※今回はジャンルで言うと何になるんでしょうかね。
いつもの店、いつもの席、いつもの場所に彼はいた。
「やあ、お隣いいかい?」
「かまわない」
「助かるねえ、あ、これ貰うよ」
そう言いつつ彼の前においてある串焼きを一本手に取る、彼が先に来ているときは毎回一本だけ残されているそれは、あたいの好物でもある。
「好きにしろ」
「いいねえ」
数年前からの飲み友達、最近はもっぱらこの人と飲むことが多い。きっかけはなんだったかはっきりとは思い出せない、ただ飲んでいて面白いと感じたということは確かだ。それ以来ちょくちょくと席を共にするようになった、今では人里で飲む時は必ずこの人と飲んでいる。
肴はその日その日で違う、今日の肴はあたいの愚痴だ
「聞いておくれよ、最近四季様が良くお説教をして来るんだ」
「お前がサボるのが悪いんだろう、少しは真面目に仕事に専念しろ」
「サボるだなんて人聞きの悪い、あくまで休憩しているだけだよ」
「よく言ったものだな、ふざけた奴だ」
口調は荒いけど彼の顔には笑みが浮かんでいる、何だかこっちまで笑みを浮かべちまうねえ。
「あっはっは、本当のことさ」
「俺なら見捨てる、どうやら閻魔様はよほど懐が深いらしい」
「そうだねえ、そこは本当にそう思うよ」
よく言うよ、アンタだって見捨てたりなんかしないくせに。優しくて、知識もあって、そして何よりも共にいると楽しい。だからこの人のところにはこの人を慕う人間が集う、あたいも含めてね。
いつのことだったか、随分と酒に飲まれてしまったときがある。何でそんなに飲んだのかは覚えちゃいないが、その時はつい口を滑らせてしまった。
「なあ、アンタ」
「何だ?」
「アンタは、好いている女はいるのかい?」
口から出た自分の言葉に内心驚きの声をあげる。酒は人を素直にするというのは本当のことのようだ、何せあたいが自覚していなかったようなことを引き出したんだから。あたいの言葉を聞いた彼はコップの酒を一口煽ると、それを置いて口を開いた。
「連れ合いがいる、娘もな」
「……そっか」
そりゃそうか、いないと思う方が不自然だ。その時のあたいはどこか冷静にそう思った。人柄が良く人望もあり金銭にも不自由していない、そんな男盛りの彼に家族がいないと思うのは希望的観測過ぎた。あたいが考えていなかった、いや、考えないようにしていただけだった。
「すまん、と言う気はないぞ」
「そこまで馬鹿じゃないよ、馬鹿だけどさ」
……まったく、あたいは馬鹿だ。せめて、せめてもう一年でも早く聞いていれば、ここまで胸が痛まなかっただろうに。
「ふん、……今日はおごってやる」
「おっと、こりゃすまないねえ」
注いでもらった酒を一気に飲み干す、慣れ親しんだ酒なのに今日は少しだけ違う味がした。
「……珍しいものだ、室内なのに雨が降るとは」
「……ああ、珍しいねえ」
本当に、珍しい。頬を伝う雨を感じながらあたいは彼の言葉に同意した。
そんなこともあった、唐突にそんな過去を思い出した。何故今なのかと思いながら昼の人里をふらついていると目の前に人だかりがあった。
「……ん? 何か騒がしいね」
何か騒ぎになるようなことがあったのか、どこか暢気にそう思いながら人だかりの外周にいる一人に声をかける。
「ちょっと、何があったんだい?」
「あ、ああ。実は……」
その内容を聞いて、あたいは人だかりを飛び越えた。
「アンタ!!」
「……小町……」
人だかりの中心、そこには彼が座り込んでいた。特に怪我をしているように見えない彼の姿に胸をなでおろそうとしたが、彼の胸の中にいる血まみれの女性とまだ小さな女の子を見つけて息を呑む。
「っ! その人達は」
「俺の、家族だ……」
そう呟いて彼は二人を抱きしめる、暴れ馬に跳ね飛ばされた二人を。二人の血に濡れながら、彼は呆然とあたいに問いかけた。
「小町、二人は」
「……駄目だ、もう、無理だよ……」
あたいには良く分かった。もう……、二人の死は、覆らないということが。
「そう、か。…………うぁあああ!!!! ああああああ!!!!」
「アンタ……」
初めて見た彼の生の感情、悲痛な彼の叫びと涙に、あたいは何をすることも出来ずにただただ立ち尽くしていた。
それから一年、彼は一度もあの店を訪れなかった。仕方ないだろう、家族を失った悲しみを酒で紛らわせるような人ではない。寂しいと思ってしまうあたいは身勝手なのだろうか、一人で酒を飲みながら考え続けたが結局答えは出なかった。
そんなある日のことだ、あの店の入り口で彼の声を聞いたのは。
「もう一度言ってみろ!!!」
「!? あの声は!」
聞いたことの無い彼の怒声、そのことに驚きながら急いで店の中に入るといつもの席の近くで彼が誰かに詰め寄っていた。
「貴様、俺の友人に何をふざけたことを!!」
「おい、落ち着けって!」
あたいも知っている彼の友人が彼のことを必死で止めている、でも彼はいつもの落ち着いた雰囲気を微塵も見せずに強い口調で叫び友人を跳ね除けようとしている。
「落ち着けただと!? この男は俺の友と、そして俺の家族を馬鹿にしたも同然! それで落ち着けだと!!」
「ちょ、アンタ! 何をやっているんだい?!」
暴れようとする彼にあたいは慌てて割って入る、さすがに見ているだけというわけにはいかなかった。
「! 小町…………ちっ、店主、釣りはやる。それと貴様、何があろうと俺は貴様を許さん!!」
あたいの姿を見た彼は一瞬苦々しそうな顔をした後、友人を振りほどき店主に金の入った袋を投げてそのまま外へと出て行ってしまった。
「あ、ちょっと!! ……何があったんだい?」
「……あっちで話そう」
事情を知っているのであろう友人と奥で話を聞く、その結果分かったことは。
「あたいの?」
「ああ、あの男はあの人の家族が死んだのはあの人がアンタと、死神と付き合っているからだって言ったのさ。だからあの人は珍しく怒ったのさ、身内や友人を馬鹿にされるのが嫌いな人だからね」
「……」
つまり、あたいがあの人の家族を殺したと言われたのか。友人はぼかしていたが多分あたいたちが付き合っていて邪魔な家族を殺したんだとでも言われたんだろう、だからあの人はあそこまで怒りを露にした。あたいがそんなことをする女ではないと、そしてあの人の奥さんはそんな不道徳な男を選ぶような女じゃないと。
「心配しなくてもアンタがあの人の家族を死なせただなんて思っているのはあの男ぐらいだよ、誰もあんたを疑ってなんかいない」
「……ああ」
「もうあの男は終わりだな、あの人が何もしなくても周りが勝手に動くだろうし。俺も含めて、な」
確かに、彼の人望からすれば本人が動かずとも周りが勝手にあの男に制裁を下すだろう。あの男はもう終わりだ、もう何処にも居場所は無い。
「……それじゃ、あたいは帰るよ」
「そっか、じゃあな」
友人と別れて店を出る、今更河岸を変えて飲み直す気にもなれなかった。ぼんやりと夜道を帰っている中、その手があったかなどと頭の片隅で思っていたのは、どういうことなのだろうか。
「……やあ、久しぶりだね」
「そうだな」
「……」
「……」
それから少しして、彼はまたいつものように店に通うようになった。いつものようにあたいと、時に友人も一緒にのんびりと酒を味わう。そんなこれまでと同じで、逆に不安定な酒の席だったように思う。
「……ねえ、アンタ」
「俺は、俺の想いは、アイツらと共にあるつもりだ」
「……分かっているさ、そんなことは」
そんな生活を何年も続けていると、いつかのように酒に飲まれることが何度もあった。その度にあたいは時に回りくどく、時に直接的に彼に迫った、迫ってしまった。その度に彼は、いいともいやとも言わずに、ただただ酒を飲んでいた。
……何時からだっただろうか、彼が店に来る頻度が減っていったのは。そのことに気づいた時、店の顔ぶれが変わっていることにも気がついた。時の流れ、死神であるあたいと人間である彼では決定的に違うもの、それに否応なく気付かされた。それでも、たまに来る彼との酒を楽しみながら過ごしていた、もはやそれがあたいの全てだったのかもしれない。
そうして、とうとう彼が店に来なくなってから数年後のこと、あたいは彼の家を訪れていた。久しぶりに見る彼は床についたまま、かつてのようにあたいに声をかけてきた。
「……お前か、船頭じゃなかったのか?」
あたいが来た意味を理解したのだろう、彼の顔には覚悟と、そして安堵があった。
「今回は特別だよ。……あたいが、アンタの命を刈る」
「そうか、文字通りお前に最期を看取られることになるか」
「……ああ、そうだね」
「ああ……、……これで、やっと……」
そう言って、最後まで言葉を紡がずに、彼はゆっくりと目を閉じた。
そんな彼の魂を、あたいは自分の懐に入れた。
「悪いね、アンタ。……アンタは、あたいのものだ」
悪いとは思っている、家族のもとに逝かせてやれなくて悪いとは思っている。だが、あたいはやめる気はなかった、この最低なわがままを通したくて仕方がなかった。
「アンタの一生は貰えなかったけど、アンタの死後はあたいが貰う」
あたいは、彼を手に入れたかったのだ。
地獄にて、閻魔が死神の報告を受けていた。
「……まだ見つかりませんか?」
「はい、申し訳ありません」
「早く見つけ出すように」
「はい」
「……小町……」
死神が去った後閻魔はかつての部下の名を呼んだ。規則を破って勝手に人の魂を回収し、そしてその魂と共に逃亡した彼女のことを。
「さあ、次は何処に行くかい、アンタ?」
はい、小町回です。思いついたままに書いてみるとこんな話になりました、どうだったでしょうか? これは話の分類として何になるのでしょうか、良く分かりません。今回は珍しく彼の本命が彼女では無い回でしたね。今までだと一応妹紅と文の回がそうかな、このパターンだったのは。
さて、次回は確か妖夢か椛でしたね。うーん…、多分妖夢かな、先に書き上げるのは。多分妖夢は素直なヤンデレになってくれるはず、たまには素直な奴を書くようにしないとね。ではまた。