ダイヤモンドメイカー、ラフ、ラフ、ラフィン。   作:囲村すき

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12作目です。流星を待つ二人の話。


ダイヤモンドウォーカー、ラヴ、ラヴ、ラヴィン。

 

 

「――――おい、まだなのかよ」

 

 痺れを切らして奥の部屋の方に問うと、一色いろはは荷物を抱えてぱたぱたと部屋を飛び出してきた。悪びれもせずすまし顔である。

 

「はいはい、すみません。お待たせしましたー」

 

「荷物多くねえ?別に泊まるわけじゃないぞ」

 

「えー。先輩の荷物が少なすぎるんですって。準備には万全を期さないとですよ」

 

「つーか化粧してんの?夜だし暗いし、人いてもあんま分かんないと思うがな」

 

「はぁ?先輩がいるでしょ」

 

 ばかじゃないのと言わんばかりの顔をして、一色は左手首の腕時計を確認する。

 

「じゃあ、行きますか」

 

「…おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アパートの駐車場の空きスペースに置かせてもらっていた、シルバーのワゴンRに乗り込む。半日4000円ほどで借りてきたレンタカーだ。

 

 もっと可愛いのが良かったです、と一色がぶつくさ言った。言いながら荷物を後部座席に置いて、自分は助手席に座る。何でも良いって言ったのお前じゃねえか。生返事してるなこいつ、とは思ったけど。

 

 やや緊張しながらキーを入れエンジンを動かす。ぐぐぐぐおん、とエンジンが唸りをあげた。ヘッドライトがアパートの塀のあたりをぼうっと照らす。あちこちのミラーを確認し、シートの位置を調整し、咳払いをしてそっとハンドルに手を置いた。

 

「いつにもましてびくついてますね」

 

 俺の様子を見て一色がくすりと笑う。

 

「夜、怖い、危ない」

 

「思わず片言になっちゃうくらいはびびってますね。ええと、助手席が一番危ないんでしたっけ。わたし、後ろ行っても良いです?」

 

「心細くてやばいからそこにいてくれ。左側とかめっちゃ見ててくれ」

 

「はいはい、ちゃんと見てますから」

 

「超安全運転で行くから。40キロ以上出さないから」

 

「それ、逆に危ないですよ」

 

 助手席が危ないという定説を引っくり返してやると心に誓い、俺はシフトレバーに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一色いろはが春の嵐を運んでやって来たのは、ちょうど俺が大学生活2年目をスタートさせようとしていた辺りだった。

 

 あ、どうも。大学一緒なんで、よろしくお願いしますね。一色は驚愕する俺に構わずあっけらかんとそんな風に挨拶した。記憶にある一色とは違って制服は着ていなかったし、随分雰囲気も落ち着いていたけれど、紛れもなく一色いろはは一色いろはだった。

 

 空白の一年間を、まるで足元の水たまりでもまたぐかのように軽々と飛び越えて、俺の元へと一色いろははやって来た。

 

「いや、お前、何しに来たんだよ」

 

「は?大学生やりに来たんですよ」

 

 一色は顔をちょっと傾けて、ジトっとした視線を俺に送ってきた。その顔がやけに懐かしくて、それで多分俺は動揺していて、なんだかよく分からない意味不明なことを口走った挙句一色に鼻で笑われてしまった。その時のことは3年経った今でも鮮明に覚えている。

 

「先輩は相変わらずですねー」

 

「お前もな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 新しく買ったアルバムがそろそろ3周目に入りそうだ。

 

 町を外れるにつれてどんどん車の往来は減って行き、それに応じて俺の緊張もほぐれていった。最後に運転したのは3か月前だったか、ペーパードライバー(仮)の俺はそれでも用心深く、調子に乗るような運転はしない。

 

 ライトを上向きにして車を走らせる。あまりに周りが暗いから、本当にこの道で合っているのか怪しく思う。この道を行けば本当に辿り着けるのか。俺が調べた場所はあれで合っていたのか。このカーナビは俺を騙そうとしてやいないか。

 

 カーナビ陰謀説を疑い出したところで、不憫カーナビは反論の声を上げるかのごとく、意訳をすれば「大体ここら辺がお前の目指す場所だ。なあに心配するな、俺の役目はここで終わりだが、あとは一人で行けるさ。じゃあな」というようなことをしゃべった。

 

 左に広い空き地(というか駐車場だろう)が見え、そこに車が2台止まっていた。ふむ、俺達と同じ目的か。予想よりもだいぶ時間がかかったが、どうやらここで間違っていないみたいだ。そこに入って車を止める。

 

 ヘッドライトを消すと、辺りは光源がほとんどなく(2台の車もライトを消していた)、真っ暗闇だ。一寸先は闇。一寸先も闇で二寸、三寸先も闇だろう。

 

 けれど、頭上には――――――

 

「おい、おきろ」

 

 一色は最初こそ俺にべらべらと喋りかけて運転の邪魔をしてきたが、ものの数分で睡魔に連れて行かれてしまっていた。もうちょっと頑張れよ、と思う。もうちょっと抗えよ、睡魔のやつに。これが本当の寝取られってやつか。睡魔絶対に許さないぶっ飛ばす。

 

 なかなか起きない一色の華奢な肩を軽く揺さぶる。

 

「起きろー」

 

「んぅ」

 

 ばしっ、と俺の手を振り払い、一色は寝返りをうって顔を向こう側に向けた。やべえ、すげえイラッと来た。今度は2倍くらいの強さで揺さぶってやった。

 

「起きろ!」

 

「ひゃあ」

 

 情けない声をあげ、一色は寝ぼけまなこで辺りを見回す。

 

「…」

 

「…」

 

「…ああ、そっか」

 

 俺の顔を見て納得したようにうなずく。納得していただけて良かったです。

 

「物凄く眠たいんですけど」

 

「お前が見たいって言ったんだろうが」

 

「そうですけど」

 

 一色はフロントガラス越しに夜空を眺め、

 

「外に出てみますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一色はまるで最初からいたかのようにするりと俺の大学生活に入り込んできた。学部は違ったがよく構内でも遭遇した。そっと寄ってきてどうでもいい話をしては、不意に興味がなくなったように去る。

 

 身構えていた俺は肩透かしを食らったようだった。一色は俺の現状について何も言ってこなかった。高校の頃の話も一切しなかった。一色はただそこにいた。

 

「お前、友達いないのかよ」

 

「さあ、どうですかね」

 

「俺と友達になりたいわけ?」

 

「や、わたし、先輩と友達になりたいなんて思ったことないんで」

 

 一色があまりに淡泊でどうでも良さげだったので、俺はつい一色の侵入を許してしまっていた。俺はこの土地に来てから一年間は孤高の時を過ごし、これからもその予定だったはずなのに、妙な話だった。

 

「俺の事、何か言わないのかよ」

 

「いえ、べつに」

 

「べつに、って…」

 

「だって先輩に何か言ったって無駄じゃないですか」

 

 一色はあっさりとウジウジの俺を蹴っ飛ばして、どこか諦念しているように言った。そうか、俺は諦められてしまっているのか。と、その時は簡単に納得した。そんなはずがなかったというのに、妙な話だった。

 

 そうじゃない。

 

 言葉で伝わるのは言葉だけ。言葉に力なんてない。一色はそう言ったのだ。

 

 その意味に気づいたのは、もうしばらくした後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぶっ」

 

「そりゃそうでしょう。冬で、夜ですよ」

 

 車外に出て、目の前に広がる満天の星空を二人で並んで見上げる。

 

 中心部から外れただけなのに、辺りは真っ暗なせいか、空気の透明感が星たちのきらめきが一層際立つ。夜のカーテンに燦然と輝く星たちは、一つ一つが宝石のように思えた。

 

「本当に今日、見られるんですかね」

 

「フォースを信じろ」

 

「何を言ってんですか」

 

 今日俺たちが見に来たのは、流星群だった。

 

 ふたご座流星群。3大流星群の一つで、観測できる流星の数が多く、冬に見られる天体ショーとして代表的な流星群である。

 

 星は明るく、数も多いため見やすい上に、場所をあまり問わない。一色はどこでこの情報を手に入れてきたのか、是非見たいと言い張った。

 

 ありていに言えば天体観測と言うやつだ。まあ、流星群なんて日常生活じゃ中々お目にかかれるものではないと思ったし、俺も多少なりとも興味はあったので、計画を立て、今に至るわけだ。

 

 でも、流星でなくてもこの星空にはこれだけでも見に来る価値があるほどの美しさがある。望遠鏡があればなおさらだろう。

 

 天体観測、すげえ悪くない。見えないものはどうしたって見えないけれど、見えるものにこんなに美しいものがあるのだから、そんなに絶望するほどでもない。

 

 

 見えないものはどうしたって見えないけれど、望遠鏡は見えないものを見るためにあるわけじゃないのだ。

 

 

 俺は空を見上げた。

 

 俺が大切に想っていたあの二人の女の子も、この空を眺めているだろうか。

 

 間違いも散々犯したし、ずいぶん助けられた。尊敬していたし、憧れていた。俺たちはきっと、正しくはなかったけれど。でも、俺たちの痛みはずっと此処にある。

 

 大丈夫だ、俺たちの唄は聴こえている。目を閉じればいつでもよみがえる。

 

 だからきっと俺たちは大丈夫。

 

 

 見えないものは見えなくても、なら見えるものはもっと見たい。

 

 たとえこの手が届かなくても、見たい。

 

 そして、俺は決めていた。もし見えたなら、その時は―――――

 

 くしゅん。俺の思考はくしゃみの音で中断された。

 

「さぶいので戻ります」

 

 ずずっと鼻をすすって一色が言う。うーん、台無しだろ、と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 油断していた俺に一色が強烈な一撃を加えたのは、その年の冬だった。

 

 俺のバイト先は、駅の近場のとある小さな古本屋だった。交通の便が良く、俺にもできそうで、ついでに言うと人も少なそうで、そしてブラックと噂される飲食店を避けた結果見つけたのがそれだった。働かざる者食うべからずであり、親の仕送りだけでは到底生きていくことはできなかったため渋々始めたものだったが、案外に長続きしていた。というか、むしろ適正はあったらしい。

 

 バイト先には学部は違うが一つ下の男の後輩がいた。名前を富山(とやま)と言った。金髪の上洒落た眼鏡をかけていて、街中に埋もれそうな小さな古本屋とはおよそ似つかわしくない奴だった。

 

 二人でシフトに入り(と言ってもバイトは俺と富山の二人だけだったが)出身を訊かれ、何の気なしに答えた時だった。

 

「え、じゃあ比企谷さんって一色いろはって子知ってます?」

 

 思いもよらぬ人間から思いもよらぬ人間の名前を聞き、俺は驚く。

 

「や、俺と学部一緒なんスよ。経営学部で」

 

「まあ普通に知ってるが…一個下で…」

 

 ふと顔を上げると、富山の曇り顔が目に飛び込んできた。何やら胸がざわつく。

 

「…え、どうかしたのか、一色が」

 

「…えーと、なんつーか」

 

「…」

 

 富山は前髪をいじって目線をきょろきょろしていた。富山のクセだった。こいつがバイトに入ってから3か月、ちょっと抜けててアホ全開なところとか、意外と気が遣えるところとか――――あと、こんな風に分かりやすいところとか、少し()()()に似ている。

 

「何かあったのかよ!?」

 

 大声に驚いて富山が目を見開く。大声。誰の?俺のだ。あ、今の大声は俺のか。客がいなくて良かった。店的には良くないが。

 

 富山はなおも躊躇っていたが、俺の目を見て遠慮がちに話し始める。

 

「あ、いや、すんません。ちょっと聞きたいだけなんスけど…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと顔を横に向けると、一色は助手席でブランケットにくるまり、室内灯の明かりを頼りにノートのようなものに何か書いていた。

 

「なあ、今、富山ってどうしてんだ」

 

「…さー、どーでしょうねー」

 

「…」

 

 出た、一色の得意な生返事。俺の話を聞け!寂しいだろうが!

 

「…おい、何書いてんだ」

 

 俺が一色の手元を覗こうとすると、一色はばばっと隠して俺をにらみつける。

 

「ちょっと先輩、覗きは犯罪ですよ。さすがに犯罪までかばってあげられないですよ?」

 

「お前にかばわれるまでもしねーよアホ。で、何書いてんの。最近よく書いてないか?」

 

「手紙ですよ」

 

「手紙?誰に送るの」

 

「んー、宇宙飛行士?」

 

「は?」

 

 相変わらずわけのわからないことを言う。俺の表情が可笑しかったのか、室内灯に照らされた一色の顔が優しく微笑む。

 

「あ、そうだ」

 

 一色が得意げに鞄から取り出したのは、花柄の可愛らしい巾着袋。中からラップに包まれた小さなおにぎりを出す。それを俺に渡して、どうだ、とばかりのドヤ顔。若干誤魔化されたような気がしないでもない。

 

「じゃーん、夜食ですよ」

 

「おお、まじか。さんきゅ。何味?」

 

「塩、梅、おかか、コロッケ、アーモンドチョコ」

 

「最後の方ちょっと怪しくね?」

 

「ロシアンルーレットですよ。いただきまーす」

 

「え、今お前が渡してきたよね?」

 

「あ、梅入ってました。おいしー」

 

「おい」

 

 俺のおにぎりにはコロッケが入っていた。良かった、まだ大丈夫。

 

 室内灯を消して、二人で星空を眺めながらおにぎりにぱくつく。

 

「流星、まだかなぁ」

 

 隣で一色が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『本人はどう思ってるのかなって…や、だって()()()()()()()()()()()()()()()()()当然分かってたはずだと思うんスよ。なんか勇気あるっつーか…うーん、なんて言ったらいいんスかね』

 

 富山に話を聞いた次の日、俺は去年取った講義にこっそり忍び込んだ。一般教養科目で、一年生は学部に関わらず取る講義だった。

 

 一色も当然そこにいた。

 

 ひとりきりで、教室の隅にぽつんと座っていた。

 

 俺と目が合って、一色は少しバツの悪そうな顔をした。

 

 

 講義が終わった後、一色を外に呼び出した。一色を連れて、大学を出て歩いて歩いて違うどこかへ。

 

 忘れもしない、ある小さな公園の青色に塗られたベンチに俺達は腰かけた。

 

 冬の風に吹かれた青いベンチは冷たくて、身体がすぐに冷えていったのをよく憶えている。

 

「どういうつもりなんだよ」

 

 俺が問い詰めると、一色は開き直ったかのように挑戦的な視線を投げかけてきた。

 

「富山ってやつに聞いたぞ」

 

「なんのことですか?」

 

「…っ!お前…!」

 

 一色はわざとらしく首を傾げる。

 

「えーっと、先輩にあれは見せるつもりはなかったんですけどね。…んー、どうしてやろうかなってこの半年ぐらいずっと考えてたんですけど、思いつかなくて。だから、まあ結果オーライって言えばそうなんですかね」

 

 今まで築いてきた、「大学生の一色いろは」の像にヒビが入り、そこから何か「見えないもの」が見える。そんな感じだった。

 

 90分、俺はあの教室の様子を見続けた。

 

 なんで。お前、そうじゃなかっただろ。

 

 じりじりと焦燥感が俺を駆り立てる。頭がかーっと熱くなって、同時に胸のあたりが急激に冷たくなって――――何か俺は見落としている。何かまた俺は間違いを――

 

「お前、何言って…」

 

『学部の初っ端の集まりでああいうこと言っちゃったわけですから、今、もう一色さんかなり立場悪いんスよ。女子には媚びてるとかビッチとか言われまくってるし、男子には…まあ中心的な奴に嫌われちゃいましたからね…誰も話しかける勇気でないんスよね』

 

 一色いろはは笑顔を作って俺に見せた。

 

 

 

 

「だって、先輩に何か言ったって無駄じゃないですか」

 

 

 

 

 一色が春先に言った言葉。俺は重いハンマーで頭をぶん殴られたように感じた。

 

 理解してしまった。気づいてしまった。

 

 言葉に力はない。言葉で伝えたところで伝わるのは言葉だけだった。

 

 つまり、そういうことだ。

 

 一色は、俺に。

 

『最初っからそれ目的の男っているんすね。明らかにあの子も嫌がってたんで、誰かが止めなきゃいけなかったんですけど、でも…でも結果的に一色さんのお蔭であの子は波風立てずに済んだし、助かったんスけど…確かに俺ら、誰も傷つかずに穏便に平穏にやれてますけど…でもそれは…』

 

 今まで築いてきた、「大学生の一色いろは」の像にヒビが入り、そこから何か「見えないもの」が見える。そんな感じだ。

 

 一色の像が崩れて、代わりにそこから現れたのは、大きな鏡。

 

 見つめ返してきたのは、俺だった。

 

「…お前」

 

「多分先輩は、ちゃんと見たこと、ないと思って」

 

『一色さん以外は、ですけど…』

 

 一色いろはは、比企谷八幡に、考えられる最も残酷で無慈悲な仕打ちをした。

 

 俺は愕然として、一色だったものを見つめる。

 

「…どうして」

 

 本当は理解していた。でも、訊かずにはいられなかった。

 

 

 

 この痛みが。

 

 今俺が感じている怒りが、あの時感じた彼女の怒りだった。

 

 今俺が感じている悲しみが、あの時感じた彼女の悲しみだった。

 

 

 

 

 

「やめてくれ…」

 

 いやだ、やめてくれ。そんなことしないでくれ。俺は選べなかったんだ。違う、分かってる、そうじゃない。だけど、そうするしかなかったんだよ。俺は、俺にできることを、一番効率のいい形で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛みが。

 

 

 

 

 

 

 

「わたしがやらなきゃって、思ったんです」

 

 

 

 

 

 

「…でも、痛いですね、先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こんなに、痛かったんですね、先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の微笑みを見て、俺の中で何かが壊れる音がした。

 

 壊された。

 

 

 

 

 

 気が付くと、俺たちは二人で赤ん坊のようにわんわん泣いていた。

 

 駄々をこねる赤ん坊のように、嫌だ、嫌だ、と泣き喚いていた。

 

 俺たちは座ったまま隣合ってずっと二人で泣いていた。抱き合いもせず、寄り添いもせず、ただ隣に座ったままずっと涙を流し続けた。

 

 冷たかったベンチがいつの間にか気にならなくなる。

 

「せんぱいのせいですよぉ」

 

 残酷で無慈悲な仕打ちじゃない、俺たちはただ無力なだけだった。

 

「せんぱいなんてだいきらいですよぉ…」

 

 メイクが落ちるのも構わず、一色は泣き続けた。一色は確かに此処にいた。

 

 涙があふれて俺たちを押し流す。

 

 どこへ行けばいいんだろう?

 

 でも一色はそこにいた。

 

 それだけは間違いなかった。

 

 会いに来た。

 

…会いに来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

 一色が隣で小さく声をあげ、俺は追憶から引き戻される。

 

「今、見えた!」

 

「えっ、まじ?」

 

「ほら、また!」

 

 興奮した一色に肩をばしばし叩かれ、俺は目を皿にして星空を見つめる。

 

「え、見えないんだけど」

 

「あっ!あそこ!」

 

「ちょ、どこ?」

 

「しっかり見ててくださいよ、先輩!」

 

 一色は俺の隣でフロントガラスに額をくっつけんばかりにして、目を輝かせ幼子のようにはしゃぐ。口元には純粋なダイヤモンドのような笑みが浮かんでいる。

 

「すごいすごい!あっ、ほらまた!ってかどこ見てるんですか先輩ばかですかわたしのことはいつ見ても良いですからほら、あっ、今!見ました?ねえ見ました?」

 

 俺の視線に気づいた一色が無理矢理俺の顔の向きを変えて正面を向かせる。ぐえっ、首がねじれた…一色が笑ったのが見えた。ああ、もう、お前が笑うのならなんだっていいよ。

 

 良くも悪くも今も昔も一色いろはは強引だった。

 

 だから、俺から行くときは俺も強引に行かなければならない。付き合ってくれと言ったときもそうだった。変なところで律儀なんだ。俺たちに遠慮することなんて何もなかったのに。言葉は無力か?でも言葉がなきゃ俺はお前と出会えなかったろう。

 

 あれから二年経った。

 

 俺は今年で大学も卒業する。来年からは社会人一年目、完全にモラトリアムは終了していた。就職先は…一色は、あのことを憶えているだろうか。笑われるかもしれないが、俺はしつこく憶えている。ともかく、俺はもう学生ではない。

 

 青春ラブコメの終わりだった。

 

 でも。

 

「先輩、写真撮りましょうよ!」

 

 にっこり笑って俺の袖を引っ張る一色。

 

 俺はお前みたいなやつが一番苦手だったはずなんだけどな。どうしてこうなったのか、まったく妙な話だ。

 

 

 

 これからもずっと、なんて思うのは。

 

 

 

 

 言葉は無力か?でも、それでも伝えたいと思うのは決して間違ってない。

 

 

 

 俺は隣にいる彼女を見つめ、深呼吸する。

 

 心臓の痛みの音を聞きながら、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なあ、いろは」

 

「はい、なんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 というわけで、12作目、「66号線」という曲を題材にいたしました。

 「66号線」の歌詞が一色さんの心情だとしたら、もうほんと、心の底からアレですね。愛情が深くてちょっと泣きそうです。

 補足をさせていただくと、大学一年生になった一色さんの周りで何かあったんですね。それを解決するために一色さんが取った手段が、八幡にとっては最も痛い手段だったわけです。

 ちなみに今作が「ダイヤモンドメイカー」「太陽」につながります。

 そして次作をもって最終話とさせていただきます。最終話は「太陽」後の話です。

 ご意見ご感想、お待ちしております。





 

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