幸せの形   作:もこー

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こちらで二話目の投稿となります。長さはおよそ一万となっております。



第二章「秘書官無明」

 赤城と加賀の案内を受け、今いる建物の内容は大体分かった。

 まずここは”本館”と呼ばれる場所で、任務前と任務後に使う施設が詰め込まれている。風呂場と提督室の他には、会議室・調整室・控え室と、合計五つの部屋しかなかった。それもその筈で、一階には提督室と風呂場しかなく、提督室の大きさを考えると、風呂場は百人ほど入れる大きさがあるだろう。

 他の部屋は二階と三階に振り分けられており、二階にはホテルのように、多数の控え室が敷き詰められていた。内装を見せて貰ったが、ベッドにテレビ、冷蔵庫まで完備されているため、住みつけるだけの豪華さである。三階は三階で、ほとんどが調整室になっており、会議室は隅に追いやられていた。赤城が言うには、一度も使った事が無いらしく、提督もその予定で部屋振りしたのだろう。そう考えると、提督はかなり融通を利かせれる地位があるが、建物にまで手を出せるとなれば、並大抵ではない。今度聞いてみる事にしよう。

 

「本館はこれで全てです。とりあえず、戻ってどうするか聞きましょうか」

 

「はい、分かりました」

 

 会議室の前を離れると、赤城がそういい、私も同意した。相変わらず加賀は不機嫌だが、もう諦めがついている。見終わったら提督室に戻るのは分かっていたし、加賀もそれで終始不機嫌だったのだろう。

 

「……私は先に戻るわ」

 

 すると、不意に加賀が口を開き、そんな事を言い始めた。赤城も意外だったのか、立ち止まると加賀へ振り返り、暫し間を開けて返事をする。

 

「ダメです。逃げてたら伝わらないでしょ?」

 

「伝えても意味ないでしょう?」

 

 どうやら加賀は拗ねているようで、何となく程度だが、これまでの提督との関わりに想像がついた。人を好きになるという感情は分からない。それでも、苦しい事だけは分かる。

 

「私達は後で行くから、先に行ってください」

 

「あ……はい」

 

 赤城は困ったように笑って見せ、私も大人しく階段を降りて行く。赤城も指輪をしていたし、加賀の気持ちは分かるのだろう。私にできることは無く、赤城に任せる事にした。

 恋という感覚はまだ分からないが、いずれ分かるようになるのだろうか。あるいは、提督がそうさせてくれるのだろう。

 

「……無明、だったわよね。一人で何してるのよ」

 

 などと考えながら一階まで降りて行くと、丁度入ってきた曙と鉢合わせてしまった。曙は訝しげに私を見ており、変な緊張をしてしまう。

 

「あ、えっと。赤城さんと加賀さんに案内して貰って、加賀さんが怒ってて、それで赤城さんが……」

 

「わ、分かったから。少し落ち着いて、ね?」

 

 上手く言葉を纏めれずにシドロモドロしていると、曙は苦笑しながら頭を掻いた。自分でも落ち着いていないことは分かっていたので、それを聞くと一度深呼吸をする。

 苦手意識はあるが、別に何かされたわけではない。何を焦る必要があるのか。今更ながら、自分が阿呆らしい。

 

「提督が赤城さんと加賀さんを呼んで、私に施設の案内を任せたんです。でも、提督が加賀さんを怒らせちゃって、二人に案内された後に、赤城さんが先に行って、と」

 

「まったく、ほんっと懲りないわね」

 

 軽く纏めて説明すると、曙は呆れた様子で溜息をついた。どうやら、口ぶりから察するに一度や二度ではないらしい。赤城の言葉を鵜呑みにするなら、赤城と加賀に限らず、他にもたくさん被害者が居る筈。

 

「あ……えっと、曙さんって……」

 

 そこまで考えて曙の手を見ると、銀色に輝くそれが自己主張していた。まさかとは思うが、こんな幼い子にまで手を出すとは、誰が予想しただろう。彼女が人間なら犯罪だ。

 

「何よ。あ、あとタメ口にして。敬語使われると、落ち着かないわ」

 

 曙がこちらの考えに気付く事はなく、手を払いそう言う。こちらの考え過ぎなのか、はたまた、ここでは当然の事なのか。どちらにせよ、じっくり聞く必要がある。

 

「あ、えっと……はい。提督の所に戻る所なので、また」

 

 とりあえず返事を返すと、すぐに提督室へ向かった。曙は不思議そうに首を傾げていたが、結局そのまま歩き出し、私は提督室にノックもせず入って行く。

 

「ていと……お邪魔しました!」

 

「待て待て違う!」

 

 勇ましく部屋に入ったまでは良かったが、そこには提督ともう一人、茶髪で巫女服のような物を着た女性が居た。しかも、その体制たるやただ赤面するしかなく、錯乱するには十分な物。

 提督は椅子に座り机に向かっているが、女性は背後から甘えるように提督にくっついている。それも、胸部についた武器を押し付けるようにだ。その上で悪戯っぽく笑い提督に顔を寄せているのだから、はたから見た感想は、アレをせがんでいるように見える。

 つい目を瞑ってしまい、私は勢いよく扉を閉めていた。

 

「……貴女が無明ですか? 私、高速戦艦の金剛デース。よろしくデース」

 

「はえ、あ」

 

 しかし、少しすると扉が開き、先程の女性が私の手を掴み握手をしてきた。顔には満面の笑みがあり、おそらく赤面している私とは全然違う。

 

「さっきのは、ちょっとした悪戯で、深く考えるのはノーだよ?」

 

 しかも、彼女の言葉は少しおかしい。一度落ち着きたいが、整理も付けれず金剛に引っ張られるまま部屋に戻された。

 

「金剛、だからああいうことはするなって言ってるんだよ……」

 

「ソーリー。でも、私にも権利はありマス」

 

 提督は疲れた様子でそう言うと、金剛はぺこり、と頭を下げた。しかし、そのまま引き下がりはせず、頭を上げると左手を顔の高さにあげて見せる。それが何を意味するかは知っており、明確な目的に合わせて頭の整理がついた。

 

「そうです、それです! 提督、加賀さんや赤城さんだけでなく、曙にまで……いくらなんでも、見境が無さ過ぎます!」

 

 私は金剛を押しやり机の前まで来ると、そう言って机を軽く叩く。すると、銃声でも聞こえたかと思えば、提督と私を遮る壁が無くなっており、床には木片が散乱していた。

 

「あれ……?」

 

「oh……」

 

 それを理解するまでに数秒、提督が片手で頭を抑えた所で、私は冷や汗をかき始める。

 これは、やってしまったということだろう。

 

「す、すいません、私!」

 

「待て落ちつけ、一度深呼吸だ」

 

 勢いよく頭を下げ、私はすぐ散らばった木片を拾い集めようとした。それを提督に肩を掴んで静止させられ、私は恐る恐る顔を上げる。提督が怒っている様子は無いが、その笑顔が少し怖い。

 

「気に入った。今日からお前はここに居ろ。金剛、上に話を付けておくから、皆を食堂に集めて宴会の準備だ」

 

「了解デース」

 

 提督が足早にそう言うと、金剛は返事をして部屋から出て行く。状況を掴めていないのは私だけで、もはや思考が停止している。どの世界に、机を叩き割って気に入られる女が居るのか。答えはこの世界だ。

 

「今日の主賓はお前だ。上と話をつける間、椅子に座って待っててくれ」

 

 状況を掴めないままそう言われると、おとなしく従うしか無い。椅子に座ると、提督は携帯を取り出して弄り始めた。

 

「あ、写真貰うぞ」

 

 そして、不意にそう言われると、困惑顔のまま写真を取られ、少しして電話を繋ぐ。

 

「おう、俺だよ。悪いが急用でな、本部長に繋いでくれ……あぁ、んなもん後回しに決まってるだろ?」

 

 たしか、上に話をつけると言っていたが、口ぶりから察するに、相手の要件を後回しにしろと言い出したらしい。こんな態度で、よく生きてこれた物だと感心する。

 

「久しぶりだな。さっき写真送っただろ?無明って奴だが、俺の所で世話をする。解析班をこっちによこしてくれ。なぁに、俺の所で”もしも”なんて心配要らないさ……ん、ありがとさん。お仕事頑張ってな」

 

 しかも、一瞬で方がついた。彼は何者なのか、本当に分からない。適当で、タラシで、上に融通を効かさせられる。よほど地位が高いとしても、あの言葉遣いなのだから、訳が分からない。

 

「さて……」

 

「クソ提督!」

 

 提督が何かを言おうとした所で、扉が勢いよく開いた。元より鍵は閉めていなかったが、余程怒っているのは、見ただけで分かる。

 

「あんた、またやらかしたでしょ!受付の人から連絡あったけど、あれほど迷惑をかけるなって……」

 

「お前は可愛い奴だなぁ。心配せずとも、お前を手離したりしないよ」

 

 曙の態度が悪い理由は、このやり取りだけで概ね理解できた。提督の無茶は、曙にしわ寄せがきているのだろう。これだけ口が悪いのも納得だ。

 

「こんなに大変なら手離して欲しいわよ!」

 

 提督のタラシ発言も、曙は聞き慣れているようで、この対応である。

 

「えっと……とりあえず、提督は謝った方がいいのでは?」

 

 このままでは話が進まないどころか、大きな喧嘩になりかねない。とりあえず、この場は丸く収めないと、私としても居心地が最悪だ。

 

「……そ、うね。謝るなら許してあげる」

 

 しかし、提督と曙は、二人して驚いたように固まり、少しして曙から口を開いた。

 何かまずい事をしたのかとも考えてみたが、たしかに部外者からそんな事を言われたら、鬱陶しいと思われるかもしれない。

 

「あぁ、悪い。次からは先にお前に伝えるよ」

 

 提督は素直に謝り、先ほどまでの言い合いが嘘のように、提督室は静まり返った。これは非常に気まずい。

 間違った事を言ったつもりは無いが、間違った人が言った事は確かだろう。

 

「えっと……」

 

「さて、じゃあさっさと行くか。皆を呼んでおいて、待たせる訳にはいかないしな」

 

 謝ろうと思い口を開くが、提督は私の言葉を遮り、そう言って私の手を引く。謝るのが分かっていてそうしたなら、特に気にしなくていいのだろうか。何にせよ、迷った所でもう言う機会は無い。

 私は手を引かれるまま部屋を出て、曙を含めた三人で本館から出て行った。

 

「……気をつけなさいよ。あいつは見境無いんだから」

 

 提督と手が離れて少しすると、曙が私の隣に着てそんな事を囁いた。言葉の意味は承知しており、苦笑を零すと頷いておく。

 しかしながら、指輪を付けている人に言われても、説得力が足りない。

 

「無明、無明か……」

 

 提督は歩きながら何か考えているようで、そんな呟きが微かに聞こえる。何か引っかかる所があるようだが、何れにせよ私にも分からない。それがどんな理由であれ、何か分かるなら有難い話だ。

 その後は会話も無く、一番小さな建物に入ると、すぐそこにあったドアを開けて中へ入る。

 そこには広大な広間があり、数十に及ぶ異常なまでの人が居た。見た所男性は居らず、全てが艦娘だと思うとおびただしいとすら感じる。

 

「やっぱり、噂が広がるのは早いな。急な呼び出しなのに、ほぼ全員着ているとはな」

 

 提督は周りを見渡して呟く。たしかに、来てから一時間とちょっとしか経っていない筈。しかも、呼び出しを金剛に頼んでから十分程度しか経っていない。これは、最初から呼ばれると分かっていたのだろう。

 

「ほら、行くぞ」

 

 あまりの人数に圧倒されていると、提督に背中を押され歩き出した。人数に気をとられて見ていなかったが、奥には台とマイクが二つあり、何のためにあるかすぐ分かる。通る中テーブルを見ても、並んでいるのは酒やジュースで、今頃厨房は戦争状態の筈だ。

 

「これが俺の家族だ。悪くないだろ?」

 

 お立ち台に上がると、提督はマイクを付ける前にそう呟き笑う。その笑顔に偽りは無く、彼女達を本当に好いているのだと分かった。たしかにタラシだが、その気持ちに偽りは無い。

 

「さて、まずは金剛、皆を呼んでくれてありがとな。そして皆、来てくれてありがとう。先の海戦は大和を投入して行われ、主力艦のみならず、皆の力を使って攻略が進められた。深海棲艦の戦力は底を見せず、皆には辛い戦いを強いただろう。しかし、俺達は勝ち、こうして新しい家族を迎える事ができた。その事に、心よりの感謝を捧げる」

 

 提督の演説にはとても力が込められており、最後に深々と頭を下げた時には、広間に拍手が響く。これが本物の信頼関係ならば、これほどカリスマのある人はそうそう居ない。ここに立っているだけで、涙が出そうな程の感動を覚える。

 

「と、前置きはこんくらいにしとくか。今日から曙に代わり秘書艦を勤めて貰う、特異型航空戦艦一番艦無明だ。皆これから仲良くしてやってくれよ。というわけで、自己紹介どうぞ」

 

 そんな感動も束の間、拍手が止むと同時にそんな雰囲気は消し飛んだ。やはり、この男がそんなカリスマを発揮する筈が無い。

 私は緊張感を保ったままマイクの前に出ると、小さく深呼吸した。突然の事に動揺しているが、私は特に何かをしてしまった訳では無い。落ち着いて自分について話すだけだ。

 

「……私が無明です。えっと……」

 

 そこまで言うと、ある事を思い出して、冷や汗をかき始める。

 そう、私には記憶が無い。昔の自分は愚か、好きな食べ物すら分からないのだから、紹介する事が無いのだ。

 

「その……記憶が無くて、分からない事ばかりで……み、皆さんと色々と見つけていきたいと、思っています!」

 

 何とか言葉を繋いで、咄嗟に思いついた事を言うと、私は頭を下げてすぐ下がる。顔が熱く、緊張のし過ぎで紅潮している事すら自覚が無い。

 

「はい、こんな感じで恥ずかしがり屋な面はあるが、戦艦らしい胸部装甲と怪力だ。腕相撲でこいつに勝てたら、俺からちょっとしたご褒美をやる。腕に自信のある奴は頑張りな。以上、あとは好きなだけ騒げ!」

 

「て、提督!」

 

 私が下がってすぐ提督がマイクを握ると、足早にそう言い、さっさとお立ち台から降りてしまった。セクハラ発言に対してもそうだが、腕相撲なんて急に言われても困る。

 こちらが文句を言う間もなく提督は人混みに紛れてしまい、私がそれを追うのを拒むように、肉の壁が迫ってきた。

 

「記憶が無いって本当?」

 

「酒は呑めるか?」

 

「我輩と呑もうではないか!」

 

 そこからはあまり覚えていない。一人一人軽く話して、勧められたままビールに焼酎、カクテルやワイン等々、ひたすらに酒を呑まされた。曙のように小さな艦娘もたくさん居たが、大半は酒の臭いにやられてすぐ別の所へ行ってしまい、結局はただの宴会である。

 酒は呑まないと決めていたのに、そんな事は思い出す暇も無かった。

 ちなみに、腕相撲は全戦全勝して、一番強いらしい大和とは結局やらずに私は意識を失う。胸に残ったのは、ただただ楽しいという感覚と、強烈な吐き気の二つだけだった。

 

「うぷ……」

 

 意識がハッキリしてきたのは皆が酔い潰れた頃で、小さな艦娘の子達は既に居なくなっていた。周りには腕相撲をしていた、金剛型と武蔵の皆さんが寝ており、私は激しい胸焼けを抑えながら、とにかく厨房へ向かう。

 厨房ではたくさんのコックが後片付けをしており、私の姿を見た彼等は笑っていた。

 

「やっぱりいつも通りだな。これ、飲むと酔いが覚めるから、それ飲んで夜風にでも当たっといで」

 

 私が何を言うでも無く飲み物を差し出してくれたため、私はそれを一気に流し込む。爽やかな口触りが広がり、ハーブのような匂いが鼻をとおり過ぎる。美味しい訳では無いが、胸焼けがかなり落ち着いてくれた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 私はお礼を言うと厨房から出て、広間の惨劇を見渡す。

 机に突っ伏しているのはまだマシで、床に寝転がったり、中には服がはだけている人も居た。この人数を全員世話できる訳も無く、どうせ慣れているだろうし、手をつけずに広間を後にした。そういえば提督の姿が見えなかったが、何処に居るのだろうか。軽い人だが、仕事に支障が出ない内に切り上げたのだろう。

 そう思い建物を出たのだが、海岸沿いに立てられた弱い電灯に照らされ、一人海へ向かい座っている人が見えた。誰かと思い近寄ると提督で、思わず声をかけてしまう。

 

「提督、考え事ですか?」

 

「ん……もう起きたのか」

 

 提督の声は暗く、別人かと思う程、か弱い存在に見える。

 

「いや、海を肴にやってただけだ。楽しかったか?」

 

 提督は手元にあった徳利と猪口を軽く持ち上げ、そうはぐらかした。聞いて欲しくないのなら、わざわざ追求する事は無いだろう。

 

「楽しかったですよ。でも、少しだけ、複雑な気持ちになりました」

 

 提督は不思議な人だ。彼に質問されると、なぜか正直に話をしてしまう。

 彼女達との時間は楽しかった。しかし、どこかでそれを否定する自分が居る。心の底から湧き上がる喜びとは違い、何かが蓋をしている感覚。

 

「昔の仲間とこうした事を、身体は覚えているのかも知れませんね」

 

 結局答えは出ないまま、私は苦笑して提督の隣に腰を下ろした。

 空と海は同化し、小さな灯りが海面を薄っすらと照らし出す。今にも飲み込まれてしまいそうな、不思議な感覚を感じる。これを肴に呑んでいたら、たしかに鬱な気分になりそうだ。

 

「……別に、無理して思い出す必要は無いんじゃないか?」

 

「え?」

 

 暫し海面を眺めていると、焼酎を一杯煽った提督がそう呟く。思わず聞き返してしまうが、提督の表情は相変わらずだ。

 

「何も、良い思い出とは限らないだろ。記憶を無くすのに理由は幾つかあるが、多くは、忘れたい程辛いからだ。なら、忘れたまま今に染まるのが、一番楽な方法だろ?」

 

 提督の言い分は、確かにその通りかもしれない。辛い記憶を思い出しても、良い事は何も無いからだ。むしろ、そのせいで今が変わってしまうかも知れない。

 それでも、忘れたままにはしたくないのだ。私にも昔は誰かが隣に居た筈。それを忘れたままでいる事は、その人達に申し訳ないし、何より、そんな自分が嫌だ。

 

「それでも、私は思い出したいです。昔の仲間を、隣に居た人を、その人達との思い出を……だって、思い出せないなんて、悲しいですよ」

 

「……悪い、忘れてくれ」

 

 私の言葉を聞いた提督は、軽く手を払うとまた一杯、焼酎を流し込む。

 何となく話難くなってしまい、二人してただ闇夜に揺れるる水面を眺める。提督は何を考えているのか、来たばかりの私には分からないが、いずれ分かるようになるのだろうか。宴会の席に居た人達にでも、聞いてみるとしよう。

 

「……そういえば、秘書艦って何をするんですか?」

 

 宴会で思い出したが、確か私を秘書艦にすると言っていた筈。秘書と言うからには雑務をするのだろうが、私はまだ何も知らないと言っても過言じゃない。こんな私にでもできる事なのだろうか。

 

「おはようのキスを頼んだらしてくれるのか?」

 

「ま、真面目に答えてください!」

 

 提督は悪戯っぽく笑うとそう言うが、酔いからなのか普段通りなのか、区別がつかない。思わずその姿を想像してしまい、私は顔を赤らめながら地面を叩く。提督を弾き飛ばすのはもう御免だ。

 

「ははは……簡単に言えばスケジュール管理かな。雑務は曙がやるから、正直に言うと仕事は無いに等しい。朝俺を起こして、夜寝るまで一緒に居れば、仕事完遂だ。まぁ、俺が追加で指示したら従ってくれれば、問題は無い」

 

 提督は私の様子を見て笑うが、すぐ酒を手に真面目に答え始める。真面目に答えてくれるのは嬉しいが、言い方の辺りは変わる気配が無い。変わったら変わったで気持ち悪いが、提督という人は分かり易いという評価でいいだろう。

 

「何で曙がするんですか?確かに働き者に見えますが、長門さんや大和さんの方が向いてそうですけど」

 

 しかし、気になるのはそこだ。どうせやるなら、大和型の方々の方が手際が良さそうに思う。少なくとも、子供よりも適任なのに違いはない。

 

「セクハラしたら仕事放棄するからダメだ」

 

「貴方という人は……」

 

 提督はこれまで見たより、一番神妙な顔つきで堂々とそう言った。ここまでくると清々しいが、曙の苦労がひしひしと伝わってくる。雑務をしながら提督の戯れに答えていたら、食事時くらいしか休憩が無さそうだ。

 

「……まぁ、曙とは仲良くしてやってくれ。あいつ、あんなんだから友達居なさそうだしな」

 

 そんなに曙を使いまわしている人から、こんな言葉を聞けるとは思わなかった。宴会前の言い合いの時もそうだが、二人には何かがあるのだろう。お互いに信用しているように見える。

 

「気遣うなら、直接的にしたらいいじゃないですか。仕事減らしてあげたりとか」

 

 そう思うと、ついついそんな事をいってしまった。信用や信頼はいいが、いつまでもそれが保つとは限らない。どんな関係があるにせよ、本当に気遣うべきはそういった点ではないだろうか。

 

「そういうつもりは無いからな。ただ、いつまでも俺にべったりじゃ困るだろ?」

 

「もう、そんなだから曙も怒るんですよ。私を近くに置いた以上、変な事はさせませんからね」

 

 提督は素直にそれを受け取らず、私もそれを説教する気が起きなかった。私から何を言っても、どうせ聞き流すに違いない。なら、私の目に入る範囲ではそれを抑制すればいい話。どうせ仕事が少ないのだから、このくらいの事なら問題無い。

 

「顔を真っ赤にしてた奴に、何ができるんだ?」

 

 すると、提督はニヤケ顔で痛い所を突いてきた。そう言われるとその通りで、免疫の無い私には限度がある。その辺りは行き当たり次第、と言いたいが、提督ならわざとやりかねない。何かしら対抗しないと後々困りそうだ。

 

「それは……提督を信じてますから!」

 

 とりあえず、こう言っておくしかなかった。どのみち良い案が無ければ、他の誰かに聞けばいいのだから、今から迷っても仕方ない。

 

「薄っぺらい信用だな。まぁ、可能な限り答えてやるよ」

 

 提督は喉をクツクツと鳴らすと、猪口に酒を注いで差し出してきた。

 

「信頼の証なら、古風だが、盃を交わすってのも味があっていいんじゃないか?」

 

 どう見ても盃では無いし、猪口の大きさでは、交わす程の量も無い。何てツッコミを入れるのは野望だろう。そういうのはこちらも嫌いではないし、とりあえず、半分だけ啜ればいいのだろうか。

 

「そういうのは、嫌いじゃないです」

 

 猪口を両手で受け取ると、半分だけ呑もうと口を付け、酒を流し込む。

 

「っか、辛過ぎですよ……!」

 

 あまりの刺激に涙が出て、ついつい猪口を地面に置いてしまった。そこからは酒が零れ、それこそ舐める程度にしか酒は残らなかった。

 

「こんくらいじゃないと、呑んだ気にならないっての」

 

 提督は構わず猪口を手に取り、微々たるそれを口に含む。

 しかし、いくらなんでも辛い。宴会の場でかなり呑んだため、ある程度は酒に強いと思っていた。それも、顔がとても熱いのを感じて、そんな気はどこかへ行ってしまう。なぜ提督は平気な顔で呑めるのだろうか。

 

「それに、お持ち帰りするならこんくらいじゃないとな」

 

「お持ち帰り……?だ、だめです」

 

 提督は不意に真面目な顔をしてそう言い、私は早くも酔いが回ったのか、少し考えてからそれを拒否した。

 

「冗談だよ。ほれ、景気付けにもう一杯ぐいっと行っとけ」

 

 もう一度酒を注がれた猪口を差し出され、私は提督とそれを交互に見る。どこまでが本気か分からないが、楽しそうにしているし、その気は無いと思っていいだろう。上司の戯れに付き合うのも、私の勤めだ。

 何て考えてしまうのは、酔いが回っているからだろうか。

 

「……一杯だけですからね」

 

 受け取った一瞬、悪い笑みが見えた気がしたが、気のせいだろう。今日は無礼講だ。気にする必要は無い。

 一杯煽ると、二度目でもまだ焼けるような辛さを感じる。しかし、これは癖になりそうだ。激辛料理と同じような、不思議と惹かれる魔力がある。

 

「ちなみに、厨房から貰ったアレは高速修復剤が混じってるんだよ。酔いはすぐ醒めるが、すぐ酒を呑んだりすると、すこぶる吸収して酔い易くなる」

 

「え、あ、はい」

 

 なぜ提督は、厨房からドリンクを貰った事を知っているのだろうか。頭の回転が間に合って無いが、とりあえず酔いやすいらしい。

 

「だから、舌の感覚とかも敏感になって、普通よりも味を濃く感じるんだ。つまり、俺は素面な訳よ」

 

 提督は立ち上がると伸びをして、徳利に入っていた残りの酒を飲み干す。思考が働く事を拒否しているおかげで、何が言いたいのかよく分からなかった。

 

「ここは冷えるし、中に入ろうか?」

 

「はい……っとと」

 

 提督に手を差し出され、それを掴んで立ち上がると、地面が大きくグラ付き倒れかかってしまう。提督は真っ直ぐ立って私を支えており、どうやら平衡感覚が狂っているようだ。

 

「やっぱり、酔ってる間が一番可愛いなぁ。お前の場合だと酒癖も大人しいし、気に入ったよ」

 

 歩き出そうとしたがまともに動けず、結局提督に凭れながら着いて行く。何か言っているが、着いて行くのに必死で、何を言っているか分からない。とにかく、褒められた事だけは分かり、表情を緩めた。

 

「褒めても無駄ですからね……ダメな事は、ダメって言いますから!」

 

 これは私が注意するのを抑制させる作戦に違いない。胡麻を擦っておけば、私が甘くするとでも思ったのだろう。提督もまだまだ考えが甘い。

 とはいえ、悪い気はしなかった。

 

「はは、言うだけじゃやめないさ」

 

 提督と本館に戻ると、そのまま提督室へ入っていく。呑み直すなら、こういった場所の方が都合がいいのだろう。

 しかし、部屋には粉々になった机が残っており、とてもじゃないが、呑める状態ではなかった。

 

「ちょっと待っててくれな」

 

 提督は私を椅子に座らせると、外からモップを持ってきて、二つに別れた机を隅へやり、木片はモップで雑に隅へと追いやる。掃除はまた明日やるのだろうが、やはり呑むのに適しているとは思えない。

 

「提督、食堂の方がいいと思いますけどぉ……」

 

「食堂だと、他の奴が居るだろ?お前と二人で、じっくり親睦を深めようという計らいだよ」

 

 かなり酔いが着ているが、提督に場所の移動を勧めると、そんな返事が返ってきた。成る程確かに、これから秘書艦になるのだから、親睦を深めるのは大切だ。

 

「……」

 

 しかし、提督はクローゼットから布団一式を取り出すと、それを敷き始める。思考は鈍っているままだが、何かマズイ事になっていると、私の勘が働きだした。それでも、やはり何がいけないのか分からない。

 

「明日から仕事があるし、さっさと寝るぞ」

 

 提督に促されるまま布団に沈むと、そう言って着替えを始めた。寝るには軍服は邪魔だし、寝巻きに変えるのは自然な発想だろう。布団はとても心地良く、自然と思考を投げ捨てていた。

 

「ダメですってば……そういうのは順序が……」

 

 私が微睡みに飲まれていると、提督は私の隣に身投げし、体制を整える。そこで気付いたが、これは、お持ち帰りという物だろう。

 提督はクスリと笑い、私の頬を撫でた。

 

「役得ってやつだよ」

 

 身体が芯から温まる不思議な感覚。これが安心という物なのか。提督に返事をしようとしたが、瞼も口も開こうとはしない。ゆっくりと、沈むように眠りに着いた。




では、また明日の投稿でまた会いましょう
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