幸せの形   作:もこー

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こちらで三話目となりますね
今回は11k文字あるので、気長にお楽しみください。


「初仕事」

 私が産まれて初めて見た夢は、とても簡素な物だった。見渡す限りの深い青色と、纏わり付くようなねっとりとした水。空を仰げども光は無く、そこがいかに深いのか分かる。不思議な事は、それだけ暗い場所に関わらず、その辺りの地形がハッキリ見えている事だ。

 そこには岩場や小さな山も無く、ただひたすらに平地が広がっている。そこには一つだけ建物があり、私はそれを目指して歩く。足取りは不思議な程軽く、まるで空を飛んでいるようだ。

 この夢はどんな意味があるのか、それを考えていると、不意に目が覚める。起きたばかりだというのに、意識はハッキリしており、窓から差し込む朝日もあまり眩しくない。

 

「あれ……?」

 

 そんなでは二度寝もできず、上体を起こし、隣に手をつこうとして気付いた。そこには提督がおり、私と同じ布団に入っている。寝ぼけたままならそのまま逡巡していたが、その過程を飛ばして飛び起きた。

 

「何してるんですか!」

 

 自然と出たのはその言葉で、周囲を見渡してそこが提督室だと分かる。

 

「たしか宴会の後に提督と会って……」

 

「うるさいぞー……まだ起きる時間じゃないだろ……」

 

 状況を整理していると、起こしてしまったのか、提督は寝返りをうちながら言ってきた。しかし、そんな事を言われて謝る訳もなく、布団を引っぺがし肩を掴むと、体を揺らして問いただす。

 

「何もしてないですよね、何もしてないと言ってください!」

 

「落ち着け、答えるから落ち着け……」

 

 提督は眠そうにしたまま、そう言い大きく伸びる。あまりにも空気が違い、否応無く冷静さが出てきた。

 

「わ、分かりました……」

 

 手を離すと正座し、提督の言葉をじっと待つ。欠伸をして目をこすり、上体を起こすと、壁に掛けてある時計で時間を確認する。そして少し考える素振りをしてから口を開いた。

 

「何もしてないと思うぞ」

 

「どっちですか!」

 

 妙に間を開けた後に出た言葉は適当で、容姿相応と言うのが相応しい。しかし、それは私の憤りを煽るだけで、寝起きなのにふざける余裕があるようだ。

 

「大丈夫だって、俺は部下を襲ったりしないよ。寝顔が可愛かったから、ちょっと眺めてたら寝てしまってな。惜しいことをした……」

 

 提督はこちらを見て笑顔を浮かべ、握り拳を作る。とても残念そうに見えるが、これは演技なのか本音なのか、イマイチ判断できない。ちなみに、提督のおだてる言葉は聞き流すのが楽だと判断しているため、一々突っかかる気はない。

 

「もう……とりあえず、私の仕事をちゃんと教えてください。じゃないと、動くに動けません」

 

 つい溜息を出してしまうが、まずは仕事の確認を急いだ。たしか、スケジュール管理のような物だった筈。ならば、それを知ってからじゃないと、朝食にも行けない。

 

「働き者だな。だが、まずは身なりを整えろ。お前がする一番の仕事は、俺が愛でるべき花で居続ける事だぞ」

 

 提督は肩を竦ませてそう言い、不意に私の頭へ手を伸ばす。撫でてくるのかと身構えてしまう辺り、この人にはそういった意味での信用は無理そうだ。

 しかし、手は私の髪に触れ、優しく柔らかに手櫛する。酔って寝たのだから、整える暇も無かったと今になって思い出した。服装も昨日のままで、体を洗ってすらいない。提督にされる恥ずかしさではなく、自身の乱れに顔を赤らめた。

 

「はい……」

 

「んじゃまずは風呂だな。この時間なら……そうだな、ちょっと待ってろ」

 

 大人しく頷いたのを見ると、提督も満足気な顔をして立ち上がり、誰かに内線を繋ぎ始める。風呂程度なら一人で大丈夫なのに、少しばかり過保護な気もしたが、好意には甘えておこう。

 

「おはよ、無明が風呂入るから、付き合ってやってくれ……あー、そうだったな……それは俺が済ませとくよ。んじゃ今から無明を風呂場に送るから、早く集合してやってくれ」

 

 何となく、相手が誰か分かった気がする。提督の小間使いという印象があるからだが、これは曙だろう。見知った顔なのは有難いが、曙に頼んだ仕事を自らやるとは、どういった風の吹き回しだろうか。

 

「いいのですか?」

 

「何が?」

 

 それについて聞こうとしたが、提督は首を傾げた。無自覚というなら、こちらの考え過ぎだろう。そもそも、たった一日で相手が分かる訳がない。そうとなれば、風呂場に向かうだけだ。曙は何となく急いでくる気がする。

 

「いえ、何でもないです。では、失礼します」

 

「ん、いってら」

 

 苦笑して誤魔化すと、私も立ち上がり服装を整えてから部屋を出た。そういえば、昨晩はかなり酔っていたが、二日酔いが無いのはなぜだろう。その辺りは曙に聞けば良いだろうか。

 とにかく、昨日の案内を思い出して、私は風呂場へと向かった。本館はやけに静かで、掃除をする兵士の姿も無い。どことなく孤独な、寂しさの溜まり場のような気がした。

 風呂場に着いたが、やはりまだ曙は居らず、少し迷ってから中に入る。入ってすぐに男女の暖簾があり、女湯へと入った。

 入ってすぐ感じたのは、空気がやけに美味しい事。うっすらと霧のような物があるため、特殊なアロマだろうか。内装は始めて見たが、やはり一階をほぼ全て使用しているだけあり、脱衣室もそれなりに大きい。

 

「無明、居る?」

 

 見て回ろうとした所で、戸の開く音に続いて曙が入ってきた。

 

「はい」

 

 それを聞くと曙の所まで戻り、二人分の着替えとバスタオルを抱えた曙に会う。着替えに関しては少し不思議な物で、白と黒を交互に配したシャツと、その上に羽織るであろう真っ黒なパーカー。後はそれに合わせて着る灰色のジーンズ。曙のは普通のセーラー服なだけあり、違和感が拭えない。

 

「えっと、ここって海軍だよね。それが私の服?」

 

「ここの軍服は提督の趣味で決めてるから、金剛型の服装とか見たら分かる通りよ」

 

 曙の返答は分かりやすく、金剛の服を思い出した。あれに比べたら、むしろ普通な服で安心するべきだろう。とはいえ、戦闘する服でジーンズというのはいかがな物か。

 

「服は上がってから見ればいいじゃない。とりあえず、身体を洗いましょ」

 

「そうね……」

 

 曙の言葉に頷きお互いに服を脱ぎ始めたが、髪を降ろしたのを見て思わず手が伸びてしまう。

 

「ちょ、何よ」

 

「あ、綺麗だなーって」

 

 曙は気恥ずかしそうにそれから逃げ、私を見ると視線を逸らした。

 

「ありがと……」

 

 そういえば曙が悪態をついていない気がする。たかだか風呂に付き添わされたら、彼女なら文句の一つでも出そうだ。しかし、怒っている様子も無い。

 

「そういえば、何で曙をよこしたの?」

 

 服を脱いで浴室へ向かう途中、一応その事を聞いておいた。

 

「あー、迷子になったら困るから……」

 

 すると、曙は苦笑いを浮かべながら戸を開ける。言葉の意味を理解するには、その景色で十分だった。

 

「な、これがお風呂……?」

 

 幾つかの個室シャワールームと、十数席の流し場。そこまではまだ分かるのだが、問題は浴槽の方だ。

 作り物だろうが、とてもおおきな倒木があり、浴槽らしき囲いを埋め尽くしている。正面に入り口らしき穴が空いているが、そこに入れということなのだろうか。

 

「駆逐艦って基本的に子供だから、治癒しきるまで居られるように、ある程度の設備をこしらえてるの。それに、一日や二日浸かってなきゃいけない艦娘も居るから、暇潰しも大量にあるのよ」

 

「これ、ある程度って範囲じゃないと思うんだけど……」

 

「中にはテレビやゲームがあって、ウォータースライダーも完備。ある程度にしては規模がおかしいけど、上に通す書類上では、ある程度の設備なのよ。物は言いようとは聞くけど、これはどう言ったら許可が下りるのやら」

 

 曙も流石に呆れるしかないようで、二人で流し場へ行き、各々で身体を洗い始めた。

 やはり、提督についてはよく分からない。大体なら少し話せば分かったが、それも演技なのかと疑いたくなる。優秀な人である事は確かでも、信用に足るかどうかは別の話。何なら、私には軍役を拒否する事もできる。と言っても、挨拶させられた手前、それは厳しいのかもしれない。なんだかんだ言っても、結局居心地は良く、提督がどんな人かは二の次なのだ。

 

「無明も大変ね。あいつに目を付けられたら、中々離してくれないわよ?」

 

「あはは……でも、悪い人じゃなさそうだから、運が悪い訳じゃないですよ」

 

 髪を洗い終わると曙は不意に口を開き、思わず苦笑いをしてしまう。

 確かにちょっと、いやかなり不安な部分はあるが、彼は私を道具としてでなく、一人の存在として見てくれる。その点では運が良く、もしも、私達を道具のように使う提督が相手だったらと考えると、それだけでおぞましい。

 

「曙はどのくらい居るの?」

 

 こうして話をすると、気になる事が多く浮かぶ。まず、曙が苦労しているのは知っているなし、どの程度付き合いがあるのか気になった。

 

「私は初期メンバーだから……四年くらいかな?」

 

 返事の際に思慮する間があったが、どうも考えているだけには見えず首を傾げる。

 明るい表情とは言わないが、彼女は基本的に真顔なため、表情に影が落ちた事はすぐ分かった。しかし、それを追求するような間柄でも無いため、少々露骨でも話を逸らしたくなる。

 

「あ、そういえば。大和さん達は戦艦だけど、まだ入ってたりする?」

 

「大和と長門はまだ居た筈だけど……他の四人はもう上がってる時間ね。大和は二日掛かる時もあるから、今回はちょっと短いくらいよ」

 

 曙は不審がる素振りは無く、むしろ、その話に乗っかってきているように見えた。

 

「ちなみに、私だったらどのくらい掛かりそう?」

 

「戦艦らしいから……まだ数時間かな?武装が整うともっと掛かるけど、その辺りは一度大破しないと分からないわね」

 

 そうこう話している内に体を洗い終わり、シャワーを浴びた。曙も同じようなタイミングで洗い、同時に洗い終わる。

 そして向き直るは大木。そこにいかなる物があるか楽しみで、ウォータースライダーがあるのだから、かなり期待できるだろう。

 

「さて、じゃあ大和達と合流したら私は戻るわよ。絶対仕事してないんだからあのクソ提督……」

 

 曙が先行して大木に付いたドアから入って行くと、ブツブツと何やら言い、私も苦笑しながらそれに続く。

 中に入ると、早速新しい扉が幾つかあった。扉は七つあり、それぞれに簡単な艦種が書いてある。それぞれに入渠時間にムラがあるのだろう。

 その中でも、戦艦の札が付いたドアを開けると、そこにはまずは廊下があり、一定の感覚で名札の貼られた個室があった。見ながら進んだが、まだ私の物はなくて、娯楽室と書かれた部屋へ入る。

 

「わわ……!」

 

 中にはまず広大な湯船と、ウォータースライダーが出迎えた。湯船には木々が生い茂り、まるで密林にでも着た気分になる。ウォータースライダーについても、最初に聞いていなかったら、まず引き返して確認していただろう。

 

「さっきの艦種別のは個室で、全ての艦種がこの部屋に通じてるのよ。だから、個室に行かないならどこに入っても一緒よ。流石に、まだ無明の個室は無かったけどね」

 

 曙の説明が右から左に抜けていき、とりあえず歩き出した。このパークを冒険したいという、純粋な好奇心に引き付けられる。

 

「あ、ちょっと。そこを抜けたら小部屋があるから、そこに行きなさい。あの二人は多分そこにいるから」

 

 私が勝手に歩き出すと、その背中に曙の声が飛んできた。曙は提督を見張りに行くというのを、聞いたばかりなのに失念している。しかし、こんなのを見たら仕方ない話だ。

 

「分かった、ありがとー」

 

「はいはい」

 

 振り返って手を振ると、曙は苦笑しながら元着た扉へ消え、私も曙の指差した方を確認した。そこには先ほどの密林があり、意気込んで湯船に足を入れる。

 

「あれ……?」

 

 そこでやっと違和感に気付いたが、全く熱くない。いや、むしろ涼しくすら感じる。この水も、少しまとわり付く感覚があるが、とても落ち着く不思議な魅力を感じた。なにより、全てが体温と一緒で、ここまでくると気持ち悪い。

 

「おー……」

 

 試しに肩まで浸かると、身体に何かが染み込む感覚があり、肩や足回りの疲れが取れて行くのが実感できる。これなら数時間はいられそうだ。

 しかし、これは艦娘をダメにする。早くも出たくない。だから、急いで立ち上がった。このままもいいが、まずは長門達にお礼を言ってからにしよう。

 曙の指した方へ足を進めると、密林を抜けて小部屋のあるらしき突き当たりに着く。部屋には”A”という名札があり、恐る恐るそれを開いた。

 

「ん……無明、だったか。もう出撃したのか?」

 

 部屋の中では、長門と大和がビリヤードをしている。他には、ダーツやバーがあり、ここが戦艦等の大人用娯楽室なのだろう。にしても、風呂場にまで酒を用意するとは、この鎮守府には飲兵衛しか居ないのだろうか。

 

「あ、いえ。下見ついでに体を洗っただけです」

 

「そうか……あー、少しズレてしまったな」

 

 長門がスティックで突いた玉は勢いよく弾かれ、壁に当たると他の玉を転がすだけで、穴には入らない。

 

「それで、私達に何かご用でしょうか?」

 

 大和はそれを見届けると、ビリヤードを中断して私に質問を投げる。邪魔をしてしまったかとも思ったが、大和の和やかな笑顔を見ると、そんな気も失せた。

 

「えっと、お礼がまだだったので……その、ありがとうございます!」

 

「あぁ、その事なら気にするな。上からの命令だったから、どちらにせよ助けていた」

 

 勢い任せに頭を下げたが、長門は困ったようにそう言い頬を掻く。それが、本当に困ったからか、照れ隠しだったか。それは私には分からない。

 

「それでも、私がここに居るのは、皆さんのおかげですから」

 

 何にせよ、それはどっちでも構わない。私が感謝しているのは変わらないのだから。

 

「無明もやっていくか?」

 

 それを誤魔化したいのか、長門はそう言うと持っていたスティックを差し出してきた。ビリヤードはやった事が無いし、何よりもやらなくてはいけない事が先にある。

 

「いえ、提督がサボらないよう見てないと、曙が大変ですから」

 

「そうか、じゃあまたいずれ」

 

 長門の言葉に頭を下げると、開けっ放しのドアから出て、そっとそれを閉じた。

 あまり待たせると、曙の胃に穴が空いてしまう。艦娘の身体に、そういった反応があるかは知らないが、気分の問題だ。何よりも、秘書艦としての仕事はこなしたい。

 A部屋から出て浴槽の位置まで戻り、そのまま脱衣室へ入った。曙が持ってきてくれたタオルで身体を拭き、服を手に取る。とてもじゃないが軍服には見えず、訝しげに見てから袖を通した。

 不思議な事に大きさは丁度で、採寸もしてないのに、どうやって作ったのだろうか。

 

「あ、あの時……?」

 

 そういえば、提督の所で寝てしまっていた。その時に採寸したに違いない。ただ、提督がやっていない事を祈るばかりだ。

 服を着ると、曙の置いて行った籠に衣類とタオルを入れ脱衣室を出る。そこで気付いたが、空気が重い。あのアロマらしき空気が、どれほど効果があるか良く分かった。本当に、艦娘に優しい鎮守府だ。

 やはり、提督はいい人なのだろう。いや、提督だけでなく、艦娘全員がそう感じる。提督は家族だと言っていたが、その通りなのだろう。来てすぐの不安の事など、もはや覚えてすらいない。

 提督室に着くと、ノックをしてから声をかけた。

 

「無明です。お風呂上がりました」

 

「入っていいぞー」

 

 提督の気のない返事を受けて、部屋に入る。中では提督の他にいかにも真面目そうな、顔を強張らせた憲兵が居た。しかも、提督は机に着いて書類を見ており、真面目な姿に驚いてしまう。

 

「お、結構似合ってるじゃないか。元から着てた衣類は彼に渡してくれ。お前の部屋ができたら運び入れて貰うから」

 

 提督の言葉を聞いた憲兵は、無言で私に近付いて籠を受け取ると、そそくさと部屋から出て行った。

 

「ふぅ……っぷはー! あー、疲れた。真面目にやってられるかっての、俺は自由に生きるんだよー……」

 

 提督はそれを確認すると、机から酒を出してすぐにそれを煽る。やはり、提督はダメな人間だったようだ。

 恐らく、二度と提督を信じないだろう。というより、これは信じちゃいけないタイプの人間だ。

 

「……提督」

 

「ん? ちょ、怒ってる?」

 

 勿論不機嫌である。曙が頑張っているのに、なぜ自分だけ楽ができるのか。そう思うと、ムシャクシャしてきた。

 

「没収です、お仕事が済んだら返しますから」

 

 提督からお酒をひったくり、なるべく怒っているように見せるため、そのまま顔を逸らす。普段は曙が相手しているが、今日からは私がするのだ。やり方は私が決める。

 

「可愛いなぁ無明は。じゃあ、仕事終わったら一緒に呑もうか。それならすっごくヤル気が出るんだけどなー……」

 

 すこぶる怪しいのだが、何かあっても仕事終わり。なら、別に問題は無いだろう。一緒に呑むって話なら、おかしな事をされたら拒否すればいい。いや、憲兵に突き出すのも手段か。

 

「もう……それでヤル気出すなら、いいですよ。ですが、まずは朝食です」

 

 仕事をするつもりになってくれたなら、まずは腹ごしらえだ。朝ご飯は一日の活力なのだから、仕事の前に食べた方がいいに決まっている。

 

「先に食べてくれ、一時間で終わらせる」

 

「ダメです、先に食べないと……一時間?」

 

 提督はそれだけ言うと他には一言も話さず、黙々と書類に筆を走らせた。

 聞き間違いでないなら、一時間で終わらせるつもりらしい。提督の仕事は知らないが、そんなすぐに終わるのだろうか。だとしたら、口車に乗せられたのだろう。

 

「あの……」

 

 そう思い話しかけようとしたが、見たことの無いほどの真面目な顔に、思わず口を閉じてしまった。何よりも、これだけの間に四枚の書類を済ませている。もしかしなくても、ヤル気さえあれば凄い人なのかもしれない。

 といっても、この短時間で評価が変わり続けたせいで、人物像が掴めなくなっている。

 適当で、サボり魔で、曙に仕事を押し付けた。でも、艦娘のための設備を整え、宴会を開き、夜の海を眺めて酒を煽る。ついでに言うなら、セクハラもするらしい。

 漠然とでも提督のイメージを固めようと思ったが、結局は纏まらず提督を眺めてしまう。

 

「なんだ……見つめられてると集中できないんだが……」

 

「ち、違います!」

 

 提督の言葉で恥ずかしくなったのは、茶化すような雰囲気が無かったせいだろう。真っ正面から見つめられると、相手に関係無く反応してしまうものだ。そう信じよう。

 

「なんだ、あまりにも熱心に見るから勘違いしそうになったよ」

 

「違いますからね! もう、先に朝食済ませますから」

 

 一度意識すると流されてしまいそうで、それだけ言うと提督室から出て行った。何となく頬が熱く、それを誤魔化すように食堂へ向かう。結果はどうあれ、また会う事は間違いない。とりあえず、それについては後回しでいいだろう。

 提督室を出てから思ったが、食堂はどこだろうか。宴会をした場所には調理場もあったし、広間が食堂という考えでいいのだと思う。違ったら、誰かに聞けばいいだけだ。

 

「大丈夫かな……?」

 

 そう思い、宴会の場へ向かったが、部屋の前まできたのに、話し声が聞こえない。四六時中騒いでるとは思わないが、こうも静かだと躊躇ってしまう。

 

「うわ……」

 

 遠慮がちにドアを開き中を覗くと、そこには屍の数々。驚いた事に、片付けはおろか、二日酔いに悩む艦娘の残骸が放置されている。

 とてもじゃないが、ご飯を食べれる状況には見えない。しかも、こうなると、酒を呑んでない駆逐艦を探す必要がありそうだ。

 

「どうしよう……」

 

 まだ宿泊棟の案内は受けておらず、気軽に入れるほど、図太い性格はしていない。何より、提督から没収した酒を持ったまま歩き回るのは、少しばかり抵抗がある。

 となれば、大人しく提督の所に戻るしかない。しかし、それはそれで嫌だ。何となく気まずい。

 

「……何かお困りですか?」

 

 そうこう考えていると、横から不意に話しかけられ、振り返った。そこには、先ほど提督室に居た憲兵が居り、相変わらず堅苦しい表情のまま首を傾げている。

 

「あ、えーっと。朝ごはんはどこで貰えばいいですか?」

 

「昼と晩はそこですが、朝は各自で調達するようになっています。出前を頼むのが主流のようですよ」

 

 提督室で受けた印象の通り真面目なようで、声音が強張っていた。表情も硬いままで、提督とは正反対らしい。

 

「そうですか、なら提督からお金を……あー、もう! 結局は戻らないとじゃないですか!」

 

 とりあえず、ご飯をどうするか考えたが、結局は提督室に戻らなければいけなかった。つまり、提督はそれを知って私を見送ったという事。段々とお腹の辺りがムカついてきた。

 

「あの……お困りでしたら奢りましょうか?」

 

「え?」

 

 どう文句を言ってやろうか考えていると、不意の提案に首を傾げる。こういった親切を受けるというのは、何となくむず痒い。今思うと、無償の親切心というのは初めてな気がする。

 

「えっと……」

 

 しかしながら、提督に断りを入れずに行くのはできず、許可を貰いに行くなら、結局は変わらない。嬉しい申し出ではあったが、丁重にお断りさせていただく事にした。

 

「大丈夫です。どのみち、提督の見張りをしなければいけないので」

 

「そうですか。私は詰所に居ますから、何か困った事があったら言ってください」

 

 相手は嫌な顔もせず、それだけ言い残してすぐどこかへ行ってしまった。ちょっとだけ悪い事をした気分になったが、これが大人という物なのだろう。何となく、憧れに似た何かを感じた。

 

「……あ、名前聞いてなかった」

 

 感心していたが、それを思い出して苦笑を零す。詰所に居るならいずれ会えそうだが、一応は提督に聞くとしよう。

 そうと決まれば足取りは軽く、小走りで本館へ戻って行った。大義名分というのは、あるだけで気が休まるらしい。

 提督室の前に着くと、二つノックをした。

 

「……あ、入っていいぞ」

 

 提督はまだ集中していたのか、少し遅れてから返事が帰って来る。普段からこれだけ真面目なら、曙も苦労しないと思うが、それはそれで気持ち悪い。

 

「……提督、朝ごはんの件は何で教えてくれなかったんですか」

 

 そこで少し考えたが、ここで私が不機嫌だとアピールすれば、多少は改善されるやもしれない。ドアを開けたら、まずは考え得る限りで不機嫌な顔を作る。目を細めて少々頬を膨らまし、唇を控えめに突き出す。何なら、効果音でムスっと音がすれば完璧だ。

 

「……仕事してる姿はあまり見れたくないからな。今日は奢ってやるから、大目に見てくれ」

 

 提督はそれを見て、口元を緩める。何を考えたかは計り知る所ではないが、一度やったからには不機嫌を通すしかない。

 

「そう言って、いかがわしいお店に連れ込む気でしょう?」

 

 とはいえ、この質問は予めしておきたかった。一度この部屋に連れ込まれているのだから、警戒するのは当然だろう。

 

「いや、俺の自宅に連れ込むよ」

 

「そうですか、それなら……自宅?」

 

 帰ってきた返事は予想の斜め上を行き、つい反応が遅れてしまった。失念していたが、提督はかなりのタラシだ。こういった応対は慣れていても、おかしくはない。

 

「何てな。怒ったフリも可愛いけど、そういう時の方がずっと魅力的だよ」

 

 提督はそう言って立ち上がると、口角を緩めて歩み寄ってきた。これまでとは違う何かが、私の中で弾ける。

 

「いや、ちが……! もう、セクハラで憲兵に突き出しますよ!」

 

 顔が熱い。心臓が痛い。背中がむずむずする。

 私は照れているのだろうか、なぜこんな相手に一喜一憂しなくてはいけないのか。今思うと、なんだかんだと提督について考えている気がする。

 私はそれが怖くて、顔を逸らすと一歩下がってしまった。

 

「今日の仕事は終わりだ。こんな状態で放っておいたら男が泣く」

 

「あ、いや、えっと……仕事をちゃんと終わらせてください!」

 

 そんな私を捕まえるように、提督は私の手首を掴み一歩だけ引き戻す。頭の中が色々な事で溢れかえり、咄嗟に言い訳を出すのが精一杯だった。

 

「仕事を終わらせて、私に集中してくださいって事か。なら仕方ないな、少し俺の仕事を見ていくといい」

 

「あ……もう、それでいいから仕事してください」

 

 やはり、提督は卑怯だ。こちらが何かを言う度に、状況が悪くなる。こうなるともう諦めが先立つ。

 提督は私の手を引いて机まで戻ると、書類を相手にし始める。気恥ずかしさを落ち着かせるため、呆然とそれを眺めて、無駄に思考を働かせた。

 新武装の開発状況。消費資材内訳。遠征結果。演習結果報告等々。提督は目を通して判子を押し、ある時はペンで修正をして別の場所に置く。

 見た限りだと、他の兵士が出した資料を纏めるのが仕事なのだろう。となれば、曙はその書類を集めているのか。たしか、曙と初めて会った際に「仕事丸投げじゃない!」と言っていた。つまり、提督が報告書を回収して回って、それを整理する。そういった流れなのだろう。

 しかし、それはおかしな話だ。海軍について詳しくは無いが、部下から上司に書類を提出するのが普通の筈。提督の言う家族という言葉には、何かもっと深い意味があるのかもしれない。

 

「無明、平和って何だと思う?」

 

「平和、ですか……?」

 

 無駄な思考に浸っていると、不意に提督の質問が飛んできた。それは突拍子の無い物で、ついつい聞き返してしまう。

 平和とは何か。哲学めいたそれに対して、私は答えを持たない。記憶も無ければ知識も無いのだから、基準となる何かすら無いのだ。

 

「私には分かりません。でも、今日という日は、平和だと思います」

 

 そう答えるのが精一杯だった。ありきたりな答えだが、私にとってはそれが一番の平和。なら、そう答えるのが妥当だった。

 

「そうか。なら俺達と同じだな」

 

 提督は満足気にそう呟くと、仕事に戻って書類に目を通し始める。それ以上の言葉も無く、あまりにも意味が分からない。

 

「……それだけですか?」

 

 続きがあるとは思わないが、そう聞かざるを得なかった。

 

「それだけ」

 

 しかし、提督の返事は私の知的好奇心を満足させるには至らず、胸に霧がかかり始める。あんな質問に、理由が無い訳が無い。

 

「質問の理由が分からないのですが……」

 

「理由は無い、ただ聞きたかっただけ」

 

 理由は無いと言われても、考えてしまう物は仕方が無い。霧は雲に変わってしまい、元から頭を働かせていた事もあり、どんどん無駄に考えてしまう。

 提督からのメッセージか、はたまた試されたのか。試されたのなら、評価が気になるし、メッセージもさっぱり分からない。

 

「まぁ、考え事してたら気も紛れるだろ。あんまりソワソワされると、こっちも落ち着かないからな」

 

「ソワソワなんて……してましたか?」

 

 考えに没頭していると、提督は喉をクツクツと鳴らして笑って見せた。

 否定しようと思ったが、言われてみるとそんな気もして聞いてしまう。

 

「してた。そんなに俺の家が楽しみか?」

 

「違います! ……提督がそんなだから変に意識してしまうんですよ……」

 

 ハッキリと否定したのに、付け加えた言い訳のせいで、説得力は無くなってしまった。

 何で言い訳をしたのか。変に提督を意識してしまい、思ったようにいかなくなっている。私は提督が好きなのだろうかとすら考えてしまう。やればできる人だし、笑うとちょっと雰囲気が和む。あとは、海を見ながらお酒を呑んでて、何かあったかも知れない。

 しかし、それだけ。そもそも、艦娘は人じゃないのだから、恋をするとしたら、同じ艦娘が妥当だろう。絵面としてはおかしいが、種族的には正しいのだから問題無い。そういえば、艦娘同士の恋はあるのだろうか。

 思考は意識的に提督から外れて行き、それが提督を意識した結果だという自覚は無かった。

 

「そりゃな。意識してくれるように行動してるんだから、そうじゃないと困る」

 

 なんだか、気のせいだと確信を持てた。やはり、この人にそんな気持ちを抱いたりはしないだろう。

 

「残念な人ですね……」

 

「そうだろ、俺もそう思う」

 

 不満の声も、提督の前では笑って済まされる。認めてしまう辺り潔いが、そこは認めてはいけないと思う。

 

「でも、ありのままの俺を好いてくれる奴がいるんだ。だったら、俺は変わるべきじゃない」

 

 提督は決め顔でそう呟いたが、それを見て和んでしまう辺り、私も私なのかもしれない。提督と居ると、何だか楽しい気分になれる。不安だった初日を考えると、これは本当に提督のおかげだ。

 

「かっこよく言っても騙されませんからね。仕事はこれからもちゃんとして貰います」

 

「バレたか、やっぱりお前は一筋縄にはいかないな」

 

 お互いに表情を緩ませ、和やかな雰囲気のまま時間は過ぎる。一緒こんな時間が続くなら、それが平和なのだと、私の中で初めて一つの定義ができた。




お疲れ様です。ではまた明日会いましょう。
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