「クッ……全艦、被害状況を!」
「島風と北上が大破、私達も中破です。早く撤退を!」
ここはどこだろうか。長門と曙の声が聞こえたが、とてもじゃないが、穏やかな風景では無かった。大和を除いた、私の初めに会った五人と曙がボロボロになっており、切迫した状況なのは一目で分かる。
曙の報告を受けた長門は、対する六隻の深海棲艦を見て、歯軋りをした。
経験の無い私から見ても、勝ち負け以前に、全員が無事で済まない事はハッキリ分かる。
「ここで全艦失う訳にはいかない。総員撤退、私がしんがりを勤める!」
「私達はお荷物でしょ、付き合うよ」
そうなると、結論は非常に分かりやすく、長門の早い決断に足して北上と島風がそれに同調した。
「私も……」
「瑞鶴と飛龍の護衛、任せたぞ」
それに曙も名乗りを上げようとしたが、長門に言葉を遮られ、すぐに砲撃戦が始まる。爆発音と共に水飛沫
が上がり、飛龍は曙の手を引いて移動を始めた。
「離して! 三人を見捨てて逃げる何てできない!」
曙は声を荒げて抵抗するが、瑞鶴にもう片手を取られると、ロクに抵抗もできず連れられて行く。
「私達を逃がすために、三人は残る事を選んだんだよ。それを、無駄にさせちゃダメ」
「そうよ……生きて帰って、三人の勇姿を報告する。こんな馬鹿げた作戦も、これで終わらせるの」
飛龍と瑞鶴は強くそう言うが、曙を見ようとはしない。二人とも迷っているのは、その姿だけで分かった。
「こんなの……絶対間違ってる……!」
曙は咬み殺すように呟くが、二人の言っている事が理解できない訳ではない。自分の足で、水面を滑り出した。
そこまで見届けて長門達に視線を移すと、既に北上の姿が無くなっており、代わりに相手の艦も一隻居なくなっていた。
「これじゃ早くても意味無いね……」
「私達の背中には三人が居る、諦めるな!」
しかし、島風は足を止めており、小さな機械を抱き抱える。大破した時に燃料が漏れてしまったのか、動かないのではなく、動けないのだ。
長門の劇が飛ぶも、島風は目をつむり膝を着く。その機械が慰めるように島風に擦り寄ると、何かが島風に直撃して、爆炎が飛び散る。その跡には、何も残らなかった。
「私だけになってしまったな……ビックセブンの力、侮るなよ!」
長門はそれを見てすぐ顔を逸らすが、凛々しい表情に戻すと、島風へ敬礼をしてすぐ構える。その姿は誇りを掲げるに相応しく、圧倒的な戦力差にも挫けない、鋼のような意思が伺えた。
それでも、今から彼女が沈む事は火を見るより明らかで、長く保つとも思えない。しかも、逃げている三人は中破しており、最高速で撤退している訳ではないのだ。それに、島風の燃料が切れた事を考えると、帰るのにギリギリの燃料しかないのだろう。
「全主砲、斉射! ってー!」
片手を前に出し高らかに言うと、主砲は敵艦へ向き、全ての砲が煙を吹いた。それ等は、敵の帽子を被った相手に向かって飛び、全弾命中とはいかなくとも、一目で致命傷と分かる程の爆炎が上がる。
煙が晴れる間も無く長門へ砲が集中したが、少しだけ移動をして、命中弾を一発に抑えた。
帽子の敵艦の煙が晴れ姿が見えるが、帽子の縫い目が解けたかと思うと、そこから球体が三体ほど飛び出して行く。それは長門へでは無く、明らかに曙達を追うように飛び去る。
「それ以上……!」
長門はそれを確認して砲をそれに向けたが、そちらに集中してしまったためか、周囲への警戒がおろそかになっていた。
長門の両サイドから巨大な砲弾のような敵艦が現れ、長門へ一つずつ砲弾を浴びせる。
「長門型の装甲は伊達や酔狂ではない……!」
長門の力強い言葉と共に、煙の中から四発の弾が帽子の敵艦へと放たれ、油断していた相手に全てぶち込まれた。流石にそれには耐えれなかったようで、服や帽子から出火しながら、それは水底へと沈んでいく。
「志半ばで倒れるのは口惜しいな……まだまだ戦いたかった。しかし、あの光ではない。戦いの中で沈めれる……それは紛れもなく、本望だよ」
長門の姿が見えたが、頭からは血が伝い、右腕には痛々しい火傷の跡が残っていた。艤装の電磁バリアは機能を停止したのか、一発はまともに受けたのだろう。
長門の表情は満足そうで、足から少しずつ海へ落ちながらも、威風堂々と腕組みをする。
敵艦はそれを見ると長門に攻撃せず、足早に曙達を追って行く。長門が沈むと確信したのだろう。長門はそれが水平線へ消えて行くのを見届け、海面へ倒れこんだ。
一方、曙達はそれを無駄にしまいと、可能な限りの速度で真っ直ぐ鎮守府へと向かっていた。それぞれ思う所はあるが、誰も口を開こうとしない。言ってしまえば、決心が揺らいでしまうからだろう。
「何か……?」
しかし、飛龍は何かが聞こえたのか、振り向きそれを目視した。
「っつぅ……機銃急いで!」
球体が飛翔し、口のような物ができると、そこから爆弾を投下するのだ。二人に注意する暇も無く、飛龍は二人を突き飛ばして爆撃が直撃する。しかし、飛龍は爆炎の中で二人に指示を飛ばす。何とか轟沈は避けたらしい。
「三機ならまだ……!」
曙は機銃を掃射したが、球体はやけに硬く、一機は潰した物の大きく旋回しこちらへ戻ってくる。
「ごめん、後は……」
瑞鶴は回避運動により爆撃を回避していたが、飛龍は動けなかったのか、言い切れなかった言葉を残して爆炎の中へと消えた。
「っ……!」
曙はそれから目を逸らすと、すぐに対空攻撃へ戻る。再度こちらへ来るまでにまた一機落としたが、そこで曙の機銃は空回りを始めた。
「こんな時に……!」
悔しそうな表情を浮かべる曙とは違い、瑞鶴は飛行する球体を見て苦笑する。そして、突然進路とは違う方向へ動き出した。
「瑞鶴!」
「一人でも大丈夫よ。たかが一機、巻いて見せるから」
瑞鶴は自分が狙われている事に気付いていたのだろう。曙がそれを止めようとするも、瑞鶴を狙った爆撃による水飛沫に阻まれる。水飛沫が晴れると瑞鶴は笑顔を見せ、また曙から離れて行った。
曙の辛そうな表情が見え、私はこれが夢だと思い出した。すると、唐突に世界が捻じ曲がり、右腕が疼く。まるで焼かれるような持続する痛みで、長門の姿を思い出した。しかし、それを思い出してすぐ痛みは止み、次は胸に言葉に表せない痛みが走る。抉るとも貫くとも言い難く、焼けるような熱さを内包した物。これは島風か、北上に起きた事なのだろう。
その後も痛みは順番に巡り、次第にそれは早くなって行く。気の狂いそうなそれはより明白となり、一つの影が視界に現れた。
「シズメ……シズメ……」
ただひたすらにそう繰り返し、段々と影は私へ近付く。得体の知れない何かが来る恐怖。そして、片隅にそれを受け入れようとする自分。頭の中がぐちゃぐちゃになり、ただ一つ鮮明に恐怖だけが浮かび上がる。
「貴女は……」
影は目の前で立ち止まり、手を伸ばす。影の口元に三日月のような笑みが見え、私は大きな声でそれを拒絶した。
「こないで!」
目の前にあるそれを突き飛ばすと目がさめる。心臓が激しく暴れ、汗で体がやけにムレた。身体の痛みも引いており、悪夢という物の恐ろしさにため息をつく。
この夢は私に何を伝えたいのだろうか。いや、最初から意味が無いのだ。そう思わないと、気持ちを抑えられない。
周囲を見渡すと、見慣れない個室があり首を傾げる。そもそも、私はなぜここに居るのだろうか。
白を貴重とした家具が目立ち、薬等が置いてある。様子から察するに医務室だろう。しかし、問題の理由が記憶から抜け落ちていた。
最後の記憶を辿ろうとすると、頭が痛み霧が掛かるように消えて行く。言葉にできない恐怖を感じる半面、生きていることに安堵した。
「ん、起きたか」
上体を起こして調子を確かめようとすると、衣擦れの音に反応して提督がカーテンの裏から現れる。目の下に少し隈があり、心配されていたという感覚がどうもくすぐったい。
「はい……あの、私はどうしてここに?」
「……演習で大破したが、その時に気を失ったらしいぞ。演習自体は、無明の組が勝ってる」
提督は、私の質問に対して少し考えた。それが何を意味するかはすぐ分かり、不安が膨らむ。
演習の時に何かあったのは間違いない。しかし、私にはその演習の記憶はおろか、それに至るまでの道筋すら分からないのだ。
演習したという事実だけは分かるのも、何か不思議な感覚がする。
「そう……ですか」
「そうだぞ。曙が心配してたから、挨拶しに行ってこい。この時間なら、提督室で書類を纏めてる筈だ。終わったら宿泊棟の屋上に来てくれ」
私の曖昧な頷きを見て、提督はそれだけ言い部屋から出て行く。分からない事だらけなのは、どうも怖い。
すぐにベッドから降りると、身体が万全なのを確認して部屋から出た。
「あぁ、目が覚めたんですね。調子はどうですか?」
「あ、はい、大丈夫です」
すぐ曙の所へ向かおうと思ったが、扉の先には出雲が居り、小さく頭を下げる。間が悪い事この上無いが、見たことの無い廊下で、ここが憲兵の詰所だと分かった。ならば、仕方ない事だろう。
「そうですか。それなら良かったです」
出雲は小さく頭を下げ返し、そう言うと何処かへ行ってしまった。そういえば、いつぞやにお礼をする約束をした気がする。
しかし、今はそれどころでは無い。適当に歩き回り玄関を見つけると、詰所を出て本館へ向かう。太陽は丁度真上にあり、人の気配をかなり感じた。不思議な感覚だが、確かに分かる。だれが居るかは分からないが、何かが居るという事だけ、確信が持てた。
特に理由は無いが、それに会わないように移動し、一人だけ気配のする提督室の扉を、ゆっくり開ける。
「あ……」
「えっと、おはよう。かな?」
曙は興味無さそうにこちらを見て、すぐ書類に視線を落とし、そしてまたこちらへ視線を移す。二度見とはこの事を言うのだろうか。
「大丈夫なの……?」
「はい、記憶は曖昧ですが、大丈夫です」
曙はまとめていた書類を机に捨てると、私の元へ駆け寄り身体を触り始めた。流石にいかがな物かと思ったが、それだけ心配されていたのだろう。
「ほんと心配したんだから……」
曙は私の下手な愛想笑いを見ると、震えた声で呟き、私の胸に顔を埋めた。それはとても暖かくて、濡れた服が少しだけベタつく。
「心配かけてごめんね……」
私は曙の頭を撫で、曙もそれを振りほどかなかった。こうしていると、姉になったような感覚がする。少なくとも、曙を放っておく事が、私にはできない。
その後数分もすると、曙も落ち着いたようで、黙って私から離れた。曙は気まずそうにしているが、対象的に私の気分は晴れている。子供らしい曙も、これまた可愛いものだ。
「なに笑ってんのよ。さっさと提督の見張りに行きなさい」
「うん。分かった」
曙は背中を向けるとそう呟き、私も提督に呼ばれているため、二つ返事を返す。元気になってくれたのなら、私が心配することも無い。
提督室から出ると、やはり色々な気配を感じた。十や二十ではなく、百に届きそうな数。それは宿泊棟に密集しており、酷い嫌悪感を覚える。
言葉に表せないそれは、宿泊棟についてから、更に強く大きくなった。なぜこんなに不快なのか、その正体もまた、提督に聞けばいいのだろう。
私は急いで階段を上がり、屋上に出る扉の前で呼吸を整える。そこからは何の気配も無く、提督に対しては感じないらしい。
「ん、思ったより早かったな」
扉を開けると、提督は煙草を吹かしながら私を出迎えた。その姿はこれまでとまた違い、哀愁のような物を漂わせながらも、人を除ける威圧的な雰囲気を内包している。やはり、提督は計り知れない。
「はい、曙が早く行けって急かしたので」
「あいつらしいな」
私は苦笑いを浮かべて返し、提督も口元を緩ませて煙草を踏み潰す。
この人は本当に分からない。私にとっての彼は、一体何なのだろうか。悪くは思っていないし、むしろ好意もある。それでも、それを認め切れない何かが引っかかっているのだ。
そして、今そう確認したのは、それに対して疑問が大きくなったせいである。
初めて感じるこれは、一体何だろうか。胸の奥がチリチリと火を放ち、胸いっぱいに煙を撒き散らす。
「病み上がりで悪いが、お前を実戦投入しようと思う。深海側の新しい泊地が出現した。どうも、相手が厄介らしく、俺達に攻略の先駆けを押し付けられてる。できる限り、生存率の高い編成で見てきて欲しいんだ」
そんな中、提督の頼みは唐突で、私は動揺を隠せなかった。
本当に私でいいのか、それだけが不安で、ついついそれを顔に出してしまう。
「私で……いいのでしょうか」
「お前が適任なんだよ。その力、長門達も認めたんだ。明日に備えて、ゆっくり休むといい」
提督はそれだけ言って屋上から出て行き、そこにはタバコの残り香と私だけが残った。
なぜか分からないが、避けられている気がする。それに、あの提督が大切な作戦に私を使うだろうか。
演習で気絶し、起きてすぐだ。そんな相手に明日作戦に参加しろとは、どうも嫌な気配を感じてしまう。
「考え過ぎだよ……」
しかし、私はそう呟いて手摺りに手を乗せた。
提督には提督の考えがある。これまで分からなかったのだから、今回だってそれと同じ事。私は、ただ頼まれた事をこなせばいい。
「チガウ……」
そう思ったのだ。間違いなく、一瞬前までは。
「つぅ……!」
呟いた一言は虚空に消え、割れそうなほどの頭痛が私を襲う。同時に両腕が焼けるような熱と共に痛み、胸には抉るような痛みが走った。
私は何を考えていたのか、それも分からなくなり、提督への不信感が爆発する。
「違う、違う……!」
私はそれを払おうと頭を横に振り、指輪を触った。
そう、これが何よりの証拠ではないか。何も心配することは無い。何も違わないのだ。
不安や不信感は拭えたが、訳の分からない痛みだけは残る。それがただ嫌で、私は一度自分の左肩を叩いて屋上から出て行った。
無数に感じる存在感と、目の回るような痛みが吐き気を誘発させる。こんな所に居ては、気がどうかしてしまう。
急いで階段を降り、私はすがる思いで憲兵の詰所へ向かった。
「どうなされましたか?」
詰所に着くと、出雲が庭の木を手入れしており、私に気が付くとすぐこちらへと来る。
「あの……いえ、医務室をお借りしたくて」
「いいですよ、医務室なら空いてますから。病み上がりですから、ゆっくり落ち着いてください」
出雲はそれだけ言うと手入れに戻り、私はお礼も言わずに詰所に入った。この中に気配は無く、私は安堵のため息をついて、医務室へ向かう。
医務室に入った頃には吐き気と痛みは消え、まるで、最初から無かったかと思うくらい冷静になった。
「……疲れてるのかな」
私は言い聞かせるように呟くと、ベッドに潜る。この明らかな異常からは目を逸らし、睡眠という逃げ道を選ぶのだ。
目が覚めてから一時間程度しか経っていないのに、驚く間も無く眠りにつけた。
では、また後日。