「……どうしてこうなった」
命を助けてくれた二人のエレアと分かれた後、コルザードはシュフォンを探すべくヴェルニースへと向かった。
「……いくらなんでもあんまりじゃないかこれは」
森を抜けると、広い街道に出る。整備された道路がのび、街路樹が立ち並んでいた。所々に目に付く立て札にはヴェルニースへの順路が示されており、そのまま進んでいけば目当ての街にたどり着けることが分かった。
「いや……、素直に喜ぶべきなのだろうが」
道すがら行商人や冒険者、出稼ぎの労働者、果てには軍人と思しき人物がヴェルニースの方角へと歩みを進めていた。ラーネイレの言っていたように、賑わいのある街というのは実際たどり着いてみればどうやら本当のようで、街を行きかう人々は活力に満ち溢れ、その足取りは軽やかだった。
「普通……ヴェルニースにたどり着いた途端、こうなるとは思わないだろ?」
シュフォンはコルザードにとって妹分みたいなものである。実の家族というわけでもない。かといって恋人というカテゴリーに当てはまるわけでもない。その関係がどうあれ、放っておけない程度には愛着があった。
だから、やはりシュフォンがいないと寂しかったり辛かったりするわけで、実際に本腰を入れて探してみたのだが。
「――もう、さっきからなにをブツブツいってるんです。気持ち悪いですよ?」
これだ。
今コルザードがいるのはヴェルニースの町。
そして隣を歩くのは金髪の少女。
「うるさい。というか、お前は俺の決意を台無しにしたんだぞ」
「一体何を言ってるんです? はっは~ぁん、さてはキュートでプリチーなシュフォンちゃんを探そうと意気込んでみたら、まさかまさかのいきなりの再会で恥ずかしいとかそういうあれですか?」
こいつ上目遣いで調子に乗り始めた。そして口元には悪戯っ子の笑み。
「違う、断じて違う。部分的には同意するがそういうアレは少しも無い」
興ざめだ。いや、肩透かしだ。いや、再会できたのは素直に喜ぶべきだろう。でもやっぱりこういうのには波乱万丈が付き物ではないのか。喃喃辛苦を乗り越えて、ついに感動の対面とかそういうのがあってもいいと思うのだ。
「もう。照れちゃって、でも本当によかったです。このまま会えないとか、少し思っちゃいました」
急にしおらしくなる。これでは二の句が次げない。――隣で屈託無く笑う少女との再会はこうだ。
いよいよヴェルニースの街門へと差し掛かったとき、警備兵の数が多いことに気付いた。この活気のある平和な街で一体何かあったのだろうかと一抹の不安を抱きつつ進んでいく。すると門番をしていた兵士がコルザードを呼び止めた。
「止まれ」
その兵士はよく見れば、ザナン国の紋章をつけている。だが、ここノースティリスはパルミア王の治世下にある。
「どうしました? ザナン兵がこんなところで」
他国の兵が我が物顔で駐留していることに当然の疑問を浮かべる。
「殿下の遊説だ。怪しいものがいないか見張っている。何せこんなご時勢だ。危険物の持込がないかチェックさせてもらうぞ」
どうやらザナン皇子が遊説に来ているらしい。なるほどこの警備も納得。その後兵士に促され、質疑応答に答える。しばらくして兵士が表情を変えた。
「ん? 貴様ジューアのものか?」
ジューア国はならず者の国とされている。国際関係においても各国と緊張状態、場所によっては現在進行形で戦火を交えているところもある。コルザードもジューア国出身であった。
「待ってくれ、確かに俺はジューアだが、人を探しているんだ。あまり時間を取られては困るんだが……」
ジューア国は行儀のいい国ではない。故に他国が悪感情を抱いているというのは想定すべきだ。だがこのときのコルザードはそこまで頭が回っていなかった。
「言い訳するな! 怪しいやつめ。こっちにこい」
場の雰囲気も険悪になり始めた、そんなところに、――だ。
「――――」
遠方から声が聞こえる。大手を振りながらこちらへ突っ込んでくるものがあった。
それはあくまでも比喩表現なのだが、だが実際に迫り来るそれを見ているとあながち間違いでもないかもしれない。
ようやくその全容を視界に納めきれるようになった頃合。こちらに向かって走りこんでくる金色のソレはどこかでみたことがある少女だったりするわけで。
「コルザードさ~~~ん!」
遂に声も間近で聞き取れるようになったが、どういうわけかその少女にブレーキは付いていなかったようで、十分に距離を詰めた後、少女はいったん身をかがめ存分に大地を踏みしめたその力を一気に前方に解放した。
コルザードは目を瞬かせ突如目当ての人物の到来に仰天。まるで時間が止まったかのように呆けた表情を貼り付けたまま棒立ち。
結果として、為す術も無く吹き飛ばされてしまった。
「うわぁ! だいじょうぶですか? まさか倒れるとは……」
その惨状を造りだした犯人はひどく狼狽し慌てふためいている。
「……いてて、シュフォン? どうしてここに! 探したんだぞ」
一呼吸ズレているような発言をしつつ、突然の再会に驚愕の表情を浮かべるコルザード。
「それはこっちの台詞ですよ。目が覚めたらコルザードさんいないんですもん。キョロキョロと探していたら丁度それらしい人を見つけたので、とりあえず飛びついてみたらコルザードさんでした」
屈託ない笑顔を顕わにするシュフォン。そこには心からの安堵が込められていた。
「全く、殺しても死にそうにないやつだが、いきなり見つかるとは拍子抜けも良いところだ」
気恥ずかしさゆえ、憎まれ口を叩いてしまうが、コルザードの表情にも隠しきれない笑みを押さえつけるように口角をひくつかせている。
「あ、それはひどいですよ。ところでどうしましたか?」
空気の読めない少女がキョロキョロ。
そんな空気に兵士達も毒気を抜かれたのか、咳払い一つ。こんな間抜けなやつらだ。危険人物ではあろうはずがないと結論付けたようだ。
呆気なく許可が降り、二人は晴れてヴェルニースの街中を歩いているのだった。
「――しかしな、俺としてはもう少し壮大な冒険を想定していたんだがなぁ」
「終わりよければ全て良し。再会できたんだからいいじゃないですか」
「夢もロマンもないやつだ」
「いやほんと、お互い無事で。それ以上のことはないですよ」
こう言われては返す言葉も無いわけで。思えば、シュフォンとの出会いも幾分可笑しいことになってたなとコルザードは回想する。
――当時、コルザードはジューア国にいた。ピアニストとして生計を立てていた点は今と変わらない。娯楽の少ない貧民街であったことが幸いしたのか、あるいはコルザードに才能があったのかそのどちらかなのかは分からないが、食うに困らない程度の稼ぎはあった。
もちろん、この手の職業は日々研鑽に追われる。努力を怠ったとき、それは淘汰のときであるからだ。何よりコルザードはピアノを弾くのが好きであったので、それは苦にはならないものであった。
だが、問題なのは演奏技術ではない。
繰り返すがコルザードのいた町はうらぶれた貧民街のようなものでありそこでピアニストとして生計を立てていたのだ。これがまだ、バイオリニストやギタリスト、あるいは吹奏楽奏者であればいい。それらの楽器は軽いので、路上ライブをするにもさほど困らないからだ。
だがコルザードはピアニストだ。ピアノ、鍵盤楽器。すごく重い。――会場にピアノ? ここは超がつくほどの貧民街だ。ないない。
つまり自前で持ち運びをする羽目になるのだが、これがまた重い。
常識で言えばグランドピアノなどは到底担げるものではないしアップライトピアノとて並大抵のことではない。
そんなわけで、コルザードの研鑽とは普通の演奏家と比べるとずいぶんと見当違いな方向へ向かざるを得なかったわけで、結果としてそんなところが色物としてずいぶんと人気を評したのだ。
だがそんなコルザードの生活もある日を境に急転直下する。
ところで、ジューア国とは少し独特な国である。その国民の気質、いわゆるお国柄というやつだが彼らは定住することを好まない。元来遊牧民であった彼らは当時、派閥同士の内乱による分裂と彷徨を繰り返していた。
だが、ある時『ジューア』という名称の大派閥が、現在のジューア国の位置に定住したのがこの国の始まりだ。
されども、それはそれは自由や利己という言葉が大好きな集団であるからして組織の結束力はさほど高くなく、大きくなっては分裂するという集合離散を繰り返し、そこから先に進む事はなかった。
それが国家に対する忠誠心や帰属意識、民族としての団結という概念を抱かせるまでに成長しなかったのだと歴史が証明している。
そんなこんなで自治という概念が根付く環境とは程遠く。必然、ならず者と呼ばれるような人々が多くなる。
だからコルザードが暮らしていた町が別の部族の襲撃を受けるのも不自然ではない。
そして突然の襲撃に晒された結果として、戦闘訓練を受けていたというわけでもないコルザードは、自分の身一つ守るので精一杯であり、なんとか生きながらえたものの、彼の商売道具とも言えるピアノは無残にも破壊されてしまったのだった。
コルザードには信仰するに足る神がいる。今までその存在を疑ったことなどない。
しかし、この時の彼は、それでも神に問わずにはいられなかった。
道があるならばどれだけ遼遠な道のりでも歩んでみせよう。壁が行く手を阻むのならばいかにそれが高峻なものであっても乗り越えて見せよう。だが、それはあくまでも目的地までの行路があってこその話だ。
ゆえに、道そのものを断たれた場合、一体いかなる努力を持ってして前に進めば良いのかと。
為す術を失ったコルザードは絶望に暮れた。
彼が逃げ込んだ町はというと、そこは歓楽街であり、周りを見渡しても商売女に声をかけられている男、酔いつぶれて路上で管を巻いている者、怒声を上げて暴力沙汰を引き起こすもの、それを囃し立てているものと享楽的な賑わいを見せていた。
そしてそこはいわゆる暗黒街であり、酒に賭博、果てには人身売買ですら町の有力者の息がかかっている。そんな町に住むものは大半がならず者や、盗賊や悪人であり、彼らは町のお墨付きを得て夜な夜な獲物を求め、渉猟するのだ。
時刻は夕方から夜に差しかかろうという頃合。斜陽が山の端から僅かに残光を覗かせ、空を赤く染めている時分。そんな暗黒街の朝を迎えんとしている中にコルザードがいた。
「くそっ! 俺はもうおしまいだ!」
誰に聞かせるでもなく叫ぶコルザードの声は夕闇に吸い込まれていく。彼は雑踏から離れた、薄暗い路地裏を歩いていた。わが身の境遇を嘆き、虚空へと叫び声を上げてみたものの、そんな茫然自失とした彼の歩みはまるで幽鬼のようで、その足取りに力は感じられずふらついている。
だから――
「――ちょっとどいてください!!」
「ん?」
だからそんな彼には周囲の雑音に気を払う余裕もなく、ちょうど曲がり角に差し掛かったところで横殴りの衝撃を受けた挙句、転倒してしまったのは当然の帰結と言えよう。
「ぶへ!」
「ぐわ」
コルザードが上げた悲鳴がぐわ、である。消去法で考えるなら、ぶへというのは目の前で尻餅を付いてる人物のものだ。
転倒したコルザードが痛みにまたたく目をパチパチしながら視線を向けると声の主は、服と呼んでいいかも危ぶまれるボロ切れを纏い、ひどく汚れている。高く澄み渡った声が示すように女性、いや少女と呼ぶべき年齢の小柄な娘だった。
女として、そこはきゃっ、位にとどめておくのが妥当なのではないかと思っていると。
「いった~い……。 ちょっと気をつけてくださいよ!」
その少女は元気に立ち上がるなり、柳眉を逆立たせ、ついでに口も尖らせて抗議してきた。
「そっちこそ昼間から酔っ払ってるのか? まったく良いご身分なことで」
「あなたこそ、罵倒されたドMみたいに朦朧とした顔で突っ立ってるのが悪いですよ!」
「なんだと? ……というかどういう例えだそれは」
我ながら大人気ないとコルザードは後になって反省するのだが、まさに売り言葉に買い言葉。ジューア国民の気質としては、吐いた唾は飲み込めないのだ。
「しまったーっ! そんなことしてる場合じゃなかった」
互いににらみ合っていると突如頭を抱えてなにやら慌てふためく少女にコルザードは驚愕した。
だが、次いで鳴り響く複数の足音を耳に捉え、そちらの方へと目をやったことで大体の事情を察した。
数人の男達が駆け寄って来るなり少女を取り囲んだのだ。どいつもこいつも下卑た表情を浮かべている。だがそんな光景もジューア国ではよくあることであり、この手の出来事は前の町でさえ日常茶飯事だった。
少女の方はというと、もはや逃げられないと観念したのか、状況を打破する術も無く、混乱しているようで逃げようともせずただ狼狽えていた。
「はぁはぁ、てめぇ。手間かけさせやがって」
息を整えながら一人の男が少女に対してすごんで見せた。
「ただじゃすまさねぇぞ!」
「俺達から逃げられると思ってんなよ!」
それを皮切りにして、他の男達も彼女を威嚇する。
「あう、あわわわ」
少女は怯えて言葉も形になっていないが、少なくとも彼女に助けが必要なのは誰にでも分かることであろう。
だが、これまでそうしてきたようにコルザードは別に暴漢からか弱い女性を助け出す騎士の役割を演じるつもりなど毛頭なかった。このようなことはこの国では珍しくもない。事ある毎に正義感を発揮していたら命がいくつあっても足りないからだ。
群れをなして少女を追いかける、その理由が単なる『お楽しみ』のためならば、それはただの三下、どうにかなるだろう。目の前の男達を倒してしまえば後腐れなく済む事だ。
だが、実際はそれだけで済まないことが多いのでコルザードは傍観に徹していた。
「違うんですよ。逃げたんじゃないんです。チャンスが来たのでついカッとなってしまって……」
「それは逃げたのと同じじゃねぇか!」
「まぁ、待ってください。私の言い分をよく聞いてくだされば誤解だってのはすぐ分かりますって」
「あん? なんでぇ。言い分があるなら言ってみろ」
強面の男達は顎でしゃくる。少女は咳払い一つして、言った。
「コホン、いいですか、いくらなんでもアレはないです」
「アレってなんだ?」
「いいでしょういいでしょう。確かに私の身の上は奴隷です。そうでしょうとも、このご時勢弱者に権利などない。なるほど、分かります。まったくもって納得できませんが、ですがね? さすがにアレはないですよ」
段々と少女の発言が演技じみた振る舞いになってくる。それがひどく胡散臭い。
「だからアレってなんだってんだ」
「まぁ、落ち着いてください。別に私はこの後の及んで三食昼寝付きの庭付きの豪邸で悠々自適な生活を送れるなんて思っちゃいません。貴方達は奴隷商つまり労働力の斡旋、仲介業者みたいなものでしょう?」
コルザードはその時思った。こいつ奴隷商がそんな上等なものだと本気で思っているのかと。
「嬢ちゃんずいぶん面白い例えするじゃねぇか」
にんまりと下卑た笑みを崩さずに奴隷商が答えた。
「つまり私にも、労働者にも職場を選ぶ権利があってもいいと思うんです!」
拳を握り締め力説する目の前の少女。たぶんこいつは馬鹿だ。きっとそう。
「いくらなんでもひどすぎませんか!? ていうか、私かたつむりに売られるんですか!? ていうか!! 金貨千枚って安すぎませんか!? ツッコミどころおおすぎませんか!?」
「俺たちゃ商人で、商品に金払ってくれるんだからそいつはお客様だ。商品を引き渡すことに何の不自然があるってんだ。……これ以上手間掛けさせるなよ全く」
痺れを切らした男達は少女へとじりじり詰め寄った。
「えっ、ちょっ……。本気ですか? マジですか。あっ! そこの人助けて、いや助けろお願いします」
少女がこちらをみた。そして素早く駆け寄ってきてこちらの背中に回った、と理解した頃にはもう遅かった。
「は?」
乾いた言葉だけが響き渡る。
「なんだてめぇは?」
少女に詰め寄っていた男達は、その下卑た視線を剣呑なものへと変え、その矛先をこちらに向ける。
燃えているのは対岸。そして自分は傍観者。そう思っていたらいつのまにか対岸に放り投げられていた。
なんということだ。
「状況が理解できないんだが……」
やれやれと、頭を掻きながら言う。話からするにこの男達は奴隷商だ。ジューア国での闇稼業には大抵町の有力者が絡んでいる。
この国で生きる方法は二つ
一つ、町の利益になること。
一つ、町の不利益にならないこと。
これだけである。
こいつらがただのチンピラならどうにかなるだろうがこの場合はそう簡単にはいかない。仮に、もし力尽くでこの場を切り抜けたところで、コルザードが得られるものは偽善による自己陶酔と死ぬまで追い掛け回される素敵な人生ぐらいだろう。
「……とりあえず、コレは『商品』なのか?」
結論として、コルザードは自分の背中に隠れている少女の腕を掴み、前へと引きずり出すことにしたようだ。
「え、ちょっ! ここはか弱い乙女を悪漢から守るシーンとかだったりするんじゃないんですか!?」
期待を裏切られ激しく、狼狽する少女の嘆きが空しく響き渡る。
「お前ね、ジューア国でそんなこというやつがいたらそれは白衣のナースより馬鹿だぞ?」
「ああ、そうだ、そうにちげぇねぇ」
奴隷商たちはコルザードの対応を見て取り、警戒を解き剣呑さを緩めた。そしてその発言に同調するかのように笑い出す。
「しかし、奴隷か……。奴隷は元気でなければ困るが元気がありすぎるのも考え物だな。足でも折っておいたほうがいいんじゃないか? まぁ、それはそれとしてせっかくの機会。この商品を見せてもらっても?」
奴隷商へと冗談交じりに笑いかけながらコルザードが客を装うとすっかり奴隷商たちの顔も少女を追い掛け回す悪漢から商人のそれへと変わり始めた。
「馬鹿いっちゃいけねぇよ。それじゃ買い手がつかねぇぜ。もっともアンタがそういう趣味があるなら別だけどな? まぁ見るのはかまわねぇが傷だけはつけるなよ。売り物なんだからな」
下劣な笑い声を上げる奴隷商たちの声を背中で聞き、自らもその少女を不躾に眺める。
「ちょっ! やめろ、鬼! 悪魔! 役立たず! マニ! キウイ!」
ひどい罵詈雑言を浴びせられて助ける気がちょっと失せる。次第に抵抗らしい抵抗を止め、ただ眼差しには不安げな色を残したまま身をこわばらせるのであった。
「……大丈夫だ、任せろ」
コルザードは少女にだけ聞こえるように小さく囁いた。コルザードが奴隷商の方へと振り返る瞬間に見送った少女の顔には驚きに彩られていたように見えたのは気のせいではないだろう。
「へぇ、身なりは貧相だが顔は悪くないですね。……ちなみにコレはいくらですか?」
「そうだな、手数料込みで金貨1600枚ってとこだ」
「おいおい。素人だとおもってからかわないでくれ。それだけあれば質の良いエレアだって買えるだろ?」
「へっへっへ、兄さんも相当遊んでるんだな。じゃあ1434でどうだ?」
「1200ぐらいにならないか?」
「兄ちゃん。流石にそれはふっかけすぎってもんだぜ。1400で手を打とうじゃないか」
「しかし、この娘は見たところ品もないし頭も悪そうだ。1300でどうだ?」
「いやぁ、アンタも悪だねぇ。1350。この辺で手を打とう。な?」
「もう一声。ほらさっき1000とか言ってたじゃないか」
「あんちゃん、そりゃ先客の買値だぜ。兄ちゃんが買うなら言いくるめなきゃいけねぇしよ。多少弾んでもらわねぇと割にあわねぇよ?」
「ちょっと人を何だと思ってるんですか。もっと高く。2000! いや3000! いっそ10000!」
こいつ……助かりたいのか助かりたくないのかどっちだ。
「1300」
「ええい、1320だ! これ以上はまけらんねぇ。どうだ?」
少女を無視し商談を進める。
「いいだろう。交渉成立だな」
当の本人を前にしてひどいやり取りではあるが奴隷とは得てしてそのような境遇にあるものなのであろう。
コルザードは懐から金貨を取り出し奴隷商に手渡す。枚数を確かめ納得したのか毎度、と言い残し彼らは少女を置いて去っていった。
金貨1000枚もあれば、当分生活には困らない。これは偽善だと、コルザードは確信していた。
普通の精神状態ならばこのような行為はしない。だがおよそ全てを失い、半ば捨て鉢になっていた彼は、偽善も悪くないもんだと考えていたのだろうか。
騒動から逃れてみれば、怪我ひとつ無い我が身と少女の無事、それがどのような経緯を経たとはいえ大戦果である。悪漢から姫君を守る騎士、というわけには行かないが目的を達成したことには変わりない。
「あ、あの~」
そうしてコルザードが後悔と自己満足に浸っていると背後から件の少女の声がした。その声に振り向くと、少女が物言いたげにこちらを見つめていた。
「なんだ」
「えっと…… とりあえず、言わせて貰いましょう。このロリコンめ!」
「……は? なんでだ?」
涙目になり、上目遣いで睨みつけてくる少女。無理だと分かりかけてはいたが脈絡のない発言には何度でも度肝を抜かれる。まぁ、売り買いされる側としてはそういう不安もあったのであろうが。
「え、だってご主人様。私を買ったじゃないですか? 未熟な青い果実を貪ろうとか、思ってるんじゃないんですか?」
表情には恥じらいと怯えが浮かんでいるように思えるが、奇天烈な言動のせいでいまいち現実感が湧かない。
「俺が買ったのはお前じゃなくて偽善による自己満足と陶酔感。まぁ、酒みたいなもんだ」
どこか虚空を胡乱気に見つめたようにコルザードは言った。
絶望に打ちしひしがれて野たれ死ぬよりは、最後の最後に美談でもあったら良いと、その程度のことだった。そしてコルザードは貧相な少女に対してそんな気分にはなれないし、そもそもそういうつもりで助けたのではない。
「え?」
「だからお前を助けたのは気まぐれと偽善だ。全く慣れないことはするもんじゃないな……。ほら、どことなりと好きなところに行け」
しっしと手のひらを振ること三回。
「えー。そんなの困りますよ。金貨1000枚をポンと出せるリッチなご主人様に寄生しようと思っていた私の計画がめちゃくちゃじゃないですか! ……はっ!? しまった」
ここまで来ると、自分の発言を省みて頭を抱えて真剣に後悔している少女を見る目も生暖かくなろうというものだ。
「……あいにく、お前を助けたおかげでこちらの蓄えも底が見えている。俺に寄生しても破滅しか待っていないぞ」
少女にこちらが文無しだということを教えてやれば良い。そうすれば、舌打ちでもしながら用はないと早々に立ち去っていくだろう。この国ではよくあることだ。
「ご主人様。文無しなんですか? そっかぁ……」
ほら、この通り。露骨に落胆の色を浮かべて顔をうつむかせるのだ。
――だからその展開はあまりにもコルザードの予想を超えていたわけで。
「そっか、ならしょうがないですね」
その声色に含まれていた響きにはあらゆる失望とは無縁のものであり、むしろ慈愛に満ちた暖かさを湛えていた。そして、その少女が顔を上げ見せた表情は朗らかな満面の笑みであり、それは完全にコルザードの理解を超えていた。
「だったら、なおさら、私もお供します! 一緒に稼ぎましょう! 私頑張りますよ!」
居住まいを正し、両腕を胸に寄せ、握りこぶしを作って"ファイトッ!"と意気込んでいる様はとても微笑ましい。
「……好き好んで泥舟に乗るやつがいるとはな。まぁ立ち話もなんだ、付いて来い」
コルザードは面食らって呆然とするも、幾ばくかの時間の後に立ち直り、少女を促して歩き出した。
◆
ところ変わって"安い、早い、まずい"で有名な雑多な料理屋。適当な料理を注文したあと少女に向き直り話を始める。
「しかし一体どういう心境だ? 確かに俺はお前を助けたが、普通は利用価値がなければ捨てるのが普通だろ?」
ジューア国では嘘と欺瞞そしてその社会は人を利用し遣い捨てる仕組みで出来ている。人の善性や仁義などというものを無条件で信奉するほどコルザードは若くはない。
「なんですか? そんなひどい教えは私の信仰の道にありませんよ」
「ほう、信仰と来たか。ならお前は一体どういう算段で俺についてきたんだ?」
自らも信心深さについては一家言あると自負してるコルザード。少女の発言に興味を引かれたのか、身を前のめりに机にひじ掛け、少女に続きを促す。
「んー、そうですね。受けた恩はちゃんと返さないといけません。私は恥知らずではないですよ?」
これが無垢な子供というものか、何の疑いも無く断言する少女の言動、まぶしすぎて痛い。
「全く、夢見がちな子供ってのはこれだから困る、だが……それがお前の神の教えなのか?」
少女の言う事は確かに正しいのだろうが、肝心の神の教えとやらには触れてない。依然として疑問ありげに少女に聞き返す。
「うーん。そうですね……天に召します我らが偉大なジュア様は……」
「天に召してどうする、ましますだ。天に召してどうするんだ! 死ぬじゃないか」
「あっはっはっは。そうですそれです。えっと、天に増します我らが母なる偉大なジュア様は……」
今度は増えるのか。と内心ツッコミたい衝動に駆られつつも一生懸命、思案し文言を思い出している少女を見守った。
こほんっ、ともったいぶった咳払いをし、おもむろに表情を引き締めたあと威厳ありげに切り出した。
「そうですね、ジュア様ならきっとこんな感じでしょうか。こう……『か、勘違いしないでよね! べ、べつにあんたのことなんて…… べ、別に助けてくれたアンタがかっこいいとか思ったわけじゃないんだからね! このバカぁ!』とか言いそうです。私が言うんだから間違いありません」
意外と演技派なのか身振り手振りも交えて説明する。その様は出すところに出せば特殊な方に大うけすること間違いないように思えた。
「……お前ね、自分の信仰する神に向かってそのような不信心なことをよく言えるな。天罰が当たっても知らないぞ。我が偉大なるオパートスと肩を並べし七神が一柱、癒しのジュアがそのような軟弱であってたまるものか」
コルザードはというと、不快だ、所詮は子供の戯言かと言わんばかりに落胆を隠そうともせず、むしろ神に対する侮辱だと言わんばかりに憤慨するのであった。
「ええ~。ご主人さま。ジュア様はこんな感じですよ? 癒されます。可愛いんですよ?」
手の甲をシュフォンに向け二度三度仰がせる。もうこの話は終わりだと言わんばかりの態度を取るコルザードにシュフォンはシュフォンで釈然としない様子であった。
「……そういえばお前、ご主人様は止めろ。俺はコルザードという名前がある」
話の節目ともあって、コルザードが今まで据えかねていた事に対し言及した。
「えー。ご主人様は気に入りませんでしたか? 今こういうのが流行りって聞いたんですが…… もしかして、女の子に自分の名前で呼ばせるほうが好みだったりします?」
少女はコロコロと、めまぐるしく表情を変えた。
「馬鹿なことを言うな。あいにく俺はご主人様などと呼ばれるほど偉い身分でもない」
言葉を噛み締めて、身震いをする。そしてはたと何かに思い至ったように言葉を続けた。
「――そうだ、そういえばお前こそ名前は? いつまでもお前では不便だろう」
それに対して、キョトンと目を丸くし失態を恥じるようにシュフォンがはにかみながら答えた。
「そうですね、うっかりしていました。お恥ずかしい。私はシュフォンです。よくシフォンと間違われるんですが違いますよ。シュフォンですからね? シフォンだとボロ布ですから、絶対間違えちゃダメですよ!」
良くぞ聞いてくれましたといわんばかりに胸を叩く、そして聞いてないことまで教えてくれた。
ようするに前フリというやつだ。
「分かった。よろしく頼む。"シフォン"」
「ええ、こちらこそ。"ご主人様"」
二人はにこやかに握手を交わす。浮かべているのは笑顔だけじゃなく血管もだった。良い根性しているものだ、とコルザードはひとしきり感心したあとどちらからともなく笑い合った。
「何はともあれ……シュフォン。よろしく頼む」
「はい! コルザードさん、仰せとあらば火の中水の中どことなりとお供します。不束者ですがよろしくお願いします!」
少女、シュフォンは直立して敬礼の真似事をするのであった。
こうしてシュフォンとの出会いをきっかけにコルザードの人生は一辺した。少女は持ち前の前向きな精神と明るさでどこからともなく仕事の依頼を取ってくる。仕事の内容は様々。いわゆる冒険者稼業だった。不慣れだったことも手伝って気苦労は倍。懐の暖かさもとりあえず倍。でも借金も倍。失敗も倍。と、トータルでは損をしてるんじゃないかと思えるぐらいだった。
だが困難はあれどお互い力を合わせて乗り越えてきた。
仕事が終わればいつだって笑い合えた。笑顔があった。
そして仕事が手についてくるころにはそれなりの蓄えも出来てくる。
だから今、こうしてヴェルニースの街にいても、絶えず彼の背中にのしかかるグランドピアノ――シュフォンと共に稼いだ金で新しく買った――の重みは、二人が築き上げてきた絆の重みなのだ。
こいつはもしかしたら癒しの女神の化身なのではと思ったこともあった。でもそれを言うと間違いなく調子に乗るので言ったことはない。今回もそうだ。危うく死にそうだったが、晴れて新大陸の大地を二人で踏みしめている。
「さて、波乱はあったがお互い無事ノースティリスに来れたわけだが……」
「そですね。それじゃあ、どこ行きます?」
「何を言ってるんだ。お前が久しぶりに自分の故郷に戻ってみたいと言ったから来たんじゃないか」
「ええーっ! そ、そんな……困りますよ。もしかしてあれですか? 娘さんを僕にください! ってやつです? キャーッ!! そんな、私にはまだ早いですよ。で、でもコルザードさんがどうしてもって言うなら…… あ、でも私買われちゃってるからとっくにコルザードさんの物…… なんちゃって!」
万華鏡のようにめまぐるしくその表情を変え、一人悶えている少女をコルザードは乾いた目で一瞥した。
「ふざけてるならおいていくぞ」
うんざりした表情で、少女の一人漫才を聞きながら歩みを進める。まるで関係者だと思われたくないように。
「わーっ! ちょっと待ってくださいよ! すいません、待ってください。待てこら。お願いします。 まってー!」
足早に歩を進めるコルザードを、シュフォンは慌てて追いかける。少なくともこの騒がしい声を聞いてる限り退屈することはないのだろうとコルザードは歩みを速めた。
こうして災害によって引き離された二人の手は再びつながれた。ようやく二人で踏みしめたノースティリスの地でこの二人を待ち受けるのは安息か、はたまた困難か。
そんな二人を背に、黒い猫の鳴き声だけが、ただただ残響するのであった。