ノースティリス冒険譚(仮称)   作:ゆにお

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第九話 グウェンちゃん

 ヨウィンについてから数日。ただいまの時刻は昼。

 天高くから、お天道様が、今日も働けと地上を照りつける。そんな日差しに尻を蹴飛ばされるように、ヨウィンでは大勢の人が労働に勤しんでいた。

 

「――いやぁ、にいちゃんが手伝ってくれて大助かりだぁ。猫の手も借りたい状況ってやつでな。力のある人が着てくれて大助かりさ」

 

 小麦色の肌をした中年が気さくに語りかけてくる。力仕事に従事してきたもの特有の筋骨たくましい体つきをしており、老いを感じさせない壮健さであった。

 

「こちらこそ、急な話にも関わらず仕事をいただけて助かってます」

 

 目つきの悪い黒髪の男、コルザードが不慣れな敬語でその中年の農夫に答えた。肩に垂らしたタオルが汗を吸って重くなっている。

 

「見ての通り人手がたりないからね。特にこの時期は大歓迎ってもんさ。おまけに……」

 

 農夫がちらりと畑の向こう側に一瞥する。

 

「――ほらほら。邪魔ですよ! おとなしく畑の肥料になってなさい!」

 

「――なってなさい!」

 

 そこには少女が二人。一人はすっかり御馴染みの金髪の少女、シュフォン。ラフな作業着を着込み、金髪の髪を後ろで大雑把にまとめている。

 彼女が何を物騒に叫んでいるかと言うと、畑周辺にうろついている魔物をミンチにしているところであった。

 

 そしてそんなシュフォンに寄り添うように走り回る小さな少女。銀髪の髪が太陽の光を受けキラキラとまぶしい。

 

「あ~、もうダメだよグウェンちゃん。魔物がいるから危ないですよ」

 

「お姉ちゃんがやっつけてくれるから大丈夫だよ!」

 

 花で編んだ冠をのせている少女、ヨウィンに来た日の夕方に出会った少女がそこにいた。

 

「んだ。おまけに華があって仕事にも力が入るってものさ」

 

 呵呵と中年の農夫が笑う。

 

「そうですか、邪魔になってなければいいんですが……」

 

 苦笑いで返すコルザードであった。

 

 

 

 ――ヨウィンに到着した日の夕方へと、話は遡る。

 

「ついっていってもいい?」

 

 夕焼け空を背景に、ヨウィンの広場で少女は尋ねた。シュフォンよりも小柄な少女がこちらを見上げるように大きな瞳を動かしていた。もちろん最初は何の面識のない少女の言葉に、二人は戸惑いを隠せなかった。

 念のため周囲を見渡すが、自分たちのほかに人影はない。

 つまり誰に尋ねているのかは明白である。

 

「えーっと、お嬢ちゃん。お名前なんていうんですか~?」

 

 シュフォンが屈みこみ、銀髪の少女に目を合わせる。

 

「わたし、グウェン!」

 

「そっか。グウェンちゃんか~。お母さんはどこにいるのかな?」

 

「お母さんはアスカロンにいるの~」

 

「アスカロン……?」

 

 シュフォンがコルザードの方を向き、疑問を宿した眼差しで尋ねる。それにコルザードは首を振って応えた。

 

「……う~ん、お姉ちゃんたち聞いたことないなぁ」

 

「いのしし先生を追いかけていたらいつのまにかここにいたの!」

 

「いのしし先生?」

 

「でも見失っちゃって。わたしのおうちはどっち?」

 

「……え~っと。グウェンちゃんは迷子なのかな?」

 

「違うよぉ~。私もう子供じゃないもん!」

 

「あはは、そっか~。グウェンちゃんえらいね~。それじゃいい子だからちょっと待っててね」

 

「うん!」

 

 シュフォンは顔に笑みを張りつけて、グウェンに相槌を打つ。コルザードのほうに向き直り小声で言った。

 

「……それでどうしましょう? コルザードさん」

 

「どうする、と言ってもなぁ。……シュフォンはどうしたいんだ?」

 

 厄介ごとが増えたと言わんばかりの、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「えっと、出来るなら助けてあげたいですけど。ダメ……、ですかね?」

 

 申し訳なさそうにシュフォンが頬をかき、乾いた笑みを浮かべていた。

 

「アスカロンと言ってたな。聞いたことない地名だ。俺たちに何が出来る?」

 

「……それでも、一人ぼっちになる辛さは知ってるので。一緒にいてあげるだけでも助けになるんです」

 

「にしたって、その子ヨウィンで暮らしてるんだろ。仮の保護者だっているだろうし俺たちの一存どうこうするわけにもいかんぞ。  子供のごっこ遊びという可能性もあるし、本気かどうかも分からん」

 

「むぅ、コルザードさんちょっと冷たいんじゃないですか?」

 

「冷たいって言われてもな。俺たちだって目的のある旅の途中なんだぞ。あんな小さい子を連れまわすなんてそれこそ無責任だろう?」

 

 あくまで淡々と、コルザードは言い放つ。

 

「うー。それはそうなんですけどぉ」

 

 口を尖らせシュフォンは不貞腐れる。コルザードの論を認めつつも、やはり釈然としない蟠りを胸に残しているようだ。

 

「とにかくだ、軽々しく決めていいもんじゃない」

 

 そう言い残しシュフォンに背を向け、グウェンと名乗る少女へと歩み寄った。

 

「グウェン、ちゃんだったかな」

 

「うん、グウェンだよっ! おじちゃん!」

 

「お、おじっ!? 俺はまだそんなことを言われる歳じゃないぞ!」

 

 子供の何気ない一言こそ、大人を傷つけるのだ。

 胸に突き刺さった言葉の刃にコルザードは憤慨した。

 

「ちょっと、コルザードさん。ダメですよ! グウェンちゃんが怖がってるじゃないですか」

 

「……むぅ、しかしだな」

 

「どうしてそんなことするの?」

 

「いや、違うんだ。その悪かったこの通りだ――」

 

 グウェンは怯えを顕わにシュフォンの背に隠れる。だが、甲斐甲斐しい説得が功を奏し、和解することに成功した。

 

「――というわけで君を連れて行くのは難しいんだ。分かってくれとは言わない。

 ただ、しばらく俺たちはこの村にいるから、なんだその……」

 

 コルザードがなんと断って言いか言いよどむ。

 

「わかったっ!」

 

 言葉尻を濁して立ち尽くしていると、思いのほか素直な声がコルザードの後を引き継いだ。

 

「うん、確かにそういう思いはあると思う。だが駄々をこねられてもだな……。え、分かった?」

 

「うん!」

 

「グウェンちゃんは賢いね」

 

「うん!」

 

 シュフォンがグウェンの頭を撫でていた。それを受け入れ微笑んでいるグウェン。

 コルザードはそんな微笑ましい光景を眺めながら切り出した。

 

「ほら、なんだ。そろそろ日も落ちてきたしな、グウェンちゃんの家はどこだ? 送っていくよ」

 

「家? アスカロンにあるよ!」

 

「参ったな……」

 

 またアスカロンである。どうしていいものかと途方にくれた。

 

「えっと、グウェンちゃん。このヨウィンのどこで暮らしてたの?」

 

「う~ん。わかんない!」

 

 話が通じない、お手上げだとシュフォンとコルザードが顔を見合わせる。

 

「グウェンちゃんはいつからヨウィンに住んでるのかな?」

 

「えっと、ちょっと前かな?」

 

 身一つで小さな女の子が見知らぬ村に着たばかり。教会にでも連れて行けば面倒は見てくれるだろうが、この少女には帰る場所があり定住するわけにもいかないと来ている。

 

「おい……、シュフォン。これはどうなんだ?」

 

 声を潜めシュフォンに耳打ちする。

 

「どうって、どうもこうもないですよ。さすがにまずいですよこれ」

 

「察するにこの子ヨウィンで暮らしてたわけじゃなく最近どこかからかやって来て間もない。頼る人もいないというわけか」

 

「そうみたいですね。で、あの……。コルザードさん」

 

「おいおい、シュフォン。さっきも言ったがな……」

 

「だって……」

 

 言葉を濁し、シュフォンが振り向けばそこには無邪気な笑顔を絶やさないグウェン。彼女はおそらくこれからどのような辛苦がその身に降り注ぐのかまるで理解していないだろう。悪意という言葉などまるで知らないかのように、グウェンは見ず知らずの自分たちに声をかけてきたのだ。放って置いたら、他人の毒牙にかかるか分かったものではない。

 断言してもいい。ここでグウェンを放置したら絶対彼女はひどい目に合う。

 神々しいジュア様の抱き枕をかけても良い。絶対に絶対だ! シュフォンはそう確信していた。

 

「知らない人にホイホイついて行って、もしそれが悪い人だったらグウェンちゃんがどんな目にあうか……」

 

「シュフォン、心配しすぎだぞ。ここはジューア国とは違ってそれなりに治安がいいんだろ? こんな小さな子に害を為す人なんてそうそういるもんじゃないだろう。考えすぎだよ」

 

「コルザードさん甘いです! クッチェより甘いです! パルミアの政策で今ではノースティリスに多数の冒険者がいるんですよ。

 得体の知れない人なんてたくさんいるんですからね。それこそグウェンちゃんの無邪気さに漬け込んでどんなひどい目に合わされるか想像しただけでも恐ろしいですよ」

 

 両手で顔を覆い、悲壮感を顕わに顔を大きくふる。

 振る舞いはなんとも芝居がかっているが、声音からは真剣さが伝わってくるのだ。

 

「だからってな。俺たちが保護する義務はないというか。いや、誤解するなよ?

 俺は別にその子に手を差し伸べるのがいやだって言っているわけじゃないんだぞ? ただ、分かるだろ……?」

 

「ええ、私たちについていったところでそれがグウェンちゃんの為になるかどうか分からない。そんなことは分かってますよ。

 でも、それでも。私だってコルザードさんが来てくれなかたったら……。ですから、それを考えるとどうしても他人事のように思えなくて……。

 あはは、変ですよね、すみません」

 

 沈み往く夕日によって引き伸ばされた自身の影に、シュフォンは顔を落とす。

 うな垂れていてその表情は見えないが、傍目に見てもしんみりとしているのが分かった。

 

「あ~。分かった分かった。まったく、それを持ち出されたらかなわんな。……答えなんて最初から決まってたんじゃないか」

 

「――っ!! ありがとうございます!」

 

 勢いよく顔を起こし、喜色満面でシュフォンが飛び跳ねる。二人はグウェンへと向き直り、居住まいを正した。

 

「ついていっていい?」

 

 あらためて、グウェンが言った。その頑是無い面立ちには、屈託ない笑みが浮かんでいた。

 

「ええ、いいですよ。グウェンちゃんよろしくね」

 

 シュフォンがグウェンの頭をそっと撫でた。

 

「んぅ。よろしくね! お姉ちゃん」

 

 それからの数日をコルザード達はグウェンと共にし、今に至るわけ、と。

 

 彼女はすっかりシュフォンに懐いており、今ではまるで実の姉妹のように仲が良い。今もほら、畑に忍び寄るモンスターを排除し、そしておもむろに野菜を畑から引っこ抜き食べた。

 ――ん? 食べた!?

 

「おい! シュフォンお前なにやってんだ!?」

 

彼女たちの行動を咎めるべく、コルザードが慌てて少女たちに詰め寄った。

 

「ふえ? 何って野菜食べてるんですよ。 ねー。グウェンちゃん」

 

「ねー」

 

 顔を見合わせてにっこりと微笑む二人は大層和むのだが、問題はそこではなく。

 

「食べたってお前な! 人様の畑で、一体なに」

 

 シュフォンとグウェンはあらぬ方向へ指を差す。まくしたてるコルザードの口を遮るかのように。

 

「をしている、ん……? ん? ん?」

 

 つられて顔をそちらに。そこには張り紙があった。

 

「えーっと何々。"畑荒らしの方へ、盗むならせめてその場で食べていってください"……なんだこりゃ」

 

「――ああ、それね」

 

 後ろから一緒に作業していた中年の農夫の声がかかった。

 

「あ、どうも連れが不作法を働き申し訳ない。あとできつく叱っておきますのでどうか……」

 

コルザードが平身低頭する。

 

「ははは、まぁ種さえ置いていってくれりゃクミロミ様がちょちょいのちょいってな。

 腹が減ってるならめいいっぱい食わしてやりゃいいのさ。もともとヨウィンだってよ、何もない寒村でな。作物も育たない貧しい土地だったんさ、体力も衰え土地から離れることもできねぇそんな者ばかりが残ってよ。

 だが、わしらは今こうして笑っていられる。なぜだか分かるかい?」

 

「いえ、なんででしょう?」

 

「わしらが助け合ったからさ、腹が減ってる人がいりゃ、余ってるもんがわけてやった。わしらに出来る事は助け合うことしかなかったからよ。1人で出来ない事も2人なら2人でできなけりゃ3人でってなもんよ。

 そんな努力をクミロミ様が認めてくださったのだろうなぁ。見ての通り豊かな村になってのお」

 

 農夫がたわわに実る畑を背景に両手を広げる。なるほど、論より証拠が物語っていた。

 

「助け合う、いい言葉ですね」

 

 コルザードは呟く。昔は知らなかった言葉。でも何年か前に知った言葉。得も言えぬ温もりがコルザードの胸中に飛来する。

 

「なんじゃ兄ちゃんだってやってることじゃないか」

 

「俺が?」

 

「ほら、見ろぃ。あの嬢ちゃんたちがああやって笑ってられるのもお前さんがしっかり守ってきたからじゃろう」

 

「そう、なんですかね?」

 

「はっはっは、そうともさ! まだ若いのにそんな老け込んだ顔してちゃいかんぞ。ほら、胸をはらんかい!」

 

 そういってドンッとコルザードの背中を叩いた。

 

「ははは、お恥ずかしい」

 

「なんなら兄ちゃんもひとつどうだい? 取れたての野菜は格別だぞい」

 

「いえ、俺は……。いや、そうですね。いただくとします」

 

 彼らに何かあやかりたいと思ったのか、申し訳ないと遠慮しようとしたものの言葉に甘えることにした。

 

「んじゃとっておきのやつをやっからよ、まってな」

 

 そういって中年の農夫は、"人よりも大きなイチゴ"を摘み。……摘み?

 とにかく、コルザードに手渡した。というよりも転がして持ってきた。

 

「……。これはまた、なんとも、食べ応えのあるイチゴですね」

 

「はっはっは、そうだろうそうだろう。遠慮することはねぇたーんと食いな!」

 

 あくまで農夫は高らかに笑う。コルザードとて遠慮する気はなかったのだがさすがにこれは遠慮したくなった。

 

「おいっ! シュフォン! グウェン! こっちに来い。おじさんがイチゴをくれたんだ。お前らもどうだ?」

 

「えっ! イチゴですか!? って、うわ、なんですかそれ。大きすぎますよっ!」

 

「すごいすごいすごい。私赤いもの大好きなの~」

 

「あっ、まってグウェンちゃん走っちゃ危ないですよぅ~」

 

「はっはっは、そうだろうそうだろう。1人じゃ食えねぃしな。こんなときも皆で食えばいいってもんさ。

 そいじゃ、キリもいいし休憩といこうじゃないか」

 

 そういって農夫が向こうの方へと手を振った。彼の奥さんと思しき優しげな女性がやかんをもってこちらに来るのが見える。

 

「どうやら、妻がちょうどお茶をいれてくれたようだ。みなさんもよければご一緒にどうですか」

 

「えっ! いいんですか。この暑さで喉がカラカラだったんです。ありがとうございます」

 

「わーい」

 

 二人の少女が嬉々とし、飛び跳ねる。コルザードもその言葉でいつの間にか喉が渇いていたことに気付き、ゴクリと喉を鳴らした。

 

「はい、どうぞ。たくさんありますからね。咽ないようにゆっくり飲まないとだめですよ」

 

 婦人が木彫りのコップに茶を注ぐ。顔に浮かんだ皺が、落ち着きのある笑みを引き立てていた。なんとも優しげな人だった。

 

「はっはっは。いやぁ、君たちが手伝ってくれて本当に助かる。仕事だけじゃなくてこう……な。

 わしらは生憎と子宝に恵まれんでの。こんな華やかな食卓は久しくてな」

 

「いやだわ。あなたったら」

 

「ははは」

 

「コルおじちゃんとシュフォンお姉ちゃんもなんだかパパとママみたい!」

 

 突如、そんな声が響き渡った。

 不意をつかれ、コルザードがむせ返り、茶を噴出した。

 

「ブフォッ! おい、グウェン! なんてこと言うんだ! 俺はおじさんと呼ばれるような歳じゃないし、大体シュフォンなんて……」

 

 そこまで呟き隣を見る。

 

「もぉ~、グウェンちゃんったらお上手なんですから~。やっぱりそう見えちゃいますか? 困りましたね~。

 グウェンちゃんは私たちの子供ってところでしょうか」

 

 頬に手を当て身もだえしながらシュフォンがはしゃぐ。

 

「私はもうママがいるから。ごめんね。妹ならいいよ!」

 

「くそっ! おい、この話はもうお終いだ。やめろやめろ」

 

「またまた照れちゃって~」

 

 生来の育ちゆえか、このような空気に耐性がないコルザードは気恥ずかしさを堪えきれず、話を打ち切ろうとまくしたてるのだが、それが一層周囲の笑いを誘う。

 終いにはコルザードは頭を抱えて唸り虚空に向けて声にならない声を上げるのだった。

 

「はっはっは、いいじゃないか。兄ちゃんとお嬢ちゃんとってもお似合いだ」

 

「はぁ……もうどうにでもなれ」

 

 そんなこんなしてるうちに、大きなイチゴを腹に納め終る。その頃になると、少女たちは畑の沿道にある草むらまで駆けて行き、野草を囲んで談笑していた。。

 

 コルザードは肩にかけたタオルに汗を吸わせながら、何杯目かのコップ空にしてその光景を見守っていた。

 

「シュフォンお姉ちゃん、シュフォンお姉ちゃん。見てみて~」

 

「ん? どうしたのかな? グウェンちゃん」

 

「ざっつあぷりちーふらわー」

 

「それはぷりちー花です」

 

 シュフォンが丁寧に翻訳する。

 

「……」

 

「……」

 

「ちがうの?」

 

「惜しいけど違うかな」

 

 グウェンに諭すよう身振り手振りを使って説明する様子がここからでも窺えた。

 

「That's a pretty flower!」

 

「それは綺麗な花です、ですねっ」

 

「That's a pretty flower!!」

 

「Good!!」

 

 何回かの応酬の末、グウェンの完璧な発音にシュフォンは親指を立てて、グウェンの成功を心から喜んでいた。

 

「わ~い」

 

 シュフォンに頭を撫でられて、野に咲く花に負けじと大輪の笑顔を浮かべる。

 

「何やってんだ。あいつら……」

 

 コルザードはそんなやり取りを遠巻きに見つめながら嘆息していると、自分が腰掛けている丸太の隣に座る気配が一つ。

 

「兄ちゃんたちもこの村に住んだらどうだい? 何もないが、のどかでいいところだ」

 

 それは仕事をくれた先ほどの中年の農夫だった。

 

「そうですね、魅力的な話だと思いますが、目的のある旅の途中でして」

 

「ほう、そうかい。どちらまで?」

 

「とりあえずはパルミアに行こうかと。――っ!、そうだ」

 

 コルザードが思い立ったように顔を上げる。

 

「ん? なんだい?」

 

「ええ、大したことではないんですがね、ここらではエーテルの風はどうなってますか?」

 

「ああ、輝風かい。そうだねぇ、ここらじゃ少し遅れて吹くだろうかね。例年通りならさ」

 

 農夫が答える。

 

「一応確認したいのですが、先月の中ごろに早目の風が吹いた、などということは?」

 

「いんや、ないねぇ。どうしてまた」

 

「それが、先月船でノースティリスに着たんですが、そのときにちょっと、吹かれまして」

 

「ほぉ、そりゃたまげた。……よく無事だったもんだ。んでも、わしらんとこはいつも通り変わりなしだったなぁ」

 

「そうですか、ありがとうございます。それが分かればいいんです。

 単なる時期外れだったのか、偶発的なものだったのか、それが知りたかったので。つまり例年通り来るわけですね」

 

「そうさぁ、だから収穫を急いでるんさ。あと二、三日ってところかの。ははん、てことは兄ちゃんたちは王都までの腰掛けで?」

 

「ええ、実はそうなんですよ。ヴェルニースからなんですが、こっちに寄った方が安全と言われまして」

 

「はっはっは、そりゃそうさな。それで正解だ、この時期だと実りも良いしうまい飯にありつけるからのぉ。

 ……なによりあっちは物騒だからなぁ」

 

「物騒とは?」

 

「う~ん」

 

コルザードの疑問に農夫が一息つき、あごひげを撫でながら唸った。

 

「最近ねぇ、物取りが多いって聞くんだなぁ。こっちは田舎道だからそれほどでもねぇんだが、ヴェルニースからパルミアは一番人通りが多いからね」

 

「そうですか、ありえる話ですね。栄えてる炭鉱街と王都、通商にはもってこいでしょうし。もちろんそれに付け込む輩も」

 

「それもあるが、『レシマス』もあるでなぁ」

 

「『レシマス』ですか?」

 

 耳馴染みのない言葉にコルザードが食いついた。

 

「ああ、なんでもここ何年か前になにやら見つかったと大騒ぎでの。パルミア王家が今最も力を入れて捜索してるネフィアさ」

 

 レシマス……。レシマス……。呟いてみて、なにやら胸に深くのしかかるような響きを残す。

 初めて聞く名前なのに、奇妙な印象だけが残った。

 

「さ~てと、そろそろ休憩は終わりだ。あとは収穫した作物を穀倉に運ぶだけだからもうひと踏ん張り頼むわ」

 

 物思いに耽るコルザードの隣で腰を上げながら農夫が言った。意気込んでいるのか、大きく背伸びをする。それをみてコルザードも立ち上がった。

 

「はい、任せてください。それじゃちょっとあいつらも呼んできますね」

 

 そういい残し、畑の沿道にある野原で花を囲んで座っている少女たちの方へ歩いていった。相変わらず、グウェンとシュフォンが談笑していた。

 

「この赤いお花きれいだね~」

 

「アイリスのお花っていうのよ! これあげる」

 

 グウェンが摘み取った花をシュフォンへと差し出す。

 

「ええっ! いいの? グウェンちゃん。ありがとう~」

 

「どういたしましてっ!」

 

「……俺の知ってるシュフォンじゃない」

 

 媚びたような甘ったるい言葉遣いをするシュフォンを見て、コルザードは後ずさった。女は千の顔を持つというが、どうやらシュフォンもその片鱗を見せつつあるようだ。

 水を差すようで悪いと思ったが、コルザードは二人に声をかける。

 

「お~い、お前たち、楽しみのところ悪いが最後の一仕事だ。いくぞ」

 

「あ、コルザードさん。分かりました~。いますぐいきますね」

 

「いきますね!」

 

 二人の少女がパタパタと駆け寄ってくる。手に持った赤い花が風に揺れていた。

 

 

 

 

「そんじゃ兄ちゃんたち、ご苦労だったな。これ今日の報酬だ」

 

 そういって農夫が金貨の詰まった袋と収穫された作物を置いた。

 

「ありがとうございます、久しぶりに気持ちのいい汗を流せました」

 

「いんやいんや、こっちこそ作業が捗って助かったよ。しばらく滞在するならまた声かけてくれぃ。いつでも歓迎だからよ」

 

 そういって呵呵と笑う。農夫の夫人も彼に添って立ち、同意するかのように慎ましく笑みを浮かべていた。

 

「ええ、ではお言葉に甘えるかもしれません。

 ――そうだ、もう一つお尋ねしたいのですが、どこかピアノを弾くのに向いた場所はありませんかね?」

 

「ほぉ、兄ちゃん演奏家なんかい? そうだなぁ、向こうに広場があるんだ、そこがいいんじゃないかの」

 

 そういって指差された方向を見ると、村の中央に少し開けたスペースがあった。

 

「許可とかはいらないのでしょうか?」

 

「この村に、んなこと気にするやつぁおらんの。好きにしたらええよ」

 

「では、何から何までありがとうございます。それではまた機会があれば」

 

「おじさんたち、本当にありがとうございました~! またお会いしましょう」

 

「お会いしましょう!」

 

 コルザードに連れ立って二人の少女も手を振る。農夫婦はにこやかに見送ってくれた。

 

 

 

 その後、ピアノを宿から持ち出し広場へと向かった。

 

「さて、疲れてるところ悪いがもう一稼ぎするか」

 

 久しぶりに向かうピアノを前に、興奮を隠し切れなかった。昼間の労働から来る疲労すら高揚を前に吹き飛んでしまったようだ。

 

「ノースティリス初演奏。思えば長いこと弾いてなかったな」

 

 コルザードの指が鍵盤に置かれる。

 一呼吸し、指が鍵盤を踏みつける。

 

「うん、調子は悪くないな」

 

 その後は堰を切ったように両手の五指が鍵盤の上をはねる。

 それに導かれるように、粒の揃った音がコロコロと奏でられる。

 

 イルヴァではおなじみの旅をテーマにした曲であった。久しぶりの演奏にも関わらず、コルザードの指は動いてくれた。

 何度も何度も練習した時間のおかげだろう。まるでコルザード自身が蓄音機になったように正確に音を紡ぎ出すのだ。

 

「さぁさぁ、寄ってらっしゃい! 見てらっしゃい! 道往く皆様方っ! どうぞ足を止めてお立会いください。

 『月明かりの調和』による演奏、ぜひぜひご拝聴くださいませーっ!」

 

 ピアノの音色を妨げにならないようシュフォンの高く涼やかな声が広場に響き渡る。可愛い女の子の一声に、仕事帰りの農夫たちが物珍しさに集まってくる。

 

「その音色に心を傾けるもよしっ! 気に入らなかったらストレス解消に石をぶつけるもよしっ!

 ……でもお気に入りいただけたらお気持ち分のおひねりをっ! お願いしますねっ!」

 

 シュフォンが口上を終えて一礼する。ほんのり黒いジョークを交えた彼女に対して、まだ演奏途中だというにも関わらず歓声が沸く。

 

 気付けば酒を片手に農夫たちが広場を囲みしきりに囃し立てていた。

 どうやらつかみは上々らしいとコルザードは演奏に没頭しようとしたその時――。

 

 ふと、コルザードのピアノに風が乗った。彼の奏でる旋律に合わせ、耳心地よい音がそよいで来る。なんとも涼やかなフルートの音色だった。

 

 何事かと音のするほうに目をやると、グウェンがコルザードの演奏に合わせフルートを吹いていた。ピアノの軽やかな旋律の上で、グウェンのフルートの音色が踊っている。

 

「グウェンちゃん。すごいっ!」

 

 シュフォンが驚きのあまり飛び跳ねる。クライマックスまで息の合った演奏が続いた。

 

 演奏を終えて一礼。しばしの静寂の後、滝のような拍手がコルザード達に降り注いだ。

 村人たちが駆け寄ってくる。

 

「なあ、兄ちゃん達。明日は収穫祭なんだが、そんときにもまた一曲引いてくんねぇかい?」

 

 その言葉にコルザードの表情が珍しく弾む。

 

「本当ですか? 是非! こちらからお願いしたいぐらいです」

 

「いやぁ、いい演奏だったよ。本当に」

 

「ああ、疲れが吹き飛んじまうかと思ったぜ」

 

 一言二言、代わる代わるの賛辞を浴び、お捻りが飛んできた。それが思いのほかかなりの額だったので目を丸くしてしまう。

 

「あー、みなさん。ありがとうございます。実はなんですが……。今回の演奏がノースティリスに着てからの初演奏でして。

 ですから、どうでしょうか? もしよければ初演奏の成功を祝して酒など飲み交わしませんか。もちろんお代はこちらが――」

 

 コルザードの言葉が最後まで紡がれる事はなかった。

 

「兄ちゃん気に入ったぜ!」

 

「そうこなくっちゃなっ!」

 

「んじゃ、うちの酒場に来なっ! 今日取れたての新鮮なやつで腕によりをかけてご馳走してやっからよぉ」

 

「ちょっ、ひっぱらないでくださいっ! くそっ! おいシュフォンたちも送れずに来いって、うわーっ!」

 

 広場は沸きに沸いた。コルザードは気の良い農夫たちに肩を組まれ、群集の輪に飲み込まれていった。

 人の波の中へと、為す術も無く沈んでいった。

 

「うふふ、私たちもいこっか。グウェンちゃん」

 

「うん!」

 

 シュフォンとグウェンが顔を見合わせ、そして彼女たちもまたその波へと飛び込んだ。

 

 ヨウィンの夜に活気が満ちる。酒場では人々が杯をぶつけ、乾杯の音頭が上がる。コルザード一行も酒場の中心となって、陽気に笑っていた。

 苦難の連続だったノースティリスで、ようやく心の底から笑った。

 

「ふう、とりあえず。演奏の成功を祈って乾杯」

 

「乾杯」

「乾杯!」

 

「今日はシュフォンも、グウェンも疲れただろう。特にグウェン、フルートうまかったぞ。びっくりした」

 

「そうですよっ! グウェンちゃんすごかったですっ!」

 

 二人は驚きを隠そうとせずグウェンを褒め称える。今日の成功はグウェンなしにはなかったかもしれないからだ。

 

「えへへっ! フルートはいっぱいいっぱい練習したんだよ!」

 

「今度私にも教えてくださいね」

 

「うん。いいよっ! シュフォンお姉ちゃん。約束ね」

 

「なぁ、グウェン。最初に会ったときの話なんだがあれは本気なのか?」

 

コルザードが居住まいを正してグウェンに尋ねる。

 

「最初の話?」

 

「俺たちは旅をしている。もしグウェンが帰るところを探したいって言うんなら手伝ってもいいって話だ」

 

「うんっ! 私、コルおじちゃんとシュフォンお姉ちゃんについていくよ」

 

「だからおじちゃんは止めろと言っている! はぁ……。まぁお前にはヨウィンで暮らすっていう選択もあるんだぞ?

 みんな気の言い人達だ。面倒を見てくれるだろうさ」

 

「ちょっと、コルザードさんまたそんなこと言って!」

 

シュフォンが憤慨する。

 

「いや、選択肢は大いに越した事はないだろ。グウェンにはちゃんと自分の意思で選んで決めて欲しい。

 他に方法がないから仕方なくっていうんじゃなくてな。分かるか?」

 

「う~ん。分かる! 私は二人についていきたいな!」

 

「そうか、それじゃ改めてよろしくな。グウェン」

 

「グウェンちゃん。よろしくねっ」

 

「うん! よろしく! コルおじちゃんとシュフォンお姉ちゃん」

 

「それじゃ、新たな門出に乾杯といこうか!」

 

 コルザードが乾杯の音頭をとり杯を掲げた。

 

「乾杯!」

 

「かんぱーい」

 

 三つの杯が心地よい音を立てぶつかった。シュフォンとグウェンのはジュースだが、三人は杯を一気に空にし、そして笑った。

 三人の、村人たちの笑い声が夜空へと吸い込まれていった。

 新たな出会いを誰もが祝福していた。

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