東方病愛録   作:kokohm

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「愛という毒」


鈴仙・優曇華院・因幡の愛

 私が好きになった人は、故人を想う人だった。

 

 

 

 

 その人と会ったのは、人里へと薬を売った帰りのことだった。迷いの竹林の近くに倒れていた彼を見たとき、私はこの人のために生まれてきたのではないかと錯覚してしまった。それほどまでに私は、初めて会った、まだ会話すら交わしていない彼のことを好きになってしまった。

 

 

 

 

 

 血まみれで、声をかけても目を覚まさない彼を連れて私は永遠亭に戻った。師匠たちにはただ倒れていた人を連れてきたとだけ語った。もしかしたらばれていたのかもしれないけれどそんなことは結局どうでも良かった。目を覚まさない彼の様子を仕事の合間を縫って見に行った。どんな目をしているのだろう、どんな声をしているのだろう、どんなことを話すのだろう。寝ても覚めても彼のことを想っていた、仕事をこなしつつも私の頭の中には常に彼が存在した。

 

 

 

 

 

 そしてようやく、彼は目覚めたのだ。

 

 

 

 

 

 目覚めてすぐ想いを伝えても受け入れられるとは思えない、客観的に見れば異常なほど入れ込んでいる私でもその程度の思考は出来た。だから最初は彼のことを知ることから始めた。外来人であること、事故にあって気がついたらここにいたこと、特に外の世界に帰りたいとは思っていないこと。そんな彼の情報を、さほど不自然にならない程度に聞きだすことが出来た。また、同時に私のことも彼に話していた。私の正体、私が幻想郷に来た理由、私が住んでいる永遠亭のこと。色々なことを彼にも知ってもらった。互いに互いのことを知り合って、ようやく私は彼に想いを伝えようと決心できた。そして、あの夜に私は想いを伝えに行ったのだ。

 

 

 

 

 

 結論から言えば、私は彼に想いを伝えることが出来なかった。だって聞いてしまったから、彼が女の人の名前をつぶやいているのを。見てしまったから、彼が月を見ながら涙をこぼしているのを。その彼の悲痛な様子に、隠れて見ていた私は思わず音を立ててしまった。彼に気づかれた時はどうすればいいのかと焦ったけれど、彼は恥ずかしいところを見せたと涙を拭いながら苦笑した。聞いていいのか、いけないのか。迷った末に私は聞いてみることにした、誰を想って泣いたのですかと。無遠慮に聞いた私に怒るでもなく、彼は月を仰ぎ見ながら私に教えてくれた。

 

 

 

 

 

 曰く、彼には心に決めた人が居たらしい。お相手の女性もまた、彼の思いに気付いており彼を想っていたらしい。ただ、彼らの恋路には敵も多かったそうだ。だから二人は、想いあっていたにもかかわらず、想い合っていると回りに示すことが出来なかったそうだ。どうすればいいのか、彼は随分と思い悩んだ末に彼女を連れて逃げることにしたのだそうだ。彼女もまた同じ心境だったらしく、二人はすぐさまそこから逃げ出したらしい。ただ、不幸だったのは、二人が事故にあったことだ。彼が最後に見たのは血を流し息絶えている彼女の姿だったらしい、その後は気付いたらここにいたのだそうだ。その事故がきっかけだったのか、それとも別のきっかけがあったのか。彼が幻想入りした理由はあのスキマ妖怪にでも聞かない限り分からないだろう。彼にとって大事なのは、彼の目の前で想い人が死んでしまった、その一点だけだったのだ。

 

 

 

 

 喋りすぎました、忘れてください。そう言って彼は部屋へと戻っていった。私はただ、それを見ていることしかできなかった。数分、あるいは数十分そこに立ち尽くしていたのだろうか。仲間に声をかけられてようやく、私は自分の部屋へと戻った。部屋に戻って私が最初にしたことは、座り込んで顔を埋めることだった。勝てるわけがない、想いを受け入れてくれるわけがない。分かってしまったから、故人を想う彼に私の思いは届かないのだと、分かってしまったから。でも、この想いを、伝えることも諦めることもできないこの想いを、私は捨てることができなかった。

 

 

 

 

 

 ……そして、私は思い出したのだ。彼に最初に会ったときに私が思った事を。私は、この人のために生まれたのではないかと。その、傍から見れば愚かとしか思われないであろう思い付きを、私は実行することにした。上手くいくのか、自信はまるでなかった。今までそんなことをやったことはなかった上に、今回はさらに難しいことをしようとしている。だけれども、そうするべきだと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 次の夜、私は彼の枕元へと立った。彼に声をかけようと思うものの、なかなかその決心がつかなかった。ここに来てまでそれかと、自分自身を詰ったけれども私の口から声は出ない。かといって手も、足も、彼の眠る顔を見た瞬間からまったく動かなくなってしまった。どうしよう、そう思っていると、彼が目を覚ました。彼はぼんやりとした様子で私の顔を眺めた後、泣きそうな顔をしながら、一度だけ聞いたあの名前を口にした。

 

 

 

 

 

 出来るとは思っていなかった、自分の姿を偽るなんて。それも、知っているとならばともかくまったく知らない、彼の中にしか居ない女性の姿になるなどと。でも、確かに彼はその名前を口にした。その瞬間、私の心の内がはっきりと決まったのだ。

 

 

 

 

 驚く彼に、これは夢なのだと告げた。夢ならば何が起きてもおかしくはない、そう思ってくれると考えたから。予想通り、彼は夢の中にいるのだと勘違いしてくれた。分かっているからだろう、彼女がもういないということに。涙を流す彼を抱きしめながら、私はこれからどうするべきなのかを考えた。

 

 

 

 

 

 彼が永遠亭を去った後も、毎夜毎夜とは行かなかったけれども私は度々彼の元を訪れた。勿論、姿を偽ったうえで。彼はそんな私を待ち望んでいてくれた、会う度に私に好きだと言ってくれた。その瞬間がとても幸せだった、これこそが私が待ち望んでいたことなのだと実感できた。そう……、そう思っていた筈だったのだ。

 

 

 

 

 

 いつからか、私は彼の言葉を受け止めることが出来なくなってきていた。彼が愛を囁くたびに、彼が名前を呼ぶたびに、私の心は傷ついていた。私は分かっていなかったのだ、自分に向けられたものでない言葉を受け止めるという意味が。私は、その覚悟もないままにそんな愚かなことをしたのだ。彼のために会いに行きたい、彼の元に行きたくない。彼の愛を聞きたい、彼の言葉を聞きたくない。そんな相反する感情が私の中で渦巻いていた。どうしたらいいのかも分からずに、私は彼に会いに行き続けた。

 

 

 

 

 そんな日々を過ごしていると師匠や姫様、果てはあのてゐにまで心配されるようになった。とてもひどい顔をしていると、皆が口をそろえてそう言った。心の痛みが体にも現れているのだろう、段々と体の調子も悪くなっていった。それでも、何でもないと偽って、私はいつも通りの日々を過ごそうとした。いつも通り働いて、いつも通り会いに行く。そんな日常を、過ごしたのだ。

 

 

 

 

 

 今更彼に本当のことを告げることなど出来なかった、そして彼に会いに行くのをやめる気にもなれなかった。そんなことをすれば彼がどんな顔をするか分かりきっていた、そんな顔を彼に浮かべて欲しくなかった。怖かったのだ、彼に何か、何か想像もしたくないそれを言われてしまうのが。言い訳のような、そうでもないような、そんなことを思いながら私は姿を偽って彼に会いに行った。抜け出せなかったのだ、私は。彼の愛という、・・・……毒、から。

 

 

 

 

 

 今、私は彼の元に行くべきか永遠亭の一部屋で悩んでいる。仕事の全てを取り上げられて、部屋に見張りがついているような状態ではあるものの、別に抜け出せないと言うわけではない。ただ、こんな状態で彼に会った所で彼に迷惑をかけるだけであろう。それにそうでなくても会うべきではないということを理解している。私にとっても、彼にとっても、分かってはいるのだ。それでも、会いに行くべきではないのかと私は思ってしまうのだ。……本当に、どうすればいいのであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大きくなったお腹をさすりながら、私は深くため息をついた。

 




 はい、鈴仙回です。リクエストから一番書けそうであったものを選ばせてもらいました、割とどうにか形になりましたね……なったよな? 

 しかし今回は、ヤンデレと言うのでしょうか。どうにも書いている当人がヤンデレの定義というものが分からなくなってきているのでどうしたものかとも思うのですが、まあ書きたいように書くほかないのでそうさせてもらうことにします。今回の内容については…、特に解説の必要も無いのではないでしょうか。まあ何か疑問があれば感想にでも書いてもらえれば返答しますので。

 さて次回、今度は不帰録の方を投稿しないといけないのでこっちは少し後回しになるでしょう。しかし肝心の内容をどうするか、誰を書くのかがどうにも難しい。…まあ、ゆっくりと考えさせてもらいます。ではまた。

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