東方病愛録   作:kokohm

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※前回の続きみたいなものです、前回を読んでからじゃないと分かりづらいかもしれません。いやまあ、読んでも分からないかもしれませんが。



博麗霊夢の愛・弐

「…………」

 

 何で、あんなことを言ってしまったのか。何で、彼を追い出したのか。うずくまったまま、私は考えていた。

 

 

 

 

 

 偶々散歩をしていたところ、私は困った顔をした彼に会った。たったそれだけの出会いだったというのに、私は彼に何かを感じた気がした。だから私は嘘をついて、彼との奇妙な共同生活を始めた。

 

 外来人である彼をどうして外に送り返さなかったのか、その理由は私にも分からなかった。彼が外へ帰りたいと言い出さないのをいいことに私はその手段について話すことをせず、彼を神社に住まわせ続けたのだ。

 

 何故そうしたのか、自分のことでありなら全く分かっていなかったが、一つだけはっきりとしていた事があった。それは、彼との生活が心地よかったということだ。なんということのない日常、ちょっとしたことで分かる彼の優しさや気遣い。自分以外の誰かと一緒に過ごすという奇妙な感覚と、それが彼であるからこそ感じたのであろう安堵感。それらが交じり合った生活は私にとって初めてのものであり、そして甘美なものであった。

 

 そんな生活がそれなりに続いてくると欲と言うものが生まれてくる、彼と深い関係になりたいという欲が。だけど私はその一歩を中々踏み出す事が出来なかった、なぜなら彼が私のことをどう思っているか私には分からなかったからだ。

 

 自分では好かれているように感じていたものの、そうだと断言できるほど強いものはなかった。彼が物静かであまり感情を表に出さない人だというのもあったのだろう、私には彼の心が分からなかった。

 

 こうして神社に居続けてくれるのだから、と思いはしても、そんなことは関係ないかもしれないという気持ちも大きかった。はっきり言って怖かったのだろう、彼の本心を知る事が。

 

 全くもって、博麗の巫女の言う台詞ではないと思う。こんなことを考えていたなんて知られたらこぞってからかわれてしまうだろう。

 

 あるいはそれでも良かったのかもしれない。ああ、結局博麗の巫女も一人の少女なんだな、と思われるべきだったのだろう。だってそれを知られているということは、私が彼に全てを話したということなのだから。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 そうだ、話しておけば、話し合っておけば。今こうして、一人で膝を抱えていることもなかったはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 おそらく始まりはあの時だったのだと思う。あの時魔理沙を追求していなければ何か変わっていたかも知れない。

 

「……あのな、霊夢」

「ん? 何よ?」

「……いや……、その……」

「自分から口を開いておきながら煮え切らないわね、言いたい事があるならさっさといいなさい」

「……アイツがな、人里で女性と親しげにしているのを見た」

「……は?」

 

 それが誰のことを言っているのかはすぐに分かった、分からなかったのは魔理沙の言った内容そのものだ。

 

 彼が? 親しげ? 私じゃなくて?

 

 そんな言葉がすぐに浮かんでは消えて、消えては浮かんでを繰り返しながら頭の中をぐるぐると回っていた。思ったよりも動揺している私に気付いたのだろう、魔理沙は少し慌てながら見間違いかもしれないとか気のせいだったかもしれないと言い訳のようなものをしていた。魔理沙には悪いがその全てが頭に入ったわけではなく、気付いたら彼女は帰っていて、代わりに彼が帰ってきていた。

 

 勘違いだ、いや本当だ。帰ってきた彼の前でどっちがそうなのかと考えていると、思わず言葉が口から漏れた。

 

「……ねえ」

「ん?」

「貴方、人里で誰かに会った?」

「誰か……? 八百屋の店主とかとは話したが……、それが?」

「……ううん、別にいいわ」

 

 嘘を言っているようには見えない、そう私には感じられた。だから私は魔理沙の勘違いだったのだろうと思うことにした、……思い込もうとした。必死で言い聞かせながらも、私の心の中には彼を疑う私がいた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 疑う、か……。そんな資格が私にあった訳でもないのに何をしているのか、今更ながら自分を軽蔑しそうになる。彼に想いを伝えたわけでもないのに、彼と想いを一つにしたわけでもないのに。そんな風に疑った自分自身が情けなくて、浅ましいと感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から度々、

 

「……あ、そういえば霊夢さん」

 

 神社を訪れる人妖達から、

 

「霊夢、貴方のところにいる彼のことなのだけれど」

 

 彼の目撃証言と、

 

「この前、彼と知らない女性が」

 

 知らぬ女性の影を、

 

「楽しそうに話しているのを見ましたよ」

 

 聞かされることがあった。

 

 

 

 

 

 何度も聞けば次第に慣れていくものだ、最初のように動揺することなく彼女たちの話を聞けるようになったと思う。だが、それでも、私の心は常に乱れ続けていた。

 

 信じたいという気持ちと、疑う気持ち。その二つに私は常に苛まれた、苦しんだ。訊けば良かったのだ、尋ねればよかったのだ。貴方には恋人がいるのとでも訊いてみればよかったのだ。……だけど、私はその勇気を持つ前に見てしまった。

 

 

 

「……!」

 

 彼が、人里で私の知らない女性と、親しげに笑い合っているのを、見てしまったのだ。

 

「……ぁ」

 

 私はその場から逃げ出した。思い切ってその場に現れようなんて思えもしなかった。困惑した人々の視線も、見知った顔の呼びかけも、何もかもを無視して私はその場から逃げ出した。

 

 あれは、あれが、あの、それで、つまり。

 

 ただただ言葉だけが頭の中で走り回った、考えているようで考えることすら出来ていなかった。

 

 ……彼は、私じゃなくて。彼の想いは、私は…………!

 

 この程度の文を形作るのが精一杯だった、この程度のことすら満足に出来ないほど動揺していた。何せ、私は自分が泣いていることにすら帰り着くまで気付けなかったのだから。

 

 

 

 

 ようやく神社に帰り着き自室に逃げ込む。この時点になってようやく自分の涙に気付いたところで、彼も帰ってきた。彼が自分のことを探している、ということに気付いた私は何を思ったか部屋の外に出ていた。

 

「……っと」

「……何だ、帰っていたのね」

 

 見せたくなかったのか、それとも見たくなかったのか。私は彼に顔を向けないようにしたままそんなことを言った。まるで、先ほどまでのことを無かったことにしたいかのような台詞だった。

 

「そっちこそ居たのか、てっきり出かけているかと思ったぞ」

「ふん、勝手に勘違いしないでよね」

 

 いつも通りの彼の声に、思わず私はそのようなことを言った。その内容と口調にとげがあったのは、その時の彼の態度を白々しいと思ったのかもしれない。先ほどまでのことなど隠して私にはいつもどおり接しようとしている、そんな彼に私は何を思っていたのだろうか。

 

「……じゃ、私は用があるから」

 

 これ以上彼の前にいると自分がどうなるか分からなかった、あるいは彼が何かを言ってしまうのが怖かったのかもしれない。だから私は彼の言葉も待たずにまた自室へと引っ込んだ。引っ込んで、膝を抱えてじっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 今にして思えば、何かがおかしかったような気がする。あれは本当に彼だったのだろうか? そんなことを今更ながらに思えてしまう。もっとも、もうそんなことを考えても意味がないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして、その日が訪れた。

 

「誰がそんなことを頼んだの! 勝手なことをしないで!」

「何を言っているんだ? これは君が昨日」

「いいから、勝手なことをしないでって言っているの!!」

「落ち着け、急にどうしたんだ」

「落ち着け? 落ち着けですって!?」

「いいから、一体何に怒っているんだ? 落ち着いて最初から」

「私は、貴方に、怒っているのよ!!」

 

 きっかけは些細な、ほんの些細なことだった。だと言うのにその時の私は烈火のごとく怒って、それを彼に理不尽なまでに押し付けた。

 

「待て、だから」

「最初から? ええいいわよ、最初から!! 貴方も最初からそうだったんでしょう?! 最初から、最初から私じゃなくて、私じゃ!!」

「頼むから、俺に分かるように言ってくれ。何だ? 俺が何かしたのか?」

「ええそうよ! 貴方が! 貴方が私を、私を!!」

 

 自分が何を言っているのか、何を考えているのか、何もかもが分からなくなっていた。彼女たちの言葉と、あの時見た光景と、いつもの彼と、私の彼の日常と。そんなものがバラバラに頭の中を駆け巡って、私は自分でも何をしているのか分からなくなっていた。

 

 

 

 そして、言い放ってしまったのだ。

 

「……出て行って」

「……!」

「早くここから出て行きなさい、何処へだって行けばいいのよ!!」

 

 そう言い切って、私は膝から崩れ落ちた。もう、何が何だか私にも分かっていなかった。それ以上に彼も分かっていなかったのだと、考えることすら出来ていなかった。

 

「…………」

 

 彼が何かを呟いたような気がしたが、私はそれを聞き取る事が出来なかった。聞き逃してはいけない言葉だったように思えたのに、それを受け取る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ…………」

 

 どれ程時間が経ったのであろうか、ようやく自分が何を言ったのかを理解した。理解したと同時に私の心を後悔が襲った、何故あのようなことを言ってしまったのかと。

 

 すぐさま彼を追いかけようとした。自分で追い出したくせに都合のいい話だなんて思わなかった。彼が自分の下から去ってしまう、それを遅まきながら理解して私は神社を飛び出した。

 

「何処……、何処に!」

 

 月が出ている夜、そんな時間に彼を追い出したということに恐怖しながら私は必死で彼を探した。彼が妖怪に襲われる前に、彼が本当になくなってしまう前に。そんなことを思いながら必死に、必死に探し回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、私は『それ』を見つけた。

 

「……え?」

 

 見間違えるものか、見間違うわけがあるものか。赤い血と、そこに残されていたものは。

 

「……あ、あ。あああああああああ!!!」

 

 彼の、左腕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……れ、霊夢?」

 

 その魔理沙の声に気付くと、私は神社にいた。神社の居間で、彼の左腕を抱えて座り込んでいた。いつの間にか帰ってきて、いつものように上がり込んだ魔理沙に声をかけられたのだろう。そんなことにすら、その時は考える事が出来なかった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 それからずっと、私は後悔と共に彼のことを考え続けている。彼がいなくなって、死んでしまったというのに、私は彼について考えて続けている。

 

 彼の腕は未だに抱えたままだ、もうこれ以上彼を失いたくなかったからだ。アリスかパチュリーに防腐魔法をかけられた時以外、私はずっと彼の腕を抱えている。

 

 そんな私を見かねてか、魔理沙はこれまで以上に神社を訪れるようになった。料理を作ったり掃除をしたりと、勝手に家事をして去っていく。……ああ、食事を取ろうとしない私の口に食事を詰めて、というのを忘れていた。……まあ、どうだっていいか。

 

 

 

 

 

 ……過去と後悔のみを考え続けていると、時折変な方向に思考がずれる時がある。ああ、そういえば儀式の日が近づいている。結界のことについて紫に何か言われるかもしれない。そろそろあの漬物を食べてしまわないと。雨漏りの修理をする必要があっただろうか。などとくだらない事を思っては泡が割れるようにすぐに消えていく。今こうしてまるで第三者のように自分を評価しているのだって、その一つなのだろう。あるいはもう限界なのかもしれない、私という存在そのものがもう駄目になっているということを示しているのかもしれない。さながら隠しておいた御菓子を忘れて腐っていたように、私もこのまま腐って………………?

 

 

 

 

 ……待て。

 

 

 

 今、私は。

 

 

 

 ナニヲカンガエタ?

 

「…………」

 

 

 

 カク、シタ? ……ナニヲ?

 

 

 

 

「……ふ、ふふ」

 

 ああ、

 

「ふふふふ」

 

 そうか。

 

「あはっ、あははははははははははははは!!!」

 

 そういうことだったのか。

 

 

 

 

「……ああ、分かったわ」

 

 彼は……、隠されているのだ。

 

 

 

 

 冷静に考えてみればこの腕は妖怪の食べ残しにしては少々不自然だ、あの血も丸呑みにしたには多すぎるし食い散らかしたにしては少なすぎる。ああ、そうだ。何でこんなことに気付かなかったのだろう。彼は死んでなどいない、誰かに私の目の届かないところに隠されてしまったのだ。彼についてのあれもそいつがやったに違いない、そうやって私から彼を奪ったのだ。ああ、そうだ。そうに違いない、それ以外にありえない。

 

 だったら、ドウスル?

 

「……待っていてね」

 

 決まっている、見つけにいくのだ。見つけて、今度こそ彼に言うのだ。私の想いを、彼への想いを。

 

 

 

 

 ……ああ、それと彼を隠した奴を『退治』しないといけないな。何せ私を騙して、私から彼を奪ったのだから。そうだ、そうするのは当然のことだ。

 

「……あれ?」

 

 でも、誰が彼を隠したのだろう。私に彼の嘘を吹き込んだうちの誰かだろうか? 魔理沙? 咲夜? 早苗? 妖夢? それとも他の誰かだろうか? うーん…………。

 

 ……そういえば、彼は前に変な女性に会ったと言っていた事があった気がする。誰だっただろうか? ……何となくだが、あの仙人のような気がする。名前は忘れたが、あの壁抜けをする仙人。おぼろげだが最近神社にも来ていたような気がするし……、うん。

 

 決めた、まずはあの仙人の元に行こう。違ったら違ったで別に行けばいい、とりあえずはいつものように自分の勘に従ってみよう。

 

「……」

 

 彼の腕を抱えたまま出かけようとしたところで、ふと私は台所に目をやった。その視線の先に、魔理沙が片付け忘れたのであろう包丁が置かれているのに気がついた。だから、私はそれを手に取ってみた。そして、一つ思いついた。

 

「……そっか、そうよね」

 

 彼は左腕を落とされたのだ、だったらあの仙人にも同じようにしてやらないといけない。とりあえず会ったらこれを使おう、その後で彼の居場所を聞きだせばいい。それを繰り返せば彼の元にも辿り着けるはずだ。

 

「行って来ます」

 

 次に帰るときは彼も一緒だ。そんな願いを込めながら、私は神社を出た。

 




 はい、寒さで指が動かない中書き上げました。雪が積もっているのなんて久々に見ましたよ、ええ。しかし今回はいつも以上に色々と強引ですね、何も考えなしに適当に書いていくからこうなるといういい例です。

 今回は前回の青娥回の霊夢視点の話です、こういう事があってあの後こうなるんですよって話ですかね。しかし後半の推理とか諸々無茶苦茶ですね、前半が無駄に伸びたせいで整合性が飛んでいった感。しかし……、もう少し狂った感じにしたかったんですが、これが私の限界ですかねえ。ちなみにあんな狂った感じですが推理はあっているという、さすがは博麗の巫女と言うべきなんでしょうか。ではまた。

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