東方病愛録   作:kokohm

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「おはようございます」


永江衣玖の愛

「その…………私と、け、結婚を前提にお付き合いしてもらえませんか?!」

 

 初対面の女性からの第一声がこれで、面食らわない男はおそらく居ないだろうと僕は思う。

 

 

 ……愛を語るのは簡単なのだろう、愛を誓うのもまた簡単なのだろう。だが……、愛することは難しいらしい。過去の夢を見ながら、僕はそんなことを考えていた。

 

 

「……」

 

 …………朝。…………うん。

 

「おはようございます」

「…………? ……おはよう」

「どうぞ、蒸しタオルです。お召し物も準備しておきましたから着替えたら降りてきてくださいね」

「……うん」

「何なら私もお手伝いしましょうか?」

「……大丈夫」

 

 …………ああ、ようやく目が覚めた。なかなか快適な朝だ、今日は良き日になるかもしれないな。

 

 

 ……しかし、何故衣玖がここにいるんだ。僕は彼女に家の鍵を渡した覚えはないんだけど。……まあ、聞けばいいか。

 

 

 

 

 

 お味噌汁の味を見ていると階段を下りてくる音がしました。どうやら無事お目覚めになったようですね。

 

「おはよう」

「おはようございます」

 

 ふふ、何の変哲もない会話がこれほどうれしいとは思ってもいませんでした。

 

「ご朝食の準備をするので少し待ってください」

「うん」

 

 ……お口に合うでしょうか、少々不安です。彼の好みは既に調べてあります、上手くそれにあった味に出来ていればいいのですが。

 

 

 

 

 

「……美味しい」

 

 出された味噌汁を一口すすり、その素直な観想を言うと彼女は満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、貴方の舌にあったようでよかったです」

 

 玉子焼き、鮭の塩焼き、ほうれん草のおひたし。それぞれに順に箸をつけてみるとどれも美味しい。…………じゃない、聞くことがあるんだった。

 

「それにしても、どうして君がここに?」

「貴方は朝に弱いと聞きましたので、それなら朝食をお作りしようと思いまして」

「……そう」

 

 聞きたかったのは、どうして、じゃなくて、どうやって、の方だったんだけど。……まあいいか、どうでも。

 

「……でももう少しだけ味が濃い方がいい、少し物足りない」

「分かりました、他に何かありますか?」

「食べた時に言う」

「はい、分かりました」

 

 たぶん彼女はまた来るんだろう、なら味の注文をするのはその時でいい。

 

 

 

 

 

 ご朝食をすました後、彼はお仕事へと出かけていきました。彼が出かけた後少しばかりして私も家を出る。目的は勿論、彼が何か危険に巻き込まれないように見守る為です。お夕飯の準備をしなければならないので一日中とは行きませんが、出来る限り彼のために動かなければ。それこそが私が生きる意味だと、あの時私は悟ったのです。

 

 

 

 

 ……明かりがついている、それに人の気配、か。

 

「お帰りなさい」

「……ただいま」

 

 

 当然のように玄関で衣玖が座って待っていた、やはり夜も彼女はいるつもりらしい。というか朝からずっといるのか、別に追い出したりしてないし当たり前か。

 

「お疲れ様です。食事にします? それともお風呂にします?」

「お風呂、夕飯はその後落ち着いてからとる」

「はい、では準備しておきますね」

 

 ……なんか楽だな、衣玖は。今までは何度も理由を聞かれたり文句を言われたりばっかりだったから、こういうのは新鮮で、とてもやりやすい。

 

 

 

 

「お背中、流ししましょうか?」

 

 お夕飯の準備は既に済ませている、なので少しばかり茶目っ気という奴を出してみたのですが。

 

「……いや、いいよ」

「そうですか……」

 

 残念です、お役に立ちたかったのですが。

 

 

 

 

 僕はお風呂上りに一時間ばかり本を読むことにしている、お風呂を上がってすぐに食事を取るというのがどうにも身体に合わないからだ。ならば先に食事をとってからにしろといわれることもあったがそんなのは僕の勝手だ、僕以外には関係のないことなのだから放っておいてほしいと思う。

 

「……」

「……」

 

 しかしまあ、よく何もせずに黙って座っていられるものだと思う。しかも意図的にこちらに視線を向けないようにしているな、僕をせっつかせない為か。……ふむ、そろそろいいか。

 

 

 

 

 彼が本を閉じた音が聞こえた、休憩は終わりということでしょうか。

 

「お食事の準備をしましょうか?」

「うん」

 

 推測は間違っていなかったようですね。

 

「はい、では少々お待ちください」

 

 朝の注文を聞いて少し味付けを変えてみましたが、今度はどうなるでしょうか? 美味しいと言ってくださればよいのですが……。

 

 

 

 

 そんなことが日常になってしばし経ったころだったか、仕事帰りの僕に声をかけてくる人がいた。

 

「やっほー、天子ちゃんの登場よ」

 

 ……暇なのだろうか、この人は。

 

「……」

「待ちなさい、何で私を無視するのかしら?」

「面倒だから」

 

 かまってちゃんの相手は割と面倒なのだ、僕はそんなに活動的なほうでもないから特に。

 

「ぐぬっ、相変わらず歯に衣着せぬ物言いね」

「それで何?」

「いえ、特に何でもないんだけど。せっかく会ったから少しばかりからかおうかと思って」

「からかう? からかわれる理由が思いつかないな」

 

 彼女に限らず誰かにからかわれるような生き方はしていないつもりなんだけどな、僕は。

 

「何を言っているのよ、アンタの恋のことよ。他人の恋ほど話の種になるものはないわ、惜しむらくは酒の席ではないことね」

「恋? 僕が?」

 

 僕が恋だって? ……この僕が?

 

「下手なとぼけね、衣玖という恋人がいるくせによくやるわ」

「衣玖? 別に彼女は僕の恋人じゃないよ」

「はあ?」

 

 何を変な顔をしているのだろうか、天子は。

 

 

 

 何を変な顔をしているのでしょうか、総領娘様は。

 

「……ちょっと待って、整理させて頂戴」

「好きにして」

 

 総領娘様は頭痛でもするのか、頭を押さえつつ彼に質問をしていきます。

 

「衣玖はアンタの家に入り浸っているわね?」

「そうだね」

「食事を作ったり、身の回りの世話をしてもらったりしているのよね?」

「そうだね」

「そんな衣玖とアンタの関係は?」

「他人」

 

 ええ、そうです。それ以外何かありますか? 確かに私は結婚を前提にお付き合いを申し込みましたが断られていますし、間違っても恋人なのではないはずです。まあ、いつかそうなればよいとは思っていますが、彼はそうは思っていないようですし。

 

「……いや、アンタは他人に家の中を好き勝手にさせるの?」

「別に何か魂胆があるようには見えなかったし、何より楽」

 

 そう言ってもらえるのならこれからもよりいっそう頑張らなくてはなりませんね。私は彼のお世話が出来て嬉しい、彼は楽が出来てたぶん嬉しい。互いにメリットのある、win-winという奴でしょうか。

 

「…………ないわー」

「そう」

「どうりで衣玖との会話が少しかみ合わないはずだわ、恋人だと互いに思っていないからか。どっちもおかしいわね、アンタも、衣玖も」

「そうかもね」

 

 おかしいのでしょうか? 誰かを愛するのは初めてなのでどうにも良く分かりませんね。

 

 

 

 

 

 今日は休みの日、衣玖は一日中家にいて掃除やら洗濯やらをやっていてくれた。本を読む合間に見る限り今は夕食の準備をしているようだ。

 

「あ!!」

 

 などと思っていると台所の方からパリン、と皿が割れた音がした。

 

「どうかした?」

「あ、その、申し訳ありません!」

 

 深々と頭を下げる衣玖、見てみればその足元にはいくつかの破片が転がっていた。さらによくよく見ればそれは僕のお気に入りの皿、であったものようだ。

 

「……ああ、別にいいよ。それよりも怪我は?」

「し、しかしこれは貴方のお気に入りの……」

 

 まあ確かに残念だけど、壊れたものは仕方ない。

 

「別にいいよ、とにかく片付けよう」

「わ、私が!」

 

 そう言って彼女は素手で皿の破片を拾おうとする、下手に触れば怪我をすることなど子供でも分かるだろうに。なのでパッと彼女の手を掴んでそれを止める。

 

「怪我、するよ?」

「しかし、せめて急いで片付けないと」

「そう思うなら少し待っていて、今の君はちょっと邪魔だよ」

 

 そう言い残して台所を出る、ええと……。

 

「箒とちりとり、どこにあったかな」

 

 物置かな? ……それにしても…………。

 

「はあ……」

 

 仕方ないとはいえ、結構気に入っていたんだけどな。

 

 

 

 

「はあ……」

 

 そのため息を聞いた瞬間、彼が残念がっていることが良く分かった。

 

「……ああ、私は……」

 

 彼にあのような声を出させてしまった、彼を悲しませてしまった。私の喜びは彼が喜んでくれることだと言うのに、その私が今やったことはなんです? ……彼は私に失望したかもしれない、そうなればもう私を使ってはくださらないかもしれない。

 

「…………私は」

 

 そのようなことになれば私にはもはや生きる意味など無い、愛した彼に見捨てられてしまうなど私に耐えられない。

 

 

 そう思った私の視界には、先ほどまで使っていた包丁が映っていた。

 

 

 

 

「……」

 

 箒とちりとりを手に戻ってきてみると、そこには血まみれの衣玖が青い顔をして座り込んでいた。転がっている血塗れの包丁と血が出ている左手首を見る限り、わざと自分で切ったようだ。

 

「……じゃない」

 

 冷静に観察している場合でもない、永遠亭に連れて行かなければ。タオルを押し当てて止血すれば多少は持つか? 考えるのはいいが同時に動かないとまずいな。

 

「…………」

 

 素人なりに止血をして彼女を背負う、やはり人一人だと軽いとは言えないけど頑張るしかないな。…………彼女が自殺を図った理由は僕の皿を割ったからか? その程度のことで? ……いや、その程度で思い悩んでしまうほど彼女は僕を? ………………そうか、そうなのか。

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 ここは……?

 

「目が覚めたようだね」

「…………! 私は……」

 

 彼に助けられたということですね。

 

「まったく、戻ってみれば君が血塗れで倒れているんだからびっくりしたよ」

「……もうしわけありません」

 

 そうでした、彼の家であのようなことをしてしまえば彼に更なる迷惑がかかるではないですか。ああ、私はなんと言う馬鹿なことを。死してまで彼に迷惑をかけるなど、決してあってはならないことなのに。

 

「ねえ、君が、衣玖が死のうとしたのは僕が原因かな?」

「……それは…………」

「答えてもらうよ、そうでなければ僕は君を捨てる」

「! それだけは!」

 

 ……私は何を言っているのだろう、もう既に彼は私を見限っているに違いないのに。

 

「なら答えて」

「……はい、貴方に捨てられるくらいなら、と」

 

 ……ああ、次はちゃんと私の家でやらないといけませんね。そうすれば彼にも迷惑は。

 

「そ、じゃあ言わせてもらうよ」

 

 

 

 

 だから僕は衣玖に言ったんだ。

 

「僕と結婚してくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

「……は?」

「いや、僕と衣玖が結婚するからそのお知らせに来たんだよ」

「ちょっと待ちなさい、どういう風の吹き回し?」

「天子は聞いている? 衣玖が自殺未遂したこと」

「ええ、勿論知っているわよ。でもそれが結婚とどう繋がるの?」

「僕ってさ、女運悪かったんだよね。学生の時の彼女はすぐに他のやつに乗り換えたし、家の意向で付き合っていた人は愛しているって言いながら浮気をしていたし。正直な話、恋愛って信じてなかったんだよね」

「ならますます納得がいかないわね、何で今になって衣玖と?」

「いやだって、彼女は僕のために死のうとしたんだよ? 僕への愛のために命を捨てようとした、それほどまでに僕を思ってくれる女性なら信じてもいいんじゃないかと思ったんだ」

「……はあ」

「そう思ったら何だか愛おしくなってね、咄嗟にプロポーズしたんだ。彼女も快く受け入れてくれたし、衣玖となら僕は幸せな家庭を築けると思うんだよね」

「……はあ」

「そうそう、それで順番が逆になっちゃうけど明日から新婚旅行って奴に行こうと思うんだよね。君は何かお土産の希望とかあったりする?」

「…………じゃあお菓子とお酒で」

「うん、分かったよ。じゃ、近いうちに結婚式を挙げるつもりだからその時は出席よろしくね」

「……ええ、分かったわ。ああっと、その」

「うん?」

「お幸せに?」

「ありがとう、じゃあね」

 

 

 

「……まさかの展開にびっくりなんだけど、これ」

 




 はい、衣玖回です。今回は裏のない割ときちんとしたハッピーエンド、のはず?

 内容に関して、個人的に衣玖は愛が重いイメージがあったのでそちら方面で書くことに決めました。最初は途中の自刃を中心に書こうと思ったのですがそれだとちょっと足りないかなと思い他を足すことに。なので押しかけ、いえ押し込み女房にしてみたのですがこれだと彼が引くよなあ、なので彼のほうもかなり変な奴にした結果今回の形になりました。元の予定からいくつか端折った割には長くなりましたね、最後はちょっと適当っぽい気もしますが。

 さて次回です、予定では聖を書こうかと思っていましたが変えます。リクエストにはないですがベタなヤンデレを書いた方がいいと個人的に思ったので、ちょっとばかし魔理沙で書いてみようかと思います。執着、ストーカー、監禁。その辺を書ければいいなあと思っています。後そのうち既に出たキャラを中心に短い話をいくつか纏めたやつを書いてみようかなあとか思っています。ネタを思い浮かんだけど一話にするほどの長さにはならない奴とかで書けたらなあ、とかまあ適当に。ではまた。

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