守矢神社、そこには幻想郷においても珍しい常に神が在る神社である。それゆえにこの神社を参拝する者は多くいるが一種の聖域でもあるその中にまで招かれる者はそうはいない、だが例外というものがあるのは事実だ。
「早苗、ちょっといいかい? っと、来ていたのかい」
「あ、神奈子様、何かありましたか?」
「ああ、ちょっと頼みたいことがあってね。お前さんもそれで良いかい?」
神奈子の言葉に彼は無言で頷く、無口でややもすれば無愛想にも思える態度であるが神奈子は自然と笑みをこぼした。彼が先で述べた例外の一人、巫女と神に気に入られた数少ない人間である。
「じゃあ頼むよ、早苗」
「はい、そういうことですので私はこれで」
少々の仕事、性質上彼女にしか出来ないそれを成す為に席を離れる早苗。それを見送った後神奈子は彼の対面に腰を下ろす。
「さて、と。悪いが少しばかり私の話に付き合ってもらえるかな?」
神奈子の問いかけに彼はゆっくりと頷く、その無言の返答に彼女は満足そうな笑みを浮かべた。
「……そうだね、こんな話を知っているかい?」
数は二人、語るは一柱。傍から見れば僅かばかり首を傾げてしまいそうになるその会話、それがここ最近の彼女の楽しみであった。
神と言っても神社でふんぞり返るのが常というわけでもない、守矢の神はどちらも引きこもりという言葉からは遠い神であった。故にどちらもふらりと散歩としゃれ込むのはよくある話であり、その先で見知った顔に出会うのもそう珍しい話ではなかった。
「……おや、奇遇だね」
妖怪の山の麓の辺り、そこで彼女が声をかけたのは度々神社を訪れる彼であった。彼は神奈子の問いかけに軽く会釈をすることで答える。
「神社の外で会うのは初めてかしら?」
確か彼と最初に会ったのは早苗が連れてきたからで、その後も神社でしか会った事がなかったはず。そんなことを考えていると件の彼の反応が若干おかしいことに気付く、彼にしては珍しくその目は泳いでいるように神奈子には見えた。
「何かあったのかい?」
場所が場所であるのでもしかしたら妖怪の被害にでもあったか、そう心配する神奈子であったが彼は首を横に振って答える。
「そうかい? なら良いんだが……。そうだ、今時間はあるかしら? 良ければまた神社でお茶に付き合って欲しいのだけれど」
その神奈子からの提案に彼は一瞬だけ体を硬直させるものの、すぐに彼女に対して首を縦に振った。その彼からの返答に神奈子の笑みがさらに深まる。
「そう、じゃあ行きましょうか」
こうして神奈子に連れられて妖怪の山を登る彼であったが、その際に彼がちらりと近くの木々に目をやったのを知っているのはただ一人であった。
それが大体一週間ほど前のことであっただろうか。
「何となく来てみたけれど」
ふとそのことを思い出した神奈子がふらりと外に出てみれば、またもや彼はそこにいた。木陰で佇む彼に声をかけようとした神奈子であったが、その声は口内で留まり彼の元に向かうことはなかった。何故なら、
「……あれは」
彼のすぐ傍にもう一人、彼に笑みを向けている者がいたからだ。神奈子も見知っているとある天狗、彼女が彼に親しげな様子で言葉を交わしていたからだ。……そう、交わしていたのだ。
「……!」
彼女に声を届かせている彼を見て、神奈子は己が想いを自覚した。
「……私は」
彼女に微笑みかける彼の姿を見て、神奈子は己が望みを見つけた。
……神隠し、それは人が唐突に日常から消え去ってしまうことである。それはとある妖怪の二つ名でもあるのだが、本来は神の所業であるのだ。
何処なのであろうか、明るさよりも暗さが勝るその部屋に彼はいた。
「……なあ、もう三日だ、三日もお前は何も食っていない」
椅子に座っている彼の前に神奈子は持ってきた料理を置く、見た限りとても美味しそうな料理の数々であったが彼は何の反応も見せない。
「私のようなものならともかく、お前は正真正銘ただの人間だ。何か食べないと死んでしまう」
懇願するかのように彼女はそう言ったが彼は口を開かない、それは彼の常ではあるが今回はそういうことではない。
「なあ、せめて一口でも口に入れてはくれないか?」
しかしどれ程願おうとも彼は答えない、身じろぎ一つすることは無い。
「……はあ、仕方ないな。私は用事があるからもう出るが、きちんと食べておくんだぞ? いいな?」
そう言い含めて部屋を出ようとする彼女であったが、部屋の戸に手をかけたところで振り向く。
「ああ、そうだ」
最後に思い出したかのように、彼女は自覚した己が心を語った。
「愛しているよ、心からね」
一柱減ったその部屋、だがそう時も経たない間にもう一柱の神がそこに現れた。
「や、久しぶり。神奈子との逢瀬はどうだったかな? 知っているかい? 実はこれは神奈子のお手製なんだよ?」
そんなことを言いながら彼女はそこに置かれた料理を口に運ぶ、一口だけかと思えばどうやら全部食べてしまうつもりらしい。
「ま、君からしたらそれがどうしたって話かもね。神奈子は君がどうこうって言っているけど当の君からしたら訳分からないとは思うよ、うん」
パクパクと食べ進めながら彼女はそう語る、あまり行儀の良い行いでも無いがそんなことを注意するものはここにはいない。
「姿や言動は人のそれとはいえ私達は結局のところ神でしかない、だから人間である君を理解するふりは出来ても悟る事は出来ないんだ。つまり神奈子には君の思いやら何やらは良く分かっていないのさ、当人は分かっているつもりだろうけどね。ま、したり顔で話しているけど私だっておんなじなんだけどね」
独り言を呟いているようにしか見えないが彼女にとってこれは会話であった、滅多に口を開かない彼との会話というのはこれが常であるのだ。
「……そうだ、君は付喪神を知っているかな? 長い時を経た道具が妖怪なり精霊なり、それこそ神様なりに変化したもののことだね。その変化の理由もまあそれなりにいくつかあるんだけどさ、人の想いを集めた理由なんてものもあったような気がするんだよね。意外と人の想いってやつは強い力を持つんだよね、それこそ人を神に変えたりするほどに」
そう語る彼女の脳裏に映るのは巫女であり現人神でもある彼女の家族の姿だ。
「話がちょっと長かったかな、どうにも君と話すときは話を長くしてしまうね。君が完全な聞き役だからついつい乗ってしまうのかな? って、こうやって脱線するからかもね。まあ、何が言いたいのかというとさ」
とうとう全部平らげた料理の皿を置き、彼女は彼の顔をじっと見つめる。
「人の想いを受けた道具は神になる、人の思いを集めた人間も神になる、なら神の想いを注がれた人間は何になるんだろうね?」
首をかしげながら、見た目だけならいたいけな少女のように見える彼女の問いかけに、答える声などありはしなかった。
「……ふふ、君に言っても仕方ないことだったかもね。ただまあ、君がどうなろうと神奈子が君を愛することには変わらないだろうけど」
打って変わって謎の色気を持つ笑みを浮かべた彼女はそう言った後、椅子に座る彼に背を向けた。
「じゃ、そろそろ私は戻るとするよ。今度は君の声を聞きたいね、ばいばい。…………いや」
背を向けたまま手を振る彼女であったが、ピタリと止まって振り向いた。
「おやすみ、かな?」
そうして彼女はその部屋を去る、その声に答える者は終ぞ存在しなかった。
はい、神奈子回です。…えー、お待たせしてすみません。もう少し早く投稿するつもりだったのですが、まあいつものようにやる気が出なかったんです。と、言い訳はさておき話の内容についてです。前回ベタなやつを書くとか言っていましたが、ちょっと上手く行かなかったのでこっちを書くことにしました。今回も結構無理やりな流れですが、まあ予想以上に難しかったんです。
私は基本的にそのキャラの属性を見て話を考えるのですが、まあ一部例外もありますけど、私が見た限り神奈子はそういった事に使える属性がなかったんです。なので神という属性から後半を考え、それから前半を書きました。そのため諏訪子が神奈子以上に喋っていますが気にしないでください、はい。
さて次回、今来ているリクエストは確認している限り、幽々子、聖、ルーミア、衣玖、八雲家、であったと思います、漏れがあったら教えてください。この中から次はどれになるかというと、おそらく聖、衣玖、八雲家のいずれかになると思います。あと八雲家に関しては紫と藍の二人で書くつもりなので橙は出ません、ご了承ください。ではまた。