目が覚めるとそこは、とても明るく、暖かい場所だった。全身を覆うヌメリとした感触すら、心地良く感じる。
記憶を辿ろうと上体を起こし、周囲を見渡す。そこには、白と黒のモノトーンで統一された家具と、私の艤装が置いてあった。
「誰か居ますか?」
その声に応える者は居らず、意識しても気配を感じられない。それが分かってしまうと、孤独を強く感じてしまう。
今度は立ち上がり、私は艤装の腹をそっと撫でた。それだけが、私が一人でない事の証明に思えて、そっと自身に装着する。艤装は軽く、まるで重量を感じない。不思議な感覚だが、それはあまり気にならなかった。
私はそのまま部屋を出ると、見たことの無い場所があり、困惑する。
一面の砂地と、鉄格子。そしてその先には、肌の白い艦娘らしき者がたくさんいた。
鉄格子を良く見ると割れており、少しだけ力を込めて押してみる。鉄格子は音を立てて開き、肌の白い者達が一斉にこちらを見た。
「えっと……」
「おはよう、無明。私達は今から撃退に向かうから、留守を預けますよ」
どうしようかと困っていたが、加賀のような小さなサイドテールを作った長髪の女が歩み寄り、そう呟いてくる。私は何も知らないのに、それに対して黙って頷いた。
そこでやっと、これが夢である事に気付く。
女は私に背を向け、他の五人を引き連れて海面へと向かう。私はただ悲しい気持ちが溢れ、それに対して手を伸ばした。
この記憶が何なのか、私は驚くほど冷静に判断できてしまった。
深海棲艦の記憶である。
しかし、なぜ私にその記憶があるのか。いや、そもそも、なぜこれを記憶だと断言できるのだ。これまで何の疑いもなく、これが記憶だと判断している。それはもしかしなくても、記憶が戻っているからではないだろうか。
私は、唐突に恐ろしくなった。
これ以上、何も考えたくない。そうしたら、大切な何かを失ってしまう。なぜか、そう確信を持てた。
私は暫く歩き回り、時折海面を見上げる。そこには、海面を何かが叩きつけ、爆炎のあがる戦場が広がっていた。
一人、また一人と先ほどまでいた者等が落ちてきて、私はそれを丁寧に受け止め、ゆっくり地面に寝かせてやる。
その度に胸が締め付けられ、私は最後の一人が残るまでそれを続けた。
「……皆さん、ありがとうございました。無明、出撃します」
最後の一人が落ちて来ると、大地が砕け、背後にある建物が崩れ始める。落ちて来た女をそっと抱き締め、私はただ瞼を落とす。まるで、神に祈るような、安らかな表情だ。
天変地異を見る事なく、唐突に後頭部を強打され、意識を失う。
この記憶が何を意味するか、考える必要は無い。結論だけは重くのし掛かり、私はまた目を覚ます。
「おはよう。えっと……大丈夫?」
そこには曙の顔があり、私は表情を緩めてゆっくり頷く。何に対して聞かれたか分からなかったが、そうしたい気分だった。
上体を起こして周りを見ても、そこには色彩豊かな景色と、健康的な肌の曙しか居ない。そう、ここが私の現実。正確には、今の私にとっての現実。
「何よ……少し気になるじゃない」
曙は拗ねたように呟き、私は目の下に違和感を感じて拭う。すると、服が少し濡れ、初めて泣いていたことに気付いた。
私にとって、あそこはそれほど大切な場所だったのだろう。
「じゃあ、少しだけ甘えます」
「ちょ、ちょっと!」
私は曙の背中に手を回し、そっと抱き締めた。それはとても小さく、暖かい。当然の事なのに、私はそれを噛みしめる。
私の居場所はここなのだ。そして、元の居場所を壊すのは、他の誰でもない私。
過去の記憶があっても、譲れない理由ができてしまった。この温もりが、今の私には全てなのだ。私はただ、曙を守りたい。
「うん、ありがとう」
それだけ確認して曙を解放したが、その頃には曙も微妙な表情になっていた。
「もう……早く提督の所に行きなさい」
曙はそう言ってさっさと部屋から出て行き、私は小さく首を傾げる。文句は言われそうだが、こういった反応は予想外だった。もしかしなくても、夢の内容を聞きたかったのかもしれない。
今更そう考えても仕方が無く、布団から出て軽く髪を手櫛すると、部屋を出て提督室に向かった。相変わらず色々な気配を感じたが、気分が悪くなりはしない。これは、私が受け入れるべき事だ。
「無明です。提督は居ますか?」
提督室に着くと、ノックをして返事を待つ。
「ん、あぁ。入っていいぞ」
提督の返事は少し遅く、扉を開けると理由はすぐに分かった。
机の上には書類の束に酒、提督の額には赤い跡。酒でも飲みながら整理していたら、そのまま寝てしまったのだろう。
「仕事中のお酒は控えてください」
「いや。まぁ、悪い」
私の言葉に対して、言い訳を考えてから苦笑し謝った。証拠が揃っていては、何も言えなかったのだろう。
「今日の作戦は何時からですか?」
「十時半からだな……いや、十一時半からだった気がする」
提督は一度答えた後に時計を見て、時間を変更した。私も時計を見たが、短針は十一を指しており、苦笑を零す。提督もそうなら、秘書艦もそうらしい。
その後、提督は急いで書類を机に入れ、私はただそれを眺める。手伝うと、また見てはいけない物を見てしまいそうで、怖かったのだ。
「……よし、行くぞ」
「はい」
提督は片付けを済ましてすぐ、私を連れて部屋から出る。食事について聞いていないが、どうせそんな時間は無い。
そのまま階段を登り整備室に入ると、私の艤装が机に置かれていた。何も言われずとも私はそれを装着し、普段と違う事に気付く。
「あれ、また軽くなりました?」
異様に軽いのだ。それこそ、夢であった艤装のように、まるで重量を感じない。この国の技術がいかに優れていても、流石にありえない軽さだ。
「いや、特に触れてないし、そんな時間も無かったぞ?」
提督も首を傾げ、私はただ納得する。
「そうですよね。何でも無いです」
この事に関しては、私が考えても仕方ない。何かを知ったとして、それをどうにかする手段は無いのだから。
「ならいいが、何か異変が起きたら言えよ?」
提督は訝しんで私を見たが、それだけ言うと先に部屋から出て行く。
この事については、帰ったら話そう。提督も忙しそうだし、実際に時間が無い。私はただ、提督について行った。
こう考えると、色々とやれてない事を思い出す。町の案内や、曙との友達らしいこと。それに、お風呂だって全て見れていない。
秘書艦の仕事も考えると、本当に、まだまだ知らない事だらけだ。こうして考えてしまうのは、きっと初めての出撃に緊張しているからだろう。
本館を出て海岸に目をやると、見覚えのある五人が見えた。長門に大和、一航戦の二人と木曽。そして、最後に私。豪勢な編成の中で、私は少しだけ浮いている気がした。
「提督、時間を確認して頂けますか?」
「十一時半だな。時間丁度じゃないか、何の問題も無い」
五人に歩み寄り、加賀の不機嫌そうな問いに答える。私としては申し訳無い気持ちだが、提督がこうだと、謝る事もできない。
「まったく貴方という人は……」
「提督、早く指示を」
加賀は呆れた様子で諦め、代わりに大和が指示を仰ぐ。
改めて五人を見たが、少しだけ様子がおかしい気がした。どこか緊張したような、焦りに似た異様な空気感。
それは初めて見た物で、私も否応無く緊張してしまう。これが実戦の緊張感だと思うと、居心地が悪くて仕方ない。
「そうだな。一一三丸、現時刻より、敵泊地偵察任務を開始する。総員、出撃せよ。旗艦大和、並びに五名の武運を祈っている」
提督は腕時計を確認し、そう指示を出すと五人は一斉に敬礼する。私も遅れて敬礼すると、五人はすぐ海へ向かい、私もそれに続いて海へ入った。
今日の海は少しだけ波があり、初日のような落ち着きは無い。それでも、体は思うように前へと進み、気付くと鎮守府は水平線に沈んでいた。
「そろそろですね……止まってください」
それを確認して前を向き、質問しようとした所で大和の指示が出る。全員がその指示で足を止め、私も口を閉じて足並みを揃えた。
「無明、前に出てください」
「え、あ、はい!」
どうしたものかと考え始めたが、大和に指名されて反射的に返事をする。今から何をするか分からないが、質問をする必要は無いらしい。
「大和、少しだけ時間を取らせてほしい。私だけではなく、不本意なのは皆同じ筈だ」
大和が口を開いた瞬間、長門が我慢できないといった様子で、大和に進言した。私は状況が理解できず、ただただ嫌な予感だけが、胸の奥で高まり始める。
そう感じてしまうのは、今朝の夢による気のせいだと、自分に言い聞かせた。
「駄目よ、早く済まして帰りましょう。そんな事しても、時間の無駄よ」
長門の進言に対して、加賀はハッキリとそれを否定する。長門の体は私から加賀へ向き直り、拳を握り締めたのはすぐに分かった。
「お前には……!」
「やめてください。言いたい事が、分からない訳では無いでしょう?」
長門が声を荒げると、赤城が間に入りそれを諌める。二人の間で視線が交わり、お互い逸らそうとしない。
「納得できないって話なら、俺も同意だ。少なくとも、話はするべきじゃないか?」
「感情論で動いて、それが良策である可能性はどのくらいですか。指示があればそれに従う。私達にはそうするしかない事くらい、分かっているでしょう?」
木曽は長門に賛同し、加賀はそれを否定する。しかし、加賀が感情的になっているのは明白で、赤城も困った様子で視線を逸らした。
「……意見は二対二ですね。なら、私は長門と木曽の意見に賛同します。従軍するのは間違っていませんが、指示に疑問を持っている事だけは、同じでしょう」
見兼ねた大和が口を開くと、両者共に大和に顔を向ける。彼女がいかに信頼されているか、それだけですぐに分かった。
そして、何を言われるかも、想像に易い。
「長門、説明をお願いします」
「ありがとう……無明、これから話す事は真実だ。ちゃんと受け入れた上で、正直に答えて欲しい」
大和は全員が口を閉ざした事を確認してから、長門に指示を出す。
長門の前置きからは、少なからずの後ろめたさが漂い、私はどう答えるかを考え始めた。
「上はお前が深海棲艦じゃないかと睨んでいる。今回の任務は、敵泊地の視察ではなく、元より沈めるのが目的だ……前回の演習で起きた事を、お前は本当に覚えていないのか。そして、お前が何者かを教えて欲しい」
長門の言葉はとても重く、響く。ある程度の覚悟はしていたし、割と冷静にそれを判断していた。
それでも、面と向かって言われるのは、堪える。
「演習については覚えていません。私については、私も分かっていないです……こちらからも、質問させてください」
ただ、私は素直に答えた。何も隠す必要は無い。なぜなら、私もどうすればいいか、分からないからだ。
それでも、これだけは確認したい。何も期待はしないし、何も疑わない。それでも、知らなければいけないのだ。
「これは、提督の指示ですか。また、曙はこの事を知ってますか?」
そうでないと、私は本当にそうなってしまいそうで、怖かった。中途半端なままでは、必ず後悔が残ってしまう。
「それは……」
「提督の指示ですが、曙は知らないと思いますよ。公にはできない作戦ですから、私達以外には、不慮の事故による轟沈と知らせる筈です」
長門が言葉を濁すと、代わって赤城がそれに答えた。私はただ、その答えを噛み締め、艤装の腹を撫でる。
私がどうしたいか、その答えは単純で、誰にも覆せないほど硬い。
「そうですか……では、私はまだ沈めません。申し訳ないですが、通して頂けないなら、戦わせて頂きます」
私はまだ沈めない。沈みたくない。やりたい事や知りたい事は、まだまだたくさんあるのだ。
こんな所で、こんな形で終われない。
「戦闘配備、複横陣で迎え撃ちます。空母群は、なんとしても艦載機を通さないようお願いします」
私の答えに対して、誰が何を言うよりも先に大和が指示を飛ばす。どうあっても、提督の指示には従うようだ。
他の四人も大和に逆らいはせず、それぞれの表情を浮かべて迅速に陣形を組む。
私は、陣形が完成するのを待ってから、強く言い放った。
「特異型空母無明改め、深海棲艦無明、出撃します!」
「こちら大和、空母型深海棲艦と接敵。迎撃します」
艦載機の腹を撫でて艦載機を出すと、初めてそれが形を成した。黒い球体に小さな尻尾、赤い目に尖った口。記憶が急速に蘇り、よりそれが確かな物になる。
不思議と感情的にはならない。ただそこにあるのは、驚くほど平坦な自分の姿。これが、本当の艦娘と深海棲艦の違いなのかもしれない。
「凱旋一触よ」
「全機発艦!」
私の艦載機に対して、赤城と加賀の艦載機がそれを防ぎにかかる。どうやら相手は全て艦載戦闘機のようで、異常な速度でこちらの艦載機が落ちていく。
「クソ……目標無明、撃て!」
「沈め!」
しかし、空は無視していいと分かれば、私も海上に視線を落とす。長門は険しい表情とは裏腹に、一寸のズレもなく私へ砲弾を飛ばしてきた。私は身を翻してそれを避けると、長門へ主砲三門を向け、砲弾を放つ。
長門は回避運動を取ったが、一発は命中を確認する。
「悪いが、今回ばかりはやられる訳には行かないんだ」
「っ!」
他の動向に視線を向けると、木曽がこちらに急接近しており、お互いに得物を抜き去る。
サーベルと槍が打ち合わされ、激しい金属音が広い海に響き渡った。
「大和、砲雷撃戦はじめます!」
しかし、木曽は跳ね返るように後退し、大和の砲弾が私の元へ飛来する。それでも、焦る事は無い。私は今でも冷静で、誰よりも強い。そうでなくては、いけないのだ。
「発艦してください」
私は迷わず艤装を殴り、体を少し前に倒して艦載機を飛ばす。それは確実に砲弾と交わり、爆弾を適当に放ってから爆発する。
私の艦載機は誰よりも精度が高い。なぜなら、提督がそう言っていたのだから、私はそれを信じる。そうすれば、私の艤装は期待に応えてくれるのだ。
「相変わらず、器用だな」
木曽はあまり驚かず、近距離で魚雷を扇状にばら撒く。流石にそれは後退するしか無く、私は後退しながら主砲を海面へ向けた。
「今度は当てる!」
しかし、回避方向が一つしかなければ、それを狙い撃つのは容易い。電磁音と爆炎が視界を覆うが、構わず海面へ主砲を放つ。爆発音と共に大きな水飛沫が上がり、私は槍を構え直して水飛沫の中を突っ切る。
「片舷、全主砲斉射」
槍を突き出して木曽を捉えようとしたが、それを見越してか木曽は大きく後退しており、大和の砲弾が飛来した。
これもまた、提督の作戦指揮が理由なのだろうか。だとしたら、それもまた仕方ない。
「まだ、戦えます」
咄嗟に回避運動を取り、槍をなぎ払って一発だけ直撃を避ける。しかし、その爆発で槍は折れ、ただの棒切れとなってしまった。
なぜこんなに冷静なのか、ただそれだけが不思議に思う。勝ちを確信してる訳でも、負けを受け入れてる訳でも無い。
深海棲艦だから、と言われてしまえば、少なからず納得してしまいそうだ。
「今です」
私が木曽に狙いを向けると、赤城の声がしてふと空を仰ぐ。
「元は、貴女がやった事なんですよ」
降り注いだのは銃弾の雨。電磁音が絶え間無く響き、視界が光の渦に包まれる。
そして、私は確信した。今から沈むのだと。
「終わりにしましょう」
加賀の淡々とした言葉に続いて、鼓膜を破る程の爆音と、目を瞑る程の眩い光が発せられる。
電磁音はすぐに消え、鉛玉と鉄球が、思慮の間も無く私を海に返した。
そして沈む。
ゆっくりと、ゆったりと、明かりの無い世界に、私は沈む。身体中に筆舌に尽くし難い痛みが走り、もはやそれが普通だとすら思えてしまう。
それにしても、私はなぜ意識があるのか。それも、沈む差中でだ。気絶しただけで、本当はまだ生きていたのかもしれない。
「アァ……イタイ……」
ただそれだけは分かり、少しばかり嫌になる。海面は遠くなり、大和達の影が去って行く事しか見えなかった。
私はこの後、どうなるのだろう。夢に見たように、深海側の泊地で暮らすのだろうか。あるいは、このまま眠りに付けるのなら、何も迷う事は無い。
「無明、お疲れ様。大丈夫だった?」
一度目を閉じ、また開くとそこには曙が居た。こんな所に居る訳が無いし、何より、大丈夫な訳が無い。
幻覚と幻聴は、同時に起きる物なのだろうか。
「ダイジョウブ……カナ」
でも、幸せな夢を見せてくれるなら、それも悪くない。
「何それ、相変わらずね」
曙が呆れたように笑い、私は海底に背中を付けた。早くも深海側の世界に来たらしい。気付いたら曙も消え、私は立ち上がる。痛みは相変わらずなのに、不思議と力が湧いてきた。
私より先に着いていた艤装を拾い上げ、周りを見渡す。
「秘書艦が寝坊してちゃ世話無いぞ?」
一周見て前を向くと、悪戯っぽく笑う提督が居た。
怨むべき相手なのに、なぜこの人が見えるのか。確かな敵意が生まれ、そして萎んで行く。
「チガウ……」
それから目を逸らすと、すぐに消えてくれた。
提督は悪くない。何か、理由があったのだろう。あの人は、そんなに悪い人ではない。
曙を探して周りを見たが、どこを見ても暗闇で、光源となる物は無い。しかし、なぜか明るく見えた。砂地の様子や、深海魚の動く姿すら観察できる。
しかし、そこには何も無かった。提督も、曙も、赤城や長門も。あまりにもそこは、何も無かった。
なのに私は生きていて、意識は痛みのおかげで覚醒している。
どこまでも続く孤独。浮き彫りになったそれは、私を酷く不安にさせた。もしかしたら、このまま永遠に続くのではないか。自分の寿命がどのくらいかは知らないが、それが適応される状態かすら分からない。
「ミンナハドコ?」
不安に駆り立てられ、私はただ歩き出しす。有る筈の無い物を求めて彷徨うが、気でも狂いそうだった。
海上ではあれほど冷静だったのに、それが嘘のように気持ちが波打つ。寄せられる恐怖は、あまりにも大きい。
私はただ、ひたすらに歩いた。日数の感覚は無く、数時間とも、数ヶ月とも思える時間が過ぎる。
その頃には痛みは麻痺して無くなり、代わりに様々な思慮が生まれる。長い時間の中で、私はそれの否定をやめ、ただ歩く。
私が何をしたのか。私はなぜ、こんな目に遭わされたのか。分からない。
こんなに痛いのに、こんなに苦しいのに。皆は宴会でもしているのだろう。許せない。
最初では思いもしなかった事が、次々と浮かぶ。私は、自分が深海棲艦なのだと自覚を持っていた。
私が足を動かす理由は、時間と共に膨らんだ怨恨だけ。希望も喜びも、今の私には微塵も無い。あるのは、提督に対する明確な敵意だけ。
ある時、提督が言っていた事を思い出し、嘲笑を零す。
「ニクイ、スベテガ、ニクイ……」
どこからともなく、力が湧き上がる。無意識下で、私はやる事を見つけたように立ち止まった。
屈んで地面を触ると、様々な物が流れ込んでくる。深海棲艦の知識と、それについて回る憎悪。
見捨てられた艦や、犠牲になった艦。それだけではなく、身投げして自殺した人間の感情すら感じた。
この怨み、晴らさぬべきか。
明確な敵意は、そのまま行動する理由に変わる。私の双肩には、私以外のあらゆる物があるのだ。
「ツドエ、ドウホウヨ。アイツラヲ、シズメロ!」
海底に響かせた宣言を待っていたように、次々と虚空から深海棲艦が現れる。そして、地面を砕き現れるのは泊地。
魔法のようなそれに、私は驚きもしない。これは当たり前の事だし、私の目標とは違う。
「メニウツルスベテヲ、ユルスナ!」
私の指示を受け、集まった無数の深海棲艦が雄叫びを挙げた。声にならないそれが、私の指揮を高める。
「ゴニンノコレ、ワタシトショウメンカラムカウ。ホカハ、スキニアバレロ」
しかし、私にもプライドはあり、勝ち方には拘りたかった。どうせ、敵の戦力は分かっている。何をするかも、それなりに分かった。
提督と艦娘達に、いかに愚かな事だったかを知らしめたい。苦しませる必要も、痛めつける理由も無いのだ。勝てばいい。勝てば、全て終わる。終われるのだ。
この感情の末路を、私はもう知っている。
次回で最終章となります。お楽しみに。