「はぁはぁ……」
「ほう、これは……」
冬木市にある間桐邸の地下にて行われた召喚の儀式。
そこに描かれた魔法陣に今、一人の男が跪く様にしゃがみこんでいた。
その男の容姿は禍々しかった。
身に纏っているのは黒いコートにも見えるローブ。
背は雁夜を確実に越えており、その肉体も着ている黒いローブに隠れていても鍛え上げられている事が判るほどだった。
もし、殴られようものならそのまま絶命してしまうと思わされる程の肉体であった。
右手には両手剣の様に巨大な黒い刀身に刃の上を血管のように赤いラインが走った禍々しい鉈。
左手には巨大な刃の真中を亀裂が走るように線が入り同じように赤いラインが走っている黒い大剣。
そして、それを握る両手は漆黒のグローブに覆われていた。
しかし、何より目立つのはその男の顔であった。
一度目を合わせれば餓えた狂犬すら腹を見せ服従するのではないかという鋭い眼光。
戦闘を生業とする者達でも避けて通るのではないかという強面。
さらに男の黒い髪の間から覗く目は両目の色が異なっていた。
右目は闇のように染まっている黒、左目は真っ赤に燃えているような赤。
その姿はまさに
「ふむ…」
臓硯は考えていた。強力な狂化を付与する為に、色々と小細工はしたが、まさかここまで強力なサーヴァントが召喚されるとは思わなかった。
マスターではない臓硯ではこのサーヴァントの能力を見る事はできない。だが、500以上生き続け研鑽してきた魔術師である彼には、このサーヴァントが少なくとも今までの聖杯戦争の中で召喚されたバーサーカーとは比べ物にならないほどの力を秘めている事は感じ取れた。
故に、こう思った。このサーヴァントならあるいは…と。
聖杯戦争が始まる前、聖杯の作成から関わり続け、長き時を生きてきた臓硯であってもここまでの呪いを纏った存在を見たことが無かった。
例え魔術の素質を持たない一般人でも、一目見ただけでこう思うだろう。あれは、死者の恨みの念が篭もった呪いだと。
しかも一つだけならまだしも複数の呪いをその身に受けながら己が支配下に置き自身の力としている。
人の恨みとは制御しにくい。それが死者のものなら尚更だ。
そんな呪いを制御し、尚且つ扱える逸話を持った英雄など聞いたことは無かったが、臓硯には関係なかった。
「これならあるいは…」
今回の第四次聖杯戦争に臓硯は参加するつもりはなかった。
雁夜に手を貸しているのも間桐の人間にあるまじき自己犠牲の精神に苛立ちを感じ、手助けと言いながら雁夜を苦しめその様子を見たいが為というだけである。
召喚されるサーヴァントにも期待していなかった。
急造の魔術師であり、現状他のマスター達と比べると底辺レベルの実力しか持たない雁夜に、聖杯戦争を勝ち抜けるサーヴァントを召喚できる訳がないと思っていたからだ。
そもそも雁夜ごときに生き残れるほど聖杯戦争は甘くない。
そして、雁夜にも劣る才能しかない鶴野にはその子供共々、期待をかけるだけの価値すら無い。だからこそ、遠坂から
しかし、このサーヴァントならと思った。
間桐の悲願であり、自身の願いである不老不死を叶えることが出来る聖杯を手にする事ができるのではないかと。
「ならば…」
雁夜にこのサーヴァントは勿体無い。
雁夜をマスターと魔力の供給源として動かし、裏で自身がサーヴァントを使役する。サーヴァントの使役についても令呪に関しては元々間桐の分野であり,臓硯自身も使役の魔術を得手としている。
例え失敗しても問題は無い。
手駒は少ないが、元々今回の聖杯戦争に参加する気などなく、次回以降の聖杯戦争に向けて準備をしていたのだから、手に入れられれば儲けもの、駄目なら次に向けて動けばいい。
そこまで考えながら臓硯は雁夜に近づこうと足を前に踏み出し…。
意識を絶たれた。
「なっ…!?」
その様子を雁夜は、地下室の床に転がりながら見ていた。
サーヴァントを召喚したことにより、全身に刻印虫による激痛が走り、意識を保つのすら苦労する状態では、周囲を把握するのに時間がかかった。
暫らくの間臓硯が何か口にしていたが、その後こちらに向け動こうとした瞬間、今まで沈黙を保っていたバーサーカーがいきなり動き出し、右手に持った巨大な鉈で臓硯を脳天から断ち切った。
ザシュッ!!
その速度は雁夜の目で追うことはできず、気がついたら臓硯は自身の体を構成していた蟲たちを周囲に撒き散らし、少しの間蠢いていた蟲たちも直ぐにその動きを止めた。
「な…んで……?」
疑問に思ったが直ぐにどうでも良くなった。何せ、諸悪の根源たる存在が消えたのだ。
あの
これで
雁夜はそう思い喜びを感じていた。これでもう彼女が苦しむ必要は無くなったのだ。早く母親と姉の下に連れて行ってあげよう。そして、四人で何処か遠くへ遊びに行こう。
雁夜は未来を想い、今正に幸福の只中にあった。
チャキッ
バーサーカーによって首下に剣を突きつけられるまでは…。
「なにを…!?」
“まさか、暴走しているのかっ?”
十分にありうることである。雁夜はバーサーカーを制御しようとしていなかったし、出来るほど体力も魔力も残っていなかった。
“なら、令呪で…。”
例えどれだけ強力な英霊であろうと、サーヴァントである以上令呪には逆らえない。それは、理性を失っているバーサーカーも同じである。むしろ暴走を止める為に、バーサーカーにこそ令呪が必要なのである。
雁夜は令呪を発動しようと右手に力を込めた。後は発動と共に命令を付け加えれば、その命令をサーヴァントに強制できる。
だが……。
「くっ!?」
発動の直前、首下に突きつけられているのとは逆の剣が右手に押し付けられた為、雁夜は躊躇してしまい、命令を行使する前だった令呪は輝きを失っていく。
“しまった!?”
雁夜は己の失策を悟った。例え斬り落とされかけたとしても、そのまま暫く動きを止めるように命令すれば良かったのだ。そうすれば暴走は止まり、自分の魔力が戻り次第制御に集中すればバーサーカーも大人しくなる筈だったのに。
今の状況は考えうる中でも最悪に近い。首下に剣を突きつけられ、令呪を宿した右手も封じられている。令呪は口に出さなくても発動するが、どうしてもタイムラグがあるし、何より発動しようとしたら光を放つのではどうしてもバーサーカーにばれてしまう。
こちらを睨み付けるように見ているバーサーカーに制圧されている現状を打開するべく、雁夜は思考を巡らせる。
“あと少し、あと少しで願いが叶ったのにっ!”
バーサーカーの暴走で臓硯は死に、自分と桜を縛り付けているものは無くなったんだ。彼女をこの地獄から解放してやれる所だったんだ。なのに、ここで終わるわけにはいかない。何とかこの状況を打開しなくては。
そこまで考えた時、雁夜は違和感を感じた。
“何かがおかしい……”
そう感じた。この相手に命を握られた極限の状況で、打開策ではなく疑問が浮かんだのは第三者からすれば愚の骨頂かもしれない。だが雁夜はこの疑問を追及することを選んだ。
“バーサーカーの暴走……?”
そう、暴走である。そうでなければ臓硯がいきなり斬り殺される理由は無い。その事に不思議は無い。なのに何故其処に違和感を感じたのか。少しづつ記憶を遡っていく。
“状況の打開……開放……縛り……死……願い……制圧……制圧?”
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そうだ。今自分は暴走したバーサーカーに生きたまま制圧されているのだ。
おかしい。おかし過ぎる。
暴走しているならば、臓硯のように斬り殺されていないと辻褄が合わない。何故だ、どうしてなんだ。
雁夜が新たな疑問を思い浮かべた瞬間、驚愕の出来事が起きた。
「…俺の質問に答えてもらおう」
「!?」
雁夜は驚愕した。
“バーサーカーが喋るだとっ!?”
本来バーサーカーは弱い英霊に与えられるクラスである。そして足りない力を補う為に、狂化のスキルが付与される。
狂化というスキルは、ステータスを大幅に増加させるが、そのランクの度合いによりサーヴァントの思考や理性、言語能力が失われていく。
咄嗟に雁夜はパラメーターを確認した。もしかしてこのサーヴァントはバーサーカーでは無いのか?違うクラスのサーヴァントなのか?と思ったからだ。しかし、そこには驚愕の出来事があった。
クラス:バーサーカー
クラス別能力
狂化:-
消えている。確かにバーサーカーであり狂化も付与されている。なのにスキルにランクが表示されていない。無効化されているのだ。
何なんだこいつは。バーサーカーでありながら狂化しておらず、しかしその行動は狂っているのではと思えば今は静かにこっちを見据えている。
「おまえは…!?」
雁夜が声を出した瞬間、バーサーカーが剣を押し付ける。
「余計な事は喋るな、ただ俺の質問だけに答えろ」
「くっ!」
雁夜は口を噤んだ。
こいつは自分を殺すのに躊躇しない。
サーヴァントが現界しつづけるにはマスターの存在が必要不可欠である。そのマスターに危害を加える事は、いわば自殺行為に等しい。
だが、こいつにそんな事は関係ない。
余計な事をすれば即座に首を跳ね、自分を殺すだろう。
「俺が聞きたい事は一つだ」
「サリエルは何処だ。」
改めて読み直すとかなり酷い出来だったので修正しました。良くなってない可能性のほうが高いですが……。
なのに着実にお気に入りが増えていく怪奇現象……。
これが黒の魔王の力なのか……(゚Д゚;