……帰って来た、やっと。
「ただいま、霊夢」
「お帰りなさい……遅かったわね」
ここ最近、彼の帰りが遅くなることがある。一緒に暮らし始めてから彼がこんなに遅くに帰ってくることはなかったのに。
「ああ、ちょっとな。すまん、心配をかけたか?」
「ううん、大丈夫」
嘘だ、本当は心配している。貴方が何をしているのか、貴方が誰と会っているのか。
「そうか、だったらいいが」
貴方は、何をしているの?
次の日、私は彼が人里に向かう後をつけた。彼はいつものように仕事をしていたようだったけれど、お昼に私は見てしまった。彼が慧音と仲良さげに話していたのを、彼女が照れたような表情をしていたのを。
それからどうやって帰ったのか良く覚えていない、気がついたときには台所で包丁をその手に取っていた。どうして彼は慧音と話していたのか、どうして慧音はあんな笑顔を向けていたのか、どうして彼は最近帰りが遅いのか。私の脳内を悪夢が巡る、彼の隣に私がいない、そんな悪夢が。
「……嫌よ、そんなの」
あの人の隣にいるのは私だけでいい、私以外を見て欲しくない。いいえ、許さない。誰が悪いの? 彼? ううん、彼は悪くない。悪いのは……。
「ただいま、霊夢……霊夢? 居ないのか」
……彼が帰って来たみたい、ただいまって言いに行かないと。
「霊夢? 何だ、いるじゃないか」
「……お帰りなさい」
気付いたら彼の方が来ていた、いけない、玄関で迎えたかったのに。
「夕飯は、出来ていないようだな」
「……あ、ごめんなさい」
そうか、まだ作っていなかったんだ。いけない、早く作らないと。
「疲れているのか? だったら俺が」
「いいえ、大丈夫。ごめんなさい、ちょっと待っていてもらえるかしら?」
早く作らないと、私が作らないと。そうじゃないと、私が彼の隣に居られなくなる。
「かまわないが……、何かあったら呼べよ?」
「ええ、ありがとう」
本当に優しい、なのにどうして? 貴方は優しいのに、どうして私は不安なの? 分からない、貴方は誰を見ているの? 貴方は、誰が好きなの?
「……ねえ、どうして今日は遅かったの?」
……訊いてしまった、もう戻れない。彼はなんと言うのだろう、彼は誰を選ぶのだろう。
「……そうだな、これ以上秘密にしたところでしょうがないか」
怖い、俺が好きなのは慧音だなんて言われたらどうしよう。彼が居なくなったら私はどうなるんだろう? そうなったらどうすればいいのだろう?
ふと、手に持った包丁を見る。
――これで、彼女を。
持っていた包丁が奪われる、彼はそれを余所に置いて私の肩を抱き、私と向かい合った。
「霊夢、結婚しよう」
「……え?」
今、何て彼は言った? 私の聞き間違い? でも、確かに。
「ああ、ちょっと段階を飛ばしたか。最初から話そう、まず俺の帰りが最近遅かった理由だが日雇いで肉体労働をしていたんだ。金が必要だったからな、これを買う為に」
彼が懐から取り出したのは小箱だった、彼がそれを開くとそこにあったのは。
「これって、指輪?」
「ああ、外の世界だと恋人に結婚を申し込むときに指輪を送るというのがわりと一般的でな、人里の友人に頼って作ってもらったんだ。結構いい値段だったがこういうものには金を惜しむ気はなかったからな、デザインに関しては門外漢だったから慧音たちにも意見を聞いてみたんだがどうだろうか?」
最近帰りが遅かったのは指輪を買う為? 慧音と話していたのは指輪の、私の為だった? 彼は、私の事を思っていてくれた? 私が勘違いしていただけだったの?
「…………」
色々と考えすぎて何も言えなかった、それを不安に思ったのか彼は背筋を正し、私の目を正面から見て言ってくれた。
「改めて、言おう。博麗霊夢さん、俺の妻となってはくれないか」
そんなの、決まっている。私の答えなど決まっている!
「……はい、喜んで!」
私は彼に抱きついた、彼も私を抱きしめ返してくれた。思わず泣いてしまった私を彼はずっと撫でてくれた。私が落ち着いた後、彼は私の指に指輪を通してくれた。それがたまらなく嬉しくて、彼にもう一度抱きついてしまった。
私は考え過ぎだった、彼は変わっていなかった。これまでも、これからも、彼は私の事を一番に思っていてくれている。何も悩む必要など無かったのだ、彼を信じていればよかったのだ。良かった、取り返しのつかなくなるようなことをしないで。
「ねえ」
「うん?」
「愛しているわ」
「俺も、愛している」
愛しているわ、心の底から。貴方だけを私は見ている、彼も私だけを見ていてくれる。ああ、幸せってこういうことなのね。
次の日から、知り合いに結婚の報告をして回った。驚かれたり、心配されたり、喜ばれたり、皆色々な反応をしていたけど、皆祝ってくれた。……これで、誰も彼を見ない。彼は私だけを見てくれる。ああ、愛しているわ、私の旦那様。私だけを見てくれる、私だけの旦那様。
夫婦となってから妻としての生活はどこか今までのそれとは違ったように感じた、何かは分からないけど何かが決定的に違ったような気がした。そうして夫婦生活を楽しんでいたある日、私の体調が悪くなった。珍しく慌てている彼と共に永遠亭に向かったところ、おめでとうございますと言われた。……まあ、夫婦だし、そういったことをするのは当たり前のことだから。
それからは度々永遠亭に通うことになった、彼はとても楽しそうに色々と準備をしていた。そんな彼の様子を、私は何故か嫌だと思った。そんな風にしてこれまでと違う日々を過ごして、私はあの娘を産んだ。
「やあ、お父さんだよ」
「楽しそうね」
この娘が産まれてから半年ほど経った。この娘が生まれてから彼はとても生き生きとしている、いつもは冷静な彼がこの娘の前では常に笑顔でいる。
「当然だろう? 俺とお前の娘なんだから。思ったより可愛いものだ、自分の娘というのは。霊夢もそう思うだろう?」
「ええ、そうね」
そうね……そのはずなのにね。
「すいませーん、よろしいですかー?」
「ん? 霊夢、この娘を頼む」
「分かったわ」
誰かが来たらしい、彼は私にこの娘を預けて見に行った。
「……」
可愛い、そう彼は言っていた。そうだ、私も可愛いと思っていた。なのに、今は。
「私だけを」
この娘が産まれてから彼が私だけを見ることはなくなった、私の事は見てくれているのだけれど、この娘のことも同じだけ見るようになった。
「見てくれない」
彼が私を見る割合が減ってしまった、どうして? そんなのは決まっている、この娘が生まれたからだ。彼は子供が生まれるのを待ち望んでいた、彼は子供が好きだから。でも、私が一番ではなくなった。私だけを愛してくれなくなった。
「だったら」
どうしたら私を、私だけを愛してくれるのか。私の隣で私を愛してくれるのか、どうしたら、私だけの彼になるのか。
「こうすればいい」
だから私は、ゆっくりと右手を、
「彼が愛するのは」
その首に、かけた。
「――私一人でいい」
何故か気が乗ったので二時間位で書いてみました、割とベタな展開ですかね。これからも別作品の裏で時々書いていこうかと思います。ハッピーエンド至上主義意なのにこういったものも書いてみたくなるのは何故だろうか、そういう気分になることが時折あります。
この作品は思いついたキャラと思いついたシチュエーションで書いていくだけの作品なので完成度はどんなものになるのやら、まあいいか。次回は誰で書こうか、気が向いたときに考えましょうかね。ではまた。