ダイヤモンドメイカー、ラフ、ラフ、ラフィン。   作:囲村すき

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長いこと前回から経ってしまいました。こっそり次話投稿あげます。

結構待った話。



沈黙はジェミニを嫌う

 

 

 

 

 

 

 誰もがなにかを待っていた。気付いていないのは僕だけだったのだ。

 

 沈黙が辺りを支配する中、僕はそれを何度でも破ろうとする。

 

「待つことは得意?」

 

 僕の問いかけに、彼女は斜めに首を傾げた。YESの意味にもとれるし、NOの意味にも取れそうな曖昧な角度だ。

 

「それなりにです。気は長い方なので。一概には言えませんが」

 

 続けて曖昧な言葉。どっちでもいいと彼女は多分思っている。自分の意思が僕にどう伝わろうと、どう解釈されようと。そもそも、自分の意思さえどっちでもいいのかもしれなかった。それはさすがにないか?

 

 いずれにせよ、彼女の中で僕はあまり重要視されていないのは何となく感じ取ってしまって少し気落ちする。

 

 それでもめげずに、僕は話し続ける。沈黙は嫌いだ。

 

「僕は、あんまり得意じゃないんだ。黙って待ってる、ってのはそれだけで無駄な時間な気がしてさ」

 

「無駄な時間なんてないですよ」

 

「え?」

 

「十年前の待ち時間にも、今此処での待ち時間にも、何かしらの意味はある…んじゃないかな、と」

 

 端正な顔に彼女が――――比企谷(ひきがや)がここに来てから初めてうっすらと笑みを浮かべたので、僕は目が離せなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンニュイな微笑にどこか眠たげな流し目。

 

 意図してのものかどうか分からないが、一つ下のこの後輩の魅惑的な表情はどんな男の心臓さえ動かしてみせるだろう。僕も例外じゃなく、本能がダイレクトに刺激される。

 

「…な、なるほど!」

 

 声が上擦るのが分かる。それから、先の自分の発言は、今同じ時間を共有している彼女に対して好印象を与えなかったかもしれない、と今更気づく。

 

「あの、誤解しちゃったらアレなんだけど、僕は別にこの状況が嫌だって言ってるわけじゃなくてさ」

 

 むしろ僕にとってはこの二人きりで過ごす待ち時間は願ってもない状況だ。こんなチャンスは滅多にない。めったにないチャンスを逃さないのが真の男と言うものである。

 

「嫌じゃないんですか、先輩」

 

「むしろ嬉しいというかなんというか…」

 

 比企谷はいつの間にか無表情に戻っている。

 

「むしろ、あ、いや、なんでもない」

 

 僕たちは体育館の倉庫の中にいた。

 

 九月と言えどまだまだ元気溌剌な太陽の下、本日この学校では体育祭が行われた。僕と比企谷は共に体育祭の実行委員であり、今日まで多くの仕事をうんざりするほどこなしてきた。今日と言う日を待ちわびたのは体育祭を楽しむどうこうというよりは委員会の仕事から解放されるからという意味合いの方が強い、と感じるほどには。

 

 全ての競技を終えて、閉会式も終わり、僕たちは最後の仕事として後片付けを行っていた。一応全校生徒総出でという名目だが、一般の生徒たちはさっさと退散してしまうか、一応残っていてもいまだ興奮冷めやらぬと言った体で、結果発表の話だとか、この後の打ち上げのための打ち合わせだとかで盛り上がっていた。正味、労働力として貢献しているのは結局実行委員たちだった。

 

 やっとの思いで片付けが終わり、委員会は解散した。解散の後、僕は比企谷と体育館の中にある体育倉庫で備品の最終チェックを行った。チェックは滞りなく進み、この倉庫から持ち出した全ての備品はしっかり元あった場所に戻されたことが無事に確認できた。

 

 問題はここからだった。倉庫の引き戸が開かないのである。

 

「なにかが引っ掛かっているか、それとも閉じた時に鍵がかかってしまったか…」

 

 重たい引き戸を懸命に引っ張ったが、押してもみたが、一向に扉は開く気配を見せない。というか、内側に鍵がないことがそもそも重大な欠陥な気がしてならない。

 

 僕は少々疲れてしまってマットの上に座り込んだ。倉庫の中には体育で使用する道具が置かれており、大きな棚にはさらにこまごまとした備品が所狭しと並べられている。

 

「それか、誰かが外から鍵をかけたか、ですかね」

 

 跳び箱の上に腰かけた比企谷が呟く。倉庫の中には小さな窓が一つ、高いところにあるだけであり、全体的に薄暗い。

 

「…それって、わざと…ってこと?」

 

「…さあ、故意かどうかはともかくとして」

 

 先程、誰かが外から気付くかと思い、重たい引き戸をガンガン叩いて大声を出してみた。が、それも効果はないに等しかった。得られた成果は喉の渇きと拳の痛みのみ。

 

 それもそのはず、すでに大半の生徒は下校しており、残った生徒たちもわざわざ体育館に来る用事もない。すでに遅い時間と言うのもあるが、一日中の運動で疲れ切った体を押してまで部活を遂行しようとする殊勝な部は、ごく一般的な進学校であるこの学校には存在しなかった。

 

 しかし、もう一度言うけれど、これはチャンスだ。ピンチではなく、チャンスだ。

 

 現在進行形で日が沈んでいるお蔭か、倉庫の中はそこまで暑くはない。比企谷はまるで無駄なエネルギー消費を避けようとしているかのように、じっと座っている。

 

 しばらく沈黙が続いた。喉が渇き、持っていたペットボトルのスポーツドリンクを飲む。思い至って、比企谷にも差し出した。

 

「飲む?…あー、飲みさしでよかったら」

 

 比企谷はちょっと首を傾げて、

 

「ありがとうございます。でも、ここ来る前に飲んできたばかりなので大丈夫です」

 

「あ、そっか」

 

「また欲しくなったら頂いてもいいですか?」

 

「もちろん!」

 

 かえって気を遣わせてしまったかもしれない。見失いそうになった会話の糸口を、とりあえず掴んでみることにする。沈黙はたまらないからね。

 

「にしても、どうしようか。こんな時こそ携帯を携帯しとくべきだったのに…今何時かも分からないや」

 

 僕たちが着ている学校指定の体操服には一応ポケットはついていたが、僕は携帯を入れていなかった。それは比企谷も同じ。腕時計もしていなかった。持ち物はペットボトルと、あと備品チェックの用紙、ボールペンのみ。

 

「困りましたね。先生たちももう多分ほとんど残っていないし」

 

「委員会担当の大野先生はまだいるはずだから、不審に思って探しに来てくれるかもしれないね。もうちょっと経てば警備員的な人も見回りに来るかも」

 

「そうですね。大野先生も私たちの報告を待ってるはずですから」

 

「そのはず…だと思うけど。あの人が僕たちの存在を忘れてたら…」

 

 また少し僕らは黙りこくり、大野先生のことに思いを馳せた。かの筋骨隆々の若い男性教師は、少々迂闊なところがあり、なおかつ不注意な点が多々ある。

 

「信頼できる友人が救出してくれると言うのがベストですけど、連絡をとる手段はナシ。ということは、次点で自力で脱出。最悪、先生、もしくは警備員に見つけてもら う。最悪にも引っ掛からなければ、誰にも見つからず朝になることですね」

 

「先生に見つけてもらうのが最悪なの?」

 

 僕の素朴な疑問に彼女は肩をすくめて、

 

「もし仮に見つけてくれたとしても、詰問されますよ。こんな長時間、男女二人きりでなにをしていたのかって」

 

「…ちゃんと理由を話せば大丈夫じゃないかな…実際、ちゃんと仕事はしてたわけだしさ」

 

「さあ、確かに仕事はしてましたけど。火のない所に煙は立たないってことは、言い換えれば紛い物の火でもそれが点いてしまえば煙は立ってしまうってことですからね」

 

 比企谷はまるで他人事のようにつらつらと言う。

 

「私はともかく、先輩はまずいんじゃないですか。推薦狙ってるって聞きましたよ」

 

 本当に他人事だった。思わず苦笑する。確かに僕はじきに受験を控えた3年生だ。学校と言う場所にはウワサも事実に、ホントも嘘にされてしまう不可解理不尽極まりない力がある。僕たちがその餌食になることは十分考えられた。

 

「いやいや、そうだけど、背に腹は代えられないと言うか。つか、比企谷こそそんな邪推されたら嫌だろ。女の子なんだし」

 

「嫌ですね」

 

「そうはっきり言われるとなぁ…。や、いいんだけど。それにさ、比企谷、3年の間でもかなり人気あるんだよ。有志の方々に僕が殺されちゃう。ほら、()()()()()()()を筆頭にね」

 

「子分ですか」

 

 僕の物言いが可笑しかったのか、比企谷は小さく笑った。僕はそれに少し気分を明るくして、比企谷に笑みを見せる。

 

「そうだよ。あいつが目、光らせてるからさ。だからたぶん、皆比企谷にうかつに手を出せないんじゃないかな」

 

「なるほど。わたしがモテないのはそういうわけでしたか」

 

「いや、そうじゃな……まあいいか。ちなみに聞いても良い?比企谷ってどんな奴がタイプなの?」

 

「異性の好みってことなら、年上ですね」

 

「お、ということは、僕もアリってことだよね。よっしゃ!」

 

「いえ、10歳くらい離れてて欲しいですね。わたしの知り合いに10歳差で結婚した人がいて、憧れてるんですよ」

 

 本気かどうか判別がつかないようなことを、比企谷は淡々と言った。

 

「あれ、“子分くん”は?」

 

「何を言ってるんですか、もう」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 

 

 

 

 

 

 そんな密室状態の体育館倉庫で自分の事が話題に上がっているとはつゆ知らず、俺はおとなしく待ち合わせの玄関で待機していた。とはいえ、もう、流石に限界だ。いくらラインをしても一向に返信が来ない。電話も同じく。何のための携帯だ。

 

 痺れを切らして立ち上がる。委員の仕事があるにしても遅すぎる。どこで何をしているんだろう?色々なパターンが頭に浮かぶ。

 

「…しょうがないなー…」

 

 夕日の差す廊下を早歩きで進む。足に疲れが来ているのが分かる。運動部にも入っていないのに、今日はちょっと張り切り過ぎたかもしれない。上手く周りにのせられてしまった。

 

 一段跳びで階段を上り、2-Fを目指す。もう教室に残っている生徒はほとんどいない。いないとは思うが、一応確認だ。そう思って扉を開けた。

 

「………」

 

「…っ!」

 

「…おー」

 

 途端に後悔した。教室の窓際で体を寄せ合う一組の男女を発見したからだった。女子の方が顔を夕日よりも真っ赤に染めて男子を突き飛ばし、男子は面白がるような顔で素直に突き飛ばされていた。男子は富樫(とがし)という名のろくでもない男だった。ろくでもなく俺の知り合いだった。

 

 女子生徒の方がこっちに近寄ってくる。体育祭仕様のポニーテールにした髪が似合っている。編み込みが見事だ。

 

「あのっ、こ、これはなんていうか違くて…!」

 

「いやー、邪魔してごめんっす」

 

「ええっ!?えっ、えっーと」

 

「あー、大丈夫大丈夫。あんたのこと、大体富樫(コイツ)から聞いてっし」

 

 わたわたとよく分からない動きを重ねる女子生徒をなだめるように言う。それを尻目に、富樫がケラケラ笑っている。

 

「誰かと思いや、今日の赤組ハイライト選手じゃん。シスコンだけど」

 

「シスコン言うなし、アホ。神聖なる教室で乳繰り合ってねーでさっさと部活行けよな」

 

「乳ッ!?」 女子生徒が悲鳴を上げる。

 

「今日は部活ねえんだよ。祭りの後にカツドウする部活がこの学校に存在すると思ってんのかァ?」

 

「やる気あんのかよ、脳内モザイク男」

 

「ヤる気しかねえよ、姉貴大好き芸人」

 

「ヤ、ヤるってわ、わたしは別に…!」

 

「上手いこと言ってんじゃねーよ。それに芸人になった覚えはねえ」

 

「姉貴大好きは認めんのかよ。引くわあ…」

 

 俺と富樫の間に挟まれて顔をリンゴにした女子生徒(名前は忘れた)が、とうとう堪えきれずに富樫を一発ビンタして、それから俺の方に向き直った。

 

「あ、あのっ、ひょっとして、比企谷さん探してる!?」

 

「あ、うん、よく分かったねー」

 

「よく分かったもなにもそれしかないし…まだ、あの子は帰って来てないよ。荷物も席に残ったままだし」

 

 彼女の指さす方向の机を見ると、見知った鞄が確かに置いてある。なるほど、先に帰ったわけではないことは明らかだ。

 

 じゃあ、どこに行ったんだろう?

 

 俺の表情を読み取ったのか、ようやく落ち着いたのか、彼女はくすりと笑みを浮かべた。

 

 その笑みを見ていたら、一つ考えが浮かんだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…な、なに、かな?」

 

 考え込みながら彼女の顔を見つめ続けていたらしい。気の毒なほど汗を流しながら彼女はぎこちない笑みを浮かべる。

 

「…いや、そのポニーテール、時間かかったろ。すごく可愛いと思う」

 

「!?」 女子生徒の顔が再びリンゴ化する。

 

「ぶふっ、んだよオイ、人のぉ口説いてんじゃねえよ。さっさとてめーのお姫ちん探しに行けよ」

 

 ケラケラ笑いながら富樫が俺の肩を小突いた。

 

 

 

 

 

 

 

 比企谷は、倉庫の窓を調べたり、引き戸の鍵をどうにか壊せないか試行錯誤しているようだったが、想定以上にすぐにさじを投げてしまった様子だった。

 

「やっぱり、無理そう?」

 

「そうですね。というか…一つ重要な問題が」

 

「え、どうした?」

 

「………」

 

 比企谷はさっきも座っていた跳び箱に座り、膝をよじって何か物言いたげである。その様子に僕はピンときて、

 

「…もしかして、トイレ?」

 

「……………………」

 

 黙ってうつむくのが何よりの肯定だった。僕は急いでペットボトルの中身をすべて飲み干し、ぐいと差し出した。

 

「え」

 

「…どうしても我慢できなくなったら、その、体にも悪いし」

 

「……」

 

「後ろ向いてるからさ。絶対振り向かないから!ほら、そこの、跳び箱の後ろとかで」

 

「…」

 

 疑心と羞恥と感謝の入り混じったような顔をして僕を見つめる比企谷。ペットボトルを受け取り、まじまじと見つめる。

 

「そりゃ、音は、流石にどうしようもないけど…」

 

 僕の言葉に比企谷はさらに顔をうつむかせる。倉庫の暗さに拍車がかかっており、その表情はうまく読み取れない。

 

 比企谷は跳び箱の後ろに立ち、跳び箱を挟んで僕と向かい合った。

 

「…じゃあ、ちょっと後ろ向いててください」

 

 快くうなずいて、僕は比企谷に背を向け、引き戸と正対して立った。まあ、こんな事態になることは当然予測できた。彼女には悪いけれど。

 

「絶対、振り向かないでくださいよ?」

 

 心なしかか細い声が聞こえ、僕は振り向かないままうんうんとうなずく、

 

 落ち着け。僕はともすれば緩みそうな気を引き締める。これはチャンスなんだ。

 

 2,3分ほどガサゴソやる音が聴こえた後、沈黙。

 

 慣れたものだ、こんな沈黙も。肩越しに様子を伺いたいのを我慢していると「すみません、もういいですよ」と比企谷が言ったので、振り返る。

 

「先輩がペットボトルを持っていてよかったです」

 

 比企谷が笑って、口の端に八重歯が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 教室棟から渡り廊下を渡った先にある特別棟。そこのとある教室に用があった。何の変哲もない空き教室に見えるその教室扉の上には、「天文部」とそっけなく書いてあるプレートがかけられている。

 

 がらりと勢いよく扉を開ける。中に置かれていた椅子に座っていた男が、驚いて振り返った。この教室と同じくらい何の変哲もない顔のおっさんだ。一応この学校の国語教師である。

 

「あれ、どうした?」

 

 やっぱり俺の探し人はいない。

 

「いや、なんでもないっす。センセーこそ何してんですかー?」

 

「ん、ああ、暇つぶしに本読んでたんだ」

 

「いや、そうじゃなくて。なんで部室にいるんすか。いたらまずいっすよー」

 

「いやいや、俺一応ここの顧問だからね?いたらまずいとかないから!」

 

「あははー。でも、ぶっちゃけセンセーってあんまり先生に見えないっすよねー」

 

「教師歴幾年の俺を捕まえてひどくない?というか、比企谷さん(あの子)見なかった?」

 

「見てないっす。っていうか、こっちが訊きたいっす」

 

 俺が詰め寄ると、教師歴幾年の先生は何故か両手を上げて降参した。なんか知らんけど俺が勝利したようだった。

 

「いやさ、さっき言われたんだよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それでずっとここにいるんだけどさ…」

 

 いつまで待っていればいいんだか、と先生は肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

「音がしなかったけど、やめたの?」

 

「え?なんのことですか?」

 

「は?トイレ、しなくていいの?」

 

 尿意を催していたんじゃなかったのか。比企谷は何事もなかったかのようにけろりとしている。その表情に少し苛立ちを感じた。

 

「このペットボトルにですか?まあ、できなくもないですけど」

 

「いや、だって、さっきまで…」

 

「それより、考えたことを話していいですか、先輩」

 

「え、なに?」

 

「もう飽きちゃって。推理タイムに入りましょうよ」

 

 比企谷は跳び箱に手をつくと、反対側から華麗に跳んで、再びそこに腰かけた。足を組んでいる。僕も再び、マットの上で胡坐をかいた。

 

「わたしは先輩とここに閉じ込められたわけですけど、それってどう考えてもおかしいですよね?」

 

「おかしいって…鍵がかかってしまったことを言ってるの?」

 

「先輩はさっきも、()()()()()()()()()()なんて言い方をしてましたけど、それっておかしいと思いませんか?鍵はひとりでにかかったりしないですから」

 

「そりゃ、そうだけど…誰かが僕らが入ってることに気付かないで鍵をかけてしまったってことじゃ?誰かがわざとしたのかもしれないけど、多分それはないよ。メリットがないし、僕も比企谷も多分、誰かに嫌がらせをされるような筋合いはないだろうし」

 

「それが不自然だと思いませんか?()()()()()なんてことが?わたしたちは結構おしゃべりしながら作業してましたし、外から分からないなんてことないと思います」

 

「…じゃあやっぱり、誰かがわざとってことか」

 

「いや、誰かっていうか、閉めたのは先輩ですよね」

 

 驚いて僕は比企谷を見る。比企谷は涼しい顔で僕を見下ろしていた。

 

「…どういうこと?」

 

「わたしが最初に倉庫に入って、あとから先輩が引き戸をぴったり閉めたじゃないですか」

 

「……あ、そういうこと。いやごめん、確かに僕が閉めた。それは謝るよ。特に意味は無かったんだけど…そのせいで()()()()()()()()()()()…」

 

 比企谷はそのすらりとした足を組んで、小首をかしげて見せた。

 

「鍵をかけたのは先輩の友達でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 以心伝心にも限界があると思う。結局その多くは言葉にしなければ始まらないのだ。言葉にしたってその確実性は怪しいものがあるけど、だからといってテレパスに頼るのは子供っぽすぎる。ガキだから子供っぽくてナンボとはいえ、結局俺たちは皆言葉を使わざるを得ない。

 

 …っつーかなんかどうも、嫌な予感しかしないのはなぜだ。

 

 天文部部室を飛び出して、向かった先は職員室だ。体育祭実行委員会の担当の大野という体育教師に会いに行くためだったが、結果は空振り。というか既に帰宅していた。

 

 が、これで分かった。委員会担当の教師が帰宅しているということはイコール、実行委員会はその仕事を終え、責任の全てを果たしているということに他ならない。そうじゃなければ担当教師が帰宅なんてするはずがない。

 

 つまり、委員会の連中は体育祭の仕事なんてもうとっくに片付けているはずなのだ。

 

「スタンドプレーも大概にしてほしいよなー…」

 

 思わず悪態をつくと、すれ違った女子生徒が目を丸くする。取り繕うために笑顔を見せると、その子は何故か頬を赤らめた。

 

 

 

 

 

 

 

「今年の3年生って妙にガラ悪いですよね。よくない噂とか結構聞きますよ。例えば…定番で行けば学校でタバコ吸ってるとか。部活での後輩指導と言う名の集団いじめとか。あとはまあ…盗撮とか。更衣室とかに仕掛けられてたり。で、それを売買する輩がいるらしいんですよね。全く情けない限りです」

 

 黙っている僕に視線を浴びせたまま、比企谷は流暢に話し続ける。

 

「その現物の写真とか動画はデジタルで売買してるっぽかったんですけど、この間現像したのが偶然見つかりまして。それで盗撮疑惑が浮上したってわけです」

 

「へえ…そんなことがあったんだ。ちっとも知らなかった」

 

「犯人はなーんかカラクリがあるのか、なかなか尻尾見せないらしく、女の子たちも怖がってるんですよね。一体どんな人がやってるんでしょう」

 

「…えーっと、ひょっとして比企谷、僕がそういうことしてる人だって言いたいの?だとしたら、多分凄い勘違いだと思うんだけどな…」

 

 浮かべた笑顔が引きつっているのが分かる。突然何を言い出すかと思ったら、そんなことか。比企谷の推理ごっこに困惑する。

 

「いますよねー、こういうことばっかり頭が回る人。多分、ゲームか何かと勘違いしてるんでしょうね」

 

「あー、えと、ひょっとして比企谷はその被害にあった女の子たちの仇討ち的な…?」

 

「まさか」

 

 比企谷は首を横に振った。

 

「わたしはいつも自分の事だけで精一杯です。わたしが誰かを助けようとするなんて傲慢過ぎて呆れてものも言えませんね。きっと誰かを助けられるのは聖人君子みたいな人だけですよ」

 

「あはは、結構面白いこと言うね、比企谷」

 

「このカメラは全然面白くないですよ、先輩」

 

 比企谷が片手に持つのはその言葉通り、黒っぽいデジタルカメラだった。

 

 全身の血が一気に冷えた気がした。

 

「…それ、」

 

「これはですね、さっきわたしが先輩にもらったペットボトルでトイレをしようと思って跳び箱の後ろに隠れた時に、偶然見つけたものなんです。下の方の棚の奥の段ボール箱に光るものがあるなぁと思って開けてみるとこれがまるで隠すように入ってて。電源がついてて録画状態だったので驚きましたよ」

 

「……へえ、なんだろうね、それ」

 

「見てください。容量が大きくて、録画されてるのが結構見れるみたいなんですよ。ほら、なにか薄暗い――――――」

 

 比企谷の言葉はそれ以上続かなかった。僕がそのデジカメを思いっきりぶんどったからだった。何か言おうとする比企谷を思い切り突き飛ばす。

 

 比企谷は跳び箱にぶつかってマットに倒れ込む。そのままマットの上で組み敷いて、僕は馬乗りになった。

 

「……おまえさ、さっきからなんなの?」

 

「…自覚はありますよ、性格の悪さに関しては」

 

 

 

 

 

 

 

 なんとなく直感でリミットが迫ってきている気がして、俺は急いで廊下を走って体育館に向かった。それにしてもまったく、今日は学校を走り回ってばかりだ。

 

 1階まで階段を駆け降りると、渡り廊下の下を通り、体育館へ走る。流石に疲労が溜まりすぎだ。もう既に早く帰りたいまである。今日は1日中走りっぱなしだ。まさか体育祭の後もこうして走ることになるとは。帰るまでが体育祭なのだろうか。馬鹿を言えという感じである。

 

 やっとの思い出辿り着いた体育館の重い扉を、ゆっくりと開ける。ここにいてほしかったという俺の想いは報われず、中は空っぽ――――ではなかった。

 

 二人の男子生徒が入り口から見て左の方にたむろっていた。見るからにガラの悪そうな二人組である。手にしていた携帯電話を制服のポケットにしまい、こっちに近づいてきた。

 

「なにしにきたの、おまえ」

 

「や、ちょっと人探し中で」

 

「ここにはいねえよ。俺らがここでバスケしてんの。邪魔だから帰れ」

 

「俺の記憶じゃ、バスケに使うのはボールであってケータイじゃないと」

 

 二人は顔を見合わせ、にやにやと笑いながら俺を囲んだ。一人が体育館の扉を閉める。

 

「舐めた口きいてるとさ、痛い目あうけど、いい?」

 

 軽く肩を小突かれ、俺はよろめいた。

 

 嫌な予感はどうやら的中したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あははは、ひょっとすると比企谷、お前ってバカだったの?」

 

 比企谷に馬乗りになって体の自由を封じながら、僕はデジカメを彼女に向けた。苦しそうに顔をしかめていて、なんとも()()()

 

「するとあれか、ヒーロー気取りはお前だったってわけだ。初めから僕らがやってること知ってて、その証拠をつかんでやろうとでも思っちゃってたわけだ!」

 

 体育館倉庫の備品最終チェックは本来僕に回されていた仕事だったが、僕は倉庫に行く前に担当教師の大野にチェックは終わったと報告していた。優等生の僕の言うことに教師は何の疑いも持たない。仕事が速いねと褒められたくらいだ。

 

 だから大野はおそらくもうとっくに帰宅している頃だろう。そもそも僕と比企谷がここにいることも知らない。

 

 大人はみーんなばーかしかいなーい!

 

「ここにヒーローはいませんよ。言ったじゃないですか。わたしは自分のために精一杯です」

 

「ほんっと面白いなお前!浅はかな上に滑稽で間抜けだ!そもそもお前がノコノコやって来た時点でお前のバッドエンドは揺るがねーんだよ!」

 

 比企谷は俺の下からなんとか脱出しようと懸命に身をよじっている。最初こそ随分冷静だと思ってたが今じゃ焦りが見え見えだ。滑稽を通り越して憐れにすら見えてくる。こうなることが少しでも予測できなかったのか?

 

 あぁどうしよう。めっちゃ楽しくなってきた。

 

「やっぱり、盗撮犯って先輩なんですね。仲間もいるみたいですけど」

 

「まあね…実はそうなんだ…ごめんね…って気付いた時にはもう遅い!皆脳みそ空っぽで助かるよぅ!」

 

「知ってたんですか、この体育館使う部の女の子たちが最近此処で着替えてること」

 

 僕を毅然とにらみつける比企谷。いいね、そういう顔。たまらない。

 

「ま、それはそれだね。今日はたまたまだな。チャンスだと思って」

 

 急遽ここに舞台を整え、比企谷にニセの仕事をつかませた。まさか気付いていたとは思わなかったが、結局こうなれば同じことだ。

 

「さっきのお前がトイレしたいって言って僕に後ろを向かせたのは、このカメラを探すためだったんだな。いやいや、演技上手いね。つかよく見つけたな。結構上手く隠したと思ったんだけど」

 

 ペットボトルを持っていき、カメラのある方に誘導すれば盗撮動画がとれたはずだった。計画通りに行けばそれをネタに脅すことができたが、まあ、上手く行かなくても別に良かった。

 

 別にどっちだって良かった。どう転ぼうが結局僕は勝つ。

 

「言ったよなあ、比企谷…お前は人気あるって。あれは嘘じゃないぜ。お前の写真は良い値段つくんだけどなかなかどうして用心深い…そういや前に僕の一台目のカメラ壊したのってお前?2階トイレにしかけといた奴。ま、いいや。力づくはあんまり綺麗じゃないけど、まあこれはこれでアリだよね!」

 

 左手でビデオカメラを固定しつつ、右手で比企谷の体操着を引っ掴む。そのまま脱がそうとして、しかしぴたりと僕は動きを止めた。

 

 比企谷が薄く笑っていた。

 

 先ほどまでの焦燥が嘘のように、落ち着き払っている。

 

「先輩、待つことは得意な方ですか?」

 

 驚くほど底冷えのする目に見据えられて、僕は思わず身震いした。身震い?まさか僕がビビってる?苛立つ。なぜこいつはこんなにも冷静なんだ?どう考えてもおかしい。この落ち着きようは尋常じゃない――――――

 

「わたしも言いましたよね。10年前の待ち時間にも、今此処での待ち時間にも」

 

 比企谷は深い雨の色をした瞳を、僕にひたすらに向けて。

 

 

 

 

 

 

 

「何かしらの意味は、あるんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つっかえ棒として使われていたバレーボール用ネットの支柱を取っ払って、勢いよく扉をあけ放った。男が女をマットの上で組み敷いており、その男が驚愕の顔をこちらに向けていた。俺は男に一挙に詰め寄り、その顔面を躊躇なく蹴り飛ばした。

 

 言葉を発する間もなく男は体ごと吹き飛び、後ろにあった跳び箱にぶち当たった。痛みにうめきつつも立ち上がろうともがく男の鳩尾に、勢いよく膝蹴りをかます。

 

「ぶへ」か「ぐえ」かというような意味のない声を漏らし、男は膝をついた。その顔を再び蹴り飛ばして、それから何回か腹を蹴ると、男は床にうずくまってべそをかき始めた。

 

 あっけない終幕。所詮こんなものだ。ちなみに倉庫の外で倒れている二人組も右に同じ。結構弱かった。

 

 襲われかけていた女が立ち上がろうとするので、手を貸した。女はにこりともせずに、

 

「遅いよ、慧吾(けいご)

 

「んなこと言うなら最初っから全部説明してちょー。言葉足らずなんてレベルじゃねーっすよ?」

 

「時間がなかったんだよ。ま、来なくてもわたしだけでもいけたけど」

 

「いやいや、今やられるとこだったでしょうが。危なっかしいんだよ四季(しき)は。冷静そうに見えて結構甘いとこあんだよなー」

 

 女は――――比企谷四季は、俺の文句を意に介せず、可愛らしく小首を傾げて見せる。

 

「や、どのみち慧吾は来るって分かってたし。証拠さえ掴めばあとは慧吾待ってればいいかなって」

 

「四季ちゃんってば素直にお礼言えないんだものなー」

 

「うざい…」

 

「ひどい…」

 

 四季は床に落ちていた黒のデジカメを拾い上げた。首を傾げて何やらいじくっている。

 

「というかバカだな、この先輩。ばっちり録れてるし。過去のデータもここに置きっぱみたいだし。こんな杜撰なことでよく今まで無事でいたもんだね。交通事故に遭えばいいのに」

 

「バカじゃなけりゃこんなことしねーよ。つか、そんなバカに危なかった四季ちーも四季ちーだけどね」

 

「うるさいなぁ、チャンスだと思ったんだよ。チャンスは掴まなきゃ。てかパクチーみたいな言い方すんじゃなし」

 

 床にうずくまる先輩(バカ)を踏んづけて、四季は跳び箱の後ろのスペースに入り、棚に手を突っ込んでなにやらごそごそする。取り出したのは四季のスマホだった。録音状態になっている。

 

「一応携帯でも録音しといたけど、あんまり意味なかったな」

 

「おいおいおい、何回も電話したんだぞ。持ってんなら出ろよーっ」

 

「いや、先輩の前で出るわけにいかないでしょ。こっちはこっちでしっぽ掴むの大変だったんだから。さ、いい加減起きてくださいよ、先輩」

 

 四季に目で指示され、俺は男の上体を引っ張り起こし、崩れかけた跳び箱に寄りかからせる。男の顔面は涙と鼻水と鼻血でぐしょぐしょである。

 

 四季はそんな男の正面にしゃがみこむ。短パンから真っ白な太ももが見えている。一方の鼻血男は痛みに顔をしかめつつ怯えるという器用な事をしている。

 

「というわけで残念でしたね、先輩。ま、相手が悪かったってことで諦めましょう」

 

「う…お、お前ら…僕にこ、こんなことしてタダで済むと―――」

 

 俺は最後まで言わせなかった。鼻血男の襟を掴み、軽く揺さぶる。それだけで鼻血男は縮み上がった。虚勢を張っている奴ほど脆いってのは本当のことだったんだなぁと事実確認をする。ソースは誰だっけ?忘れちゃったけどまあいっか。ニーチェでもフルーチェでも誰だっていいもんな。論理も理論もクソ喰らえ。人間は感情で動くんだろ?僕らは所詮ただのガキ。これから何年経ったって死ぬまでクソガキでいいや。あはは。

 

「お前笑えるね。四季、もう2、3発やっとこうか?」

 

「だめだよ慧吾、制服汚したらお母さんに怒られるよ」

 

「あ、やべ。この前もそれで怒られちゃったんだよな」

 

「ほら先輩、鼻血出てますよ。出血多量で死にますよ」

 

「ねえ、推理タイムは終わったの?次はどうすんの?」

 

「そんなのお仕置きタイム一択に決まってるでしょう」

 

「お仕置きタイムらしいですよ先輩。聞いてました?」

 

「わたしあれ好きなんだよね、運命の罰ゲームって奴」

 

「てか、こいつ名前なんだっけ?鼻血男で合ってる?」

 

「大体合ってるかな。ちょっと惜しいけど、合ってる」

 

 やめてくださいお願いしますと小さな声で鼻血男が言ったのが聞こえた。

 

 四季が笑う。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、比企谷さん!やっと見つけた!」

 

 わたしが先輩を担いだ慧吾を連れて職員室に向かっていると、一人の男性教師が向こうから小走りに近づいてきた。

 

「あ、先生。そっか、先生の事すっかり忘れてました」

 

「ひどくない!?待っててって言ったのきみだよな!?一体何してたんだよ…って…ええー…どういう状況それ?なにしてんの?それ、3年の阿形(あがた)君だよね?」

 

 ぐったりとしたバカ先輩を背負った慧吾を見て、さすがのリアクションを取る先生。さすが日夜リアクションの練習に励むリアクション芸人の事だけはある。すごいや、先生。

 

「いえ、バカ先輩ですよ、先生。またの名を鼻血男。ネーミングセンス抜群でしょ」

 

「いや、阿形君だって。成績優秀だって俺も知ってるし。職員会議で私立推薦も決まってたはずだけど…」

 

「ま、成績と頭の良さは比例し得ないっつー代表例っすねー」

 

 慧吾が面白くなさそうに言うと、先生は頭を掻きむしって吠えた。

 

「あああもうまた()()()()()()()()()んだな!?だから俺に残っててくれって言ったのか!」

 

 先生はわたしたちの両親と同年代のおじさんだけど、頭のキレは意外と悪くない。

 

「先生ホント、ご苦労様です。すいませんね、ご迷惑を」

 

 慧吾がくすりと笑い、のびたままのバカ先輩の身体を先生に預ける。先生が恨めしげにわたしたちを見つめるのが可笑しい。

 

「きみたち俺を良いように使い過ぎじゃない?…というか、何度も言うけどあんまり危険なことしないでくれよ?なんでもかんでも首つっこんでたら…」

 

 毎度毎度飽きもせずよく同じことを。わたしは先生のスーツのポケットにバカ先輩のビデオカメラを入れた。

 

「はいこれどうぞ。それ見れば大体コトの顛末はわかります。携帯でも一応音声録音してるんで、必要なったらまた言ってください。それじゃまた、あとはよろしくです先生」

 

 先生からどよんとした諦めのオーラが漂ってくるのが見えるようだ。ぶつぶつと文句を言い続ける。

 

「というか、なんで天文部?せめて奉仕…ボランティア部にするとかさ…まだそれなら奉仕活動がナントカで他の先生にも説明がつくんだけど…」

 

「奉仕?やめてくださいよ、先生。グーパンしますよ。全然違います」

 

「この年になって女子中学生に恐喝されるとは」

 

「わたしたち天体観測がしたくってこの部に入ったんです」

 

「俺ら奉仕の心とか持ち合わせてねーんで。マジ無理っす」

 

「ぶっちゃけわたしたち、そういうのってマジ苦手なんで」

 

「苦手と言うかもう生理的に無理レベルっすよ、生理的に」

 

 それだけ言うと、わたしと慧吾はさっさと退散した。後ろでまだ先生は何か言っているみたいだったけれど、何を言ったところで無駄だ。言葉に力なんてないのは齢13のガキンチョであるわたしたちにですら自明である。

 

 そのままわたしたちは教室から荷物を持ってくると、学校を出た。日が傾いて、当たりをオレンジに染めている。これから殊更に日は短くなっていくのだろう。

 

 今日は疲れた。早くお風呂に入って寝よう。

 

「ふわーあ。大丈夫かなー、センセー」

 

 慧吾がのん気に欠伸をする。つられてわたしも。

 

「大丈夫、って?」

 

「だってさー、四季言ってたじゃん。盗撮犯のバックに学校の影アリって」

 

「ああ。うん、たぶん先生の誰かは知ってたと思うよ。ってか、その誰かはぶっちゃけ写真、買ってたと思う」

 

「え、まじ?事件じゃねーかっ」

 

 事件、と言う割には楽しそうな顔をする慧吾。大きな目がきらきらと輝いている。端から見ればうん、イケメンと言える部類の中でもかなり上位を狙える顔をしている。わたしがモテないのはお前のせいらしいぞ、と胸の内につぶやく。このガキンチョが。

 

「どうすんの?やるの?やっちゃう?」

 

「やんないよ。めんどくさくなっちゃった」

 

 わたしは性格が悪い上に、ひどく飽きっぽいのだ。

 

「えー、そうなの?じゃあいいや。ってかさ、話変わるけど進路調査票出した?」

 

 そしてそれは、慧吾も同じ。こういう時程、血のつながりを感じる。悲しいことに。

 

「まだ。というか、そんなの忘れてたよ。高校とかどこでもいくない?」

 

「どこでもいいけど早く決めてよな。俺四季と同じとこ行くって決めてっから」

 

「キモいからやめて」

 

「あらやだ、実の弟に向かってなんて口のきき方なのかしら」

 

「キモい。ウザい。帰れ。沖縄に留学してそのまま現地人と幸せになれ」

 

「はーい四季っち、そういうのってポイント低いでーす」

 

「それ、叔母さんの真似?」

 

「あー、小町ちゃんって言わなけりゃあの人おこだぜ」

 

 慧吾がにーっと笑みを浮かべ、そしてそれをぱっと消した。視線の先には電柱の下に座り込む学生服である。

 

「おーっす、スーパー比企谷ブラザーズそろい踏みぃー」

 

 そうは言われてもわたしたちは配管工ではないのは確かだ。確かこの軽いノリの男は富樫と言ったっけ。慧吾の友達だ。

 

「いとしのねーちゃんには無事会えたみてーだな、比企谷」

 

「何のようだてめーは。さっさと帰れよ」

 

 慧吾がものぐさに返答すると、富樫何某は両手を挙げておいおいと泣き真似を始める。慧吾に抱きつこうとして、蹴られている。

 

芹名(せりな)に振られちまったんだァ慰めてくれ」

 

「ああ、さっきのポニテの子か。言わせてくれザマミロと」

 

 ポニテ凝ってたなぁあの子、と慧吾が思い出したようにぽつりと言う。

 

「もーお前があんとき来なけりゃーな…というわけでなんか奢れ」

 

「ねぇよ、ばーか」

 

 慧吾の一向につれない態度にふてくされ、富樫何某はこっちに顔を向ける。いちいち動作がオーバーリアクション気味でうざァいこいつ。

 

「お姉さァん、弟君がひどいんだ。なんとかしてくれぃ」

 

 心の内でほくそえんで、わたしは愉快そうに見えるように口角を上げた。

 

「富樫くん、君は運が良いよ。芹名ちゃんに話しかけるきっかけをわたしがあげる。「仇は取ったぜと比企谷が言ってた」と言っといて。きっと仲直りしてくれるよ。その後の保証はしないけど。結局頑張るのは自分だけ。人に頼ってちゃいつまでたっても間違い続けるまんまだからね。間違いは正さなきゃなんないから、まあ、頑張って」

 

 富樫は「何言ってんだコイツ」と言う顔をして押し黙った。慧吾はくすくす笑っている。わたしたちの間で沈黙が支配権を獲得し、またわたしは無駄な待ち時間を生み出すことになった。

 

 誰もが何かを待っていた。本当は誰もが知ってることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





どうしてこうなったって感じですが、19話目です。BUMPのアルバムの最後には[brank]というタイトルの空白の時間が何故かありまして。調べたんですけど色々推察されてました。実際のところは何の意味があるのか…この小説にそんな深い意味はないんですけど。
要するに双子が生まれたよ、ってわけです。二人の名前は足して2で割ったって感じです。


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