幸せの形   作:もこー

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残り二話となりました。


第九章「境界線」

「クッ……全艦、被害状況を!」

 

「島風と北上が大破、私達も中破です。早く撤退を!」

 

ここはどこだろうか。長門と曙の声が聞こえたが、とてもじゃないが、穏やかな風景では無かった。大和を除いた、私の初めに会った五人と曙がボロボロになっており、切迫した状況なのは一目で分かる。

曙の報告を受けた長門は、対する六隻の深海棲艦を見て、歯軋りをした。

経験の無い私から見ても、勝ち負け以前に、全員が無事で済まない事はハッキリ分かる。

 

「ここで全艦失う訳にはいかない。総員撤退、私がしんがりを勤める!」

 

「私達はお荷物でしょ、付き合うよ」

 

そうなると、結論は非常に分かりやすく、長門の早い決断に足して北上と島風がそれに同調した。

 

「私も……」

 

「瑞鶴と飛龍の護衛、任せたぞ」

 

それに曙も名乗りを上げようとしたが、長門に言葉を遮られ、すぐに砲撃戦が始まる。爆発音と共に水飛沫

が上がり、飛龍は曙の手を引いて移動を始めた。

 

「離して! 三人を見捨てて逃げる何てできない!」

 

曙は声を荒げて抵抗するが、瑞鶴にもう片手を取られると、ロクに抵抗もできず連れられて行く。

 

「私達を逃がすために、三人は残る事を選んだんだよ。それを、無駄にさせちゃダメ」

 

「そうよ……生きて帰って、三人の勇姿を報告する。こんな馬鹿げた作戦も、これで終わらせるの」

 

飛龍と瑞鶴は強くそう言うが、曙を見ようとはしない。二人とも迷っているのは、その姿だけで分かった。

 

「こんなの……絶対間違ってる……!」

 

曙は咬み殺すように呟くが、二人の言っている事が理解できない訳ではない。自分の足で、水面を滑り出した。

そこまで見届けて長門達に視線を移すと、既に北上の姿が無くなっており、代わりに相手の艦も一隻居なくなっていた。

 

「これじゃ早くても意味無いね……」

 

「私達の背中には三人が居る、諦めるな!」

 

しかし、島風は足を止めており、小さな機械を抱き抱える。大破した時に燃料が漏れてしまったのか、動かないのではなく、動けないのだ。

長門の劇が飛ぶも、島風は目をつむり膝を着く。その機械が慰めるように島風に擦り寄ると、何かが島風に直撃して、爆炎が飛び散る。その跡には、何も残らなかった。

 

「私だけになってしまったな……ビックセブンの力、侮るなよ!」

 

長門はそれを見てすぐ顔を逸らすが、凛々しい表情に戻すと、島風へ敬礼をしてすぐ構える。その姿は誇りを掲げるに相応しく、圧倒的な戦力差にも挫けない、鋼のような意思が伺えた。

それでも、今から彼女が沈む事は火を見るより明らかで、長く保つとも思えない。しかも、逃げている三人は中破しており、最高速で撤退している訳ではないのだ。それに、島風の燃料が切れた事を考えると、帰るのにギリギリの燃料しかないのだろう。

 

「全主砲、斉射! ってー!」

 

片手を前に出し高らかに言うと、主砲は敵艦へ向き、全ての砲が煙を吹いた。それ等は、敵の帽子を被った相手に向かって飛び、全弾命中とはいかなくとも、一目で致命傷と分かる程の爆炎が上がる。

煙が晴れる間も無く長門へ砲が集中したが、少しだけ移動をして、命中弾を一発に抑えた。

帽子の敵艦の煙が晴れ姿が見えるが、帽子の縫い目が解けたかと思うと、そこから球体が三体ほど飛び出して行く。それは長門へでは無く、明らかに曙達を追うように飛び去る。

 

「それ以上……!」

 

長門はそれを確認して砲をそれに向けたが、そちらに集中してしまったためか、周囲への警戒がおろそかになっていた。

長門の両サイドから巨大な砲弾のような敵艦が現れ、長門へ一つずつ砲弾を浴びせる。

 

「長門型の装甲は伊達や酔狂ではない……!」

 

長門の力強い言葉と共に、煙の中から四発の弾が帽子の敵艦へと放たれ、油断していた相手に全てぶち込まれた。流石にそれには耐えれなかったようで、服や帽子から出火しながら、それは水底へと沈んでいく。

 

「志半ばで倒れるのは口惜しいな……まだまだ戦いたかった。しかし、あの光ではない。戦いの中で沈めれる……それは紛れもなく、本望だよ」

 

長門の姿が見えたが、頭からは血が伝い、右腕には痛々しい火傷の跡が残っていた。艤装の電磁バリアは機能を停止したのか、一発はまともに受けたのだろう。

長門の表情は満足そうで、足から少しずつ海へ落ちながらも、威風堂々と腕組みをする。

敵艦はそれを見ると長門に攻撃せず、足早に曙達を追って行く。長門が沈むと確信したのだろう。長門はそれが水平線へ消えて行くのを見届け、海面へ倒れこんだ。

一方、曙達はそれを無駄にしまいと、可能な限りの速度で真っ直ぐ鎮守府へと向かっていた。それぞれ思う所はあるが、誰も口を開こうとしない。言ってしまえば、決心が揺らいでしまうからだろう。

 

「何か……?」

 

しかし、飛龍は何かが聞こえたのか、振り向きそれを目視した。

 

「っつぅ……機銃急いで!」

 

球体が飛翔し、口のような物ができると、そこから爆弾を投下するのだ。二人に注意する暇も無く、飛龍は二人を突き飛ばして爆撃が直撃する。しかし、飛龍は爆炎の中で二人に指示を飛ばす。何とか轟沈は避けたらしい。

 

「三機ならまだ……!」

 

曙は機銃を掃射したが、球体はやけに硬く、一機は潰した物の大きく旋回しこちらへ戻ってくる。

 

「ごめん、後は……」

 

瑞鶴は回避運動により爆撃を回避していたが、飛龍は動けなかったのか、言い切れなかった言葉を残して爆炎の中へと消えた。

 

「っ……!」

 

曙はそれから目を逸らすと、すぐに対空攻撃へ戻る。再度こちらへ来るまでにまた一機落としたが、そこで曙の機銃は空回りを始めた。

 

「こんな時に……!」

 

悔しそうな表情を浮かべる曙とは違い、瑞鶴は飛行する球体を見て苦笑する。そして、突然進路とは違う方向へ動き出した。

 

「瑞鶴!」

 

「一人でも大丈夫よ。たかが一機、巻いて見せるから」

 

瑞鶴は自分が狙われている事に気付いていたのだろう。曙がそれを止めようとするも、瑞鶴を狙った爆撃による水飛沫に阻まれる。水飛沫が晴れると瑞鶴は笑顔を見せ、また曙から離れて行った。

曙の辛そうな表情が見え、私はこれが夢だと思い出した。すると、唐突に世界が捻じ曲がり、右腕が疼く。まるで焼かれるような持続する痛みで、長門の姿を思い出した。しかし、それを思い出してすぐ痛みは止み、次は胸に言葉に表せない痛みが走る。抉るとも貫くとも言い難く、焼けるような熱さを内包した物。これは島風か、北上に起きた事なのだろう。

その後も痛みは順番に巡り、次第にそれは早くなって行く。気の狂いそうなそれはより明白となり、一つの影が視界に現れた。

 

「シズメ……シズメ……」

 

ただひたすらにそう繰り返し、段々と影は私へ近付く。得体の知れない何かが来る恐怖。そして、片隅にそれを受け入れようとする自分。頭の中がぐちゃぐちゃになり、ただ一つ鮮明に恐怖だけが浮かび上がる。

 

「貴女は……」

 

影は目の前で立ち止まり、手を伸ばす。影の口元に三日月のような笑みが見え、私は大きな声でそれを拒絶した。

 

「こないで!」

 

目の前にあるそれを突き飛ばすと目がさめる。心臓が激しく暴れ、汗で体がやけにムレた。身体の痛みも引いており、悪夢という物の恐ろしさにため息をつく。

この夢は私に何を伝えたいのだろうか。いや、最初から意味が無いのだ。そう思わないと、気持ちを抑えられない。

周囲を見渡すと、見慣れない個室があり首を傾げる。そもそも、私はなぜここに居るのだろうか。

白を貴重とした家具が目立ち、薬等が置いてある。様子から察するに医務室だろう。しかし、問題の理由が記憶から抜け落ちていた。

最後の記憶を辿ろうとすると、頭が痛み霧が掛かるように消えて行く。言葉にできない恐怖を感じる半面、生きていることに安堵した。

 

「ん、起きたか」

 

上体を起こして調子を確かめようとすると、衣擦れの音に反応して提督がカーテンの裏から現れる。目の下に少し隈があり、心配されていたという感覚がどうもくすぐったい。

 

「はい……あの、私はどうしてここに?」

 

「……演習で大破したが、その時に気を失ったらしいぞ。演習自体は、無明の組が勝ってる」

 

提督は、私の質問に対して少し考えた。それが何を意味するかはすぐ分かり、不安が膨らむ。

演習の時に何かあったのは間違いない。しかし、私にはその演習の記憶はおろか、それに至るまでの道筋すら分からないのだ。

演習したという事実だけは分かるのも、何か不思議な感覚がする。

 

「そう……ですか」

 

「そうだぞ。曙が心配してたから、挨拶しに行ってこい。この時間なら、提督室で書類を纏めてる筈だ。終わったら宿泊棟の屋上に来てくれ」

 

私の曖昧な頷きを見て、提督はそれだけ言い部屋から出て行く。分からない事だらけなのは、どうも怖い。

すぐにベッドから降りると、身体が万全なのを確認して部屋から出た。

 

「あぁ、目が覚めたんですね。調子はどうですか?」

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

すぐ曙の所へ向かおうと思ったが、扉の先には出雲が居り、小さく頭を下げる。間が悪い事この上無いが、見たことの無い廊下で、ここが憲兵の詰所だと分かった。ならば、仕方ない事だろう。

 

「そうですか。それなら良かったです」

 

出雲は小さく頭を下げ返し、そう言うと何処かへ行ってしまった。そういえば、いつぞやにお礼をする約束をした気がする。

しかし、今はそれどころでは無い。適当に歩き回り玄関を見つけると、詰所を出て本館へ向かう。太陽は丁度真上にあり、人の気配をかなり感じた。不思議な感覚だが、確かに分かる。だれが居るかは分からないが、何かが居るという事だけ、確信が持てた。

特に理由は無いが、それに会わないように移動し、一人だけ気配のする提督室の扉を、ゆっくり開ける。

 

「あ……」

 

「えっと、おはよう。かな?」

 

曙は興味無さそうにこちらを見て、すぐ書類に視線を落とし、そしてまたこちらへ視線を移す。二度見とはこの事を言うのだろうか。

 

「大丈夫なの……?」

 

「はい、記憶は曖昧ですが、大丈夫です」

 

曙はまとめていた書類を机に捨てると、私の元へ駆け寄り身体を触り始めた。流石にいかがな物かと思ったが、それだけ心配されていたのだろう。

 

「ほんと心配したんだから……」

 

曙は私の下手な愛想笑いを見ると、震えた声で呟き、私の胸に顔を埋めた。それはとても暖かくて、濡れた服が少しだけベタつく。

 

「心配かけてごめんね……」

 

私は曙の頭を撫で、曙もそれを振りほどかなかった。こうしていると、姉になったような感覚がする。少なくとも、曙を放っておく事が、私にはできない。

その後数分もすると、曙も落ち着いたようで、黙って私から離れた。曙は気まずそうにしているが、対象的に私の気分は晴れている。子供らしい曙も、これまた可愛いものだ。

 

「なに笑ってんのよ。さっさと提督の見張りに行きなさい」

 

「うん。分かった」

 

曙は背中を向けるとそう呟き、私も提督に呼ばれているため、二つ返事を返す。元気になってくれたのなら、私が心配することも無い。

提督室から出ると、やはり色々な気配を感じた。十や二十ではなく、百に届きそうな数。それは宿泊棟に密集しており、酷い嫌悪感を覚える。

言葉に表せないそれは、宿泊棟についてから、更に強く大きくなった。なぜこんなに不快なのか、その正体もまた、提督に聞けばいいのだろう。

私は急いで階段を上がり、屋上に出る扉の前で呼吸を整える。そこからは何の気配も無く、提督に対しては感じないらしい。

 

「ん、思ったより早かったな」

扉を開けると、提督は煙草を吹かしながら私を出迎えた。その姿はこれまでとまた違い、哀愁のような物を漂わせながらも、人を除ける威圧的な雰囲気を内包している。やはり、提督は計り知れない。

 

「はい、曙が早く行けって急かしたので」

 

「あいつらしいな」

 

私は苦笑いを浮かべて返し、提督も口元を緩ませて煙草を踏み潰す。

この人は本当に分からない。私にとっての彼は、一体何なのだろうか。悪くは思っていないし、むしろ好意もある。それでも、それを認め切れない何かが引っかかっているのだ。

そして、今そう確認したのは、それに対して疑問が大きくなったせいである。

初めて感じるこれは、一体何だろうか。胸の奥がチリチリと火を放ち、胸いっぱいに煙を撒き散らす。

 

「病み上がりで悪いが、お前を実戦投入しようと思う。深海側の新しい泊地が出現した。どうも、相手が厄介らしく、俺達に攻略の先駆けを押し付けられてる。できる限り、生存率の高い編成で見てきて欲しいんだ」

 

そんな中、提督の頼みは唐突で、私は動揺を隠せなかった。

本当に私でいいのか、それだけが不安で、ついついそれを顔に出してしまう。

 

「私で……いいのでしょうか」

 

「お前が適任なんだよ。その力、長門達も認めたんだ。明日に備えて、ゆっくり休むといい」

 

提督はそれだけ言って屋上から出て行き、そこにはタバコの残り香と私だけが残った。

なぜか分からないが、避けられている気がする。それに、あの提督が大切な作戦に私を使うだろうか。

演習で気絶し、起きてすぐだ。そんな相手に明日作戦に参加しろとは、どうも嫌な気配を感じてしまう。

 

「考え過ぎだよ……」

 

しかし、私はそう呟いて手摺りに手を乗せた。

提督には提督の考えがある。これまで分からなかったのだから、今回だってそれと同じ事。私は、ただ頼まれた事をこなせばいい。

 

「チガウ……」

 

そう思ったのだ。間違いなく、一瞬前までは。

 

「つぅ……!」

 

呟いた一言は虚空に消え、割れそうなほどの頭痛が私を襲う。同時に両腕が焼けるような熱と共に痛み、胸には抉るような痛みが走った。

私は何を考えていたのか、それも分からなくなり、提督への不信感が爆発する。

 

「違う、違う……!」

 

私はそれを払おうと頭を横に振り、指輪を触った。

そう、これが何よりの証拠ではないか。何も心配することは無い。何も違わないのだ。

不安や不信感は拭えたが、訳の分からない痛みだけは残る。それがただ嫌で、私は一度自分の左肩を叩いて屋上から出て行った。

無数に感じる存在感と、目の回るような痛みが吐き気を誘発させる。こんな所に居ては、気がどうかしてしまう。

急いで階段を降り、私はすがる思いで憲兵の詰所へ向かった。

 

「どうなされましたか?」

 

詰所に着くと、出雲が庭の木を手入れしており、私に気が付くとすぐこちらへと来る。

 

「あの……いえ、医務室をお借りしたくて」

 

「いいですよ、医務室なら空いてますから。病み上がりですから、ゆっくり落ち着いてください」

 

出雲はそれだけ言うと手入れに戻り、私はお礼も言わずに詰所に入った。この中に気配は無く、私は安堵のため息をついて、医務室へ向かう。

医務室に入った頃には吐き気と痛みは消え、まるで、最初から無かったかと思うくらい冷静になった。

 

「……疲れてるのかな」

 

私は言い聞かせるように呟くと、ベッドに潜る。この明らかな異常からは目を逸らし、睡眠という逃げ道を選ぶのだ。

目が覚めてから一時間程度しか経っていないのに、驚く間も無く眠りにつけた。




では、また後日。
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