ノースティリス冒険譚(仮称)   作:ゆにお

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第四話 始動

 空には太陽が天高く燦然と輝き、雲ひとつ無い晴天はそれ自身の威容の象徴である。もちろん、その影響はここティリス北部にあるヴェルニースにおいても変わらず、真夏の熱気に包まれていた。

 

 リズムを刻むようにヴェルニースの道路に鳴り響く、同行者の足音を耳に感じながら初めてヴェルニースの町にたどり着いた時とはずいぶんと異なり、コルザードの足取りは軽い。

 

 どうやらお互いに同じ心境なのか、その音は軽やかで、とても上機嫌でありコーラスでも奏でているかのようであった。

 

「おや、コルザードさん? あれはなんですか?」

 

「うん?」

 

 二人がヴェルニースの広場に差し掛かろうとしているところ、その広場では真夏の暑さにも負けないぐらいの異様な熱気に包まれているのであった。

 

「見れば分かるだろ? 人だかりだよ」

 

「いや、そりゃそうですけど…… あの人だかりは一体なんなんでしょうね」

 

「……そういえば、ザナン国の皇子が遊説に来てるというようなことは聞いた気がするな。もしかしたらあれがそうなのかもしれん」

 門番が言っていたことを思い出す。広場に集まる群衆の方へと目を向けると民に紛れてザナンの警備兵らしき人々の姿が目に止まる。おそらくは間違いないだろう。

 

「へー。皇子様ですかー。どんな人なんでしょう。白馬に跨った凛々しい人だったらいいですね!」

 

 シュフォンは、理想の皇子様像を頭の中で浮かべているのか、頬を染め、鈴のように響く甘い声を上げながら大雑把にまとめた艶やかな金色の髪がかき乱れる程度に身もだえしていた。

 

「全くこいつは。……ん?」

 

 そんなシュフォンの醜態にうんざりしながら自分の髪を掻いたり撫で付けたりして手持ち無沙汰にしていると前方で喧騒が増す。

 

 そして一人の兵が聴衆の前へと歩みでて、皇子の来場を告げた。

 

 ――――だが聴衆が沸き立つかと思いきや、現れたザナンの皇子の姿に、人々は固唾を飲んだ。その姿は人々に一時の時間を忘れさせるほど異様な有様なのだ。

 

 遠目に見ているコルザード達もその異質さは伝わってくる。まず、なんと言っても壇上に上がる彼は供の兵に身体を支えられており、なんとも弱弱しい。

 

 そしてその皇子の肌は真っ白であった。まさに白紙のキャンバスと言った有様であり、もし近づいてその姿を目に入れるなら体内を巡る血管や神経が肌に表出する色でさえ、汚れに見えるであろう。加えてその目は血を落とした様に赤々と際立っているのであった。

 

 ――いわゆるアルビノというやつであろう。

 

 彼の姿、その白色の肌ととても対比的な黒い髪、その歩み、彼の作り出す雰囲気。それら全てが合わさり、その場を、この世に有るまじき異界へと変貌させたのではないかと錯覚させるほど悪魔じみていると言ってもよい。

 

 ザナン国皇子が壇上に立ってなお、静寂が場を支配する。一国の皇子の遊説が始まるというにもかかわらず、拍手で迎えることさえしない観衆達は無礼を働こうという意図などもちろんない。

 ただただ、彼が醸し出す雰囲気に飲まれていたのだ。

 

 当の皇子はというと、その一見無礼に思える聴衆の態度に対して怒りの言葉の一つでもいうのかと思いきや、その赤く光る眼で観衆をひとしきり見つめた後、側人に身体を支えられたまま、言葉を切り出すのであった。

 

「――深い悲しみが私を襲う。ザナンが新王国との戦に破れ、指導者を失った大陸が二国間の戦火の舞台となり、幾多の歳月がすぎよう。今は亡きクレイン王子のあとを私が継ぎ、和平に模索しても、二国の対立の溝はうまらず、未だ緊張の糸は張り詰められたままだ」

 

 その言葉は弱弱しくはあるが、驚いたことに、彼は虚弱なその風体とはうって変わり熱烈な弁を振るっている。そして、その声色はえも言われぬ妖しさを含んでおり、まるで彼の容貌も相まって聴衆達の注意を惹きつけてしまった。

 第一印象はどうであれ、一国を率いて立つ、王者のカリスマ性を、皆は感じていた。

 

「戦争……シエラ・テールを襲うかつて無い危機に、血と炎を身に染めた国々は気付かないのだろうか? 災いの風が我らの森を蝕み、今このときにも多くの同胞が命を落とし、その土地を奪われているというのに。異形の森と! 異端の民エレアが! レム・イドの悪夢の残骸『メシェ―ラ』を呼び覚まそうとしているのに!」

 

 その言葉を聞いたコルザードは、世話になった二人のエレアが脳裏にちらついた。彼がジューア人という気質もあって普段は自らの利益に関わりのないことに関心を持たないのだが、ラーネイレが話してくれた彼女達の使命、そしてその平和を愛する彼女の心は本物であった。あまりの言い草にコルザードの内面は私憤に燃え、皇子に対する嫌悪感を抱かせる。

 

 ――だが彼が抱いた怒りは借り物である。真にこの皇子に対して怒る資格があるのは当事者であるエレア達だけであろう。

 コルザードはその悲痛な嘆きに感情移入しているだけであり、事実としてその怒りは彼を行動へと駆り立てるほどのものでは無かった。

 むしろ、段々と熱を帯びてくるザナン皇子の語りに耳を傾けている自分がいて、相反する感情の間で板ばさみなるのである。

 

「イルヴァに遣わされた大いなる試練は、同時に結束の機会である。もし我々がお互いに争うことを止め他者を理解することを学び! 共に手を取り立ち向かうならば! 腐った森と異端児をこの力一掃し、災厄に打ち勝つことも可能なのだ!」

 

 段々と彼の語調は激しくなって行く。そして身振り手振りを交え聴衆へと訴えかける。その様はまるで命の炎そのものを燃やしているかのようだ。登場時の弱弱しい彼の面影はなりを潜め、大仰で、痛烈な彼の扇動は大いに聴衆を沸き立たせた。

 

 

「今日のザナンに大国を動かすかつての影響力はない……。 然るに! 私が成せることは、諸君に知ってもらうだけだ! 二大国に迎合せず確固たる地位を気付いたパルミア、そしてこの忠実な民の決意こそが、シエラ・テールの希望であるということを!」

 

 言葉巧みに聴衆の自尊心をくすぐり、民衆の心を沸き立たせた。

 

 その言葉が分水嶺だったのか、堰を切ったように聴衆から万雷の如き喝采が鳴り響き、それは波濤の如くコルザード達の元まで押し寄せた。

 もはや皇子の演説すらその波に飲まれ、彼の耳には届かないほどであった。

 

 その有様をみてコルザードはひどく動揺する。

 

 件のエレアの二人に対する感謝とその温情は忘れはしない。だがその反面、胸に燻る白子の皇子に対する妙な不安と興味を隠しきれないでいた。コルザードは広場の喧騒に慄いている小さなシュフォンの手を引き、ゆっくりと広場を後にした。

 

 

 

「ふぅ~。いやぁ、すごかったですねー。耳がキンキンしますよ。……それにしても白馬に乗った皇子様かと思いきや皇子様が白かったです。この場合、馬は何色なんでしょうか? なんちゃって」

 

 喧騒に当てられ目を回していたシュフォンも今ではすっかりと落ち着き、いつものおどけた彼女の姿がそこにあった。

 

「全く、相変わらずだな、お前は。ちゃんと話を理解できてたのか?」

 

「もう、馬鹿にして……。ちゃんと聞いてましたよ! 異形の森とエレアが悪いことをしようとしてて、めしぇーらが、んーと……」

 十代の半ばに差し掛かったばかりの少女に難しい話は早すぎたのか、シュフォンもザナン皇子の言っていたことの内容が頭に入っていない様子で所々覚えていた断片的な単語を吐き出すかのように呟いている。

 

「んーと……森が……。緑……エレア。腐った異端者。一掃……」

 

 頭をかきむしって一生懸命考えてはいるのであろう、だが次第に思い出せなくなってきている。それでも熱心に頭を悩ます様を傍から見ればとても微笑ましく感じるのかもしれない。

 

 だが、そんなシュフォンを尻目にコルザードには未だに身のうちに残るあの皇子の演説の熱にうかされ、なんともいえぬ気持ち悪さを抑えられずにいた。

 

「うーん。要するにエレアは悪者だからやっつけろ!って言いたかったんですよねあの怖い皇子様」

 

 頭を悩ませていたわりには簡潔にシュフォンが結論をまとめる。おそらく話を思い出しきれず、分かりやすい単語に飛びついた結果なのであろう。

 

 コルザードはふと足を止め考える。もしザナンの皇子が言うとおり、エレア達が世界に対して悪意を振りまいていたのならばラーネイレ達は一体何のために平和を説いて回っているのだろうか。エレアにもいろいろな派閥があってそれに翻弄されているのか、あるいは本当に騙しているのか。行き詰る思考に懊悩する。

 

「……そうだな」

 

 そう、考えても答えはでないならば自分の足で目で確かめるしかない、とコルザードは内心で決意を固めた。

 

「え、コルザードさんもそう思いますか? 大丈夫です。怖いエレアが来たら私が守ってあげますよ」

 

 コルザードの呟きをどう取ったのか、盛大な勘違いをしながら、さも頼もしげにその自らの揺れない胸を叩く少女が滑稽ではあるが何も変わらぬシュフォンがありがたかった。

 

「いや、違う。やる事が決まったんだ」

 

 自分に何が出来るかも分からない。真実は一体何なのか。出来ればそれを見定めてみたい。コルザードは脳裏に浮かんだ言葉を噛み締める。

 

「やる事ですか? そうですね、差し当たって屋根のあるおうちと、温かいご飯を得ることでしょうか?」

 

「……」

 

 決めた。決めたが、ひどく現実的なシュフォンの回答にコルザードは現実に引き戻されるのであった。

 

 シュフォンの言葉に促されるように腰元に下げた金貨袋を開いてみる。この真夏の真っ只中なんとも涼しげであった。先立つものが無ければ何も出来ない。まずはお金を稼ぐことから始めなければならないな。

 

 そう痛感させられるコルザードであった。

 

 本人達は知る由もないが、こうして物語は始まりを告げる。世界を巻き込む大きな危機、渦巻く陰謀、そして真実はどこにあるのか。エレアの使者が願う平和とザナンの皇子が語るエレアの悪行。

 

 いかなる結末が待っているのであろうか。

 

 成すべきことを定めた。――だがさしあたって今すぐ取り書かねばならない事はそう、財布の心許なさをなんとかするため仕事を探す。それしかない。

 

 

 

 カランコロン、と心地のよい響きを奏でてコルザード達を真鍮拵えのドア・ベルが迎えてくれた。時折、風に揺られて風鈴のような夏の暑さを忘れさせてくれる清涼感を耳に運んでくる。

 

 ここはヴェルニースの酒場の一角。シュフォンコルザードはそこにいた。

 

「……そうですか。コルザードさん。そんな目にあってたんですね」

 

「全く大変だったんだぞ……」

 

「それで? そのエレアさん達に命を助けられて、エレア達は本当に悪者なのかどうか知りたくなっちゃった。って感じですか?」

 

「ああ、俺は知らなければいけない。ラーネイレさんの使命感、平和を願う心は本物だった。だがザナン国の皇子の言葉がもし本当ならば……いや、だからこそ確かめたいんだ」

 

「……その、ラーライラさんって女ですね?」

 

 シュフォンのコルザードを見つめる目つきがじっとりと湿気を帯び始めた。

 

「ラーネイレさんだ。……シュフォンには関係ない」

 

 コルザードはシュフォンの視線に耐え切れなかったのか、別に疚しいことなどないにも関わらず彼女の視線から逃れるよう顔を背けた。

 

「……惚れましたか?」

 

「ば、馬鹿言うな! 彼女は……ただの命の恩人だ。……そう、シュフォンと俺の関係みたいなものだ。

 分かるだろ? それ以上でも以下でもない。」

 

「私とコルザードさんの関係みたいなものって……。 はぁ。まぁそうですよね。コルザードさんなんてそんなもんですよねー」

 

「お前、俺に何か恨みでもあるのか? 何を怒ってるんだ? ほんと、ガキだなぁ」

 

 売り言葉に買い言葉、シュフォンの頬は団子みたいに膨れ上がり、今度はシュフォンの方が顔をぷいっと横に背けた。

 

「ふ~んだ。どっちがガキなんだか。……全くもう」

 

「おいおい、何を怒ってるんだよ。ケーキを半分やるから機嫌を直せ」

 

 シュフォンが作る膨れっ面を、コルザードがその頬を指で押し、へこませてはまた少女が膨らませる。そんなやり取りを繰り返している。

 

「……いつまでも私が甘いものにつられると思ったら大間違いですよ?」

 

 と、口ではそういってるがケーキを受け取ったシュフォンの手は既にフォークを握っている。花より団子、シュフォン16歳。甘味の魅力にはまだまだ勝てないのであった。

 

「それよりも、俺が無事だった経緯は説明したが、お前はどうやって助かったんだ?」

 

「うーん、正直私にも確信は持てませんが、きっと"オパートスの哄笑"のおかげですかね?」

 

「何だそれ?」

 

 コルザードにとってはあまりにも身近ながら、耳馴染みの無いその単語に彼が食いつく。

 

「……ふっふっふ~。あれあれ、いいんですかぁ~? コルザードさん、それ聞いちゃいます~?」

 

 突如、シュフォンは悪戯を思いついた子供特有の目付きに変わる。さきほどの借りは返しますとその目が語っていた。

 

「……もったいぶるな。早く言え。オパートス様がどうしたのだ」

 

 コルザードはその目をぎらぎらさせ、まるで盛りの付いた犬のように堪えきれないといった様子である。

 

「まぁまぁ、そうあせらないでくださいよ。いいんですか? 敬虔なオパートス信者のコルザードさんが私に教えを請うんですか?

 ん~? どうなんです?」

 

「おのれシュフォン、お前……俺の信仰を試すのか?」

 

「はい、試します。敬虔なるジュア様の僕である私に、敬虔なるオパートスのコルザードさんが、どうか私に教えてくださいって言えば教えてあげなくも無いですよ」

 

「……いいだろう。オパートス様に関することを俺はすべて知ってるわけじゃない。そこは認めよう。だがシュフォン、事信仰に関して一切の悪ふざけはなしだ。からかいの類であるならいくらお前でも怒るぞ?」

 

「はいはい、分かってますよ。良いですかオパートスは大地を司る神です。この世界イルヴァのすべての民はオパートスに支えられて生きている。そこは分かりますよね」

 

「何をいまさら。そんなのはシュフォンに言われるまでも無く知っている」

 

「まぁまぁ、ここからが大事なんですがね。ここどこだか分かりますよね?」

 

「何を……ヴェルニースの町だろ? ずいぶんともったいぶるな」

 

「ええそうです、ここはティリス大陸北部、ノースティリス。……まぁそこにあるヴェルニースの町」

 

 逸るコルザードの言を修正しながら、教え子に教鞭を振るう教師のようにシュフォンは語る。

 

「ノースティリスには古い言い伝えがあるんですよ。そもそもイルヴァの地をオパートスとするならイルヴァ最北の地ノースティリスはオパートスの頭にあたります」

 

「それは確かに言われてみれば……。だがそれがどうした?」

 

「ノースティリスでは大きな地殻変動が頻発するんですよ。取り分けイルヴァ全土を見渡してみてもノースティリスほど地殻変動が頻発する地域はないようで。そんなわけで、先ほどの理由も相まって、かの大地の神の豪快な笑いになぞらえてそう言われてるんです」

 

「なんだと! つまりこのノースティリスこそが我らが聖地! そういうことだな?」

 

「いや、あくまで伝承ですし。そうとは限りません。ただまぁ、丁度あの日に大きな"オパートスの哄笑"があったみたいですね。海抜が上がって海が陸になってたようです。それでまぁ、私は気付いたら陸の上。コルザードさんを探しながらヴェルニースまで来たというわけなんですが ってコルザードさん? 話聞いてますか?」

 

 コルザードは天啓を受けた信者のような面持ちで足元を崇めておりきもい。こうなったコルザードはしばらく止まらないことを知ってるシュフォンはため息を付きながら紅茶を口に含んでいた。

 

「――ふふふ、仲がいいのですね。お二人は兄弟ですか?」

 

 気付けば、ウエイトレスをしている一人の女性がテーブルの側まで来ていた。ご注文の品お持ちしました、と器用に配膳を済ませていく。看板娘とはこのような人を差して言うのであろうか? その様はえらく堂に入っており鮮やかな茶色の髪を不衛生にならないよう、三角巾できちんとまとめている。楚々とした大人の女性という印象だ。

 

「違います。こいつはただのペットです」

 

 我に返ったコルザードが答えた。年上の女性に弱いコルザードをすかさずシュフォンが一睨み。

 

「ちょっ! ペットとかひどくないですか!? 人間以下の扱いですか! ひどいです。コルザードさんにとって私は結局、都合のいい女だったんですね」

 

 よよよ、と泣き崩れる素振りを見せシュフォン

 

 ウエイトレスの女性は空になったトレイを両手で持ち、自らの口元を隠すように頬を赤く染め、まぁペットだなんてそんな、と呟きながら頬を朱に染める。

 

「こほん、その、かなり倒錯されたご関係なのですね。いえ、愛の形は人それぞれ私がとやかく言うことではありませんわ。とても仲がよろしいので兄弟かと思ったんですよ」

 

 場の空気を取り繕うかのようにウエイトレスの女性は笑みを浮かべて作り笑いをする。

 

「俺たちはただの旅人ですよ。まぁ……こいつはその供です。最近海を渡ってノースティリスに着たんです」

 

 コルザード頭をかきながら半分本気、半分冗談な先ほどの発言を訂正しつつウエイトレスの女性に言葉を返すのであった。 

 

「あらまあ、お客様は冒険者さんなんですか? あ、違ったらごめんなさい」

 

「ええ、そうです。ピアニストの『月明かりの調和』のコルザードとは私のことです」

 

「はい! 私はシュフォンです! こ~見えても私、結構剣には自信があるんですよ?

 これでもジューア国では『闇を切り裂く光剣のシュフォ――

 

「ああ、そいつの二つ名は『快楽を得る右腕』だから、間違わないでください」

 

 意気揚々と名乗りを上げるシュフォンの言葉に被せるようにコルザードが横槍を入れた。

 

「ちょっ! その二つ名、やめてくださいってば! アレはなしです! ノーカンですよ」

 

「ふん、適当に二つ名を決めようとしたお前が悪いのだ。それに結構的外れでもない二つ名だと思うぞ?」

 

 人前で黒歴史を暴露されたシュフォンはこうなっては下手に出ていられないようで、猛然と反撃を開始する。

 

「だいたい、『快楽を得る右腕』ってなんですか? 右腕でどうやって快楽を得るんです? ほらほら、私子供だから分からないんですよね~。ちょっと教えてみてくださいよ? ほら教えてみ? ん? ん?」

 

「……それで、ウエイトレスさん。俺たちは冒険者だがそれがどうかしましたか?」

 

「ちょっ! 無視するな!」

 

 シュフォンの言葉を軽く無視し、話を進めるべくコルザードはウエイトレスの女性へと尋ねる。先ほどの発言に頬を赤く染めて身もだえしていたウエイトレスこの女性はかなり純情のようであらぬ想像をしていたのか急に我に返り咳払いをひとつした。

 

「こほん、失礼しました。わ、私、シーナといいます。この酒場でウエイトレスをしています。冒険者と見込んで依頼したいことがあるのですが、ちょっとお時間いいですか?」

 

 すぐに平静を取り戻したのはさすが接客業のプロ。ちょうど仕事を探していたコルザードは渡りに船といわんばかりであった。

 

「ああ、見ての通り俺たちは暇をもてあましていてね。出来ることならなんなりと」

 

 コルザードの承諾を得られたことに喜色良くし、弾むような声音でウエイトレスのシーナは話を進める。

 

「最近、バーの酒樽が度々盗まれて困っているんですよ。もし手が空いていたら助けてくださいな」

 

「盗みですか、ずいぶんと安っぽい悪党ですね。構いませんがその特徴は分かりますか?」

 

「ありがとうございます。盗みを働いている輩の目星は付いています。きっと、ヴェルニースを拠点に活動しているこそ泥の集団です!」

 

「なるほど、それは話が早いですね。それで、場所は分かってるんですか?」

 

「そうですね、拠点は確か墓の裏にあったはずですよ」

 

 私が行っても良いんですが最近仕事が忙しくてあまり動き回るわけには行かないんですと言外に含めシーナはコルザードにこそ泥の殲滅を依頼した。

 

「では、契約成立ですね。シュフォン行くぞ。おい、……機嫌直せよ」

 

「ふんだ、いいですよ。どうせ私は『快楽を得る右腕』ですから。快楽を得るのに忙しいんです」

 

 コルザードがシュフォンを宥めすかせた頃にはシュフォンの目の前の皿が塔になっており二人は苦笑いのシーナに見送られつつ酒場を後にした。

 

 来たときと同じように真鍮ごしらえのドアベルがカランコロンと軽やかな音を立てて二人を見送った。ノースティリスでの初仕事。なんとしても成功させようと意気揚々とした足取りであった。

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