ノースティリス冒険譚(仮称)   作:ゆにお

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第十二話 冒険者

 王都パルミア。パルミア大使館。

 王都中央街から北部。にぎやかな町並みから隔たった閑散とした平地。そこにどっしり佇む石造りの館は、平野の主が如くその存在感を放っていた。

 大使館内部では今日も日々の業務に追われ、官吏達が指示を飛ばしている。入り口に広がるホールでは絢爛なシャンデリアから放たれた光に包まれて実に煌びやかだ。

 その一角の受付カウンターにて、ある女性が座っていた。流れる金糸のような髪をツインテールで纏め、背筋をピンと伸ばして座っている彼女は凛々しい。

 さらに制服の抵抗から逃れるように盛り上がる二つの膨らみが強調され、行きかう男達の無遠慮な視線に晒されていた。

 

「――ありがとうございました。それはではお気をつけて。あなたの冒険の行く末にルルウィ様の加護がありますように」

 

 女性が微笑み会釈する。彼女の仕事は冒険者登録の受付である。

 今しがた手続きを済ませた若い男性などは、熱に浮かされたように呆けた表情を浮かべながら、ふらふらした足取りで大使館を後にしていった。

 列を成している冒険者候補たちが相次いでその女性の前へと並んでいる。

 淀みなく紡がれる説明は軽やかな声でついつい聞き入ってしまうほど耳心地がよく、彼女の目元は明るい光を湛え、時折微笑んだり身振り手振りを交えて説明するその様は実に絢爛とし、数多くの冒険者見習いを惹き付けて止まない。

 そして洗練された所作は人々にやんごとない身の上を連想させる。なぜこんな場末で働いているのかと、それが一層男心を来るぐるのだそうだ。

 そんな彼女だからその美貌も手伝い、すっかり新米冒険者たちのひそやかなアイドルの座を獲得しているのは当然のことであった。

 

 そんな彼女を真横から眺める視線が一つ。

 

「――ミシュファウス。あなたも大概真面目ね。こんなの適当でいいのにぃ」

 

 ミシュファウスと呼ばれた女性とは対照的に隣で座っていた不真面目そうな受付嬢が肩肘を着きながら、彼女に話しかけた。

 一通り冒険者見習いたちを捌き、空いた暇を利用しここぞとばかりにおしゃべりに興じるのはどこの女性とて同じなのであろう。

 

「あらあら、『こんなの』なんて言ってはいけませんわ。これでもれっきとした宮仕え。私たちの働きは王政府の貢献に繋がっているのですから、それを軽んじることなんて出来ません」

 

 奥ゆかしく口元に手を当て、ミシュファウスと呼ばれた彼女はどこか困ったように同僚の言葉を嗜める。

 

「まぁ、ミーシャちゃんが真面目にやってくれる分、私は楽できるけどねぇ」

 

 皮肉の篭った一言を溢れんばかりの笑みで返されて大きなため息を付いた。ミシュファウスの同僚の彼女もどちらかと言えば人目を引く容姿である。だが彼女の場合は美しいというよりは可愛いらしいという表現が適切だ。笑えば場を華やかに彩るであろうことは想像に難くない。

 だが、そんな人好きのする笑顔はそこにはなく、退屈気に面倒くさ気に鬱々とした呼気を吐き出すばかり。

 

 陰鬱とした同僚の態度などまるで意に介さずミシュファウスは依然として微笑んでいた。

 

「嫌ですわ、ミーシャはやめてください。職務中ですよ。ラハート先輩」

 

 しかし、そんなミシュファウスがラハートに注意するも「へいへい」などと気のない返事を返すばかりなので、ミシュファウスは喉元までため息がこみ上げて来るのだが彼女はそれを堪え、飲み込んだ。

 ラハートはそんなミシュファウスを反目で見つめながら言った。

 

「そういうのも貴族のたしなみってやつ? 肩肘ばかり張ってちゃ疲れるよ」

 

「……お気遣いありがとうございます。でも私のことを気にかけてくださるのなら先輩がもう少し真面目になってくれたほうが嬉しいのですが」

 

「あはははは、遠慮しとく。変な輩の相手は御免だよ。私はお役所らしく、ではあちらで申請してくださいってたらい回しするのだ」

 

 言外にまともな人以外の対応はしたくないと言い含め、片手をパタパタと仰いで話を打ち切る構えを見せた。

 

「もう……」

 

 ミシュファウスは肩を落とし彼女から目をそらす。さしもの彼女も憤りをぶつけたいという気持ちはあれど、ラハートが甲斐甲斐しく就業指導をしてくれた在りし日のことを思い出し、強く出ることが出来なかった。

 なので整然とした態度を崩すまいとする心と、持て余し気味の不満との間で板ばさみになり煩悶とする。

 

 意識せずに思わず膨れっ面になったミシュファウスを見てラハートは密やかにガッツポーズをする。最近ではもっぱらミシュファウスの営業スマイルを崩すことが彼女の彼女のマイブームらしい。

 しかし、それはミシュファウスとて周知の事実であるからして、そんなラハートの仕草を彼女は目聡く見つけ、ついに堪えきれず整った柳眉を逆立て始めたので、本気で怒り始める前にラハートはごめんごめんと拝み手をし、ミシュファウスを宥めすかせた。

 

 そうしているうちに新たな冒険者風の男が歩み寄ってくるのを目にし、彼女の悪ふざけはそこで終わった。案の定そいつは鼻の下を伸ばしながらミシュファウスの方へと歩み寄る。

 

 ラハートはひどくげんなりした表情で、現在ミシュファウスに説明を受けてる新米冒険者に目を配りながら肩肘を付きながら退屈そうな視線をさまよわせ、胸中でブツブツとしきりに呟いてみせた。

 

 "ミーシャちゃんもよく続くよねぇ。あたしには無理だなぁ。だって冒険者なんて言えば聞こえはいいけど、底辺の冒険者なんて柄の悪いチンピラ紛いのばっかりじゃない。いい男なんて全然いないんだよねぇ。頭も悪そうだし……、ほーら案の定ミーシャちゃんの胸を見て鼻の下を伸ばしてる。減点減点減点っと。

 ああ、こいつ肝心のミーシャちゃんの説明全然聞いてなさそう。きっと早死にするタイプね。ていうか、ミーシャちゃん口説き始めたよこいつ。わきまえろっつの。アンタとミーシャちゃんじゃ釣りあわないことぐらい言わずとも理解しなさいよ。この平凡顔め。

 はぁ、……やれやれ、そろそろ、助け舟を出すかー。"

 

 ラハートは引き出しから一枚の紙切れを取り出すや否やミシュファウスと冒険者志望の男との間にバンッ、と叩き付けた。

 

「――はいそこまで。では、こちらの登録申請書にお名前を記入してもらえますかぁ? もし何でしたら代筆サービスも承っておりますが?」

 

 字が書けないのでしたら恥ずかしがることなく言ってくだちゃいね。彼女の顔にそう書いてあった。

 

「なんだよ。あんた邪魔すんなよ」

 

 突如割って入った横槍に男は不機嫌そうに顔を顰めラハートを睨む。

 

「まさかぁ、邪魔をするだなんてとんでもない。私どもはパルミア王政府から委ねられた庶務を唯々諾々とこなしているだけございますぅ」

 

「調子にのるなよてめぇに用はねえんだ。黙ってろブス」

 

 ラハートの顔がカチンと引き攣る。

 全くこの手の単細胞ときたら本当に嫌になるわね。つーか私にブスとか、アンタ鏡見たことあるのかっつのと心の声を表情に貼り付けたようにこめかみがヒクヒクと動く。

 

「あー、ガードさんちょっと来てください。お客様がお帰りです」

 

 ラハートは手のひらを大きくパンパンと二度叩いた。

 何せここはパルミア大使館。外交上重要な拠点でもあるので警備も厳しい。冒険者受付所は入り口傍のホールに併設されているのですぐ傍には警備に当たっているガードが詰めている。

 ガードがその騒ぎを見て取るなり、男を引っ張って行くのだった。

 

「くそがっ! てめぇ、覚えてろよー」

 

 捨て台詞を吐いて連行されていく男を冷ややかに見つめながらラハートは息を吐いた。

 

「はぁ、やだやだ。全く嫌になるわねぇ。冒険者の登録なんて、品のないやつばっかりじゃない。特にミーシャちゃんはいつもあんなのの相手ばかりで大変だよねぇ」

 

「いえ、そんな……。でも先輩ありがとうございます。助かりました。ああいう手合いは苦手でして」

 

「いいっていいって。だからさ、こんなのはほどほどにやっておけばいいんだよ。ミーシャちゃんみたいに肩肘張ってると大変だし報われないよ?」

 

 それをミシュファウスは曖昧な笑みで濁した。

 パルミアは冒険者稼業を優遇しているだけあって、その志望者は多い。その長い歴史を持ってしても、いや持ってるが故に調査しきれない遺跡が山ほどあるのだ。一攫千金を夢見る輩は後を絶たない――ただ、そのうちの八割以上は大成せずに埋没していく事情を知っているだけにラハートは頑ななミシュファウスに対して苦々しい表情を浮かべるのだが。

 

 時刻は昼過ぎに指しかかったところ。長蛇の列というほどでもないが、依然として申請者が途絶えず暇を持て余すということもない。

 そして一人また一人と現れては新米冒険者として登録し、希望を胸に大使館を飛び出していくのを一通り見送った時――。

 また一人の男が登録カウンターへと足を運んだ。

 

「ようこそ。パルミア大使館へ。こちらは冒険者登録受付所となっております。登録をご希望ですか?」

 

 ラハートは受け答えする一方で、内心で感心する。なぜならば我らが麗しのミーシャちゃんの手が空いているにも関わらずこちらのカウンターに来たからだ。

 

「ええ、お願いします」

 

 とはいえ男は、手入れもいい加減な髪に無精ヒゲ、そして目つきも悪いと三拍子揃ったちっぽけな子悪党のような男。有体に言えばよくいる冒険者志望の見本例みたいなやつだ。

 

「では、冒険者制度について簡単にご説明させていただきますがよろしいですか?」

 

「どうぞ」

 

 結論として差して目を引く男でもない。強いて言えばなんかやたらと顔が大きいぐらいだろうか。悪目立ちするという意味で。

 胸中で失礼な評価を下しつつも、ラハートは営業スマイルを張りつけてマニュアル通りに説明を進めていく。

 

「では。私どもパルミア王国では冒険者制度に力を入れております。名目上、国際的立場において中立を貫いているわが国ではたくさんの移民が流入し、雇用対策の一環として前王が施策したのが事の始まりとなっております。

 それが功を奏したようで、今に至るまで続いております――」

 

 一呼吸間を置き、ちらりと男の顔を見る。眉根を寄せながらも、なるほどなるほどと首を縦に振っている。大きな頭が重そうに揺れる様がおかしく、ラハートの口元は必然と緩んでしまうのだった。

 

「ふふ、おっと失礼。続けますね。冒険者の仕事は原則として二つ『レシマスの調査』と『街の問題解決』になっております。ご説明が必要ですか?」

 

 接客業では対話が大事だ。独りよがりに一方的にまくしたてれば良いというものではない。相手の理解に合わせ噛み砕いて説明し、今相手がどの程度の事を把握しているかを観察しながら語る必要がある。

 ラハートとて、根っからの不真面目職員というわけではなく相手が紳士的な対応してくれる分には真面目にこなすのだ。

 そこで男が顔を上げて、一度頷いてから言った。

 

「では一つ。レシマスの調査と仰いましたが、仮に冒険者がその成果を持ち逃げした場合はどうなるんです?」

 

 ラハートはキョトンとした。なるほど、悪くない質問だと口角を吊り上げる。

 

「そうですね、結論から申し上げればパルミア政府はレシマスの財宝を持ち逃げすることについて法的規制を設けておりません」

 

「いいのでしょうか? それだとパルミアとしては遺跡を盗掘されるがままに放任していると言うことになるのではないですか?」

 

 投げかけられる問いに二度三度ラハートは頷いて答えた。もともとラハートはおしゃべり好きな性質であり、彼女の声も次第に弾んでいく。

 

「そうですね。確かにそれはパルミア政府として面白い話ではありません。ですが、ある前提があるのですよ」

 

「前提?」

 

「ええ、レシマスにはモンスターが巣食っています。そのことでレシマス近郊の村落などはモンスターの被害を受けることも少なくありません。これに関してはパルミアとしても手を焼いているのですよ」

 

 ラハートは大仰にため息を付き、苦い表情を作ってみせた。

 

「――そしてレシマスの財宝を手に入れるというのはレシマスに巣食っているモンスターのボスを退治するということと同義です。だから財宝を持ち逃げするとは言ってもそれをモンスター討伐の正当な報酬と見なしているので問題ないわけですね。

 モンスターは退治される。冒険者の懐は暖かくなる。それが当面の犯罪の抑制に繋がる。というようにパルミアの治安維持上メリットがあるということになります」

 

 ラハートは一呼吸し、ここまで質問はないですかと言わんばかりに口角を吊り上げた。そして男の表情が曇ってないのを確認し、笑みを浮かべた。

 

「――続けますね。ですがパルミアに点在するレシマスの中には重要なものもあります。そういう場所については盗掘されないよう警備を派遣していますし、低ランクの冒険者に斡旋することはありません。許可書のない冒険者は入れないわけです。何も無秩序な乱獲を放任しているわけではないということだけご理解くだされば」

 

 あとはわかるでしょ? と男の顔を見る。彼は二度頷いた。

 

「おぉ、そういう仕組みになっているんですね。なるほど、うまくできてらっしゃる。つまり高難易度のレシマスは冒険者として経験をつまないと斡旋してもらえない。だから低難度のレシマスの財宝を持ち去り王政府に申請を怠るとランクが上がらないと。必然的にランクの低い冒険者は探索し尽くしたようなレシマスのゴミ漁り程度の仕事しか回ってこないと」

 

 ラハートは男の言葉に感心する。とにかく冒険者になろうと志すものはピンからキリまでいるのだ。程度の低い者となると話が進まないだけでなく理不尽な文句を言い出したり本当に辟易させられることも多い。

 久しぶりの理解力ある冒険者志望を前に、退屈な仕事も少しは瑞々しさを帯びてきた。

 

「ご理解が早くて助かります。貴方様の仰るとおりですね。レシマスで上げた成果を申請すればパルミア政府では冒険者の信頼――名声度――を数値化し管理しそれを上昇させます。これはこなした探索や依頼に応じて申請していただくことで変動するものです。貴方様が仰ったとおり、申請していただかなければ名声値は低いまま。大した仕事は回せません。そして名声値は一定期間仕事をしていない場合にも怠慢による罰則規定として減算される仕組みとなっております」

 

「つまり安定した報酬を得たければ一定の成果を上げ続けるしかない、と?」

 

 ラハートは男の言葉に深く頷いた。

 

「レシマスの探索及び調査についてはこの程度でよろしいでしょうか? 他に質問がなければ次は街の依頼と問題解決についてご説明させていただきますが」

 

「ええ、お願いします」

 

「はい、では。依頼と報酬について説明します。町の依頼についてはパルミア政府はあくまで仲介の範囲内に留まります。こういう人がこういう問題を抱えていてその問題解決についてこれだけの報酬を用意できますよ。ということを各冒険者に通知します。

 これはパルミア統治下の町であれば掲示板に掲載しているので、ご確認いただければ幸いです。

 ただ、この場合は個々の相対契約が原則となりますので、契約にかかる責任は全て冒険者が負担するということになりますね。

 ここまではいいですか?」

 

「つまり、失敗したら賠償義務を負うと?」

 

「そうです。と言いたいところですがご安心ください。金銭的な賠償義務はありません」

 

「という事は何か立場的な、例えば名声値の減少ですか?」

 

「はい、それと同時にカルマも下げさせていただきます。カルマはその人の善性や悪性を記す指標となっております。

 カルマが高ければ優良な市民としてパルミア政府は便宜を図ります。例えば税負担の軽減などがあります。

 逆にカルマが低ければ劣悪な市民として厳しい立場に追い込まれることになるでしょう。とりわけ一定以上のカルマを下回った場合、具体的には-31ですが、この場合はパルミア政府がその方を国家の敵と判断します。ノースティリスにいる限りあらゆる公共サービス、店舗の利用が禁止され、さらには犯罪者として追い回されることになるので、依頼を受ける際にはご注意願います」

 

「なるほど、依頼に失敗すればカルマが減少するとのことでしたが、逆にカルマを上昇させる手段としてはどのようなものがありますか?」

 

「そうですね。減少方法とは真逆に依頼をこなせばカルマは上昇します。もしくは一部の極端な善人的行動をとった場合など…… ですがこれは希少なケースですので考慮しなくてもいいかと。ただ、ご注意いただきたいのが信頼は得るよりも失うほうが早いということです。

 カルマを上げるにはコツコツとした地道な努力が必要ですが、失うときには一気に失います。ですのでどうか自分がこなせる仕事を受ける様にするとよいでしょう」

 

「なるほど、報酬についてもう少し詳しくお願いできますか?」

 

「はい、かしこまりました。町の依頼の報酬については基本的に火急のものや難易度が高いものほど高額になっております。

 ですので欲を書いて一角千金を狙う輩は多いですが、そういう方は大抵……分かりますよね?」

 

「消えていく、と?」

 

「はい、ご理解が早くて助かります。最後に冒険者同士の仲介についてご説明しますが――」

 

「はい。続けてください」

 

「では。冒険者は通常、複数集まって行動します。これは冒険者稼業には多種多様な判断が求められ、個々に要求されるスキルをうまく組み合わせること、チームワークを発揮することで相乗効果が見込めるからですね。

 例を挙げれば剣士一人では限界があります。攻撃が効き難いモンスターも存在します。ですので魔法使いを同行させたり、治癒に長けた神官を共にするなど、あるいは洞窟探索に長けた遺跡荒らしなども重宝されますね。上位の冒険者たちは固定チームを組んでいることが多いですが、駆け出しではそういうわけにも行きません、ですので希望があればそういった方々の橋渡しなんかも請け負ってます」

 

「なるほど」

 

「ただ、私どもはあくまで仲介をするだけ、という点にご注意ください。結局組むか組まないかは個々の冒険者の判断に委ねております。ウマが合わない、気に入らない、実力不足など当人が判断すればお好きに解消できます。これに関しては別にここを仲介しなければならないわけではなく、意気投合したならその場で個々人で好き勝手に組んでいただいても構いません。ただまぁ分け前なんかでもめる事のないように注意は必要ですが――」

 

 ラハートはそこまで話してちらりと冒険者の顔を見る。

 

「続けてください」

 

「はい、では以上です。ここまでよろしければ、引き続き冒険者登録の手続きに移りたいと思いますがよろしいですか?」

 

「お願いします」

 

「では、この書類にサインしてください。冒険者の個人名義。もしあればチーム名義。特記事項、備忘録などなど。

 代筆のサービスを請け負っておりますが、問題ないですよね?」

 

 目の前の人物はそれなりに教養のある人物だろう。読み書きはできるとラハートは当たりを付けた。

 だが、男は罰の悪そうな顔を浮かべてもじもじとしている。

 

「その、頼んでもいいですかね? 手がこれなんで……」

 

 苦笑いを浮かべ手を掲げる。馬の蹄と化したそれは明らかに文字を書くには不向きであった。

 

「これはこれは失礼しました。ではお名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 とはいえラハートはそのことを表情に出すような失態はしない。気の毒そうに振舞うことこそ、かえって相手を傷つけるだろうという彼女の配慮であった。

 

「はい、ええと。連れがいるので二人分お願いします」

 

「はい、かまいません」

 

「では、私の名前はコルザードで。連れの名前は――シュフォンです」

 

「かしこまりました。コルザード様にシュフォン様ですね――」

 

「――シュフォン?」

 

 その時、隣から声が漏れた。金色のツインテールをたなびかせ、ミシュファウスがこちらに振り向いたのだ。

 突然のことだったので、コルザードもラハートもミシュファウスの方へ顔を向ける。彼女と目が合った。

 ミシュファウスは少し呆然とした後、軽く狼狽し、弁明するかのように両手を振った。

 

「ああ、ああ、申し訳ございません。お気になさらないでください。昔の知り合いと同じ名前だったのでつい」

 

 コホンと咳払いを一つ。ミシュファウスは元の凛とした表情を取り繕おうとする。

 

「ははは、シュフォンなんて名前珍しくもないですからね。きっと人違いでしょう。能天気で無鉄砲なやつでして、あなたのような女性と知己を得ているとは思えないような小娘ですよ」

 

 コルザードが軽口を叩き、場を取り繕う。

 

「いえ、それでしたら――」

 

 だがそれが一層関心を引いたのか。

 

「――ちょっと、ミシュファウス。仕事中、仕事中!」

 

 口を開きかけたミシュファウスを横からラハートが嗜める。

 今度こそ我に返ったのか「失礼しました」と頭を下げ手元にある資料を整理し始めた。

 ラハートはコルザードに向き直り愛想笑いを浮かべる。

 

「いやぁ、すいませんね。さて手続きの続きをしましょう」

 

 とはいえ内心、ラハートは驚愕していた。仕事熱心で職務中の私語すらほとんど叩かない彼女にしては大層珍しい。

 あとで酒の肴にでもしようかななどと考えながら、書類を埋めていく。

 

「はい、以上です。これで貴方は、いえ貴方たちは晴れてパルミア政府公認の冒険者となりました。今後ともパルミア政府のため一層の努力と献身をお願いします。そうすれば我らがパルミアは貴方達に栄光と名声を与えるでしょう。こちらが冒険者の証になります。どうぞ」

 

 ラハートが差し出したのは首から提げるタイプのタグであった。「あとで連れの方にも渡してください」と二つ分。

 

「ええ、ありがとうございます。ではこれで」

 

 コルザードは席を立つ。

 ラハートは手を振って見送りコルザードが大使館を出て行った頃。

 

「ふむふむ、久しぶりに伸びそうな冒険者に会ったなぁ」

 

 ラハートがひとり呟いていた。

 

「それにしてもミーシャちゃんさっきはどうしたの?」

 

 一仕事終えた休憩タイムと決め込み、隣のミシュファウスに声をかける。

 

「いえ、単に耳馴染みのある名前だったものですからびっくりしただけで」

 

「そうなんだ」

 

「ええ」

 

「面白そうじゃない。聞かせてよ」

 

「もう、先輩今は仕事中ですよ」

 

「そうだね、ごめんごめん。それじゃ私は寝るから。いやぁ働いた後の睡眠は心地いいなぁ」

 

 そうしてラハートは机に突っ伏した。降りかかってくる抗議の声を聞き流し浅い眠りへと落ちていくのであった。

 

 

 

「さて、無事手続きは終わったわけだが……」

 

 コルザードがパルミア中央区に戻る。石造りの建造物は天を突かんとの勢いで立ち並び、繁栄の象徴である王都に相応しい活気に満ちた町並み。

 そしてここはその中央広場。噴水が絶え間なく水を噴き上げ、花のアーチが飾られている。人工的に整えられたパルミア公園は憩いの場として人気を博していた。

 所々で吟遊詩人が演奏し、お捻りを貰っている。その向こうでは清掃員がカタツムリに塩を投げつけていた。

 

「ここはいいところだ。手が治ったらここで一仕事するのも悪くないな」

 

 一人呟き、苦々しく手を見つめる。すっかり馬の蹄となってしまったそれを見てため息がこぼれた。

 

「くそ、シュフォンめ。どこいったんだか……。ここで待ってるように言いつけておいたのにちょっと目を離すとすぐこれだ」

 

 不満を周囲に撒き散らすも和やかな雰囲気に満ちた公園にそれはすっと溶けていく。

 

「あら、コルザードじゃない?」

 

 そんなとき、懐かしさを感じさせる声が顔を俯かせていたコルザードの耳に届いた。

 視線をそちらに向け。そしてコルザードは歓喜する。それはある意味心待ちにしていた邂逅。

 同じノースティリスにいるならば、いずれはこういう機会もあるだろうかと何度も脳裏に浮かべすらしていたのだから。

 

「ラーネイレさんじゃないか! 奇遇ですね」

 

 それは先月ノースティリスの大地を踏んでからはじめての危機を救ってくれたエレア達の一人。ラーネイレであった。

 腰まで伸びた艶やかな青い髪。その瞳は理知的な光を湛え、女性らしさを際立てる細い身体にメリハリのある丸み。

 あの日と変わらない、むしろあの日よりも瑞々しい彼女がそこに立っていた。

 

「ふふっ、どうしたのコルザード。その……それ」

 

 ラーネイレが破顔し、口元を押さえて笑った。

 

「ああ、これはその先日のエーテルの風で……」

 

「あら、そうだったのごめんなさいね。嫌だわ、私ったら……」

 

 申し訳なく顔を俯かせ上目遣いになってコルザードをみた。

 

「いえ、気にしないでください。ところでお一人ですか?」

 

「ええ、そうそう、ロミアスを見かけなかた?」

 

「あー、ロミアスですか? 申し訳ありません。見てないですね」

 

「そう……。まったくあの人ったら目を離すとすぐこれなんだから、困ったものだわ」

 

 そういってラーネイレは苦笑する。

 ちょうどコルザードもいつのまにか居なくなる連れについて眉を顰めていたので、彼女の心境に強い共感を覚えた。

 

「良かったら一緒に探すのを手伝いましょうか? ロミアスならいろんな意味で目立ちますから。人手は多いほうがいいでしょうし」

 

「あら、悪いわね。でも……そうね。それじゃお言葉に甘えようかしら」

 

「ええ、久しぶりの再会ですし、積もる話もあるでしょう」

 

「ええ、そうね」

 

 コルザードの提案をラーネイレは快諾し、二人は連れ添ってパルミアの町並みに溶けていった。

 

 

一方そのころ。

 

「……」

 

「……」

 

「本当に飲んでしまったのか?」

 

「え? 何か問題ありますか?」

 

「いや、なければいいのだが」

 

「そういえば何かお腹が……。あっ、動きました」

 

「なんだと?」

 

 二人のトラブルメーカーが出会う。パルミアで彼らがどんな騒ぎを巻き起こすのかは、まだコルザード達の知る由もないことだった。




冒険者の詳細やエーテル病の馬の蹄について若干オリジナル仕様が入っております。
(腕も変化する)

というかelonaはペットが充実しているので冒険者と協力することって少ないですよね。

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