ノースティリス冒険譚(仮称)   作:ゆにお

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第七話 新たな旅立ち

 

 日付変わって、ただいまの天気は空一面を灰色で塗りつぶしたかのような曇天。おそらく天高くには燦然と輝く太陽が昇っている頃合にも関わらず、空を覆う緞帳の如き雲海がそれを阻んでいた。

 

 そしてここ、ヴェルニースの町。今日日の空模様を映し出したかのように暗く沈む少女が1人。シーナの酒場でうなだれていた。

 

「はぁ……」

 

 何度目になろうか。重苦しいため息がヴェルニースの酒場に篭る。

 

「いやまぁ、なんだ。その……。とりあえず、そろそろ元気を出せ」

 

「こぉれぇが、元気でいれますか! 全く……。ひどい骨折り損のくたびれ儲けです」

 

 真昼間の酒場で物憂げに愚痴をこぼすのは金髪が映える小さな少女。顎をテーブルに乗せ項垂れている。無聊を慰めるかのようにテーブルの上に広がった自身の髪をフォークでパスタのようにぐるぐると巻いていた。

 

「……実際、ひどいもんですよぉ。金塊は偽者だったし、宝箱は開きすらしない、剣も折れる、出費はかさむ、雇用は低迷し社会は不況の真っ只中、井戸水は汚染される、武器屋の品揃えは悪い、コルザードさんはぬか喜びさせる。一体どうなってるんですか?」

 

「後半は関係ないと思うが……? ていうか行儀が悪いぞお前」

 

「もうっ! コルザードさんはいい加減すぎます! 私達、冒険者にとって武器は商売道具! 剣のない私なんか、言わばそろばんの無い商人みたいなもんですよ。そんなんで仕事が出来ますかってんです!」

 

「そうは言ってもなぁ……。武器屋に行ったのにお前が買わなかったんじゃないか。あと、俺は冒険者である前にピアニストだぞ」

 

「そりゃぁ、そうですよ! あの武器屋のおやじさん、頭どうなってるんですか! なんですか? 生ものの長剣とか、シルクの長剣とか、紙の長剣とか! 品揃え悪いってレベルじゃないです! そもそもあれが剣なのか本気で悩んでしまった自分が馬鹿らしいぐらいですよ!」

 

「仕方が無いだろう。手持ちの金じゃ、まともな武器には手がでなかったんだから」

 

「コルザードさんの甲斐性なし! おたんこなす!」

 

「うぅ、その点に関しては素直に謝罪しよう……」

 

「ノースティリスに無事たどり着いた記念に剣を買ってやろう――」

 

 キリッと表情を引き締めシュフォンが声真似をする。

 

「――って感じのこと、私は聞いたんですけどぉ~?」

 

「ええい! うるさい。だから悪かったって言ってるだろ! 何も反故にするとは言ってない。約束は守る必ずな」

 

「だと良いんですけどね……」

 

「……」

 

「……」

 

 はぁ、とどちらからともなく重苦しいため息が調和した。

 

 幾らか蓄えがあるとはいえ、名剣の類に手がでるほどの余裕はなかった。店頭に並べられていた古代遺物の所縁の物と思しき名剣は、家が変えそうな値段であったことで二人の思惑は淡く崩れたのだ。

 

 前途は多難であり、その事態に直面している二人は沈黙する。喉を通るのはため息ばかり。だがそんな二人にの方へと向かってくる者が一人いた。

 

「――それではネフィアに行ってはいかがでしょう? ノースティリスに来た冒険者ならなんといってもネフィアですわ。秘宝や名剣なんかもたくさん残されてるかもしれませんよ」

 

 トレイに料理を載せたウエイトレス――ヴェルニースの酒場の看板娘、今日も三角巾がよく似合っているシーナが横から声をかけてきた。

 

 ネフィア、そこにはラーネイレの話にもあったように、古代文明の遺跡の通称だ。

 

 そこには現在のイルヴァ第十期であるシエラ・テール文明以前の古代遺産が手付かずのまま残されている。旧文明とはいえ、決して現在に比べ劣っているというわけではなく、その高度発展がゆえに滅びた数々の文明の名残がそこにあるのだ。

 ノースティリスでは古代高度文明の研究が盛んであり、同時にネフィアに挑戦する冒険者稼業を優遇し発展してきた実績がある。ネフィアといえばノースティリス。ノースティリスといえばなんといってもネフィアなのだ。

 

「シーナさんナイス! それです、ネフィア! ネフィアに行きましょう。そうしましょう! 一攫千金、これぞまさに冒険者ですね~。いやぁ、シーナさんのお尻は最高ですぅ」

 

 シュフォンがシーナの言葉に机をバンッと叩き、跳ね起きる。今にも小躍りしそうなほどの調子であった。

 

「でしたらネフィアに行く前にパルミアで冒険者登録を済ましておくことをオススメしますよ♪ 冒険者登録をすれば功績に応じた給料が定期収入として振り込まれますし、名を広めるにも都合がよいでしょう。各種サービスなんかも取り扱っていて、ネフィアの情報を冒険者に斡旋してくれたりしますからね。

 ……あら、ところでシュフォンさん、それどうしたんですか?」

 

「へ? それって?」

 

 シーナがシュフォンを指差す。その指先を目で追った。シュフォンのポケットから布切れがはみ出していた。それを見て取るやシーナの頬が主に染まっていく。

 

「ああ、これですか。けしからんですよねっ! きっと持ち主は巨乳にちがいありません」

 

 シュフォンの手には、女性の下着があった。両端をつまみ自分の胸にあて、いかにそれの持ち主が強大であるかをシュフォンとそれの間に出来た空間が物語っていた。

 

「あの……それ私のですわ」

 

 顔を真っ赤に染めうつむくシーナ。その身は羞恥に染まり、もじもじと身体を動かしている様が妙に艶やかだ。

 

「ええっ! シーナさんのだったんですか……。なるほど、納得です」

 

 恥ずかしげにするシーナにそれを返す。ピンクのフリルが着いた可愛らしいデザインであった。

 

「あの、シュフォンさん。これをどこで?」

 

うつむきながらわなわなと肩を震わせるシーナにシュフォンが場違いなほど軽やかに言った。

 

「ほら、この間シーナさんに盗賊退治を依頼されたじゃないですか? そのときにやつらが持っていたんですよね~。生憎と持ち主が分からないのでそのままにしてたんですが……。そうですか、シーナさんのだったんですね」

 

「うふふふふふ……まぁ♪ シュフォンさん? その話もう少し詳しくお聞かせ願えませんか?」

 

 にこやかに笑うシーナの表情が怖い。

 本当に怖かった。後でコルザードはそう語った。

 

「え、ええ……私でよければ」

 

 シュフォンも若干押され気味になりながらもその時のことを懇切丁寧に説明した。

 あらかた情報を伝え終わったところでシーナも矛を収め、いつもの調子に戻ってくれた。

 

「なるほど、ご協力ありがとうございますね。一度ならず二度までも助けられたということになるでしょうか。いつか機会があれば恩返しさせていただきますわ」

 

「あぁでもシーナさん。盗賊の親分は結構な手練ですから、気をつけてくださいね?」

 

「ご心配ありがとうございます。ですが私こう見えてもそれなりの嗜みがありますので」

 

 そういってシーナが彼女には似つかわしくないほの暗い笑みを浮かべるのであった。

 

「……まぁ、その話はこのぐらいにしておいて。とりあえず、パルミアへ向かおうにも先立つものが無くてはな……。そうだ、シーナさんどうかな? 俺はピアニストなんだけど、もしよければ酒場で演奏させてもらえないか?」

 

 コルザードの発言にシーナの浮かべていた笑顔に苦いものが混じる。心なしか目も泳いでいるように見えるのは気のせいであろうか。

 

「あははは……。それは魅力的な提案だと思うのですが……」

 

 言葉を濁したシーナの視線が他所へと向く。

 その先をたどってみれば、備え付けのピアノがあり、そこには赤い染みのようなものが目に飛び込んできた。その染みの回りには、何かが破裂したかのように飛散し、掃除をした痕跡があるにも関わらず未だに付着してる残滓も見て取れる。

 

「……え~っと。大変申し上げにくいのですけど。今駐在しているザナンの兵隊さんにロイターという気難しい人がいまして……。

 先日も吟遊詩人の方が亡くなられたばかりです。だからうちで演奏するのはやめたほうがいいと思いますよ」

 

「そ、そうなのか……?」

 

 そりゃ、確かに演奏は表現の商売。客によってはひどい罵声を浴びせてきたり酷評したりするものもいる。ひどいときには石を投げられることだってあるし、その程度はコルザードとてくぐり抜けてきた。しかし演奏して殺されるとは一体どういう状況なんだ、とコルザードは首をかしげた。

 

「コ、コルザードさん。まずいですよ……っ! 『豪腕』のロイターといえば有名です。その投石は人体を容易く爆散させるほどの威力だそうで、数多くのピアニストがミンチにされたそうです!」

 

「ほ、本当なのか……? こ、この話はなかったことにしよう……」

 

 なるほど、石を投げる客は確かにコルザードも経験済みだ。

 だがまさかその投石が致死レベルの威力を持っているなど予想だにしなかった。驚きの事実にコルザードは身をすくませた。

 

「――そうだ、パルミアへ行くならパーティの演奏依頼も舞い込んでくるかもしれません。私も時折客として招待されるのですが、演奏ならその時にするのがいいかと思いますわ」

 

「パーティか、それはいいな。ノースティリスに来て以来、未だに本職らしいことをしてなかったからなぁ。

 パルミアまではどのくらいで着きます?」

 

「王都はここを東に二日行ったところにありますよ♪ ですが、南路をとれば途中にヨウィンという農村あるのでそこで一泊すると良いと思いますわ。のどかで平和な村で牧歌的な雰囲気が素敵なところです」

 

「いいじゃないですか。ヨウィン! 今は夏真っ盛り! 瑞々しい夏野菜に舌鼓を打ちながら、天高く咲き誇る向日葵を鑑賞する。すばらしいと思いませんか? 開放感ある真夏日よりに浮かされてポロリもあるかもしれませんよ?」

 

「……前者は魅力的だが。シュフォンのポロリはなぁ……」

 

「本っ当っに失礼なんですから! 私だってあと何年かすれば……シーナさんみたいなわがままボディを手に入れるはずです。その時になっても同じ台詞を吐けるか見ものですね」

 

「――お二人は本当に仲がよろしいのですね♪」

 

 膨れっ面になりながらコルザードをポカポカと叩くシュフォン。そんな二人の様を見てウフフ、と口元に手を当てて上品に笑うシーナであった。

 

「ははは、それじゃ、シーナさん世話になったよ。ありがとう。お勘定ここに置いとく。シュフォンいくぞ」

 

「ええ、まいど~です。またいらしてくださいな」

 

 にこやかに笑うシーナに見送られて二人は酒場を後にした。

 

 

 旅の目的を決めた二人は現在、ヴェルニースの街門の前にいる。急ぎの旅支度を済ませ、荷造りを終えた二人は並木通りの街道から夕日に照らされて染まった茜雲を眺めている。

 

「――さて、目指すはパルミアだが、どうするか。直にパルミアに向かうか、ヨウィンに立ち寄るか。そういえばシュフォンはノースティリス出身だったよな? パルミアへは行った事あるのか?」

 

「いやぁ、ないですよ。私は北部育ちの田舎娘ですからね。花の王都なんてとてもとても……

 そうだ。ところでコルザードさん、もうすぐ9月ですけどどうなでしょう?」

 

「どう、とは?」

 

「もう……。察しが悪いですね! 9月といえばエーテル風の季節じゃないですか。ほら、私達って季節はずれのエーテル風に見舞われちゃったわけですが……。

 でも普通なら9月頭のエーテル風がそろそろ吹きますよね? 先日のアレが前倒しによるものなのか、偶発的なものなのかどっちか分からないですが注意するべきだと思います」

 

 珍しくまじめな顔をしていうシュフォンの言葉にコルザードは感心した様子で答えた。

 

「なるほどな、確かにそうだ。パルミアに向かう最中にエーテルの風に晒されてはひとたまりも無いからな。となると……。ヨウィンでエーテルの風をやり過ごした後にパルミアに向かう――そうするべきか?」

 

「う~ん。見通しが立たない以上、他に手はありませんね。しばらくヴェルニースでやり過ごすという手もありますけど?」

 

「しかし、それだとな……。何度も言うがいつまでも懐が暖かいわけじゃない。さっきのシーナさんの話じゃ、この町では仕事がやりにくいだろうしな。

 早いところ仕事を探さないと不味いだろ? ネフィア探索にしてもそうだ。冒険者登録をしなければ国からの援助は得られない。

 聞いた話だと、ヨウィンに向かうだけならば8月中には到着できるらしいからな。俺一人だけなら何とかなるが、お前もいるからなぁ」

 

 頬を掻きそっぽを向きながら答える。

 

「ちょ、ちょっと似合いませんよ。何かっこつけちゃってるんですか。三下の子悪党みたいなコルザードさんらしくもない台詞ですね。

 別に私はアピの実生活でも構いません。何時までも私のこと子ども扱いしないでくださいよ? むしろ私がコルザードさんを養ってあげるぐらいの意気込みはあるんですから」

 

「はははは、コレは一本とられたな。それじゃ期待してるぞ? 小さなナイトさん」

 

 コルザードはシュフォンの頭をそっとなでる。それに彼女はどこかくすぐったそうな笑みを浮かべていた。

 

「もちろんです! 大船に乗った積もりで任せてください」

 

 ドンと胸を叩いて誇らしげに胸を張るシュフォン。そしてそこに目を落としてコルザードは呟いた。

 

「だが残念……。小船だな」

 

「パンチ!」

 

 その時コルザードの手はシュフォンの頭の上に置かれており、故に彼女の正拳を阻むものはなく、無防備なコルザードの鳩尾に吸い込まれていくのであった。

 ヴェルニースの門番が苦笑いする。

 またこいつらか、と。

 

 

 

 二人組みのでこぼこ冒険者がヴェルニースの町を立ったのと同時刻。シーナの酒場も昼間の喫茶店としての顔から、本来の酒場としての顔を取り戻す。一仕事終えた炭鉱夫や、駐留しているザナンの兵士など気の強い者達が酔いに勢いを任せ、大いに賑わいを見せていた。

 

 そんな酒場の一角、粗忽なザナンの下級兵が交わす杯の音の中、酔いに力をもてあました若い兵士が一人のみすぼらしい男に因縁をつけ時々威嚇するようなお声を上げ拳をふるっているのが窺える。

 

 ――その騒動と少し離れた座席で、溢れんばかりのクリムエールの杯を一気に乾かす男がいた。ザナン兵の高級将官の勲章を付けた、燃えるように赤い髪の男。

 その目つきは爛々と輝き、精悍さを感じさせる。細身ながらも引き締まった筋肉は野生の肉食獣を思い起こさせるだろう。若くしてその地位にいるのはかつての二大国間の戦乱で上げた武功がゆえである。

 

 『ザナンの紅の英雄』ロイターが静かに席をたち、騒動の渦中へと身を乗り出した。

 

「何事だ」

 

「これは隊長。なに、大した騒ぎではありません。このボロ布をまとった不審な男を尋問していただけのことで。なにしろ皇子直々のご遊説、警護を申しつかった我々としては見過ごすわけにはいきませんからな! おい、お前のことだぞ。聞こえているのか?」

 

 愚にも付かない言い訳だが、それを咎めるほどロイターは若くは無い。それよりもロイターの気を惹いたのは、暴行を加えられているその男の姿であった。うす汚れた緑色のボロいローブを被った見るからに浮浪者然としたその姿は、本来ならば高級将官たる彼の視野にも入ろうはずもない。

 

「この男は……」

 

 その男は絶えず繰り返される下級兵の罵倒や殴打にもどこ吹く風といった体で虚ろな視線を彷徨わせていた。兵士達の理屈からすれば、彼のような虐げられるべき弱者はそれ相応の反応を見せるべきであり、それを意にも介さぬ彼の反応はより一層下級兵達の苛立ちを煽るのである。

 

「ご覧の通り、ふてぶてしい野郎です。もう少し痛い目にあわせて追い返して見せましょう。危害はないにせよ、目に付くだけで我らの飲む酒が不味くなりますからな」

 

「やめておけ」

 

 下卑た笑いを浮かべながら、『職務』に励む下級兵士の行いを今になって咎める。

 

「しかしね、隊長、足の一本でも折れていたほうが、むしろ物乞いに箔が付くってもんです」

 

 下級兵士も、乞食然とした男の態度、そして酔いの勢いも手伝って、本来ならば逆らおうはずも無い上官の言葉に不満の色を隠せないようだ。

 

「誰のために言ったと思っている? 『ザナンの白き鷹』、それがお前の目の前にいる男だ。……しばし二人だけにさせてもらおう」

「え、ええっ!? まさかあの『白鷹』ですか……!? し、失礼しました」

 

 その名前を聞くやいなや、下級兵達は酔いもさめたかのように青ざめ、乞食然とした男に怯えの視線を向け、足早にその場を離れていくのであった。

 

「こんなところに骨を埋めていたとはな。そのなりはなんだ、世捨て人にでもなった積もりか?」

 

暴行を受け壁にしな垂れかかっている男を見下ろしながらロイターは語りかける。

 

「……」

 

「人は変わるものだ。国中の誰もがその才能を羨み、功績をたたえ、貴族の特権まで与えられた『白き鷹』が小汚い酒場の隅に隠れ、死人の目で空を見つめている。貴様がザナンを出てからは、何事も張り合う相手がいなくて困る」

 

「……」

 

「ふっ、憎まれ口の一つでも叩いたらどうだ。仮の自分にうんざりだと、昔俺に言ったのを覚えているか」

 

「……」

 

「富と名声を脱ぎ捨てた、その薄汚い乞食のような姿がありのままの姿だと吹くのなら、とんだ笑いの種だ。あるいは、欲望を捨て、罪人のように暮らすことがあの娘の供養になるとでも?」

 

「……その話は聞きたくない」

 

『白き鷹』と呼ばれた男の表情に始めて感情の炎が灯り、言葉を発する。

 

「エレアの小娘……エリシェといったな、貴様の言葉を借りればあの娘さえも己の仮面の一部だったのではないか?」

 

「問答に付き合うつもりは無い。あのまま殴られ牢に入っていたほうがまだ、静かでいい」

 

「では、望みどおり身柄を拘束させてもらおう、ヴェセル・ランフォード。ザナンを出た以上、貴様以上の危険分子は他にはいまい」

 

 すぐさま一言二言、部下に指示し、連行するように命令する。

 ヴェゼルを一瞥した後、ロイターは小さくため息をつき、嘗て切磋琢磨した好敵手の変わりように落胆の色を浮かべその場を立ち去っていった。

 

 感情を持て余したロイターが酒瓶を手に取る。

 苛立たしげにそれを放つ。何かがひしゃげる鈍い音が酒場に響き渡った。

 

「酒を」

 

 ぶっきらぼうに席に腰掛けた。

 

「――は、はいっ! ただいま」

 

 店員が慌てて注文に応える。

 いつのまにか、店内に響き渡っていた陽気な音楽が止んでいた。

 

 

 

◆おまけ

 

 場所は一転して、そこを彩るのは、煌びやかに輝くシャンデリア、高級なカーペット、豪華な食卓。集う人々は皆、正装で身を包み、上品な音楽が奏でられる中、談笑するもの、ダンスに興じるものと様々であった。

 

 そんなパーティ会場の一角、ある貴族達と顔を隠した男の姿があった。

 

「……旦那、約束の品もってきやしたぜ」

 

「ふむ、確かに。ご苦労だった。報酬を受け取りたまえ」

 

「へっへっへ、確かにいただきやした。今後ともよろしくお願いしますぜ。ラスターの旦那」

 

 ローブで深く顔を隠した男が笑みを浮かべる。

 

「ああ、分かっている」

 

「……ラスター卿、それで? そのあとはどうなったのでおじゃるか?」

 

 顔を隠した男と会話していたラスターと呼ばれた貴族が、別の貴族に話しかけられた。

 

「ああ、以前、炭鉱街を訪れた際、私は恋に落ちた。しかし話しかける勇気は無く、かわりこの高名な盗賊に頼んででコレを手に入れたのさ。これで私と彼女はいつでも一緒。どうだ、うらやましいだろ」

 

「へへへ、下着と言われたんでブラも盗ってきたんですがね、思わぬ邪魔がはいりやして結局それだけでさ。面目ありゃせん」

 

「いや、よいのだ。これだけで私は十分なのだから」

 

 ラスターと呼ばれた貴族が恍惚とした表情を浮かばせながら語る。だが、ふとラスターと会話をしていた面々の表情が曇っていることにラスターは気付いた。

 

「ん?……どうした、卿らは妬みのあまり声も出ぬのか?」

 

「あ、あっしはちょっと用を思いついたんで失礼させていただきやす」

 

「ま、麻呂もちょっと中座させていただくでおじゃる」

 

「……おい、どうしたみんなそんな怯えたような顔をして、ん? 私の顔に何か付いているのか?」

 

 

                         ■貴族ラスター最後の言葉■

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