幸せの形   作:もこー

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残りも少なくなってまいりましたね。


第八章「戦場」

 曙が離れてから伊勢達に相手の編成について聞き、これまでの活躍についても教えて貰った。一航戦は普段使われないが、最近ボーキサイトの支給が減って、使おうにも使えないらしい。代わりに大和を使って上に無言の圧力をかけていると言うが、いかにも提督らしい行動だ。

 そして肝心の実績だが、どちらも破格と言っても過言ではない。加賀は他を圧倒する艦載機数を誇り、赤城は能力こそ特筆できないながら、実績は全空母随一らしい。実戦で失敗しない判断力と思考力は、生半可な物ではない。

 問題は、この二人が一緒だということだ。二人の仲間意識はかなり強く、お互いに足りない所を補う。そして、お互いにお互いの足りない物を備えているのだ。二人揃えば完璧と言っても、あながち間違いではないだろう。

 しかし、特筆すべきはそこではない。彼女達の熟練度こそが、一番の能力だ。艦載機一つ一つの精度が桁違いで、性能的に上回っているはずの、他の艦にすらできない事をやってのける。話に聞いただけでも、いかに凶悪な相手を敵にしているか分かった。

 しかし、それでも勝ちを確信できるというのは、提督の作戦がそれだけ無茶な相手でも、倒せているということだろう。それに、今回の作戦もそれなりに確率がある。提督の推測と長年の勘が合っていれば、であるが、長年見てきた仲間を提督が分からないとも思えないのだ。

 やはり、色々と不満があっても提督は嫌いになれない。いや、むしろ好意すら持っている気もする。

 そんな複雑な事を考えていると次第に時間は過ぎて、演習を身近に感じた。少し前までは遠いどこかの話にも思えたのに、周囲の緊張がそうさせる。もしかしたら、昔について体が覚えているのかもしれない。

 今更だが、私にも曙のようなトラウマがあったのだろうか。だから記憶が無いのだとしたら、宴会後の提督の言葉も頷ける。曙を考えての言葉なのかと考えてしまうが、そうなると、やはり提督は卑怯な人だ。

 

「そろそろだね、私達は艤装を持ってくるから、先に行ってて」

 

「あ、分かりました」

 

 伊勢が他の四人を引き連れて食堂から出ると、孤独な静寂が部屋を包む。やはり、一人で居るのには慣れない。

 艤装を装着すると、その横腹を軽く撫でてから食堂を出る。長門達はもう来ているのだろうか。

 宿泊棟から出て海へ向かうと、八人の人影が見え、少しだけ嬉しくなった。

 

「こんにちは」

 

 小走りで近付き皆と挨拶を交わしたが、曙は強がる余裕もなさそうに見える。心なしか顔が青ざめており、下唇を軽く噛んでいた。

 

「昨日振りだな。悪いが、手加減はできないぞ?」

 

 曙の様子を見ていると、長門が私の前に出て宣戦布告をする。その表情は凛々しいのだが、少しだけ動揺が見えて首を傾げた。

 

「無明には教えといたから、隠す必要は無いぞ」

 

「な、それならそうと先に言え!」

 

 考える間も無く提督が口を挟むと、長門は少し怒った様子で声を荒げた。曙に気を遣ったのだろうか。だとしたら、曙も嫌われている訳ではないのだろう。

 

「まぁなんだ、私達も気にかけておく。正直な所を言うと賛成しかねるが……提督が言うなら、なんとかなるだろう。お前には期待している」

 

 長門は少し前髪で遊ぶと、私に向き直りそう言って元の場所へ戻った。凛々しい印象しかなかったが、案外可愛いのだと素直に思う。

 

「無明さん、鎮守府には慣れましたか?」

 

「それはまだちょっと……」

 

 長門を見送ると赤城に話しかけられ、言葉を濁した。まだ分からない事も多く、仲の良いと断言できる友人も居ない。早いところ慣れないといけないが、そう上手くもいかないのだ。

 

「そんなに焦る必要は無いわ。私も時間が掛かったもの。でも、今は不自由無くやってます」

 

 それに対して、赤城の背中から現れた加賀が口を挟む。前回の件で苦手意識があったが、やはり根はいい人らしい。何となく分かっていたから、驚きはしなかった。

 

「ありがとうございます」

 

「……お礼を言われる事じゃないけど、受け取っておくわ」

 

 加賀は淡々と返事をして下がり、赤城と私は目を合わせて表情を緩める。彼女もまた、そういった人なのだろう。

 

「お待たせー」

 

「あぁ、北上さん!」

 

 その後、少しすると伊勢達が現れ、北上の声に反応して、島風や木曽と話していた大井が駆け寄った。よく躾られた犬のようで、ここまでくると友人とは別の何かに見える。

 

「大井、演習が終わるまで我慢しろ」

 

 しかし、提督は大井の手首を掴んで引き戻し、明らかに無愛想な顔をした大井は少しして引き返す。

 

「さて、これより演習を行う。場所は鎮守府近海、予め天竜達に露払いをして貰ったから、心配は無い。開始時刻はヒトフタサンマル。場所はお互いに視認できるなら何処でもいい。開始の合図は、長門がやってくれ。以上、各員出撃せよ」

 

 提督は流れるように言い切り帰り始めたが、それに対して艦娘全員はのんびりした物だった。緊張した様子はまだ無く、それぞれが敵味方関係なく会話をしながら入水する。

 それが曙のためだと気付くのは早く、私は曙の手を取った。

 

「ほら、私達も行こ?」

 

「そう、ね……」

 

 できる限り気楽に、まるでピクニックにでも行くような雰囲気で誘った。曙も小さく頷くと私の手を握り返し、二人で海へと降りて行く。

 なぜかは分からないが、海を走る事に違和感は無い。初日からそうだったが、不思議な感覚だ。

 波が足元を揺らし、水上バギーと言うよりも、ベルトコンベアに乗っている感覚。身体を動かしているのだが、それが無くても走れる気がしてくる。

 

「私ってさ、やっぱり変かな?」

 

「何よ突然」

 

 曙の様子も気になっていたので、なんとなくそんな質問をしてみた。普段通りの言葉遣いだが、まだ声が強張っている。それでも、そうやって振舞おうとする余裕があるなら、少しは意味があったのだろう。

 

「何て言うのかな……皆と違う気がする」

 

「たしかに、そんな事を気にするのは変ね。私達何て、変なのばかりよ?」

 

 曙は少し表情を緩め、私も少し頬を緩めた。何より、変なのと言われてある程度は思いつく。自陣営にも一人居るのだから、分かりやすい。

 

「そう、だね」

 

「そうよ」

 

 私が川内を見ると、曙も口元を緩めた。曙がどのくらい辛いかは分からないが、この調子ならば案外大丈夫なのかもと思ってしまう。しかし、その程度なら誰かが既にやっている。私はただ、その瞬間を待つしかないのだ。

 その後もくだらない会話をしていると、次第にフラッグが二本浮かんでいるのが見える。赤と白があり、長門達が赤に向かうと、日向達は白へ向かう。

 フラッグへ向かっていると、次第に曙の表情が硬くなり、着いた頃には肩で息をしていた。

 

「私達が居るから、ね?」

 

 何をしたらいいか分からず、とりあえずそう言葉をかけたが、曙は顔を強張らせて口を開く。

 

「分かってるわよ……」

 

 その苛立ちが本人に対する物だと分かっていても、微妙な気持ちになってしまう。私にできる事が、本当にあるのだろうか。ただその不安だけが、少しずつ膨らむ。

 

「それじゃ、お昼休憩でもしながら、開始時間を待ちましょうかー」

 

 フラッグまで付くと伊勢はのんびりとした様子で言い、艤装に引っ掛けてあった袋を取り出す。

 

「はい、これは無明と曙の分。夜戦までに体力切らさないでよー?」

 

 伊勢が他の艦娘に配り始めると、川内が私に二つの袋をくれた。ただの善意で、他意は無いと分かっていても、曙に直接渡したくなかったのかと勘ぐってしまう。

 

「ありがとう」

 

 私は下手なりに愛想笑いを浮かべ、受け取った袋を持って曙の隣へと行く。疑心暗鬼になる必要などない。そもそも、相手は同じ仲間なのに、なぜそんな事を考える必要がある。

 

「ご飯、食べれる?」

 

「……食べないと、いけないわね」

 

 曙はそれを受け取ると小さく溜息をつき、袋からおにぎりを取り出す。あまり乗り気ではないが、一応食べる意欲はあるらしい。私もおにぎりを取り出すと、一口だけ頬張る。少しだけ塩が濃いが、潮風のせいだろう。

 

「無明、少しいいか?」

 

 曙と二人で黙々とおにぎりを食べていると、日向に肩を叩かれ振り向いた。表情からは特に読み取れず、離れていく日向についていく。

 作戦についてだろうか。いや、それなら曙も一緒のはずだ。ならば、やはり曙の事なのだろう。

 

「一応、彼女の症状について、軽く説明しておいた方がいいと思ってな……」

 

 案の定それは曙の事だったが、悪い話を聞かされる訳では無いらしい。そっと胸を撫でおろすと、小さく頷いて次の言葉を待った。

 

「普通に砲撃戦する分には大丈夫なんだが、艦載機に酷く怯えるんだ。多分、あの日に何かあったんだろうが……それで、無差別に艦載機を落として逃げてしまうんだよ。天竜達が露払いをしたと言え、あんまり離れると危ない。何かあったら、何をしてでも捕まえてくれないか?」

 

「……はい、分かりました」

 

 日向の話を聞いて、何と無く皆が嫌がる理由がわかった。伊勢達は自分の艦載機が落とされる事を、他の皆は、それにより状況が悪くなり、その上で曙を保護しなくてはならない。嫌がるに決まっている。

 

「その……曙は、嫌われてますか?」

 

 しかし、それだけでは安心できなかった。ちゃんとした証拠が無いと、また私の思い違いでは困る。

 

「どうだろうな……快く思ってないのは居る筈だ。戦場に出ず、いくら大変とはいえ、安全な仕事をする。その上、提督はほぼ独り占めだ。それだけでも、嫌いそうな奴は思い当たるだろ?」

 

「なるほど……分かりました。ありがとうございます」

 

 日向の答えはまさにその通りで、提督に好意を持つ相手、それも、指輪を持つ相手は、まず良くは思っていないだろう。他にも、命懸けて戦っているのだから、戦闘に乗り気じゃない相手も同じような物の筈。

 それが分かっているから、曙は皆と距離を取っている。そう考えると、私とはそれなりに話す事も頷けた。

 

「おにぎり、美味しい?」

 

「何よ急に……まぁ、普通よ普通」

 

 曙の元に戻ると、二つ目を取り出しているのが見え、声をかける。曙も、先ほど私が呼ばれていたのもあり、訝しんで目を細めた。

 

「そっか。なら良かった」

 

「何よ、アンタが作った訳じゃないでしょ?」

 

「そうなんだけど……何て言うのがいいかな……安心した、かな?」

 

 曙の言葉に対して、自分でもよく分からないことを言っておにぎりを口に含む。それは相変わらず塩辛くて、それでいて、優しい気持ちになれた。

 それから暫くすると、皆が昼食を食べ終わり、気付いたら演習の時間が迫っていた。緊張感が少しずつ増し、曙の表情も次第に硬くなる。演習だと言うのに、一切の妥協を感じない空気が、提督の指揮下である事を強調した。

 

「無明、曙。そろそろ時間だよ」

 

 どうしようか考えていると、一人楽しそうにしていた川内に声をかけられ、我に返る。とにかく、曙の気持ちを紛らわさないといけない。

 

「分かりました。曙、大丈夫?」

 

「今はなんとか……」

 

 そう思って声をかけたが、それ以上かける言葉が見つからなかった。そもそも、自分自身が緊張しているのに、そんな余裕あるわけない。

 

「……こちら長門、時刻ヒトフタサンマルまで五分だ。演習に備えよ、これは演習だが、実戦と変わらないと心得ろ。ここで負けた者はすなわち、実戦で沈む可能性の高い者だ。生きるため……」

 

 長門の時報に続き、長い演説がなされる。それが演習開始まで続く事は想像に安く、聞くのをやめて曙の手を握った。ほんのりと汗が滲んでおり、恐らく私もそうなのだろう。

 

「アンタが緊張してどうすんのよ……」

 

「あはは……そう、だね」

 

 それを感じた曙は苦笑いをこぼし、私も同じように苦笑いをした。このままではいけないとは思っても、やはりこれは仕方のないことで、自分で制御できるものではない。でも、これはこれで曙の気持ちもそれてくれるかもしれないと、淡い期待を持つのだった。

 

「……そして、私たちは今、戦場に立っている。相手を倒し、自らの命を守り切れ!」

 

 そして腕に付けた時計を見ると、演習開始までものの一分しかない。心臓が跳ねたのを感じ、途方もないくらい遠くにある自意識に集中する。戦い方なら分かるし、戦術だって提督に教えて貰った。知識も、出雲から色々と聞いたのだ。何も心配することはない。そう、ただ目標を倒して、私の帰るべき場所へ戻るのみ。曙の手を引いて、できる限り笑顔で帰れるよう、私は私にできることをする。

 長門の次の言葉までが異様に長く思え、心臓の鼓動までもが遅くなったように感じた。これが極度の緊張からくる、異様な集中力の正体なのだろう。

 

「これより、第七十四回鎮守府近海演習を開始する。いざ尋常に、勝負!」

 

 そして放たれた大声に反応して、全員が一斉に動いた。伊勢達は艦載機を飛ばし、私もそれに倣って艦載機を発艦させる。相変わらず形を成していないが、それでもちゃんと目的に沿って動いてくれる。そして、その目的こそが、提督の考えた秘策であり、私たちが信じた作戦だ。失敗はしない。曙の震える手を握ったまま、加賀達の艦載機に視線を向ける。

 数は明らかに相手の方が多く、伊勢達の艦載機はおろか、私のを足した所でものの数でしかない。

 

「っ……」

 

 曙が息を飲むのが聞こえた気がしたが、日向の言っていたように錯乱はしなかった。これでも少しは意味があったのだろうか。ただ、強く握られた手が少し痛い。

 

「撃ち方、始め!」

 

「各員、作戦開始だ!」

 

 制空権が支配され始めると、長門の声が響き、次いで日向が声を荒げる。そして、ここからがこちらの反撃だ。まともに殴り合って勝てる相手ではなく、私達に選べる選択肢は多くない。

 私は曙と川内を連れ、伊勢と日向は北上を連れて後退する。私のした艦載機への指示は、爆撃機を通さない事、そして、それ以外はひたすらに時間を稼ぐ。後ろを見ると、私の艦載機が相手の艦載戦闘機を足止めしているのが見え、成功しているのを確認した。

 相手は赤城と加賀を二分した場合、艦載機の数が未知数の私には、載せられる数の多い加賀が向けられる。そして、戦力分担から考えて、長門は伊勢達へ向かわざるを得ず、こちらとしてはある程度理想的な分布になるだろう。総員で掛かれば不利でも、小分けにすればこちらが有利なのだ。

 しかし、それはあくまでも理想的な形であり、狙いはそれではない。相手とて不利な戦況を選ぶ訳がない。提督も中々に頭の回る人だ。

 

「そうきたか……伊勢達は私と島風で時間を稼ぐ、他は無明達を無力化せよ!」

 

 そして、これこそが提督の想定した分布。いくら長門といえども、伊勢型二人と北上の三人に狙われては、時間稼ぎにすらならない。ならば、比較的安全に撹乱できる島風と長門で対抗する方が確実だ。

 そうすれば、私の艦載機数が分からずとも、二隻分の艦載機で押し切る事もできる。しかも、こちらには機銃しかない駆逐艦と、軽巡しか居ないのだ。大井と木曽の二人をあしらいながら、高度な技術を要する空戦はこなせるような化け物は居ない。

 そう、この鎮守府には居なかったのだ。

 

「曙は、私が守るからね」

 

「私も居るんだけど!」

 

 伊勢達が水平線に消えたのを確認すると、私達は振り返り青ざめている曙に声をかける。川内もそれに呼応し、追ってきている艦載機を見上げた。

 

「撃ち方始めてください!」

 

「大丈夫、大丈夫……!」

 

 私の合図と共に曙はありったけの弾幕を張り、川内は追ってきている四人への砲撃を始める。

 私も一呼吸置くと、大井と木曽をしっかりと見据えてから、艤装の横腹を撫でてあげた。

 

「扱い方を知らないのか……?」

 

 そして、放たれた黒い物体は二人へと低空飛行していき、ありったけの機銃を撃ち鳴らす。電磁防御の弾ける音が断続的に鳴り響き、私は二度目の発艦指示を出した。

 それは空へ飛び立ち、機銃で捌ききれない艦載機の足止めを始める。遠くに見える赤城の表情に、少しばかり驚きが混じった気がする。

 

「沈め、ちゃだめだけど……沈め!」

 

 そして、電気が走り続けているおかげで視界が悪い二人の内、手前に居た大井へと、一基三門の主砲を順番に撃ち鳴らす。

 

「器用過ぎですよ……!」

 

 それ等は完璧な精度で大井に吸い込まれ、二発は回避した物の、最後の一発が命中する。

 爆煙が風に流され、服が破れ膝をつく大井が見えた。

 

「あいつ本当に初めてかよ……」

 

 木曽はそれを見ると、少し下がりながら魚雷を飛ばす。それは各員へと真っ直ぐ進み、それに同調するように、爆撃機が赤城と加賀から放たれた。

 提督の作戦を試すなら、まさにこの瞬間だろう。

 

「曙、お願い!」

 

「言われなくても!」

 

 曙の手を引いて魚雷から回避運動を取り、私が指示を出す間も無く機銃は海面へ向く。

 そして、立ち上る水飛沫。私は感覚が分からないが、これでは目標の指定ができず、艦載機の操作はできなくなる。対艦娘にしか意味の無い行動だが、効果は絶大だ。

 

「そんな!」

 

 私はそれを信じ過ぎた結果、油断していたのだろう。だからこそ、その時起きた事をうまく整理できなかった。

 艦載機が水飛沫を突っ切り、一分の誤差も無く私へそれを落とす。ゆっくりとそれが迫り、夢で見た物が強く頭の中に刷り込まれる。

 そして湧き上がるのは、とても簡単でいて、思考を塗り潰す程大きな言葉。

 死にたくない。

 

「いや!」

 

「何して……!」

 

 足が竦み回避運動を忘れると、曙の声が爆発音と電磁音にかき消される。曙に視線を移したが苦しそうな表情は無く、受けたのが私なのだと分かり思考が絡まり始めた。

 

「まだ、まだ死にたくない!」

 

 頭の中に知らない記憶が巡り、身体中に痛みが走る。もがき暴れそうな程の痛みは、そのまま相手への敵意となり、知らない記憶の映像を忘れて行く。

 

「……!」

 

 曙が何かを言っているが、言葉を認識できず、私は艤装の横腹を殴りありったけの艦載機を発艦させた。何が何かは分からないし、どこに居るかも水飛沫で見えない。

 

「あいつ等を早く、ハヤク……!」

 

 ならば、自分から見に行けばいい。私は水飛沫から出て行き、そこに居た四人を流し見る。木曽が対空射撃をし、赤城と加賀が艦載戦闘機。そして大破した大井は赤城達より後方に位置し、その様子を眺めている。

 

「様子がおかしいですね……」

 

「はい。万が一に備えてください」

 

 不思議な事に、赤城と加賀の声は耳を介さずに頭へ響いた。しかし、そんな事はどうでもいい。やる事は分かり切っている。

 

「沈め、沈め、沈め!」

 

 木曽には目もくれずに、赤城と加賀へひたすら主砲を打ち鳴らす。砲身の熱を背後から感じたが、気にせず撃ち続けた。そして、槍を抜き木曽へと真っ直ぐ向かう。

 

「曙、川内、これも作戦なのか!」

 

「……!」

 

「そんな訳無いじゃん!」

 

 木曽と川内のやり取りが頭に響いたのに、曙だけは何を言っているか分から無かった。それでも、理由を考えている暇は無く、木曽から放たれる魚雷を避けもせずに、電磁音が数回する。しかし、苦痛はおろか、出力が衰えている気もしなかった。

 

「クソ……!」

 

 木曽に届く範囲まで来ると、体を一回転させ、しっかりと遠心力を乗せた一閃を打つ。木曽はそれを後退したながら避け、腰に下げたサーベルを抜いた。

 

「援護はまだか!」

 

「先ほどからしてます!」

 

 木曽の苛立った声に、同じように苛立ちの篭った赤城の声が返事をする。

 私は薙ぎ払った槍を体の後ろを通して回し、空いただけ距離を詰めて再度薙ぎ払った。木曽は姿勢を低くしてそれを避け、サーベルの一突きが私へ迫る。

 

「……あー、なんだってんだよ!」

 

 その瞬間、爆炎と電磁音が鳴り響き、視界が一瞬だけ塗りつぶされた。私が主砲を使ったのだと分かった頃には、ボロボロの木曽が居り、脊髄反射で蹴り飛ばす。電磁音がしたがとても弱く、木曽は蹴りを受けて弾き飛ばされた。

 しかし、木曽もただでは終わらないようで、蹴り飛ばされるすんでに魚雷を置いて行く。私はそれを避けれずに、大きな爆発音が鼓膜を揺らす。

 

「まだ、戦える……!」

 

 出力が下がり、服が少し破れてしまった。それでも、あとは空母二隻なら、接近すればいい。

 私はひしゃげた槍を投げ捨て、主砲を赤城へ向ける。

 

「……!」

 

「いい加減にしなって!」

 

 そして二人の方へ向かおうとした時、曙と川内が私の両腕を掴み、それを阻む。

 

「離して!」

 

「全砲門一斉射!」

 

 しかし、二人の力は私に比べて弱く、簡単に弾き飛ばすと声が聞こえた。そちらを向くと、長門達を含む演習に着ていた残りの艦がおり、黒い塊が複数飛来する。

 

「っ!」

 

 二人を振り払ったせいで体制が悪く、回避もできずに数発が命中。そして、私は一瞬で意識が遠退いた。それが消えるまでの刹那に見えたのは、赤黒く染まった世界と、海面に写り笑う私の姿だけだった。




では、また後日。
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