ライオンの奇妙な縁の話。
とあるライオンの話だ。
一頭のライオンがいた。
ライオンはその容姿から他の動物に怖がられ、恐れられ、嫌われていた。
立派な体躯、獰猛な顔、鋭い目つきに威圧的なたてがみ。ライオンは自分ではそう思っていなくとも、畏怖の対象だった。
ライオンは仲間が欲しいとかそんなことは別に考えていなかった。
ただ、ちょっとだけ、胸の奥がつんとなるように、寂しかった。
本当は、華奢な猫や、しなやかな虎とも仲良くなりたかったけれど…でもライオンは不器用で、友達にはなれそうになかった。
ライオンはやっぱり怖がられてしまうので、仕方なしにサバンナを出た。
ライオンはあてもなく旅をすることにした。
世界は広い、ライオンは驚きの連続だった。初めて見るものばかりで、ライオンはすべてに対し興味津々だった。
そして、長いこと一人で歩き続けて、偶然立ち寄ったつり橋の向こうで、ライオンは出会う。
最初は太陽かと思ったのだ、ライオンは。
違う。良く似ているけど、違う。ライオンはじっと目を細めてそれを見つめる。大体、太陽は現に自分を高みから見下ろしているではないか。太陽が二つもあってたまるか。
太陽に似ているそいつはライオンの鋭い目で見つめられても、あまり応えた様子はない。むしろどこ吹く風で、ひょうひょうとしている。
こいつは、他の奴らとは違うみたいだなあ。
ライオンは尋ねる。お前は逃げないのか?
逃げる必要はない、おまえのそのでかい図体は俺を踏みつぶすには小さいようだぞ。
…小さい体で大きいことを言うやつだ。ライオンは気が長い方ではなかったので、踏み潰してやろうかと前足を挙げたが、思い直す。
ライオンは尋ねる。俺が怖くないのか?
怖いものか、そんな顔でにらんだってしようがないぞ。
ひょっとすると強がりだったのかもしれないが、そいつは小さな声でそう言った。
ライオンは尋ねる。お前は、いったい誰だ?
うるさいな、お前のその威張りくさったたてがみは見かけ倒しだろう。それと同じだ。
ライオンはそれを聞くと大声で吠えると、それから大粒の涙をこぼした。
ライオンに初めて、話し相手ができた瞬間だった。
それからというもの、その太陽に似た―――名前はタンポポと言った―――と話すのは、ライオンの密かな楽しみとなった。減らず口を叩くのに妙に憶病で、そのくせ強がりなタンポポとライオンは、それなりに良くやっていた。
多分、似た者同士だったのだ。
本当は求めていることとか、それを上手に隠していた事とか。
ライオンの寂しさは、いつの間にかすっかり消えていた。
そんなある日の事、雨が降る日に、ライオンはつり橋から落ちてしまう。
痛い。どこも、かしこも。
谷底で目を開けた時、ライオンの空は狭く、彼の時間はもうあまり残されていないことを悟る。
今日もタンポポは俺を待っているのだ。体は動かないが、声は出るだろう。
俺はひょっとしたら、お前みたいになりたかったのかもしれない。
ライオンは全身の力を振り絞って、声を張り上げる。
俺はちっとも痛くないぞ、だがお前は痛みを抱え過ぎだ。
そこまで背負い込むことはないのだ。その小さな身体で、もう、泣くな。
俺が寂しくないように、多分、お前も寂しくなんかないのだ。
その声ははたしてタンポポに届いたかどうかは分からないが、タンポポはちょっとひねくれたその顔に笑みを浮かべたという。
とあるタンポポとライオンの話だ。
無機質で無慈悲な時計のアラームが鳴る。
半ばサイクル化された一連の動作でアラームを止めると、起き上がり、カーテンを開け、窓の外の様子を伺う。
夜中降っていた雨は止んだようだった。水たまりが朝日に反射してキラキラしている。
あたしは固まった首をほぐし、大きく欠伸をした。
まったく妙な夢を見た。オチなしヤマなし、起承転結も何もありゃしない。
ライオンとタンポポが出てきた、気がする。あたしはどっちの目線だっただろう。ライオンか、タンポポか。それとも、第三者か。
どう考えても、どうにもつじつまが合わない気がする。へんてこな気分だ。
まあ、夢なんて、その程度にしか認識されないものだけど。
でも――――と、あたしは窓の外の水たまりを眺めながら考える。
でも、もしあたしがライオンだったなら―――。
タンポポは――――誰だったのだろう。
「川崎さん、ちょっといい?」
出勤したあたしを社長が早速呼びつけて、今日の予定を聞いてくる。あたしは別にあなたの秘書ではないんですけどね、と皮肉を言いたくもなるが、少人数のこの会社ではそうも言っていられない。
「○○出版社さん、何時からだっけ」
「はい、あと1時間ほどでお見えになると思いますが」
そっか、と小さくうなずいて、社長は伸びをする。
その整った顔に疲れが見られる。また最近寝てないようだ。家にも帰ってないのかも。社長が体調を崩して困るのはあたしたちなのだから、体調管理はしっかりしてほしい。
社長はあたしの小言に愛想笑いをして流す。社内でも社外でも人気の高いその微笑みは、あたしには正直何が良いんだか、と思う。高校生のころからの謎だ。
○○出版社がアポイントメントを取ってきたのは一週間前。社長が動いていたのは知っていたけれど、まさかあちらから社員を寄こしてくるほどに話が進んでいるとは思わなかった。こんなちっぽけな会社にわざわざ、だ。なにかコネか人脈かあったのだろうか?
爽やかが服を着ているような社長の横顔をちらりと見る。あながちありえない話でもないだろう。
「ん、なに?」
目が合う。いえなにも、と首を振ってすぐパソコンのディスプレイに向き合った。けれど暇なのか、社長はあたしに笑いかけてきた。
「ねえ、川崎さん」
「…なんですか」
話しかけんなオーラをこれでもかと発してみたつもりだったけれど、あいにくとこの社長にはほとんど効果はない。人好きのする笑みを浮かべる彼は、昔からどうも苦手だった。
「良い店を見つけたんだけど、今日のお昼付き合ってくれない?」
「無理です」
「即答か…」
言いつつ苦笑して、まるでこたえた様子がない。
「あたしが弁当だって知ってるでしょ」
「じゃあ、夜はどう?」
「斉藤さんとか誘ったら。喜ぶよ」
「嫌味だよね、それ」
「分かってんじゃん」
「つれないな」
あたしはそれ以上は無視して、自分の仕事を始める。
つくづく思う。本当に、この男は苦手だ。
昔よりも、さらに。
自分のデスクで仕事をこなしていると、入口の方がにわかに慌ただしくなる。
どうやら来たようだ。見慣れない若い男女の二人組を出迎えた社長が頭を下げている。あたしは席を立ち、無愛想な顔に必死に笑顔を塗りたくると、そちらに向かった。
「○○出版社さんですね、お待ちしておりま…した」
…開いた口が塞がらなかった。
「…え、なんで」
眼鏡をかけた男と、ショートカットの美人の女の二人組をまじまじと見つめる。
男の方があたしの顔を見て引きつった笑みを浮かべている。多分あたしもこいつのような顔をしているに違いない。当たり前だけど制服ではなくスーツを着ているし、眼鏡もかけているけれど、見間違いようがない――――――
寂しがり屋のライオン。いや、タンポポだったか。
社長がそんなあたしの様子に笑みをこぼす。悪戯が成功した子供のようなあどけない笑みだ。知ってて黙ってたな、あんた。後でシメるからな。
「川崎さん、こちら、○○出版社の芦屋さんと――――比企谷さんだ」
じとっとした目を、こいつは―――比企谷は、社長に向ける。
奇妙な夢を見た後に、思わぬ再会。
芦屋、と呼ばれたショートカットの美人は笑いをこらえるように口に手を当てる。
暖かい風が吹く、春の日の出来事だった。
ダンデライオン、ダンデライオン、お前は、俺の事が。
今回の話のイメージの曲はずばり「ダンデライオン」でした。
時系列的には「ダイヤモンドメイカー」後の話です。葉山が言っていた話が本当に実現したようです。同級生だった人と一緒に仕事をするってどんな気分なんだろう・・・
川崎さんが原作でどんな結末を迎えるかはわかりませんが、彼女にはブレないでいていほしいなぁと思ってます。
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