幕間 Diamond Dawn ①
「バーニングゥ・・・ッラブ!!!!」
独特な掛け声と同時に、乾いた打撃音がグラウンドに響き渡る。
打球の勢いは強く、あっという間に左中間を深々と貫いた。
打球の行方を確認してから再び構えなおす。
マシンは唸りを上げ、再度ボールを放つ準備にかかる。
バットを最上段に。
軸足となる右足に体重を掛け、タイミングを取るため左足を大きく振り上げる。
「バーニングゥ・・・」
そしてマシンはボールを放つ。
球速は150キロ、コースは内角真ん中、球種はストレート。
脇腹を抉るような軌道でコースを突いてくるストレートに対し、そのバッターは反応を示す。
左足を強く踏み込み、しかし重心は右足に置いたまま。腰を中心にバットを体に巻きつけるようにしてスイング。
右ひじを畳み体から離れないように、そして左ひじを外へ抜く。
体の近くに呼び込むように、しかしボールは確実に前で捌きにかかる。
一連のスイングは複雑。しかし、そのバッターは特別難しさを感じさせない。
それが自然なスイングであるかのように進む。速く、鋭く、力強く・・・。
自身の持つスイングスピードの、その中でも最速のワンポイントで。
そしてバッターはボールを捉えた。
「ッラブ!!!!!!」
乾いた快音を残し、打球はレフト方向へ高々と舞い上がる。
厳しくインコースを突くボールはバットの角度の関係で打ってもファールになりやすい。
事実、この打球もサードファールラインを沿うような形で進む。
勢いを保ち、ラインを沿うように進む打球はその軌道を変えずにスタンドを目指して進み・・。
そして、レフトポールの内側に治まる形でスタンドへ突き刺さった。
「イエスッ!!」
その一連の出来事は見るものを魅了する。
完成された技術は芸術へと昇華されるように。
それほどまでに、そのバッターの持つ技術は美しく極まっていた。
「・・・・。」
□□□ ~Diamond Dawn~ □□□
「ッフー!今日も今日とていい感じデーッス。これも提督へのラーッブ!の賜物でショウカ?」
バッティングケージから大きな声で独り言を呟きながら出てくる人影。
まず第一に、花も思わず咲いてしまう太陽のような笑顔。
手足は長く、身長は170センチ前後。
色白の肌と茶色がかった長い髪、バチッと大きい目を中心に、どこか異国情緒を感じさせる端正な顔。
モデル体型でありながらも女性らしい部分は豊かに実り、男であれば思わず目を惹かれるだろう。
見目麗しく、咲き誇るは大輪の花。
彼女こそは鎮守府が誇る大戦艦。
金剛型戦艦 一番艦 金剛 その人である。
よほどバッティングの調子がいいのだろう。
フフーンと鼻歌を歌いながらベンチへ戻りバットの手入れを行っている。
「・・・。」
□□□
調子がいいデース♪
・・・おっと、ソーリー。ご挨拶がまだでしたネ。
ヘーイ!
金剛型戦艦 一番艦 金剛デーッス!
火力・速力を高い水準で備えてマーッス。
たまにする守備のポカはご愛嬌ネ。
目標は3割・30本・30盗塁、トリプルスリーデース!!
っとまあこんな感じデスかネ。
今さっきバッティング練習が終わったところで今は道具の手入れをしてマス。
自分専用の道具デスからネー、愛着も湧いちゃうヨー。
バットも磨いて~♪女も磨くのデーッス♪
そしてテイトクと~♪アバンチュール~♪フンフーン♪
「・・・。」
・・・なんでショウカ。
さっきからなにやら視線を感じマスネ。
グラウンドの入り口のほうから・・・誰でショウカ。
ッハ!!まさかテイトク!!??
ようやく私のバーニングラブが届いたのでショウカ!!!!
そうと決まれば善は急げ、今すぐテイトクと婚姻の儀をしなければっ!!
勘違い甚だしい妄想に突き動かされ、金剛の首は素早く動く。
グルッと。そして、その大きな目は隠れている人物を捉えた。
「・・・暁?そんなところでなにしてるデスカ?」
「あ、あの。えーっと、あはは・・。」
物陰から金剛の様子を伺っていたのは暁だった。
□□□
「何してたんデース?」
「あ、あの・・その・・・。」
もじもじと。
罰の悪そうな顔をして暁は口ごもる。
覗き見ていたことが後ろめたいのか、それとも純粋に緊張しているのか、はたまたその両方か。
金剛はといえば頭に疑問符を浮かべ首を傾げている。
まあ、彼女が何かを判断するには現状では情報が少なすぎる。
当たり前の反応といえば当たり前の反応だ。
・・・
少しの沈黙。
そして、考えをまとめたのか意を決したのか、暁が口を開いた。
「わ、私にバッティングを教えてくだしゃい!」
・・・
暁はよくこのようにかむ。
自身でも気をつけてはいるのだがそれでも出てしまった。
(ま、またかんじゃった・・。突っ込まれる・・!いつものように突っ込まれる・・!)
想起するのは姉妹たちの容赦ないツッコミ。
「かんだわ。」「かんだのです。」「Я уверен, что это будет хорошо, если вы сделаете это несколько раз.。」
みんなこぞって取り上げる。
響なんてロシア語であることをいいことに長々喋るし・・・。
考えれば考えるほど顔が熱くなってくる。
きっと耳まで真っ赤だろう。
恥ずかしい、レディレディ言っておいてこの醜態。うぅ・・・。
うつむきながら金剛の言葉を待っているとフッと。
自分の視界に色白の綺麗な手が侵入してくる。
あまりにも自然なそのスピードは目で追うばかりで体が反応しない。
そして、その手はそのまま暁の手を取った。
そのままスッと。暁の胸の前まで手を上げる。
それを追うように暁の視線も上へ。
すると、暁と目線を合わせるように屈んだのだろう。
金剛の顔が暁の手をはさむ様に、前へ現れた。
いつもの花の咲くようなはじける笑顔ではなく、慈愛を含んだ柔らかな笑顔で。
そして優しい声色で。
「ワタシで良ければオフコースデース。だからそんなに俯かないで、せっかくの可愛い顔が台無しデスヨ?」
「・・・。」
ミスを取り上げることもなく。
あまりに爽やかな一連の言葉。
最後に軽く小粋なジョークも言い切るなんて・・・。
(英国淑女はここに居たわ・・・・!!)
見習おうと、心に誓った暁であった。
□□□
「インコースが苦手なんですカー。」
「はい・・。」
澄み渡る青い空。
点々とある小さな雲もハッキリとした白。
カラッとした空気は否応なしに夏を感じさせる。
端的に言えば"快晴"
なんともスポーツ日和な日であるものの、外で立ち話をするにはいささか不向きである。
なぜ自分に教えを請うのか。
そして何を教えてほしいのか。
それが分からなければ教えようがない。
それに内容によってはもっと適任がいるかもしれない。
例えば、この鎮守府の提督にヒットの打つ方法を聞いても帰ってくる言葉は。
「ヒットの打つ方法?・・・甘い球を芯で捉えればいいんじゃないか?」
と、なんともまあざっくりした答えが返ってくる。
教える側にも適正があり、教える内容によってさらに向き不向きが存在する。
段取り八割。
などという言葉が存在するように、何事も前準備というのは非常に重要なのである。
ということで。
事前に色々ヒアリングをすべく、現在金剛と暁は場所を移している。
陽炎漂う灼熱のグラウンドから、甘い香りが鼻腔をくすぐる甘味処”間宮”へ。
なんといっても暑いから。
暑さに耐え、汗をダラダラ流しながらでは話どころではない。
なにより、そのような会話は金剛の趣味ではなかったのだ。
□□□
「私、どうしてもインコースが打てなくて・・。」
「ふむふむ。」
ここは程よい空調の効いた室内”甘味処 間宮”
目の前のパフェを突きながら暁は語る。
対する金剛はアイスティーを嗜みながら暁の話を聞き、そして目の前のタブレットで動画を確認している。
「特に速いボールがどうしても打てなくて。いっつも詰まらされるか空振りか・・。それでインコースを意識しすぎるとアウトコースが疎かになっちゃって・・。」
「その結果、アウトコースのボールにも手が出なくなっちゃうって訳デスネー。」
「はい・・。」
タブレットに流れる動画は暁の打席の様子。
シミュレーターは録画機能も搭載されている。
画面の半分は実際の打席の映像。
もう半分は9分割されたストライクゾーンとピッチャーが今どの球種をどのくらいの球速でどのコースに投げたかが表示されている。
あの試合のこの打席、という感じで打席を映像とデータの両方で確認できるようになっている。
今、流れている映像は暁がインコースを立て続けに攻められてる動画。
確かに暁の言うとおり、インコースに対応できていない。
良くてファール、悪ければ空振りやボテボテのサードゴロ。
なんとかファールで凌いでいても追い込まれれば相手は外角も使ってくる。
外角へ逃げる球を空振りか、それかコースに決まる球を見逃して三振か。
あれだけインコースを意識させられたのだ。アウトコースに決まるボールはさぞ遠く見えただろう。
追い込むまではインコース攻め、追い込んだらアウトコースへ逃げる球かそのままインコースを攻め続けるか。
投げミスをしなければ中々簡単なバッターだ。
「攻められ方が確立されちゃってマスネー。」
「うぅ・・・。」
攻め方にテンプレートが出来てしまうとバッターは一気に攻略されてしまう。
たまに来る投げミスの甘い球を高確率で捉えられれば相手も緊張が増すのだが残念ながら暁にはそこまで確実性がない。
提督みたく「甘い球を芯で捉えれば~」というのは当たり前ではあるが実際は非常に難しいことなのだ。
それを簡単に言うもんだから。あの提督に教える才能がないのはお分かりいただけるだろう。
対する金剛はその難しさが分かっている。
暁が甘い球を捉えきれないのも分かっている。
では、アプローチはどのようにすればいいか。
□□□
(インコースの打ち方を私なりに教えましょうカ。)
・・・それで済めばいいんですケド。
自慢じゃないけど、私はインコース捌きに関しては鎮守府でも1・2を争ううまさなんデスヨ。
この一点だけは提督にも負けない自負がありマース。
「特技」とも言えるでしょうネ。
では果たして、その特技を簡単に伝授できるデショウカ。
・・・比叡と霧島は出来なかったデスネー。
榛名はピッチャーですからそもそも教えたことないし。
たまたま暁との相性が抜群だったらバチっとはまるかもしれませんけどネー。
まあ、その可能性も十分考えられるし、私なりのインコースの打ち方は後で教えて見まショウカ。
これはこれで一つ。
でもこれだけじゃ不十分。
他に何かアプローチはないだろうか。
と、金剛は映像を見ながら考える。
ふと、視線を暁に向けると不安げに流れてる映像を見ている。
まあ、さっきからずっと自分の凡退映像を流されてるんだから表情も自ずとそうなるだろう。
(なんとかしてあげたいデスネー。)
もう一度、視線をタブレットへ移す。
暁のスイングを前から。視点を切り替えて審判側から。もう一度切り替えて今度は横から。
(ふむふむ、スイング前のテイクバックは大きめデスネ。)
駆逐艦は打球を飛ばす能力が他の艦種に比べ乏しい。
暁はそこそこパワーがあるものの、それでも十分駆逐艦の範囲に収まる。
(インコースへの反応自体は問題ないみたいですし、このテイクバックに問題が・・。でも他の駆逐艦の子もこのくらいは取ってマスヨネー。)
一部例外を除けばと暁のそれは他の駆逐艦に比べ特に大きい動作というわけではない。
となれば・・。
(・・・少しスイングの始動が遅い?いや、トップの位置まで持っていってからもう一回腕を引いてる・・ンデスネ。)
通常、テイクバックをした後バットは一旦止まるのが理想的。
そこから一瞬間をおいて一気にバットを振りぬく。
このとき、バットが止まる位置のことを「トップの位置」という。
ここがしっかり決まっているバッターは自分のタイミング、自分の間合いを持てているため、相手の球種に翻弄されることが少ない。
しかし、暁を見てみると。
一度はトップの位置まで行くのだか、その後バットを振り出すタイミングでもう一度バットを引く動作がある。
暁がこれを折り込んだ上でスイングしているのなら問題もないのだが・・。
映像の中の暁は振り遅れ、詰まらせられと、とてもそうは見えない。
(テイクバックの2段モーション?とでも言うんでショウカ。ここは一つポイントかもしれまセンネ。)
そしてもう一つ。
暁のスイングを見てると分かること。
(そもそもスイングがばっちりドアスイングネ。)
ドアスイングとは。
簡単に言えばバットの先端が大きく外を回るスイング。
このスイングのバッターは傾向としてアウトコースが得意、そしてインコースが苦手。
まあ、普通に振ってバットの芯が外側を中心に回るのだからおのずとそうなる。
暁も例に漏れずその傾向が強い。
その証拠に、彼女の得意ゾーンは真ん中から外側によっている。
珍しいことに、多くのバッターが苦にする外角、特に低めは彼女にとってはホットスポットである。
反面、内側は目を覆いたくなるような成績が並ぶ。
(これを見たら最初から外角に投げようとは思わないデショウネ。)
AIも学習をする。
最初のうちは基本セオリーである外角低めを投げていたが、やたら打たれる。
しかし反面、内角が落ち込んでいるではないか。
始めは検証として内角を、回数を続けているうちにそれは確証へと至った。
”バッター暁は内角(インコース)が打てない”
そうなってしまえば後は簡単だ。
内角中心の攻めを構築して暁を相手にするだけ。
そして暁はその攻めを自覚しながら、遂に自力では克服できなかった。
(もう一つはドアスイングっと。)
心のメモに金剛は留める。
テイクバックの2段モーションとドアスイング。
(まずはこの2つから調整していきマショウカ。)
テイクバックとスイング。
暁のバッティングの根幹を為す部分のため、大幅に変更させるのはコーチでもない金剛にとって手が届かない領分だ。
だからあくまで調整。
正直、これで内角を得意にすることは難しいかもしれない。
でも致命的な弱点から、比較的不得手にまで引き上げられれば。
すくなくとも今のインコース地獄は無くなる。
(そこで躓いたらまた手を貸せばいいし、まずは大幅なマイナス分をどうにかしまショウ。)
長期スパンもありえるかも。
そんなことを考えながら金剛はアイスティーに口をつける。
さて、自分はどこまで教えきることが出来るのか。
(とりあえずはティータイムを楽しみまショウ。)
今すぐに焦ってもどうにもならない。
暁も大分リラックスできているようだし。
ニコニコしながらパフェを頬張る暁。
上に載っているソフトクリームをせっせと処理しているが金剛側の面はすでに溶け始め、容器には一筋流れている。
・・・微笑ましいと。
戦時中であればこんな日常はありえなかった。
(子供の笑顔こそ、平和の象徴ですネ。)
この笑顔を崩さぬよう、気を引き締めて取り組もう。
微笑みながら再びアイスティーを口にする。うん、仄かに甘い。
(いい味デスネー。)
用語の解説やなんやらはあくまで私の個人的な見解です。
間違ってたら申し訳ありません。