若干?の無理くりさ
「五十鈴ちゃん、本当に2人で大丈夫…?」
「大丈夫よ。今日は昨日みたいにならないわ」
「でも…また喧嘩になったりしたら…」
「大丈夫よ」
赤城さんの静止を振り切り、目の前のドアをノックして入る。
若干の薄暗さが残る部屋の中で丸まっている一つの影を見つけた。
「昨日は悪かったわね…」
「…」
「でも、あれは本音よ」
「…」
「あんたがそんな顔してちゃ、私たちも気分が良くないし」
「…」
返事は返ってこず、小さな息遣いが聞こえるだけ。
それでもお構い無しに続ける。
静かに諭すような声色で。
「…これはアタシが勝手に思ってる事だけど」
「…」
「アンタを助けようとして犠牲になった仲間も浮かばれない…アタシはそう考えてる」
「…!そんなこと―」
丸まっていた影がバッと顔を上げた。
腫れた目に涙の跡。真っ黒な隈。
目線を合わせるようにしゃがみこむ。
「分かんないわ。死んだ人の思ってたことなんて分かるわけない。でも、もしアタシがアンタの身代わりに死んだとしたら。…アンタには笑ってもらってないと浮かばれない気がするのよ」
「…!」
「もしアタシがアンタを助けて死んで。それで悲しんでくれるのは嬉しい。でも、いつまでも悲しまれたら、助けた意味なんて無くなるじゃない。…少なくとも…アタシはそう思う。悲しむんじゃなくて、感謝された方がアタシはいい」
「…でも、あの人達は―」
「アンタが忘れさえしなければ、アンタの心の中にその人達はいき続ける。アンタが忘れなければ、その人達は報われる。…時々忘れて、時々思い出す。それでもいいんじゃないかって思う」
「…でも…でも…でも」
駄々を捏ねる子供のように彼女は、頭をふり言葉を繰り返す。
いつもの彼女の凛とした面影はない。
ここまで追い詰めてしまったことに罪悪感を感じながらも続ける。
それが自分に出来る最大の謝罪だと言うことを理解しているつもりだ。
「そもそも、喜びや悲しみってのは分け合うものでしょ。あの時…って言っても私は知らないけど。辛い思いをしたのはアンタだけじゃないと思う。ここにいる赤城さんや龍田さんだって、悲しくて悔しくて苦しかったんだと思う。だから、アンタもため込まずに2人に…みんなと一緒に苦しみを分け合って分かりあって過ごしていけば、少しは楽になると思うの…って部外者のアタシが言っても説得力ないか…」
「…すま…か…た」
「えっ…?」
「……すまなかった。…昨日、お前が言ったことは全部事実だ。俺は自分自身を…被害者にした。本当は自分が責められるのが…怖かった。自分が悪いのは自分自身が1番分かってた。許されないことだってことも全部分かってた。俺は…自分を守るために逃げたんだ」
「…そう」
「だけど、目が覚めた…逃げるのはもうやめにする。…自分と向き合って逃げずにあの時の事をもう1度…みんなと一緒に…」
「…」
彼女はそう言うと再び蹲り、動かなくなった。
しばらくすると寝息が聞こえた。
寝息を立てる彼女に毛布をかけ、そっと音を建てないように外に出た。
「五十鈴ちゃん、どうだった?」
「言いたいことは言ったわ」
「そう…。五十鈴ちゃん、ごめんなさいね…」
「は?」
「本当は私たちが寄り添ってあげなくちゃいけなかったの…でも、あのときは私たちも精一杯で…。気がついたときには金剛さんは、もう…。それから色々サポートしようとしたんだけど―」
◇
「金剛さん、ご飯ですよ」
「………」
「ほら、食べないと…」
ドス黒い瞳で空を見つめる金剛さんの口に無理やりスプーンで押し込む。
粥状のごはんは、咀嚼されることなく反射的に飲み込まれた。
「金剛さん、今日は空が綺麗ですよ」
「………」
「少し外を歩いてみましょう?」
「………」
来る日も来る日も彼女に話しかけるが、返事はない。
その開かれた瞳に私が映ることは無い。
時たま流れる涙を拭き取り、涎で汚れた口元を拭う。
そんな中、提督を失ったここに新しい提督が来るという情報が来た。
もし、新しい提督が金剛さんを処分すると言ったらどうしよう。
謂れもない不安が頭をよぎった。
だけど、それは杞憂におわった。
新しい提督は、金剛さんを見るなり甲斐甲斐しく世話をするようになった。
ただ、だからといって金剛さんの状態が良くなった訳でなかった。
新しい提督が来てからも、彼女はずっと空を見つめていた。
まるでこの世など認識してないかのような目をしていたのだ。
それがある日、1人の艦娘の登場で事態は好転した。
それが電ちゃんだった。
何の反応も示さなかった金剛さんが唯一、電ちゃんの声にだけは反応したのだ。
それから、徐々に金剛さんは回復していった。
私はそれに喜び、気付こうとしなかった。
金剛さんの心の奥底の闇に。
やがて1年の時が流れ、あの日がやってきた。
すると、電ちゃんのお陰で元気になっていた金剛さんの様子が変わった。
口数が少なくなり、目から光が失われた。
その時、気が付いた。
彼女の中ではまだ終わってはいないんだと。
彼女は今でも苦しんでいると。
それから、時が解決してくれるだろうと私たちは金剛さんが立ち直るのをひたすら待った。
でも、違った。
金剛さんはもう1人では立ち直れないくらいに傷付いていた。
それに気が付くのが遅すぎた。
気がついた時には、それは癒えない傷として金剛さんを蝕んでいた。
それから、金剛さんは表面上は明るくしながらも、私たちが心に触れるのを拒んでいた。
◇
「だから、もう諦めちゃってたの…。仕方の無いことだって…。時間を待つしかないってね。でも、五十鈴ちゃんのお陰で目が覚めたわ。ありがとう」
「…別に感謝されるようなこと言ってないわよ。さっきも言ったけどアタシは言いたいことを言っただけよ」
「それでも感謝してるわ。言いたいことをそのまま伝える。私たちにできなかったことを五十鈴ちゃんはしてくれたんだもの。私も頑張らないとね。本当にありがとう」
「ふ、ふん!」
照れながら立ち去る彼女の後ろ姿を見送る。
彼女は五十鈴ちゃんは本当に凄い。
私も彼女みたいになれるだろうか。
ストレートに気持ちを伝える彼女のように。
仲間のためなら嫌われることを厭わない彼女のように。