今回もほとんど説明回です。
内容も薄いと思いますので、楽しみにしていただいてる方には申し訳ないですが、もう少しだけお待ち下さい。
次回か次々回くらいからいろいろと考えておりますので……。
「……だれ?」
後ろのドアの隙間から少女が覗き込んでいた。薄い紫色の髪と目をした5歳くらいの少女だった。顔は無表情であったがその目には怯えが見て取れた。
「えっと……」
「桜ちゃん?どうしたんだいこんな時間に?」
まさかいきなりこんな状況になるとは思わなかったから戸惑っていると、雁夜が少女に話しかけていた。どうやらこの少女の名前は桜と言うらしい。
「眠れなくてお水飲みにきたの。そしたら声が聞こえたから……」
そう言いながら少女は雁夜の方へ小走りで移動して行った。まぁ目の前に知らない人が居たら知り合いの方に移動するのは分かるが、そんな逃げるように移動されると傷つくな…。
「そうだったんだ」
近くに来た桜にそう言った雁夜は、彼女の目の前にしゃがみ込んだ。
「ねぇ桜ちゃん。今日は凄く良い事があったんだ。おじさんと桜ちゃんにとってね」
「……なに?」
雁夜は桜へと慈しむように話しかけた。それに対し桜は首を僅かに横に傾けながら聞き返す。凄く良い事とは何なのか、想像できなかった。
「臓硯が遠くへ行ってもう帰って来ないんだ。だからもう下の蟲倉に行かなくてもよくなったんだよ」
「えっ?」
桜は呆けたような顔をしていた。それもそうだろう。いきなりそんな事を言われて素直に信じられる訳が無い。
「……どうして?」
「大切な用事ができたみたいでね。後の事はおじさんに任せるって言って出て行ったんだ。だからもう桜ちゃんは下に行く必要は無いんだ。鶴野にもおじさんから言っておくから大丈夫だよ」
普段臓硯はこの家にはいない。間桐家が所持している土地などの管理の為に桜に対して行われている調教は雁夜の兄である鶴野の手で行われていた。
それでも臓硯がこの家を支配している事実は変わらない。調教を指示した当人が不在でも桜への調教は一年間休み無く続けられた。それが用事が出来たからもうしなくても良いと言われても信じられない。
でも、今の雁夜は本当に嬉しそうな顔をしていた。彼は日毎に別人の様に変わっていっていた。桜には出来るだけ笑顔で話しかけていたが、その表情はいつも痛々しかった。
その顔を見て桜は思った。もしかして本当に行かなくて良いのではないか。間桐の家に来てから一切の希望なんて持っていなかった。何度泣き叫びやめて欲しいと叫んだか分からない。それでも終わる事はなかった。もうアレをしなくても良いのか?と桜の心にほんの少しだけ希望が芽生えた。
「本当にもう下に行かなくて良いの?」
「あぁそうだよ」
「もうムシに浸からなくて良いの?」
「そうだよ」
「もう嫌な事しなくて良いの?」
「桜ちゃんが嫌がる事はもうさせないよ。おじさんがさせないから」
「……本当に?」
「本当の本当だよ。約束する」
信じられないのだろう。何度も聞き返す桜に雁夜は何度でも言った。今まで何回懇願してもやめてくれなかったのだ、直ぐには信じられないだろう。しかし、雁夜は肯定し続けた。もう大丈夫だよ、もう心配いらないよと。
「…………」
心を閉ざし感情を消してしまった彼女の顔には喜びの表情は浮かび上がらなかった。しかし彼女の目からは一筋の涙が流れ落ちていた。それを見た雁夜は彼女をそっと抱きしめた。
「直ぐには無理かもしれないけど、また必ずお母さんとお姉ちゃんに会わせてあげるからね。もう少しだけ我慢してくれるかな?」
「……うん」
雁夜が黒乃を召喚する前と同じ内容のやり取り。だけどさっきとは違う。前は彼女に希望を抱かせる事は負担にしかならなかった、だから約束くらいしかできなかった。けど今なら自信を持って言える。必ず会わせてあげると。
「さぁ、もう今日はもう遅いから寝たほうが良いよ」
「…うん。おやすみなさい、カリヤおじさん」
そう言いながら自分の部屋へと戻る桜。その途中で黒乃の方をチラリと見ていたがそのまま前を向いて部屋を出て行った。
「雁夜、あの子は?」
「あの子が俺が聖杯戦争に参加した理由だよ」
やはりそうだったか。先ほどのやり取りで複雑な事情があるのはなんとなくわかった。
「あの子は養子なんだ。俺とは義理の叔父と姪の関係なんだ」
「それでおじさんって呼んでたのか……」
血の繋がりは無い。けど雁夜が彼女に注いでる愛情に偽りは無いように見えた。雁夜が彼女を抱きしめている光景はまさに父親が娘を慈しんでいる姿のようであった。
「あの子は一年前にこの家に来た。それから今まで俺と同じように、いやそれ以上に臓硯に苦しめられてきた。俺は臓硯と取引をして聖杯を手に入れて渡す代わりに桜を解放するように取引をしたんだ」
成る程。最初に言った「俺達」とは雁夜と彼女の事だったのか。
「まぁ今はあのジジイが居なくなったから、俺にはもう聖杯戦争に参加する理由は無くなったんだ。それじゃあ黒乃。次はお前の事を教えてくれないか?」
「分かった」
雁夜に促され俺は此処に来るまでの事を話始めた。
日本で普通の高校生をしていたが、いきなり白い光に包まれて異世界へ飛ばされた事。
飛ばされた先で、非道な人体実験や殺し合いをさせられた事。
途中、逃げ出すチャンスが生まれその場所から逃げ出した事。
逃げ出した先で少女と出会い村の外れで暮らし始めたが、そこに黒乃に実験を行った連中が所属する国が侵略してきた事。
村の住人が皆殺しにされ、それに怒り単身で突撃した事。
近隣の村人たちを逃がす為、残った冒険者達を率いて防衛戦を行ったが圧倒的な戦力差に圧され自分達も撤退した事。
撤退した先でも戦闘があり辛くも勝利したが、その先で敵の最強の単体戦力「使徒」に出会ってしまい仲間を見逃させる為に戦いを挑んだ事。
相手が出した条件を満たし勝利したが、新たに現れた「使徒」に先に逃げた村人と仲間達がほぼ皆殺しにされた事。
逃げた先の国で復讐と仲間達を守る事を誓い、様々な人達と出会い、強敵と戦い、力を身につけた事。
そしてついに敵が攻めてきて戦争になり、仲間と共に参戦し使徒と戦った事。
壮絶な死闘の末に後一歩まで追い詰めたが、使徒が逃走しようと転移魔法を使用したのでそれを追いかけ飛び込んだ事。
「それで気がついたらこの状況って訳さ」
「そうだったのか……」
壮絶な人生としか言えなかった。
誰でも若い時は一度は考えた事が有るだろう。別の世界へ行き、そこで暮らし活躍する夢を見るだろう。魔術というある裏の世界を知っている雁夜でも考えた事がある。
普段ならばとても信じられるような話ではない。「俺、異世界から来たんだ」なんて初対面の人間に言ったら、まず医者に行けと言われるか不振人物だと思われて逃げられるだろう。
けど今の状況だと違う。この状況で嘘を言う必要は無い。もし騙そうとするならば適当な英雄の話をして「実はこうだったんだ」と言われたほうがまだ信じられる。
「本当に驚いたよ。追っていた相手は何処にもいないし、敵の施設だと思ったら全く関係の無い場所で、しかも自分の生まれた世界に帰ってきてたんだ。また幻惑でも見せられてるのかとも思ったよ」
黒乃にはそれが出来る魔法に心当たりがあった。
自身と仲間達を全滅寸前まで追い詰めたモンスター「ラストローズ」。あのモンスターは戦闘能力は皆無だが、それを必要としない程幻惑の魔法に優れていた。あの時黒乃は元々いた世界で普通の高校生として生活している幻惑を見せられ一切疑問に思う事が出来なかった。ヒツギや極悪食の御蔭でその幻惑から脱出出来たが、もしそれが無ければあのまま成すすべなく餌になっていただろう。
この部屋に向かう途中にその可能性に気付いた黒乃は記憶の喪失がないか確認し、念の為にヒツギにも問いかけたが、自分を取り巻く状況以外はおかしな点が無かった為、此処が現実だと認識していた。
「まぁこれが俺の事情だ」
向こうの世界に行ってからの出来事を大雑把に話したが、それでも結構時間が掛かった。
「そうか……。なぁ黒乃。お前は聖杯に託す願いはあるのか?」
「そうだな……。俺の願いは向こうの世界に戻る事だ」
それしか考えられない。もし本当にどんな願いも叶えるというならば変わるかもしれないが、その保証が無い以上今はそうとしか答えられない。
「戻る事……それだけなのか?」
「あぁ、それ以外は望まない」
「どうしてなんだ?」
疑問だった。さっき聞いた話だと彼は壮絶な体験をしていた筈。ならばもっと別の願いが有ると思っていた。
「その聖杯とやらが本当にどんな願いも叶えてくれるのなら変わるかもしれないが、正直信用できない。世界の壁を越えるのは相当な準備をすれば人でも出来るが、死者の蘇生は俺の知っている限り神であろうとほぼ不可能な事だ。だからまずその聖杯を手に入れて調べてみてからじゃないととても使いたくもないしな」
「でもそれで良いのか?折角戻って来れたんだったらわざわざ危険な向こうに戻らなくても……」
「それは出来ない」
途中で雁夜の言葉を遮るように言い放つ。
「俺には帰りを待ってくれている仲間がいる。まだ戦っている筈の仲間達を置いて自分だけ安全な所にいるなんて出来る訳が無い」
「それに……」
「俺には殺さなければいけない敵がいる。それが終わるまで俺は戦うのを止めるつもりは無い」
そう。今も侵略をしているかもしれないあいつらを。十字教に連なる連中を殲滅するまで俺は逃げるつもりは無い。
「……分かった、もう言わない。それと他の詳しい事はまた後から話すよ。聖杯戦争の開催にはもう何日か猶予があるからそれまでに作戦を考えよう」
「どういうつもりだ雁夜?説明をしてくれるのは有難いが、作戦まで考える必要は無いだろう。それにお前には聖杯戦争に参加する理由が無くなった筈だ。なら無闇に関わるのは止めておいたほうが良い」
「確かに最初の目的は達成したから本当は参加するつもりは無かったんだけどな。けど、それを叶えてくれた恩人が参加するんだ。なら俺みたいなのでも役に立てればなと思っただけさ」
肩を竦めながらそう言う雁夜。
「それに俺はマスターだしな。令呪を持っている以上確実に襲われる。棄権することは出来るけど、そうなると黒乃は別のマスターを見つけないと現界できずに敗退するかもしれない。死んでないとは言え、サーヴァントとして呼ばれた以上、なにか不具合が起こるかもしれないしな」
そういえばそうだった。普段とは異なり、今はサーヴァントとして呼ばれているのだった。
本来死者の魂を呼び使役する儀式で生者が呼ばれたという状況では、どんなアクシデントが起こるか分からない。いつも通り戦っていたら、いきなり魔法が使えなくなるかもしれないし、体に不調を感じるかもしれない。
「本当に良いのか?参加するのならあの子も巻き込む事になるぞ」
「出来る限りの事はするさ。それにこの家は要塞みたいに色んな所に魔術師用の罠が仕掛けられているから、気付かれずに進入は出来ない。魔術師は何より一般人に魔術を知られる事を嫌ってるから、サーヴァントを嗾けて大っぴらに攻めて来ることも無いはずだ」
「それでも危険な事に変わりは無い」
大事な存在ならば危険な場所から遠ざけておくべきである。それが戦場であるなら尚更だ。
「そうだな。だから俺は後方支援に徹しようかと思ってるんだ。それなら少しは安全だろ?」
確かに前線に出るよりは安全かもしれないが、それは状況次第で逆転する。むしろ今回のように小規模の敵の場合は、奇襲等で拠点を攻撃される可能性が高い。後方支援はそれだけ狙われやすいのだ。
しかし、今の黒乃では断る事は難しい。あまりにも不確定要素が多いからだ。雁夜の実力も分からないし、敵の戦力も不明である為、判断ができないのだ。
「それに、俺は黒乃の助けになりたいんだ」
雁夜は軽く微笑みながら言う。
「……わかった。けど無理はするなよ」
本当なら断りたいところだが、今黒乃には足りない物が多かった。向こうでなら食事や寝床はモンスターを狩り稼げば良かったが、ここでそんな事をしたら警察に捕まり面倒くさい事になるだろう。
だから黒乃は受け入れる事にした。
「あぁわかってるよ。じゃあ今日はもう休もうか。部屋まで案内するよ」
そう言いながら雁夜は立ち上がった。
「ありがとう。感謝するよ」
「当たり前だろ。まさか廊下や外で寝ろなんて言うと思ったのか?」
「俺も言われた事は無いけど、野宿は経験があるし問題は無いぞ?」
「おいおい……。まさかベットより地面の方が良いとか言うなよ?」
「むしろ久しぶりに布団で寝たいな、俺は」
黒乃は雁夜とそんな軽口を言いながら部屋へと向かい歩き始めた。
自分の心中にある思いを隠しながら……。
次回は黒乃君の心情について書きます。
おそらく「なんで普通に話してるの?」と疑問に思ってる読者もいらっしゃると思いますのでで、良ければお読み下さい。
中々一日目が終わらない……。
知ってるか?まだ半日もたってないんだぜ……今の段階で…………。