金色の軌跡が一閃、少年の心臓を間違い無く何かが貫いた。
襲撃者がソレを少年から引き抜けば夥しい量の血液がとめどなく地面へと降り注ぎ紅く染める。
少年は力なく膝を折り、前のめりに地面へと伏した。
金色の闇と呼ばれ恐れられる少女はゆっくりと今殺した少年に近付き、直ぐ傍でしゃがむと無表情のまま言った。
「死んだフリはもういいですよ。映像に記録しましたので」
明らかに致死量の血液が流れ出した少年に金色の闇は世間話でもしているかのような口調だ。
「……本当に1回死んでるから死んだフリって訳でもないんだけれど」
むくりと少年は起き上がる。纏っていた外套には確かに彼の血が付着している。左胸の辺には穴も開いて背中側にも同様の位置に穴が開いていた。
「死なないのだから良いではありませんか。不用意に力を使うから私に依頼が来るんです」
「目の前で不治の病に倒れる者がいて、それを助ける手段を持っているのに使わないのは癪じゃないか」
「……はぁ」
半目で自分を見る金色の闇を余所に、少年は身体を伸ばして体調を確かめながら問う。
「で、今回は何を依頼された? 髪か血か、それとも身体の1部?」
「生け捕りですよ。殺し屋に頼む仕事ではありませんね。死体を回収しろとは言われていないので放置した事にしますが」
「そうかい。身体が生えるのには抵抗があるから助かるよ」
少年はある特殊な体質を持つ一族の最後の末裔だった。
その一族の唾液はどんな傷をも癒し、涙は万病の妙薬となり、血肉を喰らえば老いから逃れられる。たったひとつの方法を除いては死なない不老不死の生物。
当然、彼を利用しようとする者は後を絶たず、彼の目撃情報は高値で取引され、彼の訪れた星には何千、何万という彼を追う者で溢れかえる。
しかし彼も悠久の時を過ごした存在。逃げ足は磨かれ、抵抗するための体術なども修めている。
尤も、今彼の目の前にいる金色の闇のようなプロや何処かの赤ん坊の姿の王のように圧倒的な差を持つ者に対しては逃げの一手だ。
ちなみに彼の捕縛率が一番高いのはこの金色の闇であり、何度かこうして殺し殺されるフリをしているという訳だ。
「何度も言うが痛いのは勘弁だ。半年前なんか爆発四散して証拠隠滅とか意味わかんない事になったし」
「貴方が死ぬ方法を教えて下されば今直ぐにでも殺して差し上げますよ」
「絶対に言わない」
ちなみに彼の一族が唯一死ねる方法は子孫を残す事である。子が五つになる前に親は煙のように消える。
同種族で子を成したら双子や三つ子でもない限り数は減る。他種族と子を成せば大抵は相手の種族の特徴を受け継いだ子が生まれ、その子が五つになる前に親が消える。
正に消滅する事が義務付けられたような一族である。
その末裔である彼は善人ではあるが卑屈であり、消えてたまるかと1人そういった行為から離れ気づけば同族はいなくなっていた。
恐らく全宇宙で最年長で、且つ貞操を守り抜いているのである。
星を渡り病に苦しむ人に手を差し伸べる彼は一定の信仰すら受けているのだが、そんな自分が未だ童貞などと言うのはどうにも格好がつかない。次いで、お礼にと娘や自身を嫁入りに、という誘いを断るために、如何にも経験豊富で達観したような事を吐いて回った。後戻りができない。
幸いにも同族が居なくなったのは遥かに昔で、彼について語られるのは彼自身が成している事のみだ。
「……しかしこう頻繁に追い回されるとは」
「既にこの辺りの星には貴方を探す者でいっぱいですから。しばらく身を隠してはどうですか。その方が私も無駄な依頼を受けなくて済みます」
「や、でもこの辺の星は文明が未発達で病人が……」
「貴方の信者達が保護しようと向かっているという噂も聞いてますが。戦争でも起こさせる気ですか」
「……うん、しばらく隠居させて貰おう。ルシオンの所にでも行けば安全だろうし」
「ギド・ルシオン・デビルーク……、デビルーク王の所ですか 」
「昔奥さんが倒れた時に引き擦られてったから一応貸しがある……筈」
いきなり銀河大戦の覇者に追い掛けられた時はどうなるかと思ったものだが、致命傷を受ける事なく事が済んだので良好といえる出来事だった。
「こんにちは、死ね」か「やぁ、腕置いてけ」が基本な彼の日常の中では良好である。良好なのだ。
「やめよ。ある程度文明があるけど他の星と交流を持ってない星を探す」
「そうですか」
金色の闇からすれば彼は最も多く依頼を受け、最も多く殺した存在だ。付き合いは長く、こうして普通に会話をする数少ない相手。
そんな彼の名前を知らない事に今更気がつく。
「そういえば、貴方は何という名なのですか?」
「名前? ……あー、とっくに忘れたよ」
物心つく前に呼んでくれる親が消えたため知らないと言った方が正しいかもしれない。
「では何と呼べばいいのでしょう? 万能薬とか、不死鳥とかそういった通り名で呼べばいいのですか」
「また随分と痛々しい通り名が着いてるな。……金色の闇程じゃないか」
そんな事を彼が口走った途端に金色の闇の髪が鋭い刃物へと変わり彼の首元に添えられる。
「都合が良いから使っているだけで、私がそう命名した訳ではありませんが。何か?」
「落ち着こう。……とにかく呼び方、ね。別に貴方でもお前でも構わないんだけれど」
「では不死鳥と」
「おいやめろ、全身がむず痒くなる」
疲れ切ったような表情で彼がため息を吐くのを見て金色の闇は自分でも気付かない内に笑っていた。自分の何倍も生きているクセに随分と人間臭い反応をする。
「じゃあアレだ、依頼するよ。名前考えといて。次あった時に付けてくれれば良いよ」
「は?」
「うん、それが良い。じゃあ隠居するから。バイバイ」
それだけ言って、彼はさっさとその場を去り隠してあった小型で旧式な宇宙船に乗り込んで飛び立ってしまった。
呆気に取られていた金色の闇は彼の宇宙船が飛び立った方向をしばらく眺めていたが、ハッとして意識を現実に引き戻す。
「私が考えるのですか……」
取り敢えず次会った時は一発殴ってやろうと決め、金色の闇もこの星を後にした。
2人が地球で再会するのはこの数週間後の話である。