「……恋愛操心? どんな本かしら……」
そう言って、本居小鈴はその本を手に取った。
「失礼するよ」
「あ、いらっしゃいませ!」
「やあ、小鈴嬢。先日借りた本を返しに来た」
「分かりました。……はい、確かに」
「それじゃあ少し店内を見させてもらう」
「はい、ごゆっくり」
そう言って本を選ぶ彼の背中を、小鈴はじっと見つめていた。
「小鈴嬢、この二冊を借りたい。いくらになるかね?」
「この二冊だと……こんなものですね」
「ふむ、ではこれで」
「はい、ちょうどですね。ありがとうございます」
「ああ、では」
「あ! ちょっと待ってください!」
「? 何かね?」
「少し待っていてもらえますか? ちょっとお渡ししたい物だがあるので」
「ふむ?」
「私が作ったお菓子です、よろしければどうぞ」
「おや、お菓子なんて作れたんだね」
「この前手に入った本に作り方が載っていたので試しに、貰ってもらえますか?」
「勿論、ありがたく頂くよ。ではまたな」
「はい! またお越しください!」
「ああ」
去って行く彼の背中を、彼女は期待の篭った目で見ていた、
「……うふふ、ちゃんと受け取ってもらえた。美味しいって言ってくれるかなあ」
本を片手に小鈴は台所で笑う、その笑みは微笑ましさを感じる純朴なものだ。
「それじゃあ、次の奴を作ってみよう……」
そう言って彼女は本のページをめくり、次に作るお菓子の手順を読むのであった。
「失礼するよ」
「あ、いらっしゃい!」
「やあ、小鈴嬢。本の返却と、この前のお菓子の礼をしに来た」
「そんな、お礼になんて」
「貰ってばかりでは男が廃る、とまではいかないが少しばかり気になってしまうのでね」
「……あ、私が作ったお菓子はどうでしたか?」
「ああ、美味しく頂かせてもらったよ。しかしあのお菓子はどう作ったんだね? 外では味わったことのない風味のお菓子だったが」
「ええっと、企業秘密です?」
「まあ気にはしないがね、前に言っていた本とやらに載っていたんだろうが」
「そうですね、ちょっと特別なお菓子です」
「そうか。……さて、そろそろお暇させてもらおうかな」
「あ、ちょっと待ってください」
「む? ……また作ったのかね?」
「はい、前とは違う物を。よろしければ」
「頂くよ、前回は美味しかったからね」
「じゃあ、これを」
「今から家で食べるのが楽しみだ、じゃあまた」
「はい、またお越しください」
彼が去った後、彼女はじっと彼からの贈り物を見つめ続けていた。
「……美味しかった、かあ。うふふ……」
その日もまた、本を片手に彼女は台所に立つ。
「次はこれね、頑張らないと……」
そういう彼女の瞳には、なにやら妖しい光があった。
「いらっしゃい……って阿求か」
「か、とは随分な言い草ね。はい、借りていた本を返しに来たわ」
「はいよ、…………ん。大丈夫そうね」
「当然よ、あら? あんた、その腕どうしたの?」
服の袖口から包帯が見える、それなりに長い範囲を巻いているように阿求には見えた。
「え? ああ、ちょっとね」
「ちょっとって、そんなに軽い物には見えないけれど」
「たいしたことじゃないよ、ちょっと大げさに巻いているだけで」
「ふーん……」
なにやら怪しい物を感じつつもそう追求はしない、最近の彼女が何かをたくらんでいることなど珍しくも無いからだ。勿論、何かあったら止めるつもりではあったが。
「失礼するよ」
「あ、いらっしゃい!」
「やあ、小鈴嬢。おや、阿求嬢も一緒だったか」
「ええ、お久しぶりですね」
「ああ、久しぶり。……む? その本、もしや阿求嬢が借りていたのか?」
「ええ、もしかして読みたかったのですか?」
「ああ、今度来た時に借りようなどと思っていたら先に借りられてしまったと後悔していたのだが、まさか阿求嬢が借りていたとは。小鈴嬢、その本を借りても?」
「ええ、かまいませんよ」
「助かる。ああ、そうそう。この前のお菓子も美味しかったよ、これはその礼だ」
「そんな、前も言いましたがお礼なんていいですよ。私が勝手にやっているんですから」
「ならこちらも勝手にやっている、そういうことだ」
「……そう言われるとどうしようもないですね」
「うむ、ではこれで」
「あ、ちょっと待ってください」
「もしや、またかね?」
「はい、ご迷惑ですか?」
「いやいや、そんなことはないよ。可愛い女の子から美味しいお菓子をもらえるんだ、男として受け取らないわけがない」
「か、かわ……」
「ははは」
照れているのであろう、顔を紅く染めてうつむかせる彼女に彼と、阿求は笑う。
「……あ、そうでした。すみません、今度はいつ来てもらえますか?」
「む? 何かあるのかね?」
「ええ、実はお弁当を作ってみようと思いまして。日持ちするわけでもないし、来てすぐ作れる物でもないので……」
「お弁当とは、また別の本かね?」
「いえ、同じ本に載っていた物です」
「おや、お菓子の本と思っていたが料理の本だったか。……ふむ、明後日の昼前で大丈夫かね?」
「はい、じゃあ待っていますね」
「楽しみにしているよ、ではまた明後日に」
「はい」
彼が去った後、阿求が口を開いた。
「あんた、いつから料理なんて始めたの?」
「少し前から、かな」
「へえ、料理の本を見て?」
「そうよ」
「どんな本なの?」
「秘密よ」
「あら、そんなに大事な本なのかしら?」
「ええ、そうよ」
小鈴は満面の笑みを浮かべながら言う。
「とってもとっても、大事な本よ」
「……?」
何故だろう、何故だか少しだけ。目の前の友人から怖いものを、阿求は感じた気がした。
「……可愛い……か」
昼に彼に言ってもらった言葉に小鈴は微笑む。
「効果が出始めているってことかな、やっぱり」
そう言って、傍らの本を見つめながら彼女は深く頷いた。
「……ふふ、もう少し…………」
そう言いながら笑う彼女の瞳には、なにやら怪しげな光が灯っていた、
「失礼するよ」
「あ……、いらっしゃい……」
「何か、あったのかね? 随分と顔色が悪いが」
「いえ、ちょっと寝不足でして」
「大丈夫かね? まさか無理して弁当を作ったりしていないだろうね?」
「大丈夫です、そんなことないですから」
「……信じておくが、頼むからあまり無理をしないようにな」
「はい、分かっていますよ」
「分かっているなら良いが……。ともかく、お弁当をもらえるかな?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう、明日本を返すついでに感想を言いに来るよ」
「はい、お待ちしていますね」
彼を見送る彼女の腕には、服で見えはしないものの、赤をにじませている包帯が巻かれていた。
「……ふ、ふ、ふ」
その夜、彼女は独り静かに笑う。
「今日のお弁当は、美味しいって言ってくるかな……」
その手をそっと撫でながら彼女は笑う。
「美味しく食べてくれたかな……」
そう言って、彼女は年齢に似つかわしくない笑みを浮かべるのであった。
「失礼するよ」
「あ、いらっしゃい」
「小鈴嬢、昨日のお弁当美味しかったよ」
「本当ですか!」
「ああ、また食べたいと思うぐらいにね」
「あ、じゃあまたお作りしますね」
「む、催促したみたいな形になってしまったな」
「いえ、私が作りたいだけなので」
「そうかね? ……では七日後にまた来るつもりなので、その時お願いできるかね?」
「はい! また美味しいって言ってもらえるように頑張りますね」
「あまり無理をしなくて良いよ」
「無理なんてしませんよ」
「君が倒れでもしたら心配する者はいる、私もその一人だ。だから本当に無理はしないように、いいね」
「はい、分かっています」
「なら良いが、ではまた」
「はい、またいらしてください」
背を向けた彼に小鈴は満面の笑みを向ける。……そう、どこか恐怖を感じそうな笑みを。
「美味しかったって言ってくれた……、ふふっ」
腕から滴る赤い液体も意に介さず、彼女は鍋をかき回す。
「また作って欲しいって、だから、また作らないと……」
その目に狂気の光を灯し、彼女は笑いながら料理を作っている。
そんな彼女の傍らで、あの本が怪しい存在感を放っていた。
はい、小鈴回です。どうにも八雲一家の奴は文章が出てこないので後に回します、リクエストしてくれた方には申し訳ありません、アイデアはあるんですがね…。それで小鈴にした理由は何となくです、強いて言うなら最近鈴奈庵を読んだからですね。…あ、前回のルーミアと対比ですね、食べる方と…で。しかし…、なんか養殖ヤンデレって感じの話になりましたねえ。
さて、今回は地の文少な目でした。最初は会話文オンリーの奴を書こうと思っていたからその名残ですね、幽香回みたいな書き方ならともかく会話文オンリーはどうにも形になりません。
んで次回、とうとう三十話目です。前回も言いましたが次はチルノで書くつもりです、ほぼほぼヤンデレではなく、ひょっとしたら純愛よりになる、かも? 正直書いてみて、そして読んでもらわないとどんなジャンルになるか良く分からんのです、まあ近いうちに投稿できるよう頑張ります。ではまた。