あの後、宴会をした場所まで行き昼食を摂った。提督は食事中に何度も携帯を触り、何かをメモしながら終始無言。私もそれに触る気が起きず、他に居た艦娘も遠巻きに私達をみているだけだ。暗に触れてはいけないと、言われているようだった。
昼食を済ましたら、提督は私の艤装を持って開発棟へ戻り、私は提督室に向かっている。
こういう時に、自室があると便利なのだが、いつになればできるのだろうか。
「あ、寝る時はどうするんだろ……」
そこまで考えてから思い出したが、昨晩は提督室に泊まった。しかし、提督もまた男。間違いの起きない保証は無い。これは、思っていたより深刻な問題だ。
「あれ?」
提督室に着きドアを開けようと思ったが、鍵が掛かっていて開けれない。曙が鍵を閉めていたのを忘れていた。
こうなると、本当に困る。やる事が無ければ、行く場所すら無い。鎮守府の案内はもうされていたが、時間を潰せる場所までは知らないのだ。
「あ、あの人なら……」
そこで思い出すのは、あの真面目そうな憲兵の言葉。何かあったら詰所に来るよう言われたのだから、試しに一度行くのも悪くない。むしろ、ぜひともお願いしたい。
しかし、私は詰所の場所を知らず、結局は誰かに会う必要がある。目的が決まれば話は早く、私は本館を出て元居た場所へ向かった。曙じゃなくとも、誰か一人でも見つければいい。ともすれば、向かう先は一つだ。
宿泊棟に入ってすぐの扉を開け、食堂を見渡す。まだ食事中の艦娘も居り、食べ終わって談笑している組を探した。
「どうした?」
辺りを見渡して、誰に声をかけようか迷っていると、龍田と天竜がこちらまで来て話しかけてくれる。困っているように見えたのだろうが、ありがたい。
「あ、えっと、憲兵さんの詰所はどこにありますか?」
私の言葉を聞いた天竜は深いため息をつき、代わりに龍田は悪そうな笑みを浮かべる。
「あぁ……お前もセクハラされたんだな、分かる。その気持ちは分かるぞ!」
天竜は誤解したらしく、私の肩に手を置くと、何かを力説し始めた。龍田はそれを微笑ましく見守るだけで、何となく二人の関係性が見えた気がする。
「いや、そうじゃなくて……」
「お前はまだ自室が無いし、アイツそれをいい事に……あー、何か腹立ってきた! ちょっと行ってくる!」
天竜は私の言葉に耳を傾けず、どこに居るとも知れない提督を探しに行ってしまった。猪突猛進にもほどがある。それを止めれず見送ると、龍田の声が聞こえて振り返った。
「詰所はここを出て裏にあるわよ。提督がどこに居るか知ってるかしら?」
「あ、ありがとうございます。提督なら、私の艤装を持って開発棟に行きました」
「ありがとう」
龍田は終始のんびりとした言葉遣いで、何となく優しさを感じる。とても気の良いお母さん的な艦娘なのだろう。
龍田はのんびりと出て行き、私は龍田に言われた通り外に出ると、そのまま裏に回った。正面から見たら分からなかったが、そこには確かに建物がある。しかし、一軒家ほどの大きさで、とてもじゃないが、詰所には見えなかった。
「インターフォンで呼べばいいのかな?」
建物の前は塀に囲まれており、門の隣にはインターフォンが付いている。勝手に入るのも気が引け、門から中を少し覗いてから、インターフォンを押す。それから少しすると、男の声が聞こえてきた。
「はい、こちら出雲少佐です。階級と名前、要件をどうぞ」
「あ、えっと、艦娘の無明です。今朝、提督室に着ていた憲兵さんは居ますか?」
階級は分からないし、とりあえず名前と身分だけを名乗っておく。それに、探している相手も知らないのだから、これは少し申し訳ない。
「分かりました。今から行きます」
相手はそれだけ言うと切ってしまい、その言い方が気になった。今から行く、ということは、そのまさかだろう。
「お待たせしました」
「あ、すいません。機械越しで声が分からなくて……」
少しすると玄関らしき扉が開き、見覚えのある憲兵が歩み寄ってくる。まさか、相手が目的の人とは思わなかった。
「いえ、一度や二度の面識しかないので。それで、困り事ですか?」
出雲は終始無表情に淡々と話す。最初はそう感じなかったのに、それを感じれたというのは、それだけ感情豊かな人に会ったからだろう。笑う事は愚か、嫌そうな素振りすら見せない。
どことなく、可哀想に感じてしまった。
「……はい、私はまだ個室が無くて、時間を潰す手段も無いんです。今は提督も仕事をしていて、提督は鍵が掛かっていたので、どこか、いい場所はありませんか?」
自分が暇だというのもあったが、違った表情も見たくなる。どうせ、秘書艦に仕事は無いし、提督も忙しい。なら、一日くらいよそ事をしていても、構わないだろう。
「そうですね。本館裏の公園か食堂、あと、一人になりたいなら宿泊棟の屋上があります」
こちらの質問に悩む素振りすら見せず、すぐに返事が返ってきた。慣れているのか、はたまた予想していたのか。どちらにせよ、私の知識では表情を動かせる気がしない。
「成る程……今日は忙しいですか?」
「いえ、あの人が何かをやらかさない限り無いです。艦娘にセクハラしたり、本部の人に迷惑な電話を入れたり、備品を壊したり、宴会にかこつけて艦娘を部屋に連れ込んだり。そういった意味では、昨日は忙しかったですよ」
何とか誘おうと思ったが、昨晩の事を言われてしまい思わず苦笑いが零れてしまう。この人はこの人でかなり苦労しているらしい。しかも、机を叩き割ったのは私なのだが、これではとてもじゃないが言い出せなかった。
「あはは……じゃ、じゃあ、今日は大丈夫なんですね。では、少しお話しを聞かせて頂けますか?」
乾いた笑いを零したが、とにかく話を続けなくてはならない。この人は仕事に忠実なようだし、こちらからのお願いも何となく聞いてくれる気がした。
「構いませんよ。場所はどうしますか?」
「えーっと……屋上でお願いします」
話の種にと適当に振った話だったが、色々と教えてくれるなら、提督やこの鎮守府についても知っておきたい。なら、邪魔の入らない場所の方が好都合に決まっている。
「分かりました」
相手はそれに対して頷き、私の横を通り過ぎようとした。しかし、こういう時は手を繋ぐ物だと提督が言っていたし、同じ失敗はしたくない。出雲より少し前に出ると、手を差し出した。
「……その手はなんですか?」
「え?」
しかし、出雲は初めて表情を動かし、訝しんでその手を凝視する。何かを間違えたのかと不安になったが、暫しお互いに硬直していると、出雲から手を繋いでくれた。
「まぁ、構いませんよ。ですが、こちらにその気は無いですからね。あの人の物に手を出すと後が怖いですから」
出雲は事務的に言葉を繋ぎ、そのまま歩き出した。それは提督に引っ張られた時と同じような感じなのに、何となく嫌に感じる。なぜか分からないが、複雑な気分にさせられた。
その後はお互いに口を開かず、気まずいまま宿泊棟へ入り、誰とも遭遇する事無く階段を上り屋上へと出て行く。人があまり来ないというのは、開く時の錆びた音で十分分かった。
「それで、何が聞きたいんですか?」
出雲は扉を閉めると、手すりの方まで歩み寄り凭れてから聞いてくる。先程までの無感情な様子とは異なり、少しばかり滅入っているようにも見えた。
「えっと、提督についてと、鎮守府について聞きたいです」
「提督から聞いてないんですか?」
「いや、聞いてはいるんですけど、過去に何があったのかなって」
こちらの質問に対して、出雲は鋭い指摘を入れてくる。たしかに、必要な事は提督から聞いており、それ以上を知る必要は無いだろう。でも、知りたいものは知りたいのだ。あの晩提督が何を思って晩酌していたのか、あの作戦書類を見て、曙が青ざめた理由も。
皆は優しいけど、私もそれに甘えているばかりになりたくない。
「過去ですか……私も一応知ってはいますが、それについて勝手に答えるのはマナー違反です」
といっても、そんな素直に答えてくれるとは思っていなかった。他人の過去について詮索するというのも、正直いかがなものなのだろう。それでも、知らないことだらけの今がとても苦しい。なら、聞くしかないのだ。
「ですが、それでは意味がありませんね。一つだけお答えしましょう」
「え、いいんですか?」
次に何を聞こうか考えていたら、相手から話を進めてくれる。さきほど拒否されていたのもあり、正直驚いた。
「構いませんよ。本当に、一つだけですから……提督は貴女に期待しています。いえ、提督だけではなく、曙も期待しているのかもしれませんね」
「私に、期待ですか……?」
いまいち話が飲み込めなかった。こうして改まって言うということは、新戦力としての期待とは別なのだろう。しかし、それ以外で思い当たる節が無い。提督なら昼食前の事で頷けるが、曙までそうなら、それについてでないことは確かだ。
「はい。と言っても、そんな大それた事じゃないかと。例えるなら……台風前日の中学生、かな?」
「その例え、分かり難いです……私の何に期待してるんですか?」
出雲は少し考えてそう言葉を続けたが、依然として分からないままだ。そもそも中学生を知らないし、台風で喜ぶというのもいまいち分からない。苦笑いを浮かべると、素直に聞いてみた。
「一つだけですから、それについては考えてください。他に聞きたい事は無いんですか?」
やはりといった所で、出雲はそれを断ると次の質問を急かす。どうあっても答えを教えてくれる気が無いらしい。これ以上は何も聞けないだろう。
「……では、艦娘と深海棲艦の関係を知りたいです」
となれば、個人的に知りたい事を聞いてみるのがいい。艦娘は深海棲艦から産まれると提督が言っていた。それについて聞けず終いで、今の今まで忘れていた話だ。
「ほう、その理由は?」
しかし、それに対して出雲はその理由を聞いてくる。理由と言われても、誰でも気になる物だろう。
「私達艦娘が深海棲艦から産まれるなら、その関係性も知りたいって思うのは自然だと思いますけど」
「ふむ、それについては聞いたんですね」
素直に理由を述べると、出雲は少し考える素振りをしてからキチを開いた。
「深海棲艦については諸説ありますが、ここでは提督が信じている物を挙げておきましょう。まず、深海棲艦は艦娘の怨霊だと考えられています。恨みや怒り、悲しみ。マイナス感情を具現化したような、一種の幽霊です。それに対して、艦娘は愛情や好意、好奇心といったプラス感情を具現化した存在。つまり、コインの裏表ともいえる」
出雲の話は理解しやすく、こちらも黙ってその話に耳を傾ける。
「つまり、元々は同じ存在なのでは、という考え方です。深海棲艦と艦娘の差は、アメリカ人と日本人くらいの差で、紙一重なのだと。少なくとも、提督はこの考え方のみたいですよ」
「私と深海棲艦が紙一重……?」
深海棲艦を見た事は無いが、とても悪い存在だと思っていた。しかし、蓋を開けてみるとその評価は揺るぎ、戸惑ってしまう。人間にだって悪い人と良い人が居るのだから、艦娘の悪い部類だと考えても自然だ。
深海棲艦を沈めて艦娘が生まれるのも、改心したからと捉えるのが妥当だろう。
「あれ……? でも、それってどっちが先に産まれたんですか?」
「そう、そこが問題。果たして卵が先か、鶏が先か……それについては誰も知らない。だから、あくまでも諸説ある中の一つなんですよ」
出雲は楽しそうに語り始め、何となくこちらも楽しくなってきた。元々、こういった話をするのが好きな人なのだろう。だから、こちらもそれが楽しく感じる。
「そうそう、これもまた噂の範囲ですけど……沈んだ艦娘が深海棲艦になるって噂があります」
「私達が深海棲艦に、ですか。でも、彼女達から私が産まれたなら、その逆があるのも自然な話ですね」
そうして楽しくなってくると、私はひたすらに知識を貪った。
深海棲艦の話はいずれ無くなり、艤装についての知識や、この鎮守府の組織体系まで幅広く話を聞く。なぜか知らないが、作戦指揮についての理由等も知っていた。軍事オタクという物なのだろうか。いや、この場合は深海棲艦対策本部オタクと表現した方が正しいのかもしれない。
「それで陣形が……すいません、少し失礼します」
いつの間にか話し込んでおり、段々と空が赤く染まり始めていた。雑談をする程度だと思っていたが、これは予想しておらず、私も苦笑を零すと頷いて返す。
「こちら出雲少佐です……無明さんなら、私と居ます。はい、宿泊棟の屋上です……分かりました」
何となく通話相手が分かってしまう。間違いなくこれは提督だ。私がいつまでも戻らないから心配したのだろう。憲兵に電話したということは、見回りまでさせるつもりだったらしい。
「提督から、迎えに来るからここに居ろ、との事です。私は職務があるので、先に戻らせて頂きますね」
「はい、分かりました。色々と教えて貰っちゃいましたから、今度何かお礼させていただきます!」
出雲は苦笑すると屋上から出ていき、私はその背中に言葉を投げ込む。
出雲の居なくなった屋上はとても静かで、赤色に反射する水面に視線を移した。それはとても綺麗で、太陽が海へ向かうのがよく見える。
暫くそれを眺めていたが、不意に扉が開いてそちらに視線を移した。
「心配したぞ、長期的に離れるなら、連絡の一つは入れてくれ」
「すいません。こんなに長い間離れるとは、思ってませんでした」
そこには提督がおり、困ったように笑ってみせ、私も素直に謝った。こんなに長い間話し込むとは思ってなかったし、正直な話、提督の存在を忘れていた。
「まぁ、出雲と居たなら心配無いが……」
しかし、提督は出雲の事を信用しているようで、それ以上の言及は無い。やはり、憲兵となると安心感が違うのだろう。
「色々と教えて頂きましたよ。深海棲艦や艦娘、あと鎮守府や艤装についても」
そして、気になる事を思い出した。提督が私に期待しているというのは、一体どういう意味なのだろうか。わざわざ答えを濁したのだから、必ず何か意味がある。
「そうか、あいつは詳しいからな」
それが何かを知りたいが、私には上手く引き出す手段が無い。なら、私は素直に聞くしかないのだろう。
「それで、提督。出雲さんが、提督が私に期待してるって言ってましたけど、どういう意味ですか?」
「そりゃ、新戦力には期待するものだろ?」
「いえ、そういう意味じゃないです」
提督の返事は私のしたのと同じで、思わず苦笑してしまった。嘘をついているようには見えないが、どうも怪しい。
「……分かった。ちゃんと話すよ」
視線で訴えていると、少しして提督が折れた。初めて勝った気がして、少し嬉しい。
「お前の腕前なら、皆のいい刺激になると思っていたんだ。長門や端鶴を見ただろ?とても優秀な艦娘だが、油断していては足元をすくわれる。実際、今回は深海側じゃなかったにせよ、無明にすくわれたわけだ」
「そう、ですか?」
提督はそう言ったが、私はそうも思えなかった。確かに自信があるように見えたが、あの緊張に充てられた後だと、自信過剰になっているとは思えない。それは提督の考えすぎではないだろうか。
「俺はそう思う。どうしたって、自信が出てしまうのは仕方が無い。それでも、命を失うような事になった後だと、遅いんだよ」
提督の言うことには一理ある。たとえ考えすぎであっても、何も考えなかったが故に失ってしまっては意味が無い。なら、過保護なくらいが丁度いいのだろう。
「……そうですね」
言いくるめられたように感じたが、これで食い下がることも無いだろう。何よりも、私にもやれることがあるというなら、最善の努力をしたいと思えた。
「それじゃ、晩御飯にしようか。食堂に行くぞ?」
「はい」
提督の言葉に頷くと、私は小走りでそれに近寄り、手を差し出す。提督もそれを握ると歩き出し、暖かさから私は頬を緩めた。あまりお腹がすいている訳ではないが、提督の生活リズムに合わせるのも、秘書艦としてはするべきなのだろう。
二人で階段を降りて行くと、丁度曙が自室から出てきているようだった。曙の部屋の位置が分かったのは、思わぬ報酬だ。曙は鍵を閉めてこちらを見ると、足を止める。
「俺達も丁度飯に行く所だったが、一緒に行くか?」
「……何で手繋いでるのよ」
提督が声をかけたが、曙の声は強張っていた。自然に手を繋いでいたが、特別な意味がある訳ではない。
「食事への誘いを受ける時はこうしろって……」
「あ、ちょ、待て無明!」
素直に理由を話そうとした所で、提督がそれを制止しに入る。理由はとても分かり易く、私はそれを察して手を離す。
「無明、行くわよ」
そして、離した手は代わりに曙の小さな手が握った。どうにも、提督に対していい感情を抱くと、すぐに流されてしまうらしい。
「アイツを信用しちゃダメ、何か言われたら、まずは私にそれについて聞きなさい」
「あはは……でも、別に嫌じゃなかったから」
曙は怒っているようで、私も一応フォローは入れておく。何となく提督が怒られるというのも、気持ちの良い話ではない。少しだけ、愛着が沸いているのだろうか。
「そういう問題じゃないでしょ。一応女なんだから……相手は提督だし、警戒心を持ちなさいって事」
曙は微妙な表情をしており、何を思っているかは察することができた。提督の言い方を借りるなら、妬いているのだろう。
「何よ……」
「あ、いや、何でもないです」
曙を微笑ましく見ていると、不服そうな声がして誤魔化した。なんだかんだで、提督がいい人なのだと曙も感じているのだろう。天竜も同じような感じだったのかと思うと、この鎮守府は複雑な人間関係があるらしい。
それを纏めている提督は提督で、ロクな人ではないのだろう。
「気になるじゃない」
「何でもないですってば、ほら、早くご飯食べよ!」
「ちょっと、危ないって!」
曙は食い下がり、それが可愛くてつい頬が緩んでしまう。誤魔化すように曙の手を引くと、階段を駆け下りていった。提督が曙にちょっかいを出すのも、こういった事なのだろう。少しだけ理解できた気がする。
「今日の晩御飯は何かな?」
「え、えっと……カレーね」
一階まで降りてくると曙に今日のメニューを聞き、曙も少し考えるとそう返事をした。根が真面目なおかげで、ちょっとしたことでも流せてしまいそうである。というより、曙が言及しなくなっているため、実際に流せたのだろう。
食堂の扉を開けると、スパイスの香りが鼻を突く。心地よい空腹感が溢れてきて、胸が一杯になった。
「海軍はカレーって相場が決まってるけど、本当にカレーばかりなのよね。美味しいからいいけど」
曙の口振りから察するに、食べ飽きるほど食べても美味しいと感じれるらしい。初めての体験は心躍る物だが、太鼓判がついているとより一層楽しみだ。
食堂では既にかなりの艦娘が席についており、いくつかのグループに分かれて食べている。曙は誰かと食べたりしないのだろうか。私に付き合わせるのも、少し悪い気がした。
「あー……私は適当な所に混ぜて貰うから大丈夫だよ?」
「え? 一緒に食べないの?」
遠慮がちにそう言うと、曙は驚いた様子で首を傾げる。急に遠慮されたとはいえ、私にだって物を察する力はあるのだ。
「だって、付き合わせるのも悪いから」
「なら、私に付き合いなさい。アンタと居るのも……悪く無いわよ」
私の言葉に対して、曙は顔を逸らして呟く。
何だろう、この生き物可愛い。
頬を緩ませると曙の頭に手を乗せ、軽く撫でた。素直になれない子供というのは、どうもツボらしい。
「曙は可愛いね」
「ちょ、やめなさいよ!」
すると、曙はすぐ離れてしまい、一人で列に並んでしまった。心が温まる感覚がしたが、恋心とは少し違うのだろう。これが友情というものなのだろうか。感じるとしては早いし、独りよがりな物を断定するのは何となく違う気がした。
その後曙が先にトレーを受け取ったが、私の事はちゃんと待っており、また頬が緩む。こうして一緒にご飯を食べるというのは、提督以外ともやりたいものだ。仲の良い相手が増えたら、もっと楽しいのだろうか。
「あっち行くわよ」
曙と合流して辺りを見渡すと、提督が入ってきたのが見えて曙は隅の席へ向かった。意地っ張りなのは知っているが、ここまで露骨に避けるとは思わず、苦笑いが零れる。提督の言動については、私よりもよほど厳しそうだ。
曙が端に座り、私はその正面に座る。こういう時は隣に座るか少し悩んでしまう。
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
私が座ったのを確認して曙はスプーンを手に取り、そう言いながらカレーを口に運ぶ。私も小さく頭を垂れてそう呟くと、曙と同じような分量でカレーを口へ運んだ。
「か、からひ……!」
しかし、予想外の刺激にスプーンをトレーに置き呟く。食べながら口を開く事はできず、何とか飲み込んで口を開けた。しかし、口内には辛さによる刺激が充満しており、水を流し込んだが、余計に辛さが広がってしまう。
「そう? 別に普通じゃない」
それに対して曙は平然と食べ続け、不思議そうに私の様子を見ている。
艦娘の全員はこれが平気なのだろうか。とてもじゃないが、私にはまだ早い。汗が吹き出て、額がベタついているのが触らずとも分かる。
「これが普通何て……」
曙の言葉は信用ならなかったが、まず何よりも強い衝動に駆られてしまった。
こんなに辛いのに、なぜかもう一口食べたくなっているのだ。辛いだけなのに、なぜこんなに唾液が出るのだろうか。
「からひ……」
衝動に負けてもう一口食べたが、結果は変わらなかった。曙は黙々と食べ続け、私も辛さに耐えながら少しずつ食べ進む。
「美味いか?」
「っぶ!」
カレーを食べるのに夢中になっており、提督が近づいていたのに気付かなかった。
肩を叩かれた曙は明らかに痛そうな音を閉じた口から発し、提督は楽しそうに笑っている。
「クソ提督、ほん、と……ゴホ!」
「どーどー、ほら、水やるから」
曙は文句を言おうとしたが咳き込み、提督は自分の水を曙に渡す。曙も背に腹は変えれず、大人しくその水を飲み干した。
「いきなり話しかけないで!」
「無明、曙が反抗期で辛いんだ……」
曙は怒った様子で机を叩くと、カレーにがっつき始める。やけ食いというものだろうか。
提督はそれを面白がっているようで、私の隣に座るとそう言って目元を抑えた。
「……辛いです」
しかし、私にはそれの相手をしている余裕は無い。何よりも、目の前の敵を沈めておかないと、安心していられないのだ。
「あらら、俺ってば孤独……」
「ごちそうさま!」
提督が肩を竦めると、曙はトレーをもってさっさと食器返却場所へ行ってしまい、提督と二人残されてしまう。流石にこれは提督へ顔を向け、二人そろって肩を竦めるのだった。
「ここのカレーは辛いからな、慣れるまでは頑張れ。慣れたらもうヤミツキだぞ?」
提督はそれだけ言うとカレーを食べ始め、お互いにひたすら無言でカレーを貪る。いずれ辛いという感覚も薄まり、というよりは麻痺して、美味しさを感じれるようになった。次回には、ちゃんと味わって食べれそうだ。
「……曙の様子はどうだ?」
「普通、ですけど……あ、可愛かったです」
提督は一度スプーンを止めると、唐突に質問を投げてきた。意味は分からないが、とりあえずは正直に答えておく。
「そうか、ならいいんだ」
勝手に納得してしまい、提督はカレーをまた食べ進めた。
その後の会話は無く、お互いに食べ終わるとトレーを返して食堂を出る。私達が食べ終わる頃には大体の艦娘が食事を済ませており、提督はその間隣で待っていてくれた。この辺りは優しいのだから、普段の言動さえどうにかすればいいのに。などと思っても、無駄なのだろう。
「あ、そういえば、私の個室はいつごろできますか?」
本館へ入ってから思い出したが、寝床の問題が解消されていなかった。提督も忘れていたようで、ポン、と手を叩くと口を開く。
「忘れてたな。まぁ、今日は俺が会議室に行くよ」
「え、あ……分かりました」
また提督室で一人なのかと思うと、昼間の事を思い出してしまう。そういえば、あの書類については分からず終いだった。いずれ、何とか聞き出してみよう。
「どうした、一人は寂しいか?」
「そうですね……一人が寂しいとは感じます」
そんな事を考えていたから、提督の言葉に対して正直に答えてしまったのだろう。非常に馬鹿らしい。
「あ、いや、違いますから!」
「はは、分かったよ。今日一日だけ試して、寝付けなかったら今度から添い寝してやるよ」
提督は笑いながら、そう言ってさっさと階段を上っていく。本当に会議室で寝るつもりらしい。好都合である反面、残念んだったり罪悪感を感じたりと、微妙な感覚がある。
提督室の鍵は開いており、中に入ると布団が敷いてあった。忘れてたと言っていた割には、準備の良い人だ。そうならそうと言えばいいのに、あの人も素直になれないのだろうか。
少し早いが布団に入ると、すぐに目を閉じた。今日は色々な事があり、私にとってはとても濃厚な一日だったと言える。毎日こんな日が続くのは疲れるが、こういうのも悪いとは感じない。皆に近づけている気がして、ちょっとした充足感すらある。
食べたばかりだというのもあってか、気付いたら私は眠りについていた。
では、また会いましょう