ある日、一人の男性が私の元を訪れた。用件を聞けば当然のように永遠亭への案内を頼みに来たと言った、どうやら人里付近に現れた妖怪の被害にあったらしい。だから私はいつものように永遠亭への送り迎えを承った、その時はその程度の関心しかなかった。
一週間後、彼はまた現れた、今度は慧音に連れられて。こんなすぐにまたかとは思ったがいつものように私は送るだけだった、そうなると思っていた。彼を待っている時間に暇つぶし代わりに慧音から彼の怪我の理由を聞いた。何でも妖怪に襲われた子供を助ける為に囮を買ってでたからだそうだ、さらに詳しく聞いてみれば前回の怪我も同じような理由だったとのこと。何故そんなに命を張れるのか? 疑問と興味が私の中に生まれた。
一ヵ月後、人里で彼を見た、彼は汗をかきながら仕事に励んでいた。何となくそのまま見続けていると彼もこちらに気がついたらしい、彼はすぐにこちらに来て挨拶をしてきた。ちょうど休憩時間になるところだったらしく昼を一緒に食べないかと提案してきた、私は何となくそれに乗ることにした。話してみると彼は中々に面白い男だった、博識で様々なことを喋っていた。食事が終わった後はそのまま何事もなく分かれた、結局命を張った理由は聞かなかった。
三ヵ月後、久しぶりに人里を訪れた。慧音に会いに行くと彼女は彼と仲良さげに話しているのを見た、慧音にしては珍しく砕けた話し方をしていたように感じる。何故か私が声をかけると慧音は慌てていた、彼のほうはそうでもなかったのだがどうしてだったのだろうか? 後から彼に聞いてみると苦笑されて話を逸らされた、なんだったんだろう?
半年後、最近よく人里を訪れることが多くなった、その度に彼に会うような気がする。今日も人里に行くと彼とばったり出くわした、ちょうどお昼時なのもあって食事に誘ってみたのだが断られてしまった。何故か気落ちしていると彼は慌てて慧音の元で食べるからだと理由を教えてくれた、せっかくなのでと彼が誘ってくれたのでついていく。慧音には喜ばれたのだが若干むくれていたのはそういうことなのだろうか? それと料理を作ったのは慧音ではなく彼だった、予想以上に料理が美味しくて軽く自信をなくしてしまった。
一年後、またもや彼が竹林を訪ねてきた。特に怪我をしているように見えなかったので不思議に思ったのだが、何と目的は私だったらしい。何でも良い酒を貰ったのだが慧音は用事があるとかで付き合ってくれなかったらしい、それで私の事を思い出して誘ってくれたとのこと。ちょっと考え込んだがまあいいかと思って私の家で飲むことにした、家に慧音以外の人を招くのはひょっとしたら初めてかもしれない。そのお酒はかなり美味しく、彼がつまみを作ってくれたのもあってずいぶんと飲み過ぎてしまった。やはり彼との食事は楽しいものだ。
二年後、一年の間に彼と食事を取ることが増えてしまったことに気付く。基本的には人里の店で食べることが多いが私の家や彼の家で飲んだりしたときもある、それと慧音と一緒に三人で食事を取ることも多くなった、かつては慧音とよく飲んでいた筈なのに今は彼と一緒のときの方が多い、何故私は彼に会いたいと思うようになったのだろうか。それと慧音も交えて三人で飲んでいるときに気がついたが彼と慧音が妙に近い、どうして私はそれを見て嫌だと思うときがあるのだろう。
三年後、慧音と食事を取っているとどうにも慧音の様子がおかしかった。どうしたと聞いてみると慧音は少し口ごもった後意を決したように言った、彼と付き合い始めたと。それを聞いてからどうやって家に帰ったのかは覚えていない、それほどまでにショックだった。そうだ、私は彼のことが好きだったのだ。どうして気がつかなかったのだろう、自分のことだというのに。私は、どれくらい泣いたのだろうか。それからも慧音や彼との付き合いは変わらなかった、慧音は居心地悪そうにしていたが彼は全く気にしていないように見えた。でも、彼は気付いていたと思う。もし、もしもっと早くこの気持ちに気がついていれば、逆だったのだろうか。
四年後、………………私は、最低だ。いつものように彼の家で飲んでいるときに慧音が用事で帰ったのをいいことに、…………私は、彼を押し倒した。彼は抵抗しようとしていたが、私を押しのけるほどの力は無かった。彼は私に思い直す様に説得していたが、私の頭には届かなかった。全てが終わった後に慧音が帰ってきた、慧音は信じられないようなものを見る目をしていた。当然だ、こんなことはあってはならなかったのだから。だと言うのに、彼は私を庇ってくれた、彼が私を誘ったのだと嘘をついた。だけど私はそれを否定した、彼は何も悪くはなかったのだから。結局、慧音は私を許してくれた。どうやら私に負い目を感じていたらしい、あれも私が悪いことなのに。
五年後、あれからも私達の交流は変わらずに続いていた。いや、一つ大きく変わったことがある。それは、私と彼が肌を重ねることがあるということだ、異本的には慧音と一緒にだが時々二人きりのときもあった。何でも慧音の提案らしい、慧音としては私の事も彼のことも好きだから皆で幸せになろうと言ってくれた、そんな素直な心情でも無いだろうに。一度、二人きりのときにそれで良いのかと彼に尋ねたことがあった、彼は複雑そうな顔をしながら、あの時私に告白されていたら私を選んでいたかもしれないと言った。もしかしたら、この位置に居たのは私ではなく慧音だったのかもしれない。結局は終わったことで、これは間違っていることなのだろう。でも、私には抜け出すことが出来なかった。
十年後、少し前に彼と慧音の間に生まれた子が元気だった。子を宿せない私ではどうやっても出来ないことだ、彼が子供を可愛がっているのを見るとやはり私ではなく慧音でよかったのだと思った。子供を抱き上げさせてもらおうと、軽いはずなのに何故かすごく重く感じた。彼との関係は未だに続いている、もはや誰も抜け出せなくなっていた。でも、確かに皆幸せだったのだと思う、表面上ではなく本心から。
二十年後、子供も随分と大きくなってきた。慧音たちが新しく生まれた子供の面倒を見ている間、私が上の子の面倒を見ることもあった。楽しそうに笑う子供を見てやはりこれでよかったのだろうと感じた。
三十年後、上の子が独り立ちしたのを祝って三人で祝杯を挙げた。その日は珍しく彼も慧音もたくさん飲んでいた、二人が楽しそうに、寂しそうに飲むのを私も酒を注ぎながら見守っていた。
四十年後、彼が疲れたように座り込んでいるのを見た。彼も随分と老けたなと思ったときに、私は恐怖を感じた。いつか、後何十年かしたら彼が死んでしまうのだと気がついたから。私も、慧音も、あの時から全く容姿は変わらないのに、彼だけが老けていく。それがたまらなく怖くなった。
五十年後、彼は家でのんびりとしていることが多くなった。もはや私の家に来ることなど年に数回あるか無いかといった程度、やはり体力的にきついのだろう。私は、永遠亭を訪ねることにした。
六十年後、彼が倒れた。急いで慧音と共に永遠亭に連れて行くと寿命だと言われた、もう医学ではどうしようもないと。私が取り乱す中、慧音は随分と落ち着いていた。大分前から彼と話して覚悟はしていたらしい。眼を覚ました彼に私はあの薬を出した、十年前に輝夜に頭を下げて手に入れた蓬莱の薬を。これまで彼に言い出す勇気がもてなかったけどもうそんな場合じゃない、今使わないともう駄目なんだ。あの紅魔館の魔法使いにも話はつけてある、彼女の魔法で彼を若返らせて薬を飲ませればこれまで通り、私達の日常を続けることが出来る。お前だって死ぬのは怖いだろう、だから私達と生きてくれと、半ば叫ぶように言った私に彼はゆっくりと首を振った。確かに死ぬのは怖い、だけどそれはお前達を置いて逝くのが怖いんだと。でも私達を信じている、だから時に従うのだと彼は言った。嫌だ嫌だと駄々をこねる私に、彼は苦笑しながら本当は分かっているんだろうと言った。そうだ、分かっていた、彼にこの薬を飲ませるということは彼にも私と同じ苦しみを与えるということ。でも、私達なら越えられるとも思っていた、諦められなかった。………………彼は、最後まで頷くことなく逝った。
百年後、未だに私は立ち直っていなかった、ずっと家に篭って彼のことを思っていた。あの時飲ませていたら、無理やりにでもやっていたら、そう後悔せずにいられなかった。そんな私を慧音はよく励ましに来てくれた、慧音だって苦しいはずなのに私の事を優先してくれた。そのことに感謝しつつも、私は過去にしがみついていた。
……どれくらい経ったのだろうか、…………慧音が死んだ。私は、全てを失ったのだ。どうしてだ、どうして私が愛した人は死んでしまうのか、どうして私だけ取り残されるのか。何故だ、なぜだ、ナゼダ、何故だ!!!
そうだ! 死んだのなら蘇らせればいいだけだ、そうだ、それだけのことなのだ! 昔各地をふらついていたときに不死について調べたことがある、その時死者蘇生についての知識を得ていたことがあったんだった。これだけだと不可能だろうけど大丈夫、紅魔館の大図書館の知識を借りることとしよう、あそこの主とは何時ぞやのときに知り合っている。大丈夫、どれだけかかっても、必ず蘇らせてみせる。大丈夫、私には無限の時間があるのだから!
出来た! 二人を蘇らせる術が! これで一緒に三人で暮らせる、再び日常を取り戻せる! 問題は、生贄が必要なことだ。……そうだ、二人の子供、その遠い子孫がまだ人里に居た。彼らを使おう、仮にも二人の血を引くのだから相性は良い筈。よし、早速実行しよう。待っていてくれ、二人とも。必ず、必ず二人を蘇らせてみせる!!
「……永琳、妹紅の様子は?」
部屋を出た永琳に輝夜はそう問いかけた、それに対する永琳は残念そうに首を横に振る。
「変わらずよ、ずっとあれを抱いているわ」
「そう……、ねえ、永琳」
輝夜は寂しそうに口を開く。
「何かしら?」
「私達も、一歩間違えればああなっていたのかしら」
「……難しい質問ね」
「そうね、そうかもね」
最初から答えなど求めていない、でも、そう問わずにはいられなかった。
「うふふふふ」
一人妹紅は笑っている、赤子を抱いて笑っている。
「さあ、二人とも。早く大きくなってくれ、早く私に微笑んでくれ」
二人の赤子は動かない、目も開けず鼓動を響かせることも無い。
「さあ、二人とも。早く大きくなってくれ、早く私と言葉を交わそう」
何十年も変わらない赤子を、彼女はずっと抱いている。多くの人と赤子を糧に生まれたそれは、決して動くことは無い。長き時で廻った魂は、彼女の元に戻らなかった。
「さあ、二人とも。早く私と日常に戻ろう」
それを分かっているのかどうか、彼女はずっと笑っている。何時から彼女は狂っていたのか、それが生まれたときだろうか、術を作り出したときだろうか、それとも最初からだろうか。
「うふふふふ」
彼女はずっと笑っている、動かぬ赤子をあやしながら。彼女はずっと笑っている、かつてと過去を思い出しながら。彼女はずっと笑っている、これから来る未来を想いながら。
……おぎゃあ、と。どこかで赤子の声が聞こえた気がした。
はい、妹紅編です、やっぱり長くなったなあ。今回は日記形式というか思い出し形式というか、そんな風な感じで主に書いてみました。あっちをあげたばかりですが、既に三割ほど書いていた今話をあの後がんばって書きあげてみました。今回はどうだったでしょう、これまでの話の中でも一番評価が揺れるだろうなと思っています。書いておいてなんですが今回の彼は嫌われるかもなあとか思ったり、まあどう思ったか良ければ教えてください。
さて、実は今回の話の展開はもう一種類考えていました、というかそっちがオリジナルです。元は彼の本妻は妹紅で横恋慕していたのが慧音の予定でした、ただこっちだと彼の子供云々のところがすごく複雑になるなと感じまして。妹紅は蓬莱の薬を飲んでいるから身体に変化が訪れない、だから妊娠することも無いだろうと私は考えました。それで彼のために慧音に彼の子供を産んでくれと頼む方向で最初は考えていたんです、こっちでも大筋は変わらないのですが途中で今回のパターンを思いつきまして、悩んだ末こっちに変えました。書き終った後でもまだ悩んでいます、どっちが良かったのかなあ。こっちも皆さんの意見を聞いてみたいところですね。
それはさておき次回の話です、次回は文の予定です、一応。リクエストがあったりしたら予定を変えるかもしれませんがね。それと基本は不帰録のほうを優先するのと来週は忙しくなるかもなのでこっちの投稿は遅れるかもしれません、まあ私の気分次第ですが。ではまた。