東方病愛録   作:kokohm

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「貴方は食べていい人類?」


※今回はヤンデレではないと思います。サッドエンドでバッドエンドなお話でよろしければ、どうぞお読みください。


ルーミアの愛

「貴方は食べていい人類?」

 

 そんな彼女の問いかけに、彼は無言で首を振った。

 

「そう、じゃあ今日も?」

 

 彼女の問いかけにこくりと首を縦に振り、彼は彼女の隣に座った。

 

 

 

 その何も喋らない男と妖怪の少女の付き合いは、傍から見ればはなはだ奇妙なものであった。妖怪が人を襲うわけでもなく、人が妖怪を退治するでもなく。ただただ二人はじっとそこに座っていた。会話などない、互いを見合うわけでもない。その頭上にある星々を、何をするでもなく無言で、ぼうっと眺めているだけであった。

 

 

「もう帰るの?」

 

 立ち上がった彼にそう聞くと彼は頷いた、となれば今日はお別れだ。

 

「そう、じゃあまた明日」

 

 これが、ここ最近の彼女の楽しみであった。

 

 

 

 

 彼が去った後、帰ろうとした彼女の元にとある妖怪が訪れた。

 

「随分と、入れ込んでいますわね」

「……八雲紫? 何のこと?」

「とぼけられなくとも、今の彼のことですわ」

「彼が何か」

「彼が、というよりは貴方が、ですが。少しばかり困るのよ、妖怪である貴方が人間の彼と近しいのは」

「どうして?」

「分かっているでしょう? この幻想郷において妖怪とは人間に恐れられるものでなくてはならない、そうでなければ妖怪という存在が弱まってしまう」

「今の幻想郷でそんなもの建前みたいなもんじゃない。だいたいそれを言ったら霊夢とかはどうなの?」

「彼女はある意味で例外よ。彼女はあくまで中立、人の側に立っているようには見えるけれど、その実彼女はどちらにも立つことができない。彼女は、博麗の巫女はそういう存在なのだから」

「……それに、今の妖怪に人間を恐れさせることなんてそうできないわ、バランスを保つ為に下手に人間を食べることが出来ないんだから」

 

 人を食えば人は減る、人がいなければ妖怪は存在できない。それが今の人と妖怪の関係であった。

 

「そう、今の幻想郷において妖怪が人間を喰らうことはいずれ己が首を絞める行為となる。でもそれにも例外はあるわよね?」

「……外来人」

「そう、本来の幻想郷にはなかった者。彼らであれば妖怪たちが食べようとも幻想郷のバランスが崩れることはない」

 

 何故なら彼らは、本来存在しない者達なのだから。もとより数に含まれていないお土産をいくら食べようとも、保存している食材の量が減るというわけではない。

 

「……知ったことじゃないよ、私は私で適当に生きていくだけだから。妖怪が弱くなろうが強くなろうが、どっちでもいいの」

「そう、それならそれで勝手になさい……ああ、そうそう」

 

 スキマに入ろうかというタイミングで振り向き、彼女はイタズラっぽく笑う。

 

「もしかしたら貴方、わざと彼を生かしていたりします?」

「は? どういう意味?」

「いえいえ、単なる言い伝えのようなものがあってですね。誰かを愛している人間の肉は大層美味しいそうですよ、その相手が自分ともなるとそれこそ天にも昇る味なのだとか。でもそういないでしょうね、妖怪を愛する変わり者の人間なんて」

「……帰れ」

「ええ、言われずとも。では、御機嫌よう」

 

 そいつが去った後、少しの間彼女はその虚空を睨みつけていた。

 

 

 

 そんなことがあったのは数日前か、それとも数週間前か、もしかしたら数ヶ月前か。彼に会うたびに彼女はそれを思い出した、だが関係ないと頭を振っていた。そんなことは起こりえない、そう確信していたからだ。

 

 

 

 

 

 

「……来ない」

 

 そういうときも度々あった、しかもこう来ないのであれば彼はもうその日は来ないということも分かっている。人間である以上何かに縛られているのであろう、妖怪である自分とは違って。

 

 

 そういう日には夜の闇を徘徊するのが彼女の日課だった、そしてそんな夜の中を不運にも歩いている人間を喰らうことも。自分から積極的に飛び込んできた獲物であれば多少食べてしまっても妖怪の賢者は文句を言ってこない、人間の数と恐怖のバランスをとるためにも多少の「食事」は認められていた。彼と仲良くなったからといってそのあたりは変わらなかった、彼は彼、人間は人間、「食料」は「食料」である。

 

 

 自身の闇を纏いながら適当に歩く、こうなれば自分ですら満足に前が見えないが当てもなく歩くにはむしろ丁度いい。そうして歩いていると、ふと何かにぶつかった。大きさから人間であろう、つまりは「食料」だ。だから彼女は、それに噛みついた。

 

 

「!」

 

 美味しい、美味しい、美味しい!! その味に口が、牙が、肉を離そうとしない。その味は今まで食べてきたどんな肉よりも甘く、濃く、美味い。肉を、血を、その骨すらも彼女は無心で体の中に取り込んでいく。

 

 

 

 そんなルーミアの思考に僅かに疑問が浮かぶ、悲鳴は? 喰らいついてから今までこれは声を出していない、動いていることから気絶しているわけではないはずなのに。

 

 だがそんなことはどうでもいい、今はこの最高の食事を味わい、喰らい尽くすのだ。

 

 

 そんな彼女の耳は、その声を聞き取った。

 

「……ルー……ミ…………ア」

 

 何故自分の名前を知っている? もしかして知り合いだったりしたのだろうか? しかしこんな声に覚えはないしそもそも人間で彼女の名前を知っているものなど……!

 

 とあることを、最悪の想像を思いついてしまった彼女は闇を解く。晴れていく闇の中にあったものは……

 

「……あ? ……あ、あああ、あああああああ!!!!??!?!!?」

 

 半分しかない見知った顔、かつて握った右手はもうなく、ここまで歩いてきた足はまったくない。もうそのパーツは欠けに欠けているけれども、そこに居たのは間違いなく――

 

 

「――なんで」

 

 何故? どうして? 何で? 彼は何故倒れている? 彼はどうして欠けている? 彼は何で、死んでいる? それは、それは彼女が食べたからで……

 

 

 食べ、た? どうして食べてしまったのだ? ……どうして? それは美味しかったか……美味しかった、から?

 

『いえいえ、単なる言い伝えのようなものがあってですね。誰かを愛している人間の肉は大層美味しいそうですよ、その相手が自分ともなるとそれこそ天にも昇る味なのだとか。でもそういないでしょうね、妖怪を愛する変わり者の人間なんて』

 

 

 ……よくよく、よくよく思い出してみれば、その味はこの世のものとは思えないほど極上で……

 

「あ……ああああ!!!! あああああああああああああああ!??!!?!!??!」

 

 そのことを理解した時、彼女は絶望の声を上げた。

 

 

 

 

「うわあああ?!」

「貴方は食べていい人類?」

 

 今宵もまた、彼女は人を襲っていた。昨日も、一昨日も、それより前から、彼女はずっと人を食べる為に歩いていた。……美味しい人を、探していた。

 

 

 あれ以上の肉を、あれ以上の美味を、あれ以上の「食料」を。

 

 

 そうだ、証明するのだ。決してあの味は愛故のものではないと、彼が彼女を愛していたことなどなかったのだと。

 

 

 

 

 

 彼女が……愛する者を食べたのではないと。

 

 

 彼女を……愛する者を食べたのではないと。

 

 

 

 

「貴方は、食べていい、人類?」

 

 今宵もまた、悲鳴が暗き森を切り裂いた。

 




 はい、ルーミア回です。今回はヤンデレではなく、まったく救いのない話を書いてみました。まあこういうこともありますよ、妖怪と人間の恋なんてね。…とまあ、書いてみて正直これ大丈夫かと心配していますが。まあ、うん、こういうときもあります。


 さてさて、ちょっとした連絡です。初期から感想欄にてリクエストを受け入れていましたがどうにもそれは禁止行為だそうで、現在そう言った感想の多くが運営によって読めなくなっております。なのでリクエストに関しては活動報告に場を作っておきますのでそちらにどうぞ。

 さて次回の話、正直何も決めていません。順番的におそらく八雲家になると思いますが、もしかしたら変更するかもしれません。まあその辺は適当に、期待せずお待ちください。……ああ、そうだそうだ。気付けばもうすぐ三十話です、早いものですねえ。それでその三十話についてですが、ちょっとチルノでまたもやヤンデレじゃない奴を書こうかと考えています。理由としては最初期から考えていたアイデアだからです、今の今まで出す機会がなかったのですがちょうどいいでしょう。……先のこととはいえ、四十話はどうしようかなあ…。

 さてさて、実は今回これを含め私が投稿している五作品を同時に投稿しております。それぞれ原作は東方projectですが扱っているテーマが別となっております。もしよろしければ他の作品も読んでいただき、そして興味を持っていただけたら幸いです。ではまた。

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