トラウマ-ダークネス-   作:宮下

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5話

「そういえば、何て呼んだらいいんだ?」

 

 

結城家の食卓で、リトがそんな事を言ったのが始まりだった。

 

もう他人とは言えなくなる日数を同じ家で過ごしているのに、誰も彼を名前で呼ばない。というか、名前を知らない。

 

 

「あー、それなんだけどね。俺、名前がなんだったのか忘れちゃって」

 

 

彼の事を他人に説明する場合、例えばララなら『お医者さん』と言うし、蜜柑なら『知り合いお兄さん』と言っている。リトや金色の闇は『あの人 』としか言っていない。

 

 

「でも本人が名前を忘れてるってなると、なんて呼べばいいのか」

 

「ヤミちゃんの知り合いなら『金色の闇』みたいなコードネームがあるんじゃないかな」

 

「…………無いよ?」

 

 

不死鳥-フェニックス-とか、そんな二つ名は知らないと彼はシラを切る。

 

 

「でも、一緒に暮らしているのに名前が解らないと不便ですよね」

 

「そうかな?」

 

 

根無し草だった彼には良く解らない感覚だ。

 

 

「ああ、そういえば金色の闇に名前を考えて貰うよう頼んだ気がする」

 

「ヤミちゃんに?」

 

 

地球に来る前にそんな事を頼んだなぁと彼は思い耽るが、再開した金色の闇から何も言ってこないので忘れたのか相手にされなかったのかのどちらかだと判断する。

 

金色の闇はあれから毎晩、寝る前にひとつ候補を上げて納得がいくまで続けると決意し、実践しているが。

 

そもそも、再会が早過ぎたのだ。金色の闇も、彼も1年以上は関わらないつもりだったのだから。

 

 

「なら早いところヤミさんに聞いた方が良いですね。ヤミさんが何処に住んでるか解りますか?」

 

「宇宙船だと思うよ。俺も壊れてなければそうするつもりだったし」

 

「そっか、宇宙人なんだから宇宙船は持ってるよな……」

 

 

リトはそう言うが、リトの周りにいる宇宙人は異様に地球に馴染んでいるので住居を構えている者が多い。御門やルンがそうだ。

 

 

「何で壊れちゃったんですか?」

 

「この星に来た時に俺が乗ってたやつの何倍もある宇宙船にぶつかって……。元々古かったし、爆発して跡形もなくなっちゃってねー」

 

 

彼は飄々としてそんな事を言う。余程の事態にならなければ、彼は地球が他の星と交流を持てる技術を持つまで地球に居座るつもりだ。

 

が、彼の事を良く知らないリト達3人はそれを不憫に思う。故郷に帰れなくなってしまったのだ、普通は落ち込んだ様子を見せるものだ。

 

そう考えると、彼の飄々とした態度は無理して強がっている様に見えなくもない。ここで、彼の少年の幼な容姿が更に同情を煽る。

 

彼の容姿を地球人に当て嵌めると12~14歳程だろう。実際に彼の成長が止まって容姿が固定されたのは生後17年なのだが、過酷な生活環境では伸びるものも伸びない。

 

 

「じゃあ、もし帰る事になったら私に言って! すっごい宇宙船を作るから!」

 

「あの、苦労してたんですね。もし食べたい物とかあったら言って下さい、それくらいしか出来ないですけど……」

 

「お、おぅ……」

 

 

急にしんみりとなった空気に彼は首を傾げた。

 

結局彼の呼び方は各人に任せるという事になる。肝心の金色の闇に彼が質問したところ。

 

 

「保留でお願いします」

 

 

と、一応考えている最中みたいなので彼は特に何も言わなかった。

 

その後、リト達の通う高校で清掃活動があったりしたようだが彼は関係ないので留守番。

 

更にその後日の事だった。

 

 

「なにこれ……」

 

 

リト達が学校に行った後に、テーブルの上に手紙が置かれていた。矢印の書かれたプラカードでこれみよがしに注目させようとしている。

 

先程見た時には無かったのだが、と彼は首を傾げる。

 

気にはなるが触らないに越した事は無い。彼は手紙を無視して最近の日課となった言語学習に戻る。

 

 

「そこは普通開けるだろ!」

 

 

彼の興味が完全に消えた所でリビングのドアが開き、ひとりの少女が入ってくる。彼にとっては初見の相手だった。

 

しかし、相手がどういった人物かは見た目から想像出来た。

 

目立つ桃色の髪に、地球では目立つ服装。ララの親族だろう。

 

 

「不用意に開けて居場所が宇宙中に発信されたり、爆発して粉々になったりしたら大変だと思って」

 

「あ、そっか。お前お尋ね者だもんな。……って、そんな仕掛けしてねーよ! 良いからさっさと開けろ!」

 

「何が起きるか教えてくれたら考える」

 

「えっと、それは……」

 

 

言いよどむ少女、ナナ・アスタ・デビルークを見て、彼は取り敢えず手紙を開けずに裂いた。

 

 

「あ! 何してんだお前!」

 

「処分」

 

「チッ、こうなったら強硬手段だ!」

 

 

ナナは何かの装置を取り出して彼に向ける。

 

装置からは光線が彼に向って放たれ、彼はそれを避ける。もう一度それを繰り返し、更にもう一度。

 

 

「当たれよ!」

 

「だって危なそうだから」

 

 

そこからは泥試合だった。ナナは数撃てば当たると光線を乱射し、彼はそれを避け続ける。

 

そんな状況を止めたのは例の現象だ。

 

彼は自分で裂いて捨てた手紙で足を滑らし、寸での所で手を付いて倒れるのを耐えたと思えば、付いた手の下にはボールペン。更に手を滑らし、その衝撃でボールペンが跳ねて、そのボールペンに彼は頭から突っ込む。

 

無駄に勢いをつけて倒れる彼の目にボールペンが深く突き刺さる。完全に脳まで届いているのが見てわかる。

 

 

「……え?」

 

 

何が起こったのか分からないナナは硬直し、血液で水溜りを作る彼を黙って見る事しか出来ない。

 

彼は痛みで悶絶し、ピクピクと痙攣している。

 

 

「あ、アタシ殺しちゃったのか……?」

 

「いつも、の、こと……だから」

 

 

彼はフラフラと起き上がり、ボールペンをひと想いに抜く。パタパタと血がフローリングを汚した。

 

 

「なっ……なっ……なっ!?」

 

「急所は外れてるから……」

 

「そんなわけねーだろ!」

 

 

彼が目を抑えながらそんな事を言うと、ナナは父親から聞いた話を思い出す。

 

彼はどんな事をされてもケロッとしていて、翌日には何事もなかったように振舞っていた、と。

 

父親の言うどんな事、が当時は悪戯くらいに考えていたが、目の当りにして漸くわかった。あの父親は恐らく物理的に色々していたのだ。

 

 

「で、何が目的? 尻尾からしてデビルーク星人だけど、ララさんの知り合い?」

 

 

見当は付いているが、憶測に過ぎないので一応尋ねる。

 

ナナは自分の名と身分を明かし、目的まで大人しく吐いた。

 

 

「つまり、仮想空間で監視して人柄を確かめるつもりだったと……」

 

「も、もちろん危険は無いんだ。ここにいるのも、モモの奴が姉上の周りにいる奴に片っ端から招待状を配れって言ったからで!」

 

「うん、理解した。じゃあ、俺については特に調べる必要は無いよ。俺は自分の意志でララさんの傍にいる訳じゃないし、悪人でないのは歴史書とかが証明してくれるだろうから」

 

「え、お前ウチの星で一番高額な賞金首だけど」

 

「……それは、アレだ。今代のデビルーク王と特別因縁があるだけで犯罪者とかじゃないし」

 

 

彼はそっと目から手を離す。潰れた筈の眼球は元通りになり、残っているのは血の跡だけになった。

 

 

「で、その招待状は誰に配ったんだ?」

 

「姉上と、この家の奴らと、ここ数日で姉上が何回か話した相手に」

 

「へー…………、ん?」

 

 

それはつまり、金色の闇まで仮想空間に入れてしまったという事か。道理で今日は姿を見ないと思ったと彼は納得するが、ある問題が発生する。

 

彼から見た金色の闇は結構なバイオレンス少女である。「ふざけないで下さい(顔面殴打)」や、「何するんですか(腹部刺突)」を平気でしてくる少女だ。

 

勿論、金色の闇は相手を選んでいるのだが彼はそんな事知らない。

 

結局、彼は仮想空間に乗り込む事になる。




・名前……
無い方が捗るじゃろう?

・今どこ
12巻辺り

・バイオレンスヤミちゃん
きっと本人はちょっとじゃれてるつもりなのです

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