ヴェルニースを発ってから最初の朝が訪れた。しかし寝床から這い出る時間にしてはひどく薄暗い。空を見上げると、分厚い灰色雲に覆われており重厚な雲が支えきれなくなった水分を地上に還元するが如く霧雨が降り注いでいた。
「急ぎだと言うのに困ったな。本格的に降り始める前になんとかヨウィンにつきたいもんだ」
「よいしょっと、そうですね。風の女神さんは情緒不安定ですね~」
ぬかるんだあぜ道を二人は進む。つり橋を渡れば、ヨウィンはすぐそこだと道往く旅人は語った。彼らの旅靴が水溜りをパシャパシャと叩き、波紋を浮かべては消えていく。人通りも疎らな旅道を往く二人の恰好は、厚手の外套を深く羽織っており、まるで照る照る坊主のようだ。とはいっても、どうやらイルヴァの大地ではそのご利益がないことは、濡れ鼠の如き二人の様相が物語っているのだが。
長らく雨露に晒された外套の繊維が水分を吸ってずっしりと重くなっていた。
「おい、シュフォンさっきから何してるんだ?」
雨にも負けじと元気に走り回り、地面に視線を落とし、時折屈んでは何かをあさっている少女にコルザードは尋ねた。
「――よっと、クズ石集めてるんです。あとでジュア様の祭壇に捧げるんですよ」
泥に塗れた石を手に、陽気に笑う。
「遅れるから止めろ、と言いたいが……。それはいいな、俺にも少し分けてくれ」
「やですよー。信仰は自分の力で示すものです。どうぞその足で稼いでください」
「まぁ、そうくるよな」
舌をだし拒絶の意を示す彼女に、コルザードは軽く首を振り、短く嘆息する。彼にしてみれば想定通りの反応だったようで、気にした風もなく歩みを進めるのだった。
イルヴァ七神は形而上の存在に非ず。
定命――命に定めあるもの。つまり人間との交流を持ち、信仰深い信徒には恩恵をもたらすのが神々の務め。祭壇を窓口にし、信徒から捧げものを募るのだ。捧げ物の内容や、量の多寡で信者の信仰心をはかるので、神々にしては何とも即物的なものだという印象を受ける。
しかし、だからこそイルヴァ七神が概念上のみに留まらぬ、それぞれが人格を持った一個の存在であることを強く思い知らされる。
「コルザードさんもたまにはジュア様に感謝しましょう。世界がこんなに綺麗で美しいのもジュア様が一生懸命に清めてくれているからですよ。その献身に敬意を表して、ささやかながらの捧げ物をしても悪いことは起こりません」
そう言ってシュフォンがポケットをパンパンと叩く、熱心に拾い集めた信仰心がジャラジャラと音を立てた。
「なぁにを言うかと思えば……。世界がこんなにも豊かで雄大なのはオパートス様自身が壮健であり続けるからだ。自然はオパートス様により生み出され、そしてオパートス様へと還る。豊かな世界を愛するのならオパートス様にこそ、その鉱石を捧げるのが妥当というものだろう」
コルザードは肩をすくめシュフォンの言葉を鼻で笑った。
「分かってませんねぇ。確かに一理ありますが、断然、ジュア様がいてこその世界です。ジュア様が喜んでこんなクズ石を受け取ってくれるのだって、そこから穢れを祓い、新たな息吹を吹き込むからに他なりません」
シュフォンが手にしたクズ石を愛しげに眺める。
「あまいぞ。シュフォン、その論法だとジュアが受け取るのは穢れを内包したもの、ということに限定されるように思えるが? 宝石や魔力結晶などのように美しいものだって要求するじゃないか。それはどうやって説明をつけるんだ?」
「何言ってるんですかコルザードさん。そりゃジュア様は乙女ですもん。綺麗なものを貰ったらうれしいでしょ? それとコレとは別です。甘いものは別腹って言葉もあるじゃないですか」
「なんだそりゃ、ジュアが捧げ物の穢れを祓うということの証明にならないじゃないか」
「仕事は仕事、プライベートとは違いますよ。神様だって人格があるんですから。仕事のためだけに捧げものを要求するとは限らないじゃないですか」
二人の論が食い違うのももっともである。
神々が人とかかわりを持つとはいえ、大いなる存在たる神々がいかにして世界を運営しているかなど、定命に図る術はない。よって人々は自らが信仰する神が為す偉業を空想し、語り継ぐのだ。当然そこに教義上の食い違いは起こる。
「……そりゃなんとも現金な神だことで」
「むぅ。オパートスだって同じじゃないですかーっ! ジュア様が要求するものとオパートスが要求するもの一緒ですしっ!」
「馬鹿いうな。オパートス様にとって大地より育まれたものは全てその血肉となり、ひいてはそれがイルヴァ全土実りある大地を作り上げるのだ。
かの神は光物だから要求しているんじゃなくてそれが地の恵みだから要求してるんだ」
「むむむ。でもだからといってジュア様がないがしろにされていい理由にはなりませんよ! コルザードさんの馬鹿!」
癇癪を堪えきれなくなったシュフォンが手にしているクズ石を投擲する。
とはいえそれはコルザードを狙ったものではないので、見当違いの方向へ飛び、降りしきる雨の中一際大きな水音を立て転がっていった。
「はぁ……そうだな。まあ、神々は多かれ少なかれなんらかの形で世界の運営に寄与しているからな。別にジュアを否定したわけじゃない」
頬を膨らませ、大いに憤慨してるシュフォンに対して、コルザードは自分の大人気なさを省みてか頬を掻く。理屈で物事を考えるよりは感情で行動したいお年頃だということは分かっていたはずなのに神の話になるといつもこれだ。
「まったく、分かればいいんですよ、分かれば。なんでみんな自分の信仰する神以外に対してひどく攻撃的なんでしょう……」
鏡を見ろと喉まででかかった台詞をコルザードは飲み込んだ。話を蒸し返しては元も子もない。
「ああ、そうだな……。みんなが互いを尊重し合えば世界はもう少し平和になるよなー」
「本当にその通りですよね!」
妥協点を見出した少女は逆立てた柳眉も今ではすっかり垂れ下がり普段と変わらぬ有様であった。
「そういえばコルザードさん知っていますか? 昔は神様たちが仲良くて、もっと素敵な世界だったらしいですよ」
「ああ、それは聞いたことがあるな。孤児院の教会で耳が痛くなるほど説法されたから覚えてる」
「今はなんでこんなになっちゃったんでしょうね」
シュフォンが空を眺める。その雲のはるか向こうにある、来るべき災害を見据えているかのようだ。
「神々の分業が破綻したせいだろう」
「神々の分業?」
「神々が互いに協力しあっていたころの言い伝えだ。世界は三大元素の神より生じ、大地の神へ、収穫の神がそれを育み、そして風の神が循環させ癒しの神に届ける。機械の神が文明を与え、幸運の神がそんな人々を見守る、だそうだ」
コルザードが視線を中空へと放り投げ、記憶の引き出しを探りながら答えた。
「そんな時代もあったんですねぇ」
「そうらしい。だがあるときを境に神々は対立した。神々に頼りすぎた人間への罰なのかもしれないな」
「でも、神に頼るのってそんな悪いことなんでしょうかね?」
「それ自体は悪くないだろうさ。だが寄りかかりすぎては重いし、うっとおしくもなるだろ」
ふいにコルザードは足をとめる。深く被ったフードのせいかその表情は窺えない。
「……私は大丈夫ですよ? つらくなったらいつでも寄りかかってもいいですからね。背中は開けておきます」
彼のそんな様子からシュフォンが何かを感じ取ったのか、フードの奥から上目遣いで見つめてくる。その瞳の色は心配で彩られていた。
コルザードは本当に言葉の意味が分かっているのか、と問いたげに胡散臭い目つきで返しながら一寸間をおき、何がおかしいのか哄笑する。
「フハッハッハハ、お前に寄りかかるようになったら俺も終わりだよ。だいたい、シュフォンに支えきれるかな?
俺の重みはピアノの重みでもあるんだぞ?」
背に背負ったピアノに皮肉の篭った視線を向けつつ、シュフォンに答える。
「あう、そうでした。私つぶれちゃいますよ。どうしましょう……でも」
おろおろと、その大きな瞳をクリクリ動かし狼狽する。間もなくして、どちらからともなく目が合い。笑った。
重苦しい雲の下に、太陽の如き輝きがそこにあった。
「……その、なんだ、いらん気を使わせてしまったな。さてヨウィンに急ぐぞ」
「はい」
降りしきる雨音以外に聞こえるものはなく、その静謐な大地だけが二人の足音を聞いていた。
◆
二人が歩みを進めると、濃霧の向こう――白絹のヴェールを纏ったかのような平野の彼方に、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。
「あ、コルザードさん。あれじゃないですか? 橋が見えてきました」
「お前は目がいいな。俺にはここからじゃ何も見えないぞ。しかしそれにしても……」
そこまで言いかけて口ごもる。
「それにしても、なんです?」
「いや……。お、あれか。よくあんなに遠くからこの雨の中見つけられたものだな」
「ええ、そうですよ。すごいでしょう?」
平野を断ち切るような渓流にたどり着いた。そこは絶壁であり、河に浮かぶ岩石が波打たれ、濛々吹き上がる水しぶきがその流れの激しさを物語っている。
そんな渓流を見下ろすように、つり橋が掛けられていた。
降りしきる雨と、吹き上げてくる水しぶきに踊る乳白色の朝もやが、冠雪の大地を思わせるような白の世界を作り出す。
白で着飾った山の端がなんとも趣深く、侘びを感じさせる。そんな光景を目の当たりにした、二人は言葉もなかった。
「……にしても素晴らしいところだな。この大自然を見てるだけで一曲書けそうだ」
見るものの目を釘付けにするその明媚な景色に、聞こえてくる河の流れに、薫り立つ大自然に、肌をなでるそよ風に、コルザードは自身の五感に身を任せていた。
「――コルザードさん、アピの実クッキー、一つどうですか。美味しいですよ?」
心酔していたコルザードは、隣から聞こえてきた言葉で我に返る。少女がその小さな手のひらの上に積み上げられたクッキーを差し出していた。クズを服にこぼしながらも幸せそうな表情をした彼女に、コルザードは渋面でその声に応える。
だが件の少女には柳に風といった様子なので、少々乱暴にその手にのっているアピの実クッキーをひったくった。
「……まったくもう。そんなにがっついちゃって。よほどお腹がすいていたんですね。たくさんあるから気にせずどうぞ」
「どっちががっついてるんだか……。お前は本当に花より団子だな。静かにしてると思ったらこれだよ」
「ふぁい? なにかひいまふぃた?」
「なんでもない。そうだ、お前はこの土地の生まれだろ? 故郷はどの辺にあるんだ?」
「ふへ? ははひのほほう――」
「食べながら話すな!」
「っん、ふぅ。……コルザードさんが食事中に話しかけてきたんじゃないですか。それで私の故郷でしたっけ」
「ああ」
「私の故郷はずっと北の方です。年中雪に覆われた銀世界で暮らしていました」
「過酷なところだな。なんだってまた……」
「うーん、話せば長くなるのですが。私たちローラン族はノースティリスじゃマイナーでして。ローランド族の侵攻を避けるように僻地へと追いやられたらしいですよ。私たちの種族は女しかいないのもありますけどね」
初めてシュフォンとあった日のことをコルザードは思い出す。
ローラン族が隠れ住まざるを得ないその理由を。
「……すまんな」
「はい? 何がですか」
されどコルザードの心知らずと、シュフォンは再び口いっぱいにクッキーを頬張っていた。
「いや、なんでもない……。お前は食べてばかりいないでこの大自然に目を向けたらどうだ?」
「美しい自然ですね~。ああ、こういうときはお約束のあれですね」
「あれってなんだ?」
シュフォンが咳払い一つしてコルザードに向き直る。
「わ、私とどっちが美しいですか? なんちゃって」
思わず足を止めた。橋板が軋む音がひどく耳に残った。
「……」
「あの……。何か言ってくれませんか?」
「自然」
「ひどいっ!?」
あまりの即答っぷりに涙を浮かべるシュフォンであった。
「そんなんだからコルザードさんは彼女いないんですよ」
「はいはい」
「女の子にそっけないのも減点一点です」
「お前がもう少し真顔で尋ねてたら少しは考えたんだがなぁ」
「はい? 何か言いましたか?」
「いや、なんでも。まぁ、お前はまだまだおこちゃまってことだ」
「なんですかそれ! 減点二点!」
ポカポカと柔らかく握った拳を叩きつける膨れっ面の少女が、橋板を軋ませる。
「おい、馬鹿。橋の上で暴れるな。あぶないだろ!」
「言い訳無用! 減点三点!」
「人の話を聞け!」
◆
そんなこんなで橋を渡りきると、いつのまにか雨が止んでいたようだ。重たい灰色の雲の隙間を割るように、日差しが漏れてくる。黄金に照らされた雲の下で、見渡す限りの平野を颯爽と駆ける風にススキが撫でられ波打つ。その光景は平野を舞台に風の女神が踊っているかのようだ。
さらに空にかかる大きな虹が旅人を歓迎する門と見紛うばかりに大きなアーチを描いてる。そんな自然の変貌を目の当たりに、二人は感嘆の声を上げるのであった。
「ノースティリスの旅は娯楽品いらずと聞いていたが、それも納得だな」
「うっわぁー。絶景ですね」
コルザードの言うとおり、コロコロと表情を変えるその壮大な自然を眺めているだけであっという間の旅であった。そして今もなお、ススキの揺れる音が耳を絶えずくすぐり、なんとも心地よい。
「ヨウィンに着いたらまずは宿の確保だな」
「はい、服もべたべたで早くお湯を浴びたいです」
地平の向こうには素朴な集落が見えてくる。おそらくあれがヨウィンに違いないだろう。
「あれ?」
「おや?」
だが、二人が互いの顔を見合わせる。
「コルザードさん、これって」
「ああ……。間違いない」
二人の眼前には隊列をなしている軍人と思しき人物たちが農村から少し離れたところに陣取っていた。ヴェルニースの時と異なりザナン兵ではない。
「あれは、ジューア兵だな。なんでまたこんなところに展開してるんだ?」
見覚えがあるはずである。彼らはコルザードの母国で御馴染みの、ジューアの軍服を着ていたからだ。
「村から離れているとはいえ、あれじゃ気が休まりそうにもないですね。この辺ではゲリラ戦が起こっていると聞きますけど、騒動に巻き込まれなければいいんですが」
ジューア国での暗い過去がシュフォンの身体を無意識のうちに強張らせ、コルザードの服をつかんでいた。
「大丈夫だろう、あれはただのならず者じゃない。正規……かどうかは分からないが軍人だ。まぁ、いずれにせよ積極的に関わりたくはないな。ほら、シュフォン、いくぞ」
「はい」
不安げな少女に迷いを抱かせないよう。強引に手を引き、農村へと二人は足を進めるのであった。
◆
コルザードとシュフォンが足を止めた。足元は整備された街道から、肥沃な土に変わっていた。
「さて、到着したわけだが――」
そこはシーナが言っていたようにのどかな農村であった。農村特有の土の香りが二人を歓迎する。二人は体の疲れを取るかのように大きく伸びをした。村民の姿は疎らであり、皆、あちらこちらで畑仕事に精を出しているのが窺える。
「――とりあえず、腹が減ったな。宿を探すとしよう」
「宿なら……ほら、あれじゃないですか?」
シュフォンの指差す先には木造の長屋が一軒。構えてある看板には宿を示すマークがあった。
「ごめんください」
コルザードが中に入り声をかける。カウンターの向こうでメガネをかけた老人が振り向いた。
「おや、宿泊かい?」
「ええ、二人なんだが、頼めますか?」
「そこの突き当たりの部屋を使いな」
老人がそういって親指で通路の奥を指差した。
「どうもありがとうございます。シュフォンいくぞ」
「は~い」
コルザードに促され部屋へと入る。内部は木造ながらもしっかりと手入れがなされていた。所々、テーブルや椅子にはうるしの剥げた塗装が見られ、修繕の跡も目立つ。踏みしめた床が軋み、窓の外からは長閑な農村の日常が目に飛び込んでくる。
「へぇ~。いいところですね」
「ああ、ものを大事に使ってるのが分かるな」
雨を吸ってすっかり重くなった外套を絞り、風通しのよいところに吊るす。シュフォンがベットに腰を下ろし足をパタパタ動かしていた。
「それで、これからどうしますか?」
「とりあえず、9月の上旬いっぱいはヨウィンに滞在しよう。エーテルの風を凌ぎつつ、路銀を稼ぐのがいいな」
窓の外で徐々に傾く夕日を眺めながら語った。
「今日はゆっくり休みますか?」
「ああ、それでいい。俺は飯の種がないかちょっと聞いてくるよ。シュフォンは自由に行動してくれていい」
「はーい。コルザードさんの演奏で稼げなくとも、今は収穫の時期だから仕事には困らないでしょうしね」
「こいつめ。そんなことを言う口はこの口か」
鈴のような音色を奏でるシュフォンの口を、両端から指で挟み、そのまま左右に引っ張る。
「ふは~。ひゃめへふふぁはい。ほふひひまへんはら~」
「全く、口ばっかり達者なやつめ」
「あいたたた、もぅ、女の子には優しくしないとだめですよ」
「なら少しは女の子らしく振舞ってくれ」
「え、私どっからどうみても女の子らしいでしょ?」
驚愕、といわんばかりにシュフォンは目を丸くした。
「腕白な小僧に見えるな」
「ふ~んだ。そんなこと言っていられるのも今のうちだけですからね。私だって日々成長してるんですから」
「はいはい、それじゃあもっと成長してもらうためにも夕飯を食いにいくか」
「え? 本当ですか? やったー! 好きなもの食べて良いですか?」
「成長しなくてもいい部分が成長してもいいならな」
いつものお返しといわんばかりに、コルザードの顔が意地の悪い笑みに彩られる。
「私に成長しなくても良い部分なんてありません。見てください! このスリムな肢体を」
両腰にコブシを当て、シュフォンがふんぞり返った。
「それって自慢になってるのか? たとえばココとか……あれ?」
コルザードがシュフォンのわき腹をつまもうとして、指を動かすと見事、服の繊維だけが指の間に挟まっていた。
「どうですか? 私に無駄肉なんてないんですよ」
勝ち誇った表情でシュフォンは微笑んだ。
「ふむ……。どれどれ」
調子に乗ったのか、今度は正面から手を伸ばす。
「そっちはダメです!」
横合いから飛来したスナップの利いた平手打ちに阻まれ、乾いた音が部屋にこだまする。残念ながらコルザードの手は叩き落とされてしまった。
「いてぇ、一応商売道具なんだからな、優しくしろ!」
コルザードがジンジンと痛む自身の手を擦りながら抗議する。
「おっぱい触ろうとするほうが悪いです」
「なんだよ、ちょっとしたジョークじゃないか」
「まぁ、コルザードさんにそんなことする度胸がないのは知ってますけどね」
シュフォンの声が少女らしからぬ甘ったるさを帯びた。
「ど、ど」
下から見上げてくるシュフォンの瞳が妖艶さを孕んでいた。その瞳に射抜かれコルザードはつい言葉に詰まった。
「童貞?」
「違うわ!」
「え、もしかして既に致してしまったんですか?」
「違う! いや違わない? いや違う!」
「じゃあ何がど、どなんですか」
「ふんっ! ど、度胸がないんじゃなくてシュフォンに魅力がないだけだ」
「本当に失礼ですよね。でも分かってます。照れ隠しだってことは、なので許してあげましょう」
「くそっ! 勝ったと思うなよ」
「もう勝負ついてますから」
軽口を叩きながら宿を出る。仕事を終えて岐路に着く農夫たちがそんな二人をほほえましく見つめていた。夕焼け空にはカラスの鳴き声が響き渡り、なんとも田舎風情に満ちている中二人は歩く。
「さて、どんな料理が食べたい? プチの香草焼きとかいいんじゃないか?」
「ええ~、せっかくの農村なんですから新鮮な野菜のシチューとかどうでしょう」
「まぁ、腹が減ったしなんでもいいんだけどな」
「そうですね~。あら……?」
二人の靴が農道を叩き、その歩みにあわせリズムよく砂利が転がり音がする。するのだが……
「……ん?」
二人の声が重なった。そして顔を見合わせる。
聞こえてくるべき足音は二つであるはずなのに、なにやら余計なものが紛れている気がしたからだ。
その正体を確かめるため二人は振り向いた。
「ついていっていい?」
そこにはシュフォンと異なる小さな少女が小首を傾げて佇んでいた。銀色の髪が夕日の赤の中で際立っている。手に携えた赤い花が白いワンピースの胸元に咲き誇っているのだった。