東方病愛録   作:kokohm

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「私だけの、ご主人様」


十六夜咲夜の愛

「……ん」

 

 安楽椅子に腰掛けていた男が眼を覚ます、彼はぼんやりとした目で辺りを見渡した。

 

「……ああ、眠っていたのか」

「お目覚めですか、ご主人様?」

 

 一人呟いたつもりの男に声がかけられる、その声は彼のよく知るメイドの声だ。

 

「咲夜か、ああ、居眠りをしていたようだ」

「眠気覚ましにお茶でもお持ちしましょうか?」

「頼む」

「畏まりました」

 

 主の命を迅速にこなす、それがメイドの喜びであった。

 

「どうぞ」

 

 コトリと目の前のテーブルに置かれた紅茶、男はそれを手に取り一口飲む。

 

「ありがとう、……美味しいよ、咲夜」

「ありがとうございます。ご主人様、ご夕食のリクエストなどはございますか?」

「そうだな……、魚料理を頼めるかな?」

「はい、承りました。それでは食材を買ってまいります、ご主人様にはご不便をかけることとなりますが」

「かまわないよ、ゆっくりとお茶を飲みながら待っているから」

「ありがとうございます、行って参ります」

「気をつけてな」

 

 安楽椅子に腰掛けたまま、右足の無い男はメイドを見送った。

 

 

 

 

 買い物を済ませ主の自宅に戻るメイド、そんな彼女に声がかけられる。

 

「楽しそうね、咲夜」

「……お嬢様ですか、何か御用ですか?」

 

 それはかつてのメイドの主、紅き吸血鬼の少女。彼女は愛用の日傘を手にして、メイドの前でかすかに笑う。

 

「いえ、別に用など無いわ。ただ近くを通ったから来ただけよ」

「そうでしたか、では私はこれで」

 

 帰路に急ぐメイドがその場を去ろうとしたタイミングで、吸血鬼の少女は口を開く。

 

「ねえ、咲夜。貴方は今幸せかしら?」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ、貴方は幸せなのかしら?」

 

 吸血鬼の少女の問いかけに、メイドは警戒しながらも答える。

 

「……当然です」

「そう、だったら貴方の主は幸せなのかしら?」

「……当然です、主の喜びは私の喜びなのですから」

「そうかしら? 彼は本当に幸せなのだと思う?」

 

 しつこく問いかける吸血鬼の少女に、メイドは苛立ちを覚え始める。

 

「何故、そう思われるのですか?」

「人間にとって外を自由に歩けないというのは大層きついらしいわ、だったら脚を失った彼もそうなんじゃないかしら?」

「そのために私がいるのです、問題はありません」

「ふふっ、よく言うわね、まったく」

 

 意味深に笑う吸血鬼の少女、目的を露にせぬ彼女を煩わしく思い、メイドはかつての忠義など微塵も見せずにその場を去ろうとする。

 

「……そろそろよろしいですか?」

「そうね、かまわないわ」

「失礼します」

 

 

 

 メイドがその場を去った後、吸血鬼の少女は大仰なしぐさで肩をすくめる。

 

「……あーあ、やっぱり彼を取り込んでおけば良かったわね。そうすれば彼女も私の元を離れなかったでしょうに、……なにしろ」

 

 誰に聞かせるわけでも無いのに、まるで観客がいるかのように彼女は告げる。

 

「自分の想い人の脚をわざと奪うなんていう、とてもとても楽しい狂気を持っているのだから」

 

 彼女は嗤う、メイドの狂気を、自らの失策を。

 

 彼女は嗤う、彼の優しさを、彼の行く先を。

 

 彼女は嗤う、彼らの幻想を、彼らの危うさを。

 

 

 

「……」

 

 主の自宅に戻ったメイドは眉をひそめる、誰かが来た痕跡があるからだ。

 

「ただいま戻りました、ご主人様」

「お帰り、咲夜」

 

 いつものように迎える男、その前には彼女の覚えの無い菓子が置かれている。

 

「どなたかいらしていたのですか?」

「ああ、鈴仙がね。俺の脚を心配して来てくれたようだ、どうせなら永遠亭で治してみないかとね」

「そうでしたか」

 

 少しだけ冷たい雰囲気を出すメイドに気付いているのかいないのか、男は話を続ける。

 

「まあお前がいるから不自由は感じていないが、ああも熱心に説得されると少々思うところは出るものだ」

「……ご主人様は」

「咲夜、俺はお前の傍を離れるつもりは無い、お前を手放すつもりも無い。いらん心配は不要だ」

 

 メイドの言葉を遮り男は告げる、彼にとって彼女はもはやなくてはならないものだということを。

 

「……畏まりました」

 

 男の言葉をどう受け取ったのか、メイドは深く一礼する。深く下げられたその顔には、冷たい笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

「……あら」

 

 先ほどの一幕の後、買ってきたものを収納していたメイドが声をあげる。

 

「うん? どうした、咲夜?」

「申し訳ありません、一つ忘れていたものがありました」

「大事なものか?」

「ええ、ご主人様のご要望の品を準備する為に必要不可欠なものが。少々お待ちください、手早く行って参りますので」

 

 そう言って彼女は手早く身支度をする、そんな彼女を見て男は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ああ、急がなくていいから安全にな」

「畏まりました」

 

 男はいつも待っている、彼が庇ったメイドの帰りを。男はいつも待っている、自由を奪った彼女の帰りを、男は知りつつ待っている。

 

 

 

 

 

 男の家を出たところで、メイドは空を仰ぎ呟く。

 

「鈴仙、ですか」

 

 今日来た客人の名を呟く、その目は冷たく視線を合わせるだけで凍えてしまいそうなものだ。

 

「ふふふふふふふふ」

 

 突然彼女は笑い出す、本来であれば人に笑顔を分け与えるそれは、人を容易く恐怖に導けるほどの狂気を孕んでいる。

 

「私のご主人様を、私だけのご主人様を、よくも連れ出そうとしてくれましたね」

 

 その手にあるのは銀のナイフ、メイドの仕事を助ける必需品。主の災いを遠ざける、主が為のメイドの凶器。

 

「あの方には私がいればいい、私以外は必要ない、私こそが、あの方の全てなのだから」

 

 主が為の凶器をその手に、メイドは狂気を持って嗤う。

 

「さあ、貴方の時を、止めに行きましょう」

 

 

 

 

 沈む夕日を見上げながら、

 

 

 

             三日月のように口元を歪めて、

 

 

 

                           彼女は嗤った。

 




 はい、咲夜編です。前回の霊夢と根っこは同じですがまた違った愛、それを書けているでしょうか。

 実は咲夜編は二通り考えていました、一つ目よりも二つ目の方が頭の中でまとまったのでそちらを書きましたが、ある程度キャラが出れば二週目ということで一つ目のほうを書くのもいいかも知れませんね。

 さて、次回は誰を書きましょうか。妹紅、文、それと変化球になりますがチルノもいくらか纏っています。まだ文章化していないので次が誰になるかは分かりませんが、上手く書けたらよいですね。しかし意外とアクセスが多いですね、皆さんそんなにヤンデレが好きですか? 満足いただけているかは分かりませんが、良ければ次回もよろしくどうぞ。最後に、次話までの暇つぶしに拙作、東方不帰録を、なんてね。ではまた。

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