ダイヤモンドメイカー、ラフ、ラフ、ラフィン。   作:囲村すき

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9作目。小さな女の子が背伸びをする話。





その少女は歌えない

 

 誰かが私を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 最初は全く気付かなかった。

 

 だからいつこんなに溜まったのか、それが不思議でならなかった。

 

 痛みが。

 

 ひょっとしたら、無意識のうちに認識することから逃げていたのかもしれない。

 

 さすがにもう無視できないほどの、痛みがいつの間にか溜まっている。

 

 気付いちゃったな。どうしようかな。

 

 傍にいた、小さな男の子に不思議そうな顔をされた。なんでもないよ、と頭をするりと撫でておく。

 

 仕方がないのでそれを箱にしまうことにした。箱はすぐにいっぱいになった。

 

 ほうら、私は、片付け上手。整理整頓が、得意なのだ。

 

 目線が。

 

 可愛らしい女の子が私を見上げている。私が見下ろす。箱の上に立つと、私はわりと背が高かった。

 

 女の子がこちらにやってこようとして、躓いて、転んだ。泣き出す。男の子が慌てる。私は女の子を抱き起して唱える。

 

 いたいのいたいの、とんでけ。

 

 女の子は泣きやみ、嬉しそうにはにかんだ。男の子と手をつなぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで誰かわたしに優しくしてくれはしないだろうか?

 

 ううん、やっぱり、嘘。優しさなんて必要ない。でしょ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつのまにか私の周りには人が増えていた。

 

 私よりも背が高い人がまだまだ大勢いる。

 

 私はあんまり目立っていない。そうか、まだ足りないのかもしれないな。

 

 男の子と女の子の背がちょびっとだけ伸びている。でも、君たちもまだまだだな。

 

 

 

 

 何かが可笑しくて私はふふふと笑う。そう言えば最近笑い方を覚えた。

 

 教えてもらったのだけれど、何だって、練習すればすぐに上手くなるのだ。

 

 私は。

 

 痛みが。

 

 

 もっと、高く。

 

 

 

 

 

 痛みを入れた箱は増え続け、ついにはこれで100個目だ。

 

 周りの人間は、皆、馬鹿まる出しでぽかんと口を開けている。

 

 私を見下ろす人は、見渡す限り、もう誰もいなかった。

 

 どうだ、見たか。すごいでしょう。

 

 褒めてもいいんだよ。私は笑うのは得意だからね。

 

 ふふふ。

 

 あんまり高いから、もう。

 

 男の子と女の子の成長なんて、もう、あまりよく分からないほどだ。

 

 あ。

 

 痛みが。

 

 今、女の子が、転んだように見えた。

 

 痛そうだ。

 

 私を見上げている。

 

 なに?助けてほしいの?

 

 良いけど、昔みたいにあんまり上手くいかないかもよ。

 

 だって私、もう、王様だからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんどん高く積み上げたその高い塔の上に座って、私はとても愉快な気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まったく毎日が楽しくてしょうがない。

 

 私は特別な存在なのだろう、と思う。

 

 神様に選ばれたのだ。

 

 まったく毎日が楽しくてしょうがない。

 

 まったく毎日が楽しくてしょうがない。

 

 まったく毎日が。

 

 痛みが。

 

 ………。

 

 箱を積み上げることは、止めない。

 

 止められ、ない。

 

 例え箱が雲にも届こうとも、止まらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これで1000個目だ。ちゃんと数えていたから確かに1000個のはずだ。

 

 私は整理整頓と同じくらい、計算も得意なのだ。

 

 下の様子を見てみようと見下ろしたけれど、目眩がしてちょっと驚いた。

 

 高いなぁ。

 

 雲の上を吹く風が、かけていた梯子をかっさらっていく。

 

 風はいつだって私の意思などまるで無視して吹く。まあ、あの小さな男の子や女の子と違って、あんまり気にしないけれど。向かい風に逆らっても仕方がないのだ。

 

 あの男の子はそれがよく分かっている。だからバカなんだ。

 

 あの女の子はそれを分かっていない。だからダメなんだよ。

 

 憐れだ。

 

 痛みが。

 

 梯子が下に降りるときに必要なものだとしたら、あんまり必要のないものだったけれど、まあ、これで私は、一人だ。

 

 もうこれで、誰もとやかく言ってこないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、いったい、なんのために、積み上げてきたのだっけ。

 

 

 

 思ったよりも、今は、あんまり、楽しくない。

 

 まさか。

 

 寂しいのだろうか。

 

 

 

 

 気づいてしまった私は、目眩がするのも構わず下を覗き込んだ。

 

 私は誰にも見えていないようだ。

 

 私が誰も見ていないように。

 

 怖い。

 

 

 

 

 私は整理整頓が得意。

 

 私は笑うのが得意。

 

 私は計算が得意。

 

 あと、なんだっけ。

 

 

 

 だから、なんだっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唄声が響く。

 

 

 槌を振るう音がした、気がした。

 

 

 

 途端、私の塔が、揺らぐ。

 

 

 誰かが、私の塔を。

 

 壊している。

 

 

 何をするの。ここまで来るのにどれだけ頑張ったと思ってるの。

 

 ふざけないで。

 

 

 

 

 

 

 ハンマーソングは容赦がなかった。

 

 積み上げた痛みが、ダルマ落としのように飛んでゆく。

 

 ついに私は、しばらくぶりに、雲の下まで落ちてきてしまった。

 

 久々に、周りの人間が見える。皆底抜けに馬鹿で間抜けな人間たちだ。

 

 その、ゴミだめのような真ん中で、槌を振るう男の子がいる。

 

 こんなに怒ったのは初めてかもしれなかった。

 

 それでも私は冷静に諭すように語りかける。それが私の私たる所以だ。

 

 何をするの、やめなさい。やっていいことと悪いことがあるよ。

 

 男の子は私を見上げた。

 

 ひどく濁った眼で見据えられ、私は心がざわっとするのを感じた。

 

 痛みが。

 

 男の子はやがて私から目線をそらし、また黙々と槌を振るい始める。

 

 今度は本当に、腹が立った。

 

 ありとあらゆる暴言を投げつけ、男の子を貶し、なじり、嘲笑した。

 

 彼の存在を否定し、彼の意思を否定し、彼の望みを否定し、

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼は。

 

 それくらいの事は慣れている、とばかりに。

 

「そんなことはどうでもいいから、そこから降りてきてくれませんか?」

 

 槌を持つ男の子の周りには、皆がたくさんいた。

 

 いつかの男の子と女の子も、いる。

 

 そんなに背が伸びているなんて、知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 誰よりもきれいに澄んだ瞳の男の子はそうして、再び槌を振るい始める。

 

 

 

 

 

 やめて。

 

 

 痛みが。

 

 

 

 やめて。

 

 

 

 涙が両の目からこぼれる。

 

 

 やめて、お願いだから。

 

 私が私ではなくなってしまう。

 

 

 

 

 痛みの塔は揺れ動き、私はてっぺんにしがみつく他なかった。

 

 私は小さな女の子のように泣き喚き、駄々をこね、ただしがみついた。

 

 

 痛みが。

 

 

 

 

 

 その一打ちで、私は遂に塔から投げ出され、落下する。

 

 

 

 

 

 かつてずっと上を目指していたはずなのに、今やどんどん下へと真っ逆様だ。

 

 王様にまでなった、この私が。

 

 まったく笑えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無様に落ちてきた私を、誰かが受け止める。誰?と思うけれど、どうでもよかった。

 

 

 私の大切な男の子と女の子が、泣きながら、笑っている。

 

 

 

 

 痛みが。

 

 

 あれほど積み上げられた痛みの箱が、もうたった一つしか残っていない。

 

 あーあ。

 

 

 

 すみません、と小さく謝られた。

 

 謝るくらいならしないでよ、と言った。

 

 彼はそれから私の目を見て、首をかしげる。

 

 あなたが泣いてるような気がした、と。

 

 泣くわけないでしょ、この私が、と傲慢に笑う。

 

 あの子たちの前で、私が泣くわけがない。でしょう?

 

 

 

 あなたをいとおしく思う。

 

 馬鹿ね、そんなの嘘よ。

 

 

 

 二人が駆け寄って来る。

 

 女の子が転ぶ。痛そうだ。男の子が困っている。

 

 私は女の子を助け起こし、それから、男の子の頭をするりと撫でた。

 

 

 

 

 あーあ。

 

 残った一箱の痛み。

 

 

 仕方がないので、私はこれから、その一箱を大事にしようと思った。

 

 

 

 いたいのいたいの、とんでく必要は、おそらく、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いわずもがな、今回の曲は「ハンマーソングと痛みの塔」でした。

彼女にも救いがあると良いな、と思って書きました。

邪悪とか言うなよ、怖いとか言うなよ。

まぎれもなく、小さな女の子だぞ。

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