※二十話記念回、みたいなものです。
「……っはあ、はあ、はあ」
くそっ! 何がどうなっているんだ!?
いや、まずは逃げないと。とりあえずあの茂みに入ってやり過ごすしかない!
「……何処に行った?」
動くな、動くな、絶対に動くな。今だけは動くな、今動いたら見つかる。
……頼む、見つけないでくれ!
「…………あっちか?」
……行った、か? 物音は……しないな。
「……くそっ、どういうことなんだ」
どうして妹紅が俺に攻撃して来るんだ? いや、妹紅だけじゃない。レミリア、妖夢、鈴仙、早苗。どうして俺が彼女たちに追われなくちゃならないんだ?
「どうして俺を……幻想だったとでも言うのか?」
確かに俺には彼女達と過ごした記憶が有る、彼女達と仲良く過ごした日常の記憶が。そのはずなのに、どうして彼女たちは俺にあんな目を向ける? 俺は勘違いでもしているのか? 俺は、本当は彼女たちに。
「そんなはずは無い、今度こそそんなはずは……なのに」
……くそっ、嫌な事を思い出しちまった。外に居た頃の、皆に拒絶された時のことを……
思い出すな!! 今更……俺は、俺はこの幻想郷で立ち直ったはずだろうが!!!
「今考えるべきはそっちじゃない、どうして彼女達が俺を攻撃したかだ」
………………駄目だ、まったく思いつかない。昨日まで普通に笑っていたんだ、それがどうして今日はこんな………………もしかして。
「異変、の可能性は無い、か?」
原因が思いつかない、なら何らかの異変の可能性もあるんじゃないか? だとすると……霊夢のところに向かえばいいのか? そうだ、霊夢ならきっと。俺がここに来てから何かと親身になってくれた彼女なら、きっと。霊夢なら、きっと俺の。
……やっとか、隠れながらだと時間がかかってしまった。
「……霊夢、いるか?」
お願いだ、いてくれ。君が居なければ、俺は。
「あら」
居てくれた! 良かった、これで大丈夫だ。
「霊夢、君に頼みが」
「よくもまあ、私の前に顔を出せたものね」
「……え?」
待て、今彼女は何を言った? どうして俺の目は地面を見ている? どうして俺の身体はこんなにも痛んでいる?
……霊夢?
「消えなさい、目障りよ」
「……れ、霊、夢?」
「気安く名前を呼ぶんじゃないわよ、不愉快だわ」
その目は、俺を、俺を見るアイツらの目だ。君が、君がその目を俺に、俺に向けるのか……?
「あ、ああ、あああああああああああ!!!!!!?!?」
折れた、俺の中の何かが、折れてしまった。俺は叫び声をあげながら、彼女の前から逃げ出した。
がむしゃらに走り続ける、森の中をやたらめったらに逃げ回る。もう嫌だ、もう嫌だ!! どうして!? どうしてまた俺は!?
「どう…………して…………」
「ここは……」
何処、だ? 俺は……何をして……?
「良かった、目が覚めたようね。何があったの? 森の中で倒れていたけれど」
「アリス……? っ!」
近づいてきた手を避け起き上がる。倒れこみそうになりながらも限界まであとずさる。
「ちょ、ちょっと、いきなり何? 人を人食い妖怪か何かみたいな目で見ないでよ」
「き、君もそうなんだろう!? 君も俺を!」
君も! 君も俺を攻撃するんだろう?! 君も俺を拒絶するんだろう?! 彼女達と同じように、君も!!
「……本当にどうしたの? 落ち着いて、ゆっくりと深呼吸をして。大丈夫、私は何もしないわ」
…………本当に?
「……ほ、本当に何もしないのか? 俺を、拒絶しないのか?」
「そんなことするわけないじゃない、ほら」
そっと俺の頬に当てられた彼女の手は温かくて、その目はアイツらの目じゃなくて。
「あ……」
アリスは、違うのか?
「私は、貴方の味方よ」
「…………あ、ああ」
涙が止まらない。俺は……アリスは……
「大丈夫、私がついているわ」
彼女の肩に顔を埋めて、俺は泣き続けた。
「……すまない、落ち着いたよ」
ようやく頭が回るようになってきた……情けないところを見せてしまったな。
「一体何があったの? 貴方がそこまで取り乱すなんてありえない」
「……ああ、実は」
俺はアリスに全てを話した。急に彼女たちに襲われたこと、彼女たちが俺に嫌悪の視線を向けてきたことを。
「……にわかには信じがたいわね、彼女達が貴方をそんな態度をとるなんて」
「俺だって信じたくなかったよ、彼女達が、……霊夢が、あんな」
霊夢だけは、俺の味方だと思っていたのに。霊夢だけじゃない、皆だってそうだと思っていたのに。俺は、今度こそ俺は友達を作れたと思ったのに。
「……少し調べてくるわ、貴方はここにいて。いい? 絶対にこの家を出ないで、誰か来ても絶対に対応しないで」
「……ああ、分かった」
言われなくてもそんな気は無い、これ以上拒絶されたくなんか無い。
「すぐに戻ってくるわ」
「……ただいま」
「おかえり……その」
霊夢たちの、様子は? あれは、俺の夢だったりしないか?
「貴方の言ったとおりだったわ……信じたくはなかったけれど」
「……そう、か」
夢であって欲しかった、こればっかりは現実であって欲しくなかった。
「……なあ、これは異変って奴なのか?」
「たぶん、でも解決しようにも霊夢たちは頼れない。かといって私一人じゃちょっと……」
「……分かった、ありがとう」
「とりあえず状況が変わるまで貴方はここにいて、ここなら誰かに襲われることは無いはずだから」
「……ありがとう、恩に着るよ」
……今は、アリスの世話になるしかないか。
「とりあえず食事にしましょうか! ふさぎこんでいても良くないものね!」
俺を元気付ける為だろう、アリスが笑顔でそう言った。……本当に、アリスは優しいな。
「ああ、そうだな」
笑顔を返したつもりだけど、今の俺は笑顔を作れているのだろうか。
そうして、アリスの家で世話になってもう十日ほどになる。閉じこもるしかない俺に代わってアリスは調査を続けているが、未だに何も分からないらしい。……実は異変でも何でもないのではないか、あれが彼女たちの本音だったんじゃないか。そう思えてくるようになった、ある朝のことだ。
「……ねえ」
「何だ?」
「私、里帰りをしようと思っているの」
「里帰り……確か魔界とやらだったか?」
前にそんなことを言っていたような……。
「ええ、この前家族から一度戻ってこないかって連絡が来て」
「そ、うか……」
なら、俺も覚悟を決めないとな……
「……それで、良ければ貴方も一緒に来ない?」
……え?
「……俺、も?」
「ええ、未だに皆の貴方にたいする不可解な、その、敵意がおさまっていない以上外には出られないでしょう? だから、貴方さえ良ければ私と、その」
確かに、今外に出ても何かが分かる前に彼女たちに殺されるかもしれない。何より、彼女達と会ってしまうのが怖い。だが……。
「いい、のか? 家族に呼ばれているんだろう? だから、ええと、誤解される可能性もある、んじゃないのか?」
実家に男を連れて帰ったら、その、そういう間柄なのだと思われないか?
「……貴方なら、構わないわ」
「え?」
「分かっているんでしょう? 私の気持ちは」
…それは……確かに、分かっていた。あの時の俺は…………でも今は。
「……ああ、俺も君となら誤解されても構わない」
「なら、問題ないわよね?」
問題ない、か…そうだな、それでいいんだ。
……それに…………
「……アリス、これからも君と一緒にいさせてくれ」
「ええ、私は貴方の傍にいるわ」
もう、俺には君しか居ないんだ。
「さ、決まった以上準備をしないとね! 私はちょっと外で用事を済ませてくるから貴方は荷物をまとめてくれる? 明日明後日には帰れるようにね」
「ああ、分かった」
「それじゃ、行って来るわね」
「いってらっしゃい」」
本当に良いものね、彼に見送られるのは。
「……ふふっ」
っと、いけない、いけない。ここでこの顔はいけないわ、もう少し我慢しないと。彼にだけは、見られるわけにはいかないのだから。
「さて、まずは博麗神社かしらね」
居てくれるといいのだけど、もし居ないと二度手間になってしまうのよね。
「霊夢、いるかしら?」
「……ああ、アリスか」
あら?
「魔理沙? 貴方も霊夢に用事があったの?」
「いや、用事というか……まあ、上がってくれ。それと……あの人の名前は出さないようにしてくれ、誰のことか分かっているよな?」
「ええ」
霊夢には聞かせたくない、ということね。……魔理沙も、かしら。
「霊夢は、奥?」
「ああ、さっき眠ったよ……薬を飲ませてだけどな」
「……そんなに悪いの?」
「だいぶまずい、誰かがそばについていないと何をするか分からないって状況だ。あの人に攻撃して……拒絶してしまったのを気に病んでいるみたいだ」
そうでしょうね、彼は拒絶されるのを恐れていたのに。だというのに、よりにもよって自分が拒絶してしまったのだから。彼がもっとも信頼していて……彼の一番であった霊夢が、ね。
「そう……他の皆も?」
「ああ……レミリアは閉じこもっちまったしフランはあの人が来る前の状態まで戻っちまった。早苗はろくに食事も取らないからかなり痩せていたし、妖夢は幽々子が止めなきゃ腹を切っていたらしい。妹紅は自傷行為をするようになってしまったから慧音がついている、ただ慧音もだいぶ落ち込んでいるから任せっきりには出来ないのがな。鈴仙はもっと酷い、と言うか一番まずい。永遠亭住みじゃなかったら何度死んだか分からないって程だそうだ」
……さすが、というべきなのかしら。これほどまでに皆に想われて、これほどまでに皆を変えて、これほどまでに皆に執着された彼は。
「……そう、それほどまでに……あの人はまだ?」
「ああ、文や咲夜が仕事を放ってまで探し回っているみたいだがまったくだ。もしかしたら……かもしれない」
死んでいるかもしれない、そう思っているってことね。
「……私も、探しに行きたいぐらいなんだけどな」
そう言う魔理沙の手は堅く握り締められている、行きたいけれど霊夢も見捨てられないってところかしら。
「それで、アリスは何でここに来たんだ? あの人を見つけたって訳じゃないんだろう?」
「ええ、違うわ。実は里帰りをしようと思ってね、それを伝えにきたの」
「里帰り? 何でまた?」
「……ここにはあの人との思い出が多すぎるから、耐えられないのよ」
「……あの人は帰ってこない、と思っているのか?」
「それだけのことをしたのよ、私達は」
そう、私達は、ね。
「……そうかもな…………お前は帰って来るのか?」
魔理沙の問いかけに首を振る、もう私がここに戻ってくることは無いわ。
「……そっか、寂しくなるな」
「虫のいい話だけれど、霊夢たちのことは頼むわ」
「ああ、頑張ってみるよ」
そうね、頑張って頂戴。
「じゃあな、アリス」
「さようなら、魔理沙」
……魔理沙に伝えたしこれ以上誰かに会いに行く必要は無さそうね……それに、
「……ふふっ」
堪えきれないもの。
「――あっはっはっはっは!!!!」
私にしては珍しく大声で笑う、多分今の私はとてもいい笑顔なのでしょうね。誰かに会う可能性もある以上ここで笑うのは良くないのだけれど、もう我慢できないわ。
「ああ……こうも上手くいってくれるなんてね」
本当、ここまで上手くいくとは思っていなかった。数ヶ月もかけて一日しか効果が無いと分かった時は駄目かと思ったのだけれど、最上の結果となってよかったわ。
あの人が過去にトラウマを抱えていることは聞いていた。だから皆に拒絶された後私が親身にすれば私に執着してくれると思ったわ。あの人のトラウマを目覚めさせるのは心苦しかったのだけれど、そうしなければ私が彼の一番になれなかった。
「そう、私は彼の一番になりたかった」
彼自身の思いはともかく、私は彼が何人女性をはべらせることになろうが別に構わなかった。でも…………一番にはなりたかった。彼の最愛の人となりたかった。
「だから、私は」
私は皆を、特に霊夢を疎んだ。彼が最初に会って、彼が一番想っていた彼女を。彼女がいる限り私は彼の一番になれない、だからと言って彼女が消えても彼は彼女を想い続けるだろう。死者への恋慕に勝つことは難しい、下手をすれば彼を失うことになるかもしれない。だから、彼女の方から彼を拒絶させた。
「ああ……これで、彼の一番は」
私が、私こそが彼の一番。これが、私達のハッピーエンドよ。
「アリス」
「どうかしら?」
「綺麗だよ、アリス」
「ふふ、貴方も素敵よ」
「ありがとう……準備はいいか?」
「ええ、大丈夫よ。さあ、行きましょうか。主役が遅れるわけには行かないわ」
「そうだな……愛しているよ、アリス」
「私もよ……あなた」
はい、アリス回です。感想欄にも書いていますがこの話は私が病愛録を書こうと思ったきっかけでもあります。アイデアそのものは少しだけ古いので最近書いていた奴とはちょっと雰囲気が違うかもしれません。正直魔理沙との会話辺りは抜こうかなとも思ったのですが、まったく罪悪感を持っていない辺り狂気的かなと思って入れてみました。うーん、締りが悪くなっちゃったかなあ。
この話、実は東方不帰録の方で遠い先でやろうと思っているイベントのをもとにしています。そのifとして、アリスが本当に犯人だったらという思いつきから生まれました、何故アリスかといわれると私にも良く分かりません。
私はもともと不帰録のifエンド集みたいなものを作りたいと思っていました、そこの一つとして今回のアリスが生まれ、さらに一話のヤンデレ霊夢が生まれ、結果として病愛録となりました。それでこっちの方が人気が出てしまったのですから、何が起こるか分かりませんね。
さて、次回はリクエストがあった輝夜になるかな? それと、ちょっとしたアンケートをやります。活動報告にて病愛録で好きな話を皆さんから教えていただきたいと思っています、どの話が人気なのかを知ってみたいんです。出来ればトップ3ぐらいまで教えてください、多ければ集計して次回発表します。ではまた。