ノースティリス冒険譚(仮称)   作:ゆにお

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第二話 異形の森の使者達

 明くる日の朝、ノースティリス内陸部に位置するヴェルニーズ近郊の鬱葱と生い茂る森の中。先日のエーテルの風により、木々は倒れ、青々とした枝葉は散り散りになり、その爪あとを深く刻んでいた。

 

 そんな道なき道を往く二人の人物の姿がある。

 

「ロミアス! 残された時間は僅かしかないというのに。 ……私達が背負う重大な使命を忘れてはいないかしら?」

 

 そう不満を口にするのは一人の女性であった。

 

「もちろん、覚えているとも。ラーネイレ。全ては……我が種族の存亡は我々の双肩に掛かっている。その責務を忘れるわけがないだろう」

 

 それに対し男性が応える。どこか鼻に付く大仰な言い回しがなんとも特徴的だ。だが、彼の発する言葉の重みに対して、幾分軽薄に感じるのはその皮肉めいた口調ゆえであろうか。

 

「そこまで分かっているのなら道草を食うのもほどほどにしてもらいたいわね……。私達はかなりの距離を旅してきたわ。何も無理に森の中を行かなくてもいいじゃないの……」

 

 言葉通り、女性の足取りは少し重い。呼吸は荒れ、頬は上気し、汗でうなじに髪が張り付いている。その様は旅の疲れを如実に感じさせるが、彼女の美貌も相まってか、ある種の艶美さを醸しだしている。

 

「そう慌てるな、ラーネイレ。我らは森の民。時折自然への恋しさが私の足を動かしてしまうのも仕方ないだろう」

 

 ラーネイレと呼ばれた女性は、ロミアスの行動に憮然とした表情を浮かべつつ自らの疲労を少しも省みない彼の行動に、整った柳眉を逆立てるのだ。

 

「ロミアス、あなたには感謝してるわ。この旅は非公式のもの。あくまで私の使命感によるもの。長老の同意は得られず、派遣への援助も無い中旅立とうとする私を慮って同行を申し出てくれた。うれしかったわ。でもね、今にも戦争が始まろうとしているのよ。私達がもたもたしていればそれだけ……」

 

 言葉にしてみて、自分たちの置かれた凄惨な現状を脳裏に浮かべたのであろう。逆立てたばかりの柳眉はすっかり垂れ下がり、悲しげな表情を浮かべる。張り裂けそうな胸の痛みを堪えるようにラーネイレの言葉尻が窄んでいく。

 

「……あながち無駄、というわけでもないだろう。昨晩のエーテルの風が周囲にどのような影響を与えていることか。目で確かめる必要がある。凶暴化する魔物もいるだろう。何かと危険は多いのだ。ラーネイレ」

 

 どうやら彼にしてみれば、この女性の疲労をも省みない身勝手に思える行動もラーネイレのことを慮ってのことのようであるらしい。

 悲しいことに彼の価値観は独特であり、彼の善意を汲み取ってもらえることは滅多にないのが玉に瑕といえるが。

 

「……そうね。そうだわ。確かに昨日の、ルルウィ様の荒ぶりようといったら……凄まじかったもの」

 

 ロミアスが思いのほか考えて行動していたことに、その行動理由の正しさに、ラーネイレは反省の色を浮かべる。

 

 エーテルの風の脅威は一時的なものではない。その風に晒された生物を変異させるという二次災害こそ真に恐怖せねばなるまい。エーテルの風は生態系を大きく変異させ結果、魔物が凶暴化することも珍しくないのだ。

 

「我らのもたらす真実を彼らはどのように受け止めるのか。エレアではない彼らが果たして、エーテルの風について理解できる知能と 歩み寄る寛大な心を持ち合わせているのだろうか」

 

 二人の旅の目的とは平和を訴えることである。そして、それにはエーテルの風についての理解が欠かせない。だが、ロミアスは諦観の念を隠そうともせず、他種族への侮蔑とも取れる言葉を吐く。ラーネイレはそんな様を見てため息をつくのであった。

 

「もう、ロミアスったら……」

 

 そんな捻くれたロミアスをラーネイレが嗜める。彼は他人と打ち解けることを嫌い、心に壁を作っている。今回の件もそうだ。

 

 ロミアスも"異形の森"の長老たちと同様にラーネイレの旅に賛成しているわけではない。ただロミアスはこの二つ年下の幼馴染が心配なのだろう。呼吸をするように皮肉を言うこの男も、培ってきた絆を大切にする心は持ち合わせているのだ。

 

 

 ――旅の発端は、エーテルの風にまつわる話。

 

 東方のアセリア大陸の国、カルーンにて、一ヶ月降り注いだ雨が止んだ後、人の住めない『異形の森』が急速に範囲を拡大するという現象が起きていた。

 

 異形の森――正確にはヴィンデールの森。エレアという種族が暮らす森がある。何を隠そうラーネイレとロミアスの二人もエレアであり、異形の森は彼らの故郷でもあるのだ。異形の森で暮らすエレアはエーテルの風に強い耐性を持つ。

 

 だがしかし、他種族にとってエーテルの風はまさに滅びを運ぶ死の風だ。そしてエーテルの風はそのヴィンデールの森から吹き荒れる。ヴィンデールの森が拡大するということは、エーテルの風の勢いも比例して強まることになる。エーテルの風にさらされ続ければ、人々は『エーテル病』を患い、変異を起こし最後には死に至る。

 

 

 争いの発端は、妬みによるものか、羨望によるものか世界中が苦しんでいるのに自分たちだけのうのうと暮らしている種族がいる。その種族が住んでいるところより災いが訪れる。

 

 鶏が先か卵が先かは最早分からないが、しかし人々がエレアに憎しみを向けるにはさほど時間は掛からなかった。

 

 これはエレアの仕業に違いない。そんな声があがってくることに何の不思議があっただろうか。それを皮切りにして世論は激化し、反エレア、打倒エレアが叫ばれ世界各地でエレアが迫害されていく。

 

 西方のティリス大陸に接する諸島内に古くより在る強国ザナンの皇子が異形の森の拡大現象は、前世紀文明『レム・イド』を滅ぼした災厄『メシェーラ』によるものだと主張し、異形の森とそこに住む民、エレアを根絶するべきと唱えた。

 

 世界はエレア掃討を叫び、戦争の炎は、遂には彼らの故郷ヴィンデールの森へと迫ろうとしていた。

 

 エレア殲滅を唱えるザナンの皇子に呼応し、各国が森の掃討へ参加表明をしめす中、大国ながら未だ中立姿勢であり、ラーネイレと知己であるパルミア国の王にエレアの民への助力を請うため謎の討手を掻い潜りながら、急ぎの旅を続けているのだ。

 

 

「ラーネイレ。人々は憎しみの矛先を向ける相手が必要なだけだ。真実がどうかなど重要ではない」

 

 ロミアスは言う。彼らは行き場の無い絶望感を紛らわせたいだけなのだと。

 

 真にエレアがエーテルの風を利用し世界に仇を成す存在なのかどうかは重要ではないのだと。中には、エレアがエーテルの風を利用して陰謀を目論んでいて、世界を征服する気なのだと本気で信じている人もいる。

 

 しかし大半の民衆はエーテルの風の脅威から来る絶望を憎しみに変えているだけなのだ。過酷な境遇で、エーテルに耐性をもつエレアへの羨望を嫉妬に変えているだけなのだ。

 

 ただ、それだけなのだと。

 

 故に、彼ら対してこの災厄にエレアが関わっていないということ、どれだけ懇切丁寧に証明したところで、止まるはずもないとロミアスは考えている。

 

「……ロミアス、そんな悲しいことを言わないで。それでも私達は無駄な血を流さないために出来ることをやるの。そう信じたいの」

 

 そう言い切る彼女の眼差しは強い決意に満ちていた。ロミアスはそんなラーネイレの言葉に肩をすくめ、仰せのままに、といった風体で応える。

 

 彼はラーネイレの大人びたその印象に反して、かなり行動的で腕白であることを知っている。そんな彼女の決意は固く、決して諦める事は無いだろうと理解しているので、理屈を捏ねて論破することを不承不承諦めたのだ。

 

 そんな二人が森の奥深くへと足を進めていくと、ふと開けた場所に出た。ゆったりとした幅の広い、河の中腹辺りであろうか。サラサラと流れる清流のせせらぎが、河の底まで透き通る透明な水が、まるで旅疲れた二人を誘っているようであった。

 

「見て、ロミアス。河よ」

 

「ああ、そのようだ。私は特に疲れてはいないがラーネイレに配慮して、ここで一休みするとしよう」

 

 そのような言動とは裏腹に、ラーネイレを置き去りにし率先として川辺に向かっていくロミアスの背中を、ラーネイレは、苦笑混じりにため息をついて見送る程度に留めることに成功したのは彼らの付き合いの長さゆえだろう。

 

 だが、ラーネイレも疲労の色を隠しきれず、少しでも体を休めようと川辺に近づいていく。そんな彼女が、ふと川の畔にその風景に紛れ込んだ不自然な物を目に留めた。

 

 あら? とラーネイレは不思議そうに首をかしげる。

 

 一方でどうやらロミアスは、『ラーネイレに配慮すること』に夢中のようでしきりに川の畔で水を飲んだり汚れを落としたりすることに忙しく、気付いていない様子だがラーネイレの視線の先には打ち上げられたグランドピアノがあり、よく見ればその片隅には一人の男が倒れていた。

 

「人が倒れているわ!」

 

 思わずラーネイレは声を上げる。

 

 流石にこれには『ラーネイレに配慮すること』に夢中だったロミアスも何事かとラーネイレの方に歩み寄ってくる。

 

「どうした?」

 

「ええ、あそこよ。人が倒れているの」

 

「そのようだな」

 

「そのようだな、じゃないわ! 早く助けなきゃ!」

 

「……これは素晴らしい、私はラーネイレの成長を喜ぶべきだろうか。なにせ急を要する我らの崇高な旅の遅延を承知で、人助けをするのだから」

 

 このような状況下においても憎まれ口を叩く彼に付き合うのは時間の無駄とラーネイレは単身その男の下へと駆け寄り彼女が有する治療の魔法で男を癒し始めた。

 

「傷が深いわ! ロミアス、あなたも手伝って頂戴」

 

 体のいたるところに外傷が目立つ。流石に一人では分が悪いと判断したのかロミアスに治療の補助を要求する。

 

 憎まれ口を叩きながらもラーネイレには甘いのか事ここに至ってはラーネイレに異を唱えることをせず、唯々諾々と彼女に従うことにしたようだ。

 

 

 

 治療には時間を要し、気付けば日も沈みかかろうとしていた。雲行きも怪しくなっており、今にも一雨着そうである。

 

 ただ、二人の努力の甲斐もあって、何とか男は峠を越えたようだ。いまだに意識は戻らないものの、呼吸は規則正しく安定し、外傷は一通りふさがっていた。現在ラーネイレは治療に使った道具を片付け施術後の経過を見守っている。

 

 ロミアスはというと、ラーネイレの指示を受け野宿できそうな場所を探しにいっている。元々ロミアスは平和の使者としてラーネイレと旅に出る前は、伝令者として外の世界を旅していた。知識が豊富で、卓越した戦闘技術を持ち、歩哨としての能力には目を見張るものがある。

 

 ゆえにこの分担は適材適所といえるだろう。

 

「――――ラーネイレ。近くに洞窟を見つけた。夜の森をうろつきまわるのは危険だ。今夜はそこで身を休めるとしよう」

 

 そこに、大した時間も掛からずにロミアスが帰還する。彼がどうやら身を休める場所を探してきたようだ。

 

「ええ、ありがとう。ロミアス」

 

 こっちだ。とロミアスに促され、怪我をした男を背負って歩き出す。来たときには気づかなかったが、逆から歩いてみれば一目瞭然。そんな位置に目当ての洞窟はあった。

 

 

「この洞窟……雨をしのぐにはちょうどいいわ。ロミアス、危険が無いか奥を調べてきて」

 

「分かった。ここで待っていろ」

 

 そういい残して洞窟内に入っていくロミアスを見送りラーネイレが、怪我を負った男と共に外で待っている。灰色に染まった空模様を手持ち無沙汰に眺めていた。

 

 ――すると暫くして、悲鳴のような声が洞窟内から聞こえた。

 

「……今の音は? ……ロミアス! 大丈夫!?」

 

 突如として聞こえてきた叫び声のようなものに、ラーネイレは真っ暗な洞窟の闇へと不安げに声をかける。

 

「……ああ、問題ない。どうやらこの洞窟は昔、誰かが住んでいたようだな。奥を見てきたが、今はもう使われていないようだ」

 

ロミアスは先ほどの悲鳴のようなものが何か、という事について触れようとしないがとにかく洞窟の中から出てきた無事のロミアスにラーネイレは安堵の表情を浮かべた。

 

「そう、ならば都合がいいわ。…あら、貴方何を持っているの?」

 

 遠目にも違和感を感じたのか、ラーネイレがロミアスの方へと駆け寄る。

 

 好奇心に促されロミアスの手元を除きこみ、それを判別した途端。

 

「キャーッ、プチじゃない!」

 

 ラーネイレが悲鳴を上げて仰け反った。

 

 プチ――流体形の魔物であり、決して力は強くないものの、人に害を為すため嫌悪の対象になりうる。

 

「こいつらか? 心配する必要は無い。以前、人間にペットとして飼われていたのだろう。ふふ…… 私に良くなついているようだ」

 ロミアスが優しげにプチを撫でる。それに為されるがままにその身を震わせていたのを見て取り、彼が抱えるプチが害をなす恐れはないと判断したラーネイレはこわばった表情をほころばせ、どうにか落ち着きを取り戻した。

 

「さて、それじゃ中に入るとしよう」

 

「ええ、分かったわ」

 

 ロミアスが先導し、その後を男を背負ったラーネイレが洞窟の中に入って行き、薪に火をつけ暖を取る。『昔誰かが住んでいた』とはよく言ったものだ。見れば確かに生活の名残が各所に見て取れ、旅疲れた体を休ませるには丁度いい。

 

「うふ、あなたにも優しいところがあるのね。……来て。どうやらけが人が意識を取り戻したみたいよ」

 

「ん…… うん? こ、ここはどこだ?」

 

 意識が回復したばかりの男は焚き火の光で、瞳を瞬かせ、眉をしかめていた。

 

「……意識が……もう戻ったのか? 驚いたな。君の回復を待って我々の急を要するたびがいつまで中断されるのか、気を揉んでいたのだが」

 

「お前は……? 私は一体……」

 

「私はロミアスだ。きみは重症を負い、川辺に倒れていた。宵闇が辺りを覆う前に、癒しての力を持つ我々に発見されたのは、全くよくできた偶然だ。」

 

 朦朧としていたのも束の間、えらく特徴的な言い回しをするこの男と会話をすることに頭を使う必要があったおかげか男は昨夜の地獄を思い出す。そう、エーテルの風が吹き荒れ自分の乗っていた船が難破したのだ。

 

「私の名はコルザードという。君……ロミアスと言ったか? まずは君に感謝しよう。それから…… ん? 川辺だと……? 私が乗る船は海で難破したのだが……」

 

 そして、ふとロミアスの説明と自身の記憶との齟齬に気付いた。

 

「きみはどうやらノースティリスに馴染みが無いようだな。ここではそのようなことはそれほど珍しくも無いものだ」

 

 ロミアスは、何を非常識なことを言っているのだと言わんばかりに肩をすくめて見せた。まるで海が河を遡るのが当たり前だという様子である。

 

 コルザードは、自身の常識が全く通用しない現状に眉をしかめつつ、目の前にいたロミアスを注視する。

 

 よく見ればその男はスラリとした長身に整った目鼻立ち、そしてその瞳は蒼い。なにより、炎の照り返しを受けて映える彼の緑色の髪が、コルザードにある種族を連想させる。

 

「……そんなもの珍しげな顔をするな。君の察するとおり、我々は異形の森の民だ。エレアは…シエラ・テールの高潔なる異端者は、他種族の詮索に付き合う無駄な時間をあいにくもちあわせていないが、君は、我々に拾われたことをもっと素直に喜ぶべきだな。瀕死の君を回復させることは、ここにいるラーネイレ以外の何者にも不可能だっただろう。何せ彼女はエレアの…」

 

「ロミアス、しゃべりすぎよ。たとえ意識の朦朧とした怪我人が相手だとしても」

 

 ラーネイレが、つい口が軽くなり始めたロミアスを叱咤する。彼女達の旅は世界の命運を分かつほど重要なものである。いらぬ事まで話して、支障が出たとすれば悔やんでも悔やみきれないのだ。

 

「……そうだな。私の悪い癖だ、分かってはいる。……さて、コルザードといったな。見たところ君はノースティリスの人間ではないようだ。余計な世話でなければ我々が旅を再開する前に、この土地での生活の知恵を授ける程度の時間は割けるのだが」

 

「それは願っても無い。是非お願いしたいところだが――」

 

 ロミアスの提案を二つ返事で承諾しようとしたところで、コルザードの腹の虫がそれを遮った。

 

「ふむ、空腹か。しばし待っていろ。あいにくとこのような場所では私が調理をするには不十分すぎるのだが。簡単なものでも構わないのであれば腕をふるってみせよう」

 

「ああ、そこまでずうずうしいことは言わないさ。なにせ、船が難破して以来何も口にしていない。腹が膨れるだけありがたいというものだ」

 

 それでは、とロミアスは席を立ち、洞窟の奥の方へと歩みを進めていく。

 

 彼の足音が遠くなったころ。コルザードが思いのほか広い洞窟なのだな、などと詰まらぬ思いをめぐらしていると――

 

「彼、プライドが高すぎるのよね。ただでさえエレアは異端視されているのに…… ごめんなさいね。悪気があるわけじゃないのよ」

 

 そばにいたラーネイレが先ほどまでのロミアスの態度に思うところがあったのか彼に代わり謝罪をしてきた。

 

「いえ、ああいうのも一つの個性でしょう。俺は気にしていませんよ」

 

「そういってくれると助かるわ。いつもあの調子だからほんと、困ったものよ」

 

 そう言ってラーネイレは微笑む。心なしかその微笑には苦笑いが混じっていたように思えるのは彼女の日頃の気苦労ゆえだろうか。

 

「そういえば、ラーネイレさんでしたか? あなたが傷の手当をしてくれたそうですね。あらためてお礼を言わせてください」

 

「ええ、『風を聴くもの』ラーネイレよ。治療のことならいいのよ。気にしないで。それにしても無事に意識が戻って本当によかったわ。あなたを最初にみたときはもう手遅れかと思ったもの」

 

「そういうわけにはいきませんよ。あなたの心遣い、けして忘れません」

 

「だから気にしないでいいのよ」

 

 そう言って微笑むラーネイレの青い瞳はとても穏やかで慈愛に満ちていた。水色の髪は絹のような滑らかさであり、痺れるように美しい。それを直視したコルザードは照れくささを隠し切れず、返す言葉を探しているうちに時間がすぎていく。一方でラーネイレの方は相変わらず優しさを湛えており、コルザードは何か気の聞いたことを言わなければ、と考えれば考えるほど、頭が真っ白になっていくのだ。

 

「――そういえばロミアスさんとあなたはここに住んでいるのですか?」

 

 焚き火のパチパチと爆ぜる音だけに話させておくことが我慢できなくなったのかコルザードは無理にでも、話題を振ってみることにした。

 

「まさか。私達はヴィンデールの森からの使者。公正なるジャビ王と会見し、森とエレアの民に降りかかる嫌疑を晴らすために、パルミアに向かっているの」

 

「パルミア……ノースティリスの王都の名ですね。それと同時にノースティリス繁栄の象徴でもある」

 

「ええ、アセリア大陸から大洋を隔たち、ティリス大陸の北に位置するのがノースティリス。自由と平和の国パルミアの統治の下、古代の遺跡群ネフィアを巡り、多くの旅人や商人がこの地を訪れるの。あなたも、そんな旅人の一人かしら?」

 

 この世界、イルヴァにおいてはこれまでに数々の文明が興り、そして滅んでいった。栄枯盛衰のサイクルを既に二桁に及ぶほど繰り返したその文明の名残は各地で見受けられその遺跡群は"ネフィア"と呼ばれ各地に点在する。ノースティリスは深い歴史をもち、たくさんのネフィアが存在するのだ。

 

「ご明察です。流浪のピアニスト『月明かりの調和(ムーンライトハーモニー)』コルザードとは私のことです。

 ……ん? 一人? そうだ! ラーネイレさん。私は本当に一人でしたか? その、連れがいたのですが、ご存知ありませんか?」

「……ええ、貴方は一人、川辺に打ち上げられていたわ。その……お連れの方はいなかったわ」

 

 連れがいたのだ。というコルザードの発言にラーネイレは伏し目がちになる。大切な仲間たちとの別離、ラーネイレにとっても他人事ではないのだ。

 

「そうですか……」

 

「気を落とさないで、そうだわ。この近くにヴェルニースという炭鉱街があるの。近年はゴールドラッシュでとても賑わっているのよ。もしかしたらそこでお連れさんのことも分かるかもしれない。元気をだしてね」

 

「そうですね。気を使わせたようで、ありがとうございます」

 

 シュフォンとはぐれてしまったことで気落ちを隠せない。何せあれだけの惨事に見舞われたのだ、最悪生きていないかもしれない。

 

 ――そう考えて慌てて思考を打ち切る。ラーネイレさんの言うとおりだ。街で聞き込みをすれば何か分かるかもしれない。コルザードは自分に活を入れ、弱気になる自分の心を引き締めた。

 

 だが、外は既に夜の帳が落ち、雨音が森の木々を激しく叩いている。昨夜のエーテルの風の影響で魔物たちも凶暴化しており、夜の森から時折、雄たけびが聞こえてくる。そんな状況が不吉さを暗喩しているようでコルザードは堪らなかった。

 

 しかしその後も辛抱強く真面目に聞き入れ、同情し、親身な言葉を掛けてくれるラーネイレに励まされた。

 

 ロミアスも皮肉ばかり口にする捻くれ者だが口達者で、良くも悪くもあるが彼の話術は巧みであり話してると飽きることはない。このあと、料理を振舞ってくれたり、ノースティリスについての心構えを話してくれるなど、第一印象の割りになかなかどうして、面倒見のよい人物だ。

 

 袖触れ合うも他生の縁とはよくいったもので、そんな彼らとの触れ合いによってコルザードの心は少し晴れていった。心が軽くなった拍子に張り詰めていた糸が途切れたかのように眠気が襲ってくる。その頃にはエレアの二人も旅の疲れがあるようで、話のひと段落ついたところで誰が言うとも無く眠りに付いたのであった。

 

 こうして、外の雨音を子守唄にし、三人は一夜を明かした。漆黒の闇夜に紛れる邪なるモノから、三人の中央の焚き火が守る。炎は聖なる証。最古の炎を従えし、神々の王を称する"元素の神イツパロトル"の加護がそこにあった。

 

 

 

 明くる日の朝、昨夜の大雨は去り、魔物の気配もすっかり静まった。外では太陽が燦々と照らし、それをみて前向きな気持ちがよみがえってくる。そんな中でコルザードは大きく伸びをし、体の具合を確かめていた。

 

「コルザード。もう、傷は大丈夫かしら?」

 

 そんな声が後ろから掛かる。

 

「ああ、ラーネイレさん。すっかり良くなったよ、ほんとうに感謝する。」

 

「ずいぶんと早い起床だな。もう出発するのか?」

 

「ああ、ロミアス、君にも感謝している。君に授けられた知恵は大いに役立つだろうからな」

 

 ラーネイレ、ロミアス双方共に意気投合し、他人行儀の余所余所しさはなくなり、今ではすっかり名前で呼び合う間柄になっていた。

 

「その言葉が本当ならば、瀕死の状態を高慢なエレアに拾われ、講釈をたれられることももうないだろう」

 

 そういってロミアスはにやりと笑った。

 

 何が面白いのか。相変わらず、と言うよりも一日共に過ごしただけでは彼の諧謔は理解できないのだが、このひねくれ者の皮肉も聞けなくなると張り合いがなくなるとコルザードは感じた。

 

「全くだ。是非そうありたいもんだよ。しかし、それよりも君達の旅も急ぎじゃないのか?」

 

「コルザードの言うとおりよ。新王国のかの者の計画は着実に進んでいる……」

 

「ああ、パルミアまでは長い道のりだ。一時であれ、休息を取れたのは良かったかもしれないな」

 

 お互い前途は多難だと言うことを再確認した彼らは旅立ちを決意するのであった。

 

「また出会うときまで、月明かりの調和。あなたに風の女神、ルルウィ様のご加護があらんことを」

 

 ラーネイレが自らの神の名において出立を祝福してくれる。

 

「ラーネイレさん達こそお元気で。風を聴くものよ。 あなたにも大地の神オパートス様のご加護があらんことを」

 

 これにコルザードも笑顔で自らの神の名において彼らの使命の達成を願うのであった。そうしてロミアスとラーネイレに礼の言葉を残し洞窟を出る。

 

 外に出てみれば、太陽が木々の隙間から木漏れ日を漏らしている。陽光に照らされた林道が輝いて見え、小鳥達は囀り声を上げる。まるで旅の出発を祝福し、激励してくれているかのようだ。

 

 その道を往くコルザードの足取りは軽やかで、はぐれたシュフォンを探しにまずは教えてもらった、ヴェルニースの街へと歩みを進めるのであった。

 

 かくして、それぞれの思惑を秘めた二組はそれぞれ自らの成すべきことを成すべく歩みを進める。彼らがまた会う日があるかどうかは、幸運の女神エヘカトルの導き次第であろう。

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