろう。だけどそれ以上に痛いのはバッテリーだ。」

 

「フッフフフッ・・・。ふぅ。そうですね。状況が一切変わらず同点に追いつかれてしまいました。」

 

「加賀の状態を考えるとこの場面は悪くても同点で終えたかったが、これではなぁ。」

 

 

 

次は長門かぁ。

さっきまでの瑞鶴なら押さえ込めたと思うが。

今の状態はどうなんだろうなぁ。

 

マウンドに目を向けると叢雲がマウンドへ向かっている。

おそらくは気にするなと、次の長門へ向かっていけと声をかけてるんだろうけど。

 

 

「瑞鶴がしっかり切り替えられればこの1点で凌げるかもしれない。」

「それだけさっきまでの瑞鶴は勢いが強かった。」

 

「切り替えられなければ?」

 

「次の長門か、高雄かに仕留められるだろうな。」

 

 

ピッチャーは特に心理状態で左右される、らしい。

俺はやったことがないからわからないけど。

 

今の瑞鶴を見る限りは大丈夫だろうけど、内心はどうなんだろうな。

 

 

「なんにせよ、中途半端に投げ込むと痛い目にあう。それがクリーンアップってものだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

指に若干引っかかった。

この一番でこんな失敗をするなんて。

思えば夕張に打たれた以外はフォアボールとフィルダースチョイス。それにデッドボール。

全部私一人のせいじゃない。

 

加賀さんの調子を考えるとここは最悪でも同点で乗り切らなきゃいけなかったのに。

まだワンアウトで満塁、次のバッターは長門。

犠牲フライを打たれれば逆転、長打を打たれれば試合が壊れる。

 

みんなが頑張ってくれてたのに私のせいで全部水の泡になっちゃう。

どうすれば・・。

 

 

不意にポンッと、私の肩に誰かが触れた。

 

「落ち着きなさい、瑞鶴。」

 

「叢雲・・・。」

 

「済んだことはしょうがないわ。夕立にも後で謝ればいいし。」

 

「・・・ふぅ。うん、大丈夫、まずはここを乗り切る、考えるのはそれから。大丈夫だよ、叢雲。」

 

「ええ、締まっていきましょ!」

 

 

バシッと背中を叩くと叢雲は守備位置へ戻っていく。

内野をぐるっと見渡すと皆なにかしらのジェスチャーで励ましてくれる。

翔鶴ねえはマウンドまで来ない。

 

まあそれはいいや。

そう何度も心配されるのは情けないし。

翔鶴ねえもこの状況をなんとかするために頭フル回転させてるはずだからね。

私は私で持ち直すしかない。

 

ロージンパックを手に取りロージンを手にまぶす。

パックを落とした後に手をニギニギと、何度か握りなおす。

 

・・・大丈夫、手は震えてない。

しっかりと力が入る。

 

一度深呼吸、浅い呼吸を持ち直す。

・・・ふぅ。これならなんとかできそう。

 

 

よしっ。一回状況を整理しよう。

夕立にデッドボール当てて押し出し、同点。

ワンアウト満塁は変わらずでバッターは長門さん。

 

うん、絶体絶命。

出来れば長門さんでゲッツーを取りたいけど、長門さんフライアウトが多いからなぁ。

浅いフライで点をやらなきゃそれでも十分。

 

高雄は不気味だけど夕立ほどの怖さはない。

間違えなければ押さえ込める。

 

 

・・・高雄まで考えるのは皮算用かな。

まずは長門さん。幸い今日は調子が悪いみたいだし。

デッドボールとはいえ私の調子はいい。雑にいかず、丁寧にしとめよう。

 

 

 

 

 

翔鶴ねえからのサイン。

Zライジングを外角低目へ、まあ当てたばっかでインコースは突きにくいし。

 

ふぅ。

心を落ち着かせセットポジションを。

翔鶴ねえのミットがはっきりと見える。そこをめがけて渾身を投げぬく。

 

 

どうせ満塁だし、多少のクイックは気にしない!

長門さんを押さえ込んで高雄も押さえ込む、これ以上点はやれないの!!!

 

 

渾身を込めて投げ込んだボールはしかし、私の意に反してコースを外れていく。

 

やばい・・・!

投げた瞬間に分かる失投。翔鶴ねえの表情も一瞬で焦りに変わる。

高めに浮いた、真ん中に・・入ってく・・!

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガコンッ

鈍い音を立ててバットとボールがぶつかり合う。

 

「~っくそっ!!!」

悔しがる長門の声がグラウンドに響き渡る。

 

 

ボールは高々と舞い上がり、やがてその勢いを失い。

 

そして真下に構える金剛のグラブへ収まった。

 

ショートフライだ。

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

は~、ふぅ。助かった。

金剛さんが完全に捕球するのを見送ったら再び腰を下ろす。

タイミングは完璧だった。多分Zライジングを狙ってたのでしょうね。

 

幸いにも長門さんが打ち損じてくれたおかげで簡単にツーアウトにまで持ち込めたわ。

打席に入ってくる高雄さんに目を向ける。

 

シミュレーションでは燕神タイローズに所属。

4シーズンを通して5番に座る好打者。

通算で.300を超えるアベレージに毎回80打点以上を上げる勝負強さ。

 

この場面では迎えたくなかったのだけれども・・。しょうがないわね。

コースが甘くなったとはいえZライジングはまだまだ威力は十分。

これを軸に組み立てれば・・・十分乗り切れる。

 

基本は外角を中心に。

ここまで来て長打は打たれたくないから。

 

 

まずは、Zライジングをもう一度外角に。

ここで高雄さんの反応を見たい。

 

 

瑞鶴にサインを送りミットを構える。

ふと、ある考えが頭をよぎる。

 

・・・結果から見ればZライジングが2球続けて抜けてきた。

本当にこれを軸にしてもいいのかと。

しかしもう遅い。瑞鶴はモーションへ入っている。

 

 

大丈夫、瑞鶴を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

「瑞鶴の一球目、Zライジングを叩きつけるようにしてボール!」

 

「おお、翔鶴もよく止めたなぁ。」

 

「なんとか体で!って感じでしたね。」

 

「ああ、ストレート系は球足が速い。ショートバウンドを止めるのは大変だからな。」

 

 

3球連続でZライジングが外れたか。

これはまずいんじゃないか、翔鶴。

 

マウンド上の瑞鶴は苦い表情をしてる。今のでちょっと不安になったか、Zライジング。

ここまである程度Zライジングがコースに決まってたから押してこれた。

 

でもこの状況で暴れだすと、翔鶴の当てが外れる。

次は、高雄か。う~ん、高雄かぁ。

 

相手によってはスライダーだけでも乗り切れたかもしれないが高雄はちょっと厳しいかな。

 

愛宕が隙の多い天才肌なら、高雄は堅実な好打者だ。

状況によってやるべきことをしっかりとこなす。

愛宕のような爆発的なふり幅はないが、平均的な水準は高雄のほうが高い。

 

この状況では相手にしたくないクレバーなバッター。

さっきの長門が大失態を犯したんだ。高雄だってここで簡単に倒れるようなことはできない。

 

 

・・・というか、さっきの長門はひどかったな。

Zライジングは前の打席にもしっかり見てるはずだし、タイミングを見る限り長門もZライジングを狙ってたんだろう。

そこに飛んできた真ん中やや高めの絶好球。

最低でも犠牲フライくらいは打ってほしかったんだがなぁ。

 

大きいのを狙いすぎたんだろうな。

ガチガチに力んで結果、バットの上を擦ってショートフライだ。

 

高雄が仮に凡退をしたら傾きかけてた流れを自ら手放すことになる。

打線の、中心に座る、4番バッターが、自ら、みすみすと、だ。

・・・この鎮守府のクリーンアップにはどんなバッターになりたいのか、それが不透明なやつが結構多い。

 

長門は打点をたくさん上げる4番でありたいと、昔聞いた覚えがある。

その割りにこの試合では不甲斐なさが目立つ。

長門の中で打点を稼ぐとは一体なんなんだろうか。

長打をたくさん打って結果打点が上がっているのか、打点を稼ぐ手段の中に長打もあるのか。

 

点を取らなければ行けない場面で取れないのでは4番の名折れもいいとこだろうに。

前には夕立、後ろには高雄がいる。

今のままでは4番が打線を分断しかねない。

 

・・・いかんいかん。

話が大分ずれてるな。まあ、この試合の長門は見るに堪えないってことだ。

そしてその尻拭いを高雄が頑張るってこと。

 

 

この打席に関しては、今の瑞鶴の一球を見て高雄がどう思うかだ。

Zライジングの制球が乱れてきている。

それでも完全に無視はできないから頭に入れて臨むのか。

思い切ってスライダー一本に絞って狙い打つのか。

 

まあ、ツーアウト満塁だし。

そこまで思い切った判断はできないかな。

 

特に堅実な高雄だ。

どう判断するんだろうな、楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

ミットにボールが収まってる。

 

あ、危なかった。

Zライジングをまさか叩きつけてくるなんて。

もう少し横にずれていたらどうなっていたんでしょうか。

なんにせよ、止められてよかった。

 

 

それよりも瑞鶴。

ここに来てZライジングをコントロールできなくなってるのかもしれない。

引っかかるとか高めに抜けるとか。

コントロールできないにもその日の傾向はあるのに。

 

ここに来て突然、しかも引っかかり、高めに抜けて、叩きつけるようにも引っ掛ける。

バラバラすぎる。これじゃあZライジングの要求が出来ない。

 

次の投球からは戻るかもしれない。

でもその一球を試せるような状況ではありません。

万が一にでも後ろに逸れるようなボールが来たら・・。

 

 

どうする。どうする翔鶴。

・・・。ここでリスクは負えない。

幸いスライダーはさっきまでコントロールできていたし。

 

 

 

この流れで無理に攻めれば必ず痛打をくらってしまう。

外角低めに一球スライダーでストライクを取る。これで一度瑞鶴を落ち着かせましょう。

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

 

Zライジングの制球が乱れてる。

なんとかボールを止めた翔鶴を横目で見る。

 

夕立ちゃんに投げた一球、長門さんに投げた一球、そして今の一球。

バリエーション豊富に抜けてますね。

 

高雄は打席から一度出て、スイングをしながら考えを巡らせる。

 

Zライジングをうまくコントロールできていない。

 

う~ん。

例えば、抜けたZライジングをカバーしながら他の球を狙えるでしょうか。

・・・、ダメ。私は愛宕のようなセンスはない。

きっと中途半端なバッティングになってしまう。それでは流れも引き寄せられない。

 

ここでほしい結果はタイムリー。

流れを掴みきる決定的な一打。

 

だとしたら思い切るしかない。

翔鶴さんだってZライジング無しでこの状況を切り抜けられるとは思ってないはず。

瑞鶴さんを落ち着かせるためにどこかで一球、ストライクの取れる球種を入れてくるはず。

 

チャンジアップは夕立ちゃんの打席から決まってない。

スラーブは比較的精度が良くない。それは落ちるスライダーも同じはず。

 

グッとバットを握りなおして打席に入る。

 

だったら狙うはスライダー!

ストライクをほしがってきたところを必ず叩く!!

 

 

私の目線の先では、瑞鶴さんがセットポジションへ移っていた。

 

ここが勝負の分かれ道、必ず・・・物にする!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(瑞鶴、外角に一球スライダーを。大丈夫、高雄ちゃんは冷静なバッターよ。)

(このカウント、この状況で難しい球に手を出してはこないから。)

 

 

 

(多少厳しくてもスライダーを狙っていく。)

(ここで思い切らないと、主導権は掴み切れない。)

 

 

 

 

両者の思惑が交差する中、瑞鶴はスライダーを投じた。

 

ボールは翔鶴の構えよりも大幅に内側へ。

 

 

(~っ甘すぎる!!) (甘いっ!!!)

 

 

スライダーは高雄の肩口から真ん中へ抜けていく。

高雄のバットは最短距離で振りぬかれる。体は開きすぎず、意識はセンター方向へ。

 

 

「ッシュ!」

 

 

短く息を吐き、高雄はバットを振りぬく。

打球は快音を残し、三遊間を抜けていった。




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