ノースティリス冒険譚(仮称)   作:ゆにお

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第五話 初依頼! 泥棒を追い払え

 盗人達の拠点と思しき墓地は街の北東に位置する。酒場でずいぶんと話していたらしい。既に太陽が空を茜色に染めていた。ちょうどザナン国皇子の演説が終わった頃合なのか広場からはたくさんの人々が岐路へと着いていた。熱も覚めやらぬといった様子でしきりに議論を交わす聴衆の波を横切り、町外れの墓地へと足を運ぶ。

 

 

 そこは閑散とした有様で、乞食や浮浪者などがたむろしていた。見晴らしのよい原っぱに墓標が立ち並んでいることで目当ての場所に着いたと理解する。

 

「……コルザードさん、どうやらここで間違いないようです」

 

「ああ、そうだな」

 

 墓地の片隅にはうまく偽装されていて見えにくくなっているが、シーナが教えてくれた通りに進んでいくと草陰に紛れて地下通路のようなものが大きく口を開けている。

 

「……打ち捨てられた倉庫か物置小屋を占有してるんでしょうかね?」

 

 地下室への入り口を覗き込んでみると、そこには瓦礫に埋もれた形跡があった。手入れが放棄されてからずいぶんと時が経過していることが窺える。しかし瓦礫が乱雑に両脇にどけられており、そこには間違いなく人の出入りがあることを示していた。

 

「シュフォンはそこで見張りをしていてくれ」

 

 コルザードは単身、忍び足でこそ泥のアジトだと思われる石の階段を下る。周囲を照らすものは沈みかけた夕日のみ。光の差し込まぬ地下へと続くその階段は薄暗い。石段を足音を立てずにそっと、忍び足で降りていく。視界の利かないその道程はコルザードを緊張させる。

 

 一歩一歩静かに下りていくと、終点にたどり着いた。そこは薄暗い一本道で埃っぽい空気が漂っている。静寂に包まれたその通路を少し進んでいくと仄かな明かりが目に飛び込んでくる。

 一本道の最奥、木造の扉の格子窓から照らされるそれは、明らかに人の気配であった。

 

 慎重に慎重に、息を殺して近づく。

 

 扉の正面までたどり着いたコルザードは格子からそっと中の様子を覗き込んだ。

 

「――おい、おめぇら。よくやったっ! 仕事の大成功を祝して乾杯といこうじゃねぇか!」

 

「はい、お頭!!」

 

「今回ばかりぁ、すこぉしだけひやっとしましたぜ」

 

「はっはっは、だがおめぇらよくやってくれた。これでたんまりと報酬がもらえるってもんだぜ」

 

 そこには案の定、いかにも悪事を生業にしているといった風体の男たちがいた。酒宴の真っ最中のようで、無警戒に酒盃を傾けている最中であった。

 一人、二人……四人、五人……七人。

 油断しているとはいえ、二対七では少し分が悪いかとコルザードは眉を寄せた。

 

 そのとき、突如コルザードの肩がつつかれる。

 

「――っ!」

 

 咄嗟の出来事に身体を硬直させた。

 だがそれ以上の何もせずにいられたのはコルザードが少なくない修羅場をくぐってきた証左であった。無意識に流れる冷や汗、早鐘を打つ心臓、血の気が引いていく不快感に苛まれていると――

 

「あの、コルザードさん。どうです? 外、大丈夫そうなんで来ちゃいましたけど」

 

 小さく、コルザードにだけ聞こえるように囁くその声は耳慣れたものであった。あとで絶対おしおきしよう。コルザードは決意した。

 

「――っ!? 馬鹿シュフォンお前なに考えて――っむぐっ!?」

 

 小さな手のひらがコルザードの口を覆った。その手の主が空いたほうの手を自分の口に、人差し指を当てている。

 

「しーっ! 静かに。大丈夫です。ヘマはしてませんから」

 

 コルザードは何とか堪えることに成功した。とはいえ、いつの間にか立場が逆転したかのような扱いに憮然とする。

 どう考えても悪いのはお前だと、その目が語っていた。

 

「で、状況はどんな感じです?」

 

 灯りがこぼれるドアの格子窓からシュフォンがそっとのぞきこむ。

 

「……相手は7人だ。酔っているようだが、勝算はあるか?」

 

 片方の耳でコルザードの小声を頭に入れ、そのつぶらな瞳がキョロキョロとせわしなく動いている。中の様子を事細かに探っているかのようだった。

 

「……なるほどなるほど、あの奥にいる二人。強いですね。ただそれ以外はあまり」

 

「分かるのか?」

 

「ええ、なんだかんだで。いつも私前衛やらされてますから。なんとなく」

 

「何か策はあるか?」

 

「そですね――」

 

 シュフォンは一言呟き。通路を見渡す。今二人が通ってきた暗い暗い一本道がそこに。その他には何も無い、石造りの空間が広がっていた。

 

「火をつけるのはどうですか? 退路はなし。まとめて丸焼きです」

 

 シュフォンの提案にコルザードは渋面で応える。シュフォンの肩に手を置き真剣な顔で見つめた。

 

「シュフォン……。放火は犯罪だ。俺はお前を罪人にはしたくない」

 

 コルザードの真意が伝わったのかシュフォンはコクリと頷く。

 

「そですね。放火は重罪ですもんね……。となると後はもう押し入って切り殺すのが手っ取り早いでしょうかね」

 

「うーん、もう一捻り欲しいが。まぁそれなら罪に問われることもないし妥当か?」

 

「集団を相手にするときはまず不利を覚悟で頭を潰しちゃうのがいいです。特に奇襲ならなおさらですね」

 

「俺が1人。シュフォンが1人でいくか?」

 

「コルザードさん。私のコレ知ってますよね? 任せてください」

 

 そう呟いてシュフォンは腰元の剣に手をかける。これまでに何度も窮地を救ってきたその愛剣への信頼が、シュフォンの表情を自信で彩っていた。

 

「なるほどな。それなら俺はシュフォンの退路の確保にあたる。……しかし、男としてやっぱりどうなんだろうか」

 

 コルザードは基本的に目立ちたがり屋である。少女の背中を守る。なんとも絵にならない光景を頭に浮かべて気の抜けた表情をするのであった。

 

「まぁまぁ、コルザードさんにはあの時ちゃんと守ってもらいました。いつまでも弱いシュフォンじゃないですよ」

 

 そう言って誇らしげに笑うシュフォンの手には指が二本、立っていた。その仕草にコルザードは同様のものを返す。

 

 

 ――話はまとまったといわんばかりに二人は配置についた。

 

 コルザードがシュフォンに見えるように手を掲げる。

 

 五本、四本、三本、二本、一本――ゼロ。

 

 その直後シュフォンはドアを蹴破った。蝶番が悲鳴をあげ、木片が石壁にぶつかり騒音がする。

 

 突然の出来事に中にいた男たちは体をビクつかせ。物音がした入り口の方へと視線を向けた。

 

 そこには金色の髪の小さな少女。片手に長剣を持ち、もう一方の手になにやら布切れ。

 

「なっ! いきなりなんだてめぇ!」

 

 盗賊の頭の側近と思しき男がいきり立つ。

 

 だがそれと同時にシュフォンの片手が閃いた。狙いを過たず、側近の男へとそれはぶつかった。

 

「ぐわぁ! ひっ! なっ――ん。ぎょわああああっ!」

 

 その直後、男は狂ったような悲鳴をあげて倒れ臥し、動かなくなった。

 

 シュフォンはそれを想定していたかのようにごく自然な流れで盗賊の親分と思しき人物へと詰め寄った。

 

 だが――――。

 

 キンッ、と一際甲高い音が鳴り響く。それは金属と金属が激しくぶつかり合う音だった。

 

「ふぅ、アブねぇアブねぇ。お嬢ちゃん何のつもりだか知らねぇがこんなことしてただで済むと思っちゃいないだろうな」

 

 どうやらシュフォンの目算よりも盗賊のお頭は手練であったようだ。シュフォンの抜刀を懐に隠していた忍刀で迎え撃った。

 

 流麗の一言に尽きるシュフォンの一刀を押しとどめたのは力の差。戦いの中を生きてきた男と少女の差がそこにあった。

 

 されど、シュフォンの表情に絶望の色はない。

 むしろその表情には笑み。

 

 その理由は直後に判明した。御頭のピンチに周りに控えていた子分たちも色めき立ち。

 シュフォンへと殺到せんとした瞬間――。

 

 音が消えた。

 

 いや、その瞬間、ソレより小さな音の存在は許されなかった。

 大気を大きく振動させ、並べてあった陶器が割れるほどの轟音が室内に響き渡ったのだ。

 

 急の出来事に盗賊達は身をすくませ屈みこむ。

 シュフォンだけがその場で動くことが出来た。

 

「とどめです!」

 

 隙を見せた盗賊の御頭に剣を振り下ろした。

 

 ――だが、シュフォンの剣が血を纏うことは無かった。またもやその一撃を防がれたのだ。

 

「て、てめぇ! ちくしょう、やってくれやがったな」

 

 しかし、その男も辛うじてかわしたという風体で、その足取りは覚束なく、表情も定まらない。

 ただ必死にシュフォンから距離をとろうとしていた。

 

「――シュフォン!」

 

 コルザードがシュフォンの方へと駆け出す。

 傍にいた子分がシュフォンの背後から手を広げて忍び寄っていたのを目撃したからだ。

 

 駆けつけざまに盗賊の子分をコルザードが短刀で切りつける。くぐもったような悲鳴をあげその男は地に伏せた。

 

「くそっ! 援軍がいたか……。これだけは絶対に渡さねぇぞ! てめえら退却だ! 引け! 引けぇ!」

 

 コルザードがシュフォンのフォローに回ったことで入り口が空いた。盗賊の頭は目聡くその隙を着き、部下へと檄を飛ばす。薄暗い廊下に響き渡る足音、カンカンと階段を駆け上がる足音が地下室に残響した。

 

「御頭~! これを――。」

 

 撤退していく盗賊たちの中に1人、チェストの中から大急ぎの探索をしていた子分が取り残されていた。その中から何か掴み、慌てて逃げ出そうとするところへ、シュフォンが迫った。

 

「逃がしませんよ!」

 

 掛け声と共に、一閃。

 袈裟切りに背後から一太刀浴びて、その男は絶命した。

 

 室内には倒れ臥した数人の男たち。

 そのどれもが動く気配はない。

台 風でも通り過ぎたかのような惨状の中、無傷のコルザードとシュフォンが立っていた。

 

「ふぅ」

 

 少女が息を吐く。

 

「シュフォン、大丈夫か?」

 

「あ、ええ。コルザードさん。フォローありがとうございます。おかげで助かっちゃいました」

 

「いい。お前の暴走は何年かの付き合いでもう慣れっこだ、それより……」

 

「ええ、あの盗賊の親分さん。かなりの腕前でしたね。私もまだまだ修行が足りませんね」

 

 酒盛りで完全に気が緩んだとこへの奇襲をなんなく防ぎ、不利と見るやすぐさま撤退を判断するその戦術眼。

 さぞかし名のある盗賊に違いないとコルザードは肌寒いものを感じていた。

 

「それよりも、なんだか取り込み中だったみたいだな。あいつら」

 

「そうですね」

 

「そういえば、聞き耳を立てたとき仕事が大成功だとかなんとか言ってたなぁ」

 

「最後に子分がなにやら慌てて探していましたが……っと。これですかね」

 

シュフォンが絶命した子分が手に握っていたものを拾い上げた。

 

「あれ……? これって」

 

「ん? どうしたシュフォン何かあったのか」

 

「ええ……。まぁ……」

 

「おいおい、釈然としないな。一体何だって言うんだ?」

 

「いや、だってコレ……」

 

 シュフォンは手に取ったそれを自分の服の上から胸元へとあてた。

 

「これ、女物の下着……。ブラジャーですね。……むぅ、で、でかい」

 

 シュフォンが胸元に当てたそこには大きな空洞が。そのあまりの戦力差に愕然とし、肩を落とすのであった。

 

「ほぅ……」

 

「ちょっと! コルザードさん顔がえろいです」

 

 シュフォンが上目遣いに睨みつける。

 

「馬鹿! ち、違う! 俺は……」

 

「そんなに大きいおっぱいがいいんですか? ん? どうなんですぅ?」

 

 ここぞとばかりに狼狽するコルザードを詰問する少女。

 

「うるさい! 今はそんな話をしている場合じゃないだろ……。とにかくなんだ。依頼は終わった。シーナさんに報告にいこう」

 

 強引に話を打ち切って踵を返すコルザード。

 

「ま、まってくださいよ! いつもそれですよね! ほんとずるいんだから。聞いてますか!?」

 

「……いや、それはそれとして、お前やっぱり二つ名は『快楽を得る右腕』で良いんじゃないのか?」

 

「もう! 話そらしちゃって! それにまたそんなえっちなこと言うんですか? 怒りますよ!?」

 

「だってなぁ……」

 

 右手に握った長剣を振るう少女は実に素敵に、恍惚とした表情を浮かべていたのだから。『快楽を得る右腕』は間違ってないのではないかと思うコルザードであった。

 

「まったくも~。もうそれ禁止です! 次言ったら絶対口利きませんからね?」

 

 

 そうして二人は盗賊たちのアジトを後にした。帰りざまに繰り広げられるやり取りはつい先ほどまで命のやり取りをしていたとは思えないほど軽いものであった。

 

 

 

 

 カランコロン。

 一仕事終えた二人を酒場のドアベルが軽やかに迎える。

 

 

「ありがとうございます。あのごろつき団がいなくなって、私達ほんと安心しました。少ないですが、店長がお礼にとこれを♪」

 

「おお、金貨1500枚か! 久しぶりに大きな仕事にありつけたもんだ」

 

「ちょっ! 私より高いじゃないですか! やったー! ……でも少し空しい。まぁ、これで、しばらくは良い生活が出来そうだからいいや」

 

 コルザード一行はその報酬の額に甚く満足し、シュフォンと二人抱き合うのだった。そんな二人はシーナを交え、酒場で楽しく談笑した。

 

「……では、そろそろかきいれ時なので、忙しくなりますわ。私はこの辺で失礼しますね」

 

 時刻はもう8時を回っていた。すっかり日が落ち。仕事を終えた炭鉱夫やザナン皇子演説の警備に当たっていた兵士と思しき人の群れが酒場中に見受けられる。

 

「では、シーナさん。また何かあったら俺たちに声をかけてください。この『月明かりの調和』が解決してみせましょう」

 

「はいはい! そのときは『闇を切り裂く光剣』のシュフォンにもお任せくださーい!」

 

「うふふ、お二人とも元気があってよろしいですね。はい、わかりました。また有事のときは是非お願いしますね」

 

 シーナに見送られ、二人は酒場を後にした。

 

「さて、シュフォン。今日は宿で一泊しよう。明日案内したいところがある」

 

「はい、分かりました。今日は本当にいろいろあって疲れましたから、早く休みたいですねっ」

 

 こうして二人はヴェルニースの宿で一泊。ノースティリスでの初仕事を無事にこなし懐もすっかり暖かくなった。どこから見ても順風満帆なスタートを切った。

 

 これもまた幸運の女神エヘカトルの思し召しに違いない。

 されど、ご注意。

 幸運の女神はとても無邪気で気まぐれ、その猫のような性格に翻弄された人々の数はけして少なくないのだから。

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