ダイヤモンドメイカー、ラフ、ラフ、ラフィン。   作:囲村すき

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11作目です。止まっているぼくの独白。



ルーズバイバイ

 この世に不変なるものが本当にあるとしたら、血のつながりというものはその候補の一角になるだろう。

 

 好きでも嫌いでもどんな感情を抱いていたとしても、父であろうと母であろうと兄であろうと、そして妹であろうと、血のつながりは消えない。

 

 血についてはおそらく中学生程度の知識しかないけれど、未だ解明されていないことがあるくらいのことは理解できる。

 

 家族だから血がつながっているのか、血がつながっているから家族なのか。

 

 顔や性格といったステータスが似ている親子もいれば、全く似ていない親子だっている。長所が受け継がれることもあるし、気に食わないところばかりそっくりだ、と嘆くことだってあるだろう。何が不幸で何が幸せなのか一概に決めることはできないし、そんなことに意味は無い。

 

 ぼくは母親と似ていた。

 

 顔も、性格も、長所はよく分からないけれど、気に食わないところはほとんど全部。

 

 周りから可愛いだなんて騒がれても少しも嬉しくなかった。けど、まぁ、皆、僕を喜ばせようとしてそう言ってる訳じゃないからそれも当然だ。

 

 多分ぼくは、とんでもないバカなのだろう。

 

 ただ、それを指摘してくれる人は、ぼくにはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古びた電車は見た目からしても長いお勤めのようで、ガタガタと体をゆすってゆっくりとホームに入ってきた。杖を突いて歩く老人に似ていると思うのは、失礼なのだろうか。電車にも、老人にも。

 

 ぼくは荷物を持って立ち上がった。ぼくの家から一番近いこの駅の木製のベンチはとても冷たくて、ずっと座っていたのに、ついにあたたかくはならなかった。多分ぼくの頑張りが足らなかったのだ。ベンチが悪いわけではなく。ぼくの体温はベンチを温めるには低すぎた。

 

 車内に入る前に、ぼくは振り返ってホームをもう一度眺めた。無人駅。ぼく以外誰もいない駅だ。この世界にはぼくしかいなくて、この電車に乗ったところでどこにも行けはしない。そんな錯覚に陥るほどには、ホームは無人だった。ぼくを見送る人は、いない。

 

 両親は今日の朝ちゃんと起きだしてくれていて、玄関でぼくを送り出してくれた。ぼくが駅まで見送ろうと言ってくれた二人を説き伏せたのだ。母は少し涙ぐんでいた。父はぼくを勇気づけるように笑っていた。でも、同時に二人とも少しさみしそうだった。ぼくにきょうだいがいれば少しは違ったかもしれないけれど。

 

 ぼくが今まで特に苦労もなく育つことができたのは、そして有名大学とはいえ私立の大学に進学することができたのは、ひとえに二人のお蔭だった。ぼくはこれからこの恩に報いることができるのだろうか?自信がない。

 

 

 冬の悪あがきみたいな風がぼくを追いたてたので、ポケットに両手をつっこんで、ぼくは一人で電車の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車はぼくをあたたかく迎えてくれた。こんな早い時間に乗るのなんて初めてだったから、思ったよりも車内には人がいて驚いた。ぼくは特に人の少ない区画を見つけ、二人掛けの椅子に座る。

 

 鞄を太ももの上にのせた。荷物はあらかたあっちに送ってしまったので、今日のぼくの荷物はこの小さな鞄だけだ。

 

 電車が誰もいない駅をするりと出た。老体に鞭打って走る電車は、立派だ。座っているだけの矮小な僕の存在が露骨に際立つ気がして、少しつらいけれど。

 

 電車は走る。ぼくは止まったまま動いていない。電車の窓から見える朝霧の景色が加速していく。ぼくはついぞ加速したためしがない。

 

 溜息をついてポケットから携帯を取り出した。鍵を外して、待ち受けていた部員の集合写真からカメラロールへと飛ぶ。待ち受けのこの写真は、引退試合の後撮った写真だった。ぼくたちは皆笑っていた。皆思い思いに笑顔だった。

 

 普段からあまり写真をとる習慣もなければ機会もなかったけれど、卒業式に撮った写真はアルバムを作るぐらいには豊富だった。ゆっくりとスクロールをして眺めると、じわじわと思い出す。そうか、ぼくは高校を卒業したのか。いまだ実感が湧きづらい。

 

 スクロールしていくと、あるツーショットが目に留まった。ぼくと、()()()()()()()()()()()()()あの人の写真だ。

 

 ぼくは綺麗に笑えていた。対するあの人は緊張していたのか、ちぐはぐな笑顔だ。ぼくと一緒で緊張することなんて何一つないのに。あるいはそういうところがひとりぼっちではない所以なのだろうか?

 

 ひとりぼっちはむしろ、ぼくのほうだ。

 

 この気持ちを胸にしまっておいたのは、ぼくが最後に張った、小さな意地だった。

 

 けれど、どうにも、少しだけ痛い。

 

 誰も見ていないのに、わざと欠伸をした。「眠い」と呟く。

 

 電車は次の駅に止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓が大きく跳ね上がった。

 

 この駅も確か無人駅だったはずで、ホームに見える人影も少なかった。その中の一組の男女の顔を見て、ぼくはとっさにうつむいて顔を隠した。なぜここに、今、いるんだ。どうして。

 

 一組の男女は兄妹だった。何故分かったかと言えばそれは簡単な話で、ぼくがその二人と知り合いだったからだ。

 

 なぜ、どうして。こんな早くに。…いや、そうだ。きっと、ぼくと同じだ。ぼくと同じ理由だ。でも、違う。決定的に違う。きみにはそれでも見送りがいるじゃないか。

 

 きみが本当に望んでいることが何かくらい、きみの近くにいたら誰だって分かる。きみ以外には自明のことなんだよ。いくらそっけない態度を取っても、いくら偽悪的なふるまいをしても。

 

 こっそりと二人の様子を伺うと、兄の方が大きな鞄を肩に担いで電車に乗ったようだった。妹は兄を見ている。妹はずっと兄だけを見ていた。

 

 

 

 こっちにこないで。

 

 

 

 ぼくはうつむいたまま、目をぎゅっと閉じてそう念じた。

 

 なぜかは分からない。けれど、なぜか嫌だった。たまらなく嫌だった。

 

 お願いだから、こっちにこないで。これ以上、ぼくを、きみを――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 祈りが通じたのか、彼はぼくの座る区画とは別の区画に座ったようだった。ほっと息をついて、それからぴりりとした罪悪感をなめた。

 

 普段のぼくなら、皆が思うぼくなら、多分こうあるべきじゃなかった。

 

 ひとりで座っている彼に、ぼくは近寄って、にこやかに笑いかけるべきだった。偶然だね、どこまで行くの、隣座っても、良いかな?

 

 そういう、ぼくだったはずだ。

 

 これはぼくの大きな反抗だった。意地とはまた、別のものだ。

 

 いいじゃないか、これくらい。

 

 構わないでしょ、最後くらい。

 

 

 ぼくらを乗せた電車がうめき声をあげ、再び走り出す。

 

 ぼくの知らない町へと誘う。ぼくも知らないし、誰もぼくを知らない町へと。

 

 

 

 

 

 ねえ、八幡。きみは、ぼくの事をどう思っていたかな。

 

 ぼくはきみのこと、好きだったよ。ぼくと同じくらいには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うつむいていたぼくの視界にクマのぬいぐるみが不意に入ってきて、ぼくは半ば反射的に手を伸ばしてそれを取っていた。

 

 小さなリボン付きのそのぬいぐるみは通路を転がるうちに少し汚れてしまったようだ。汚れを払っていると、小さな女の子が向こうからぱたぱたと走ってやって来た。

 

こんにちは。きみの?にっこり笑ってぬいぐるみを差し出すと、女の子はじっとぼくを見つめた。しかしそれは一瞬のうちで、次の瞬間にはひったくるようにぼくからぬいぐるみを奪った。

 

 警戒心むき出しの女の子は、ぬいぐるみを抱えて無言で走り去ってしまった。

 

 

 

 胸が痛む。ぼくはきみのように他人を救えない。

 

 

 

 一年生のころからきみは一人でいたね。同じクラスだったからよく憶えているけれど、きみはとても目立っていた。ぼくの周りの人はきみを見て面白がって、それでいて少し優越感を味わっていたみたいだった。

 

 ぼくはきみのこと、最初は友達なんかいらない人なんだろうって勝手に思ってたよ。強いなあ、なんてぼくはきみをちょっと遠巻きに見てた。本当は弱いから一人でいるなんて知らなかったよ。あの頃に話しかけていたらどうなっていたかな。

 

 少し憧れてもいたんだ。多分ぼくは絶対にきみにはなれなかっただろうから。でも、二年生になったきみは奉仕部に入って、ちょっと変わった。ぼくの依頼の時にはありがとう。すごく頼りになったよ。ぼくもきみの役に立ちたかったけれど、ぼくなんかじゃだめだったよね。

 

 いつの間にかきみの周りには人が増えていた。ぼくとは違って。

 

 どうしてきみは。

 

…きみはあの子とも仲が良かった。ぼくは本当にうらやましかったよ。

 

 あの子がきみのことを好きなんだと気付くのに、そう時間はかからなかった。なのに、きみはあの子の好意に耳を塞いでばかりだった。腹が立ったし、みっともなく嫉妬もしていた。本当に、ぼくは、ぼくは、ぼくは。

 

 

 ふと車窓から朝靄の中の景色を伺うと、物凄い勢いで自転車をこいでいる女の子が見えた。電車と並走しようと頑張っている。ぼくは絶句して女の子を見つめた。

 

 そんな、漫画みたいな。頑張り過ぎだ。

 

 女の子が必死に漕ぐ自転車と電車の距離はすぐに離れていってしまった。女の子はぶんぶんとちぎれそうなほどの勢いで手を振っている。あっという間に女の子の姿は見えなくなった。

 

 見ているこっちが恥ずかしかった。当事者はなおさらだろう。

 

 見てたかな、八幡。きみが自分をどう思っていても、きみがひとりぼっちじゃないのはみんな知ってる。知らないのはきみだけだ。

 

 きみのためにならみんな、いくらでも頑張れるんだ。ぼくだってそうだったよ。

 

 だからその分、きみが誰にも頼らず一人でやろうとすると傷ついたんだ、みんな。

 

 いつか誰かが教えてくれるよ。そうあって欲しいし、そう信じてるから。

 

 

 

 ああ、きみに比べたら、ぼくなんか何一つ頑張ってないや。

 

 痛いから、ぼくは目を閉じた。

 

 

 

 連絡してくれればよかったんだよ。それなら一緒に行けたのに。きみは誰かが声をかけてくれるのを待っているだけなんだ、いつも。そんな態度でよく、ほんとうに、きみは、見たくないものを見ようとしない。

 

 

 

 ぼくはきみより間違っていなかったかもしれないけれど、否定されない方がつらいことだってあるんだよ。きみは知らないだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 溜息をついてポケットから携帯を取り出した。鍵を外して待ち受けていた部員の集合写真からカメラロールへと飛ぶ。待ち受けのこの写真は、引退試合の後撮った写真だった。ぼくたちは皆泣いていた。皆思い思いに泣いていた。

 

 普段からあまり写真をとる習慣もなければ機会もなかったけれど、卒業式に撮った写真はアルバムを作るぐらいには豊富だった。ゆっくりとスクロールをして眺めると、じわじわと思い出す。そうか、ぼくは高校を卒業したのか。いまだ実感が湧きづらい。

 

 スクロールしていくと、あるツーショットが目に留まった。制服の胸元に花をつけて、にっこりと笑いこちらに向かってピースをするあの子。隣には奇妙にゆがんだ笑みを浮かべるぼくがいる。とても一緒に撮ってくれなんて言う勇気は出なかったから、彼女の方が言ってきてくれて助かった。

 

 でも、まあ、彼女は相手が誰だろうと同じように愛想良く写真を撮れるのだけど。

 

 だとしてもそれでも、ぼくは嬉しかったんだ。最後まで誰にも言わなかったけど。

 

 あだ名で呼ばれるのは恥ずかしかったけど、特別になれた気がして嬉しかったんだ。

 

 この気持ちを胸にしまっておいたのは、ぼくが最後に張った、小さな意地だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この電車は銀河には向かわない。行き先不明なんかじゃなく、時刻通りちゃんと地に足の着いた駅に向かう。

 

 ぼくはカムパネルラになれない。ぼくはカムパネルラほど強くないし、きみはジョバンニほど素直でもない。だから、ねえ、八幡。ぼくたちは一緒に行けないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤色の包み紙に包まれた飴玉が差し出される。

 

 

 顔を上げてみれば、さっきのぬいぐるみの女の子が恥ずかしそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






11作目、「銀河鉄道」と「バイバイ、サンキュー」という曲でした。旅立ちの曲ですね。
前作「ハートバイバイ」の裏側、俺ガイルで下手したら一番可愛いあの子って八幡のことどう思ってるのかなとかいろいろ考えたらこうなりましたすみません。
でも出してみたかったんです。

この子と、あと「冷温火傷」の「僕」も囲村としては嫌いじゃないです。

次作は満を持して大学生の八幡といろはの話です。

ご意見ご感想、お待ちしております。


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