着々と結城家に居候が増えていく中、彼はヒモのような生活を送っている。
デビルーク王曰く、娘の婚約者だから生活費を出してやる。という事で、結城家に彼の生活費が送りこまれていのだ。彼は結城家に管理を全て丸投げしたが。
蜜柑はそれを受け取るかどうか迷ったが急に増えた居候にエンゲル係数が大変な事になっていたため苦笑いしながら受け取った。
彼はその内の1割をおこずかいとして与えられているが、今後も自分のために使う事はないだろうと自覚している。
デビルーク王との再会という一大事を乗り越え、一見穏やかに見える彼の生活での問題は。
「旦那様は何をしているんですか?」
デビルーク星の第三王女がヤケに婚約に乗り気な事だった。
「読書。やっとこの星、というかこの国の文字が読めるようになってきたから」
彼が手にしているのは図書館から借りて来た児童書だった。絵本である。
既に日常に支障が無い範囲でこの星の言語をマスターしているモモは不思議そうに首を傾げた。
「面白いんですか?」
「面白いよ。それに、話のネタになるから」
荒廃した土地で子供に聞かせる時に、と彼は続ける。
モモにとって文献の中の人物だった彼だが、話してみると意外にも気安い人物だった。
会うまでは少なくとも千年は生きてると聞き、好々爺のような性格かと想像していたのだ。しかしこうして話していると同年代ではないかと錯覚してしまう。時折、会話の内容に影が差しているが。
ふと、彼が時計を確認すると丁度お昼時だった。
蜜柑が律儀に用意してくれた昼食がテーブルの上にあるのだが、彼はそれを見て蜜柑が見たままの年齢ではないのではと思う。
「おはよ……」
ナナは今起き出してきたようで、髪を結ってない状態でリビングに入ってくる。
堅苦しい王宮暮らしから解放された反動らしい。その内に直るとモモは彼に言い聞かせたが。
「ちょっとナナ、旦那様の前なんだからシャキッとしたらどう?」
「旦那様って……。そいつボーナムよりずっと年上だろ?」
「年の差なんて些細なものよ」
「いやいや、流石にそれだけ爺さんだと……」
「なら、ナナは他の婚約者をお父様に決めて貰うのね。今はリトさんがいるけれど、その前の候補者達を見てから考えた方がいいと思うけれど」
酷い言い様だが、デビルーク王はララの婚約者候補に名の通った有力者、あるいはその息子に片っ端から話を出していた。どうせ篩に掛けるからと、種族や人格はお構いなしにだ。
それを知るモモからしたら降って湧いたチャンス。これを逃すなど以ての外。
ナナも嫌な未来を想像したのか、げんなりした表情になるが顔を振ってその考えを振り切る。
「大体、そいつは断るって言ったんだろ」
「お父様は勝手にしろって旦那様に言われたそうよ」
彼は二人の会話を聞き流しながら児童書を閉じて、テーブルの上のラップ掛けされた昼食を手に取る。レンジで温める様に言われていたが爆発でもしたら困るのでそのままで。
「あれ、温めないのか?」
「機械は基本的に触らないようにしてるんだ。爆発するから」
「は? ……あー、ならアタシがやってやるよ」
例のボールペンの事を思い出したナナは有り得ると判断し、彼の手から料理の皿を取ってレンジに入れた。
「ありがとう、助かるよ」
「べ、別にこれくらいでお礼なんて必要ないって……」
ナナの後ろでモモが出遅れたと歯軋りしているが彼は見なかった事に。
しばらく悔しがっていたモモだが、ハッとして、それからニヤニヤと笑いながらナナに寄りかかりながら、
「口では嫌々してるように言ってるけど随分と甲斐甲斐しいわね」
「そういうのじゃねーよ! モモはアレが起きるとこを見てないからそんな事が言えるんだ」
頬を真っ赤に染めて反論するナナに、モモは余裕の表情を崩さない。現象について、話には聞いているが実際には見ていない。
だからこそ、油断していた。
急にナナの顔が真っ青になったかと思うと、後ろからゴトリと何かが落ちる音がした。花瓶でも倒れたのかとモモは後ろへ振り向き、あるはずのモノがない彼の身体を見た。
「うーん、中に血が入ってちょっと壊れてるみたい」
彼のチョーカーを分解してララはそう判断した。ナナとモモはその後ろでガタガタ震えている。
「直せないかな」
「うーん、直せるけど……。こんな危ないの使わない方が良いよ? あ!代わりにぴょんぴょんワープくんあげる!」
「遠慮するよ、使ったら服が脱げるだけじゃ済まなそうだから」
誤動作して身体の一部が取り残されそうだ、なんて冗談のように彼は言うが妙な説得力があった。
「お兄さんも大変だねぇ……」
「つーか、そのチョーカーが自殺アイテムだったとか。もし知らずに見たら倒れる自信あるぞ、俺」
リトや美柑が呆れた様な、同情するような視線を向けてくる。
「気にしない方が良いですよ、美柑。この人が倒れるのは日常茶飯事ですので気にしていては疲れるだけです。……最近は多い気がしますが」
「確かに、週一くらいで起きてる気がする……。何だろ、他殺がないからかな?」
「手伝いましょうか?」
「ヤミさん!?」
「遠慮するよ。何度も言うけど好きでこうなってる訳じゃない」
金色の闇は美柑が帰り道で家に招待したらしい。
彼がデビルーク星に行った後は会っていなかったが、家に邪魔するなり血痕を拭き取る姿を見た時は相変わらずだと呆れていた。
「ですが、アレが起き続ければこの家が赤く装飾されていく事になりますよ」
「確かに……。そうじゃなくても、家ごとって可能性もあるからなぁ」
そんな会話をする2人を周りは奇異の目で見ていた。
「そ、そう言えばヤミさんとお兄さんはどこで知り合ったんですか?」
どうやって、とは聞かないのが美柑の察しの良い所だった。そう聞いてしまえば妙に血生臭い話になるに決まっている。
「……それは」
金色の闇は視線を逸らした。美柑は慌てて無理に話さなくても良いと訂正するが、彼の方が口を開く。
「何も無い星だったよ、そこで偶然会ったんだ。金色の闇もその時は俺が標的の仕事なんて請け負ってなかったし、本当に偶然だった」
詳しい事はほとんど解らない説明だが、間違ってはいないらしく金色の闇もそれに頷く。
「気を悪くしてすみません、美柑。お詫びと言うのも違いますが、アレに巻き込まれないようにする方法を教えます」
「へ? 何、そんな方法あるの?」
金色の闇の言葉に彼も驚いた様子でその方法とやらを心待ちにする。
「この人の髪の、上の辺で毛が逆立っている時は速やかに離れて下さい。数分以内にアレが起きます」
金色の闇以外が全員、彼の頭に注目する。逆立った毛は見当たらない。
「えっと、ヤミさん……。ホントにそんな方法で大丈夫なの?」
「間違いありません。屋内なら建物の外に。屋外でも20メートル以上で安全圏です」
「俺もそれは初耳なんだけど、いつ検証したのさ」
「貴方にアレが頻繁に起きると聞いた後に半年程観察を続けました。予兆のようなモノがあれば巻き込まれないですみますので」
「あ、そう……」
「半年ってすごいな……」
「標的の事はしっかりと調べないといけませんから。未だに弱点は分かっていませんが……」
金色の闇の発言に少々気後れする男性陣。しかし、モモはその話に興味を持ったようで金色の闇へと近付く。
「私、ヤミさんと旦那様の話に興味があります」
「……旦那様?」
旦那様が誰を指すのか解らない金色の闇は首を傾げると、モモはこれ見よがしに彼の腕に抱き着き、宣言した。
「はい、私は旦那様と婚約関係にあるんです!」
ついでにナナも、と小声でモモが呟くが金色の闇には聞こえていないようだった。
凍り付いた様にしばらく動けないでいると、事情を聞いていなかったララや結城家の面々がモモへ質問攻めを開始する。
彼は遠い目で窓の方を眺めていた。
・乗り気な第三王女
姉の婚約者候補があんなに気〇悪いわけがない。
・首斬りチョーカー
首輪に繋がれて監禁された過去がなんたらで 。
・ワープ君
石の中にいる。
・アホ毛
ナマズのヒゲのようなもの。説明するヤミちゃんは得意気だったとか。