東方病愛録   作:kokohm

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レミリア・スカーレットの愛

「……はあ」

 

 まったく、ままならないものね。

 

「どうぞ」

「ありがとう、咲夜」

 

 入れてもらった紅茶を一口飲む、……美味しい。どうやら今回は妙なお茶を入れたわけではなかったらしい。

 

「お嬢様、あまりお気を落とさずに」

「……ええ」

 

 どうやら気付かれていたようね。従者に気を使われるとは、全く持って情けない話だわ。

 

「……まったく」

 

 上手く行かないものだ、と小さく呟く。どうして、こんなことになったのやら。

 

「……出会わなければ、知らなければ、理解しなければ」

 

 知らず知らずに、思っていた事が口から漏れる。

 

「こんな気持ちには、ならなかったのかしら、ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 ……全ては、博麗神社で行われた宴会にあった。わいわいと、いつものように騒ぐ宴会に来た一人の男。霊夢だったか魔理沙だったか、誰かしらが頼んだ酒を人里から運んできた男だった。会ったのは勿論初めて、私は彼から酒を受け取っただけ。だというのに、私の心は不可解に揺れた。

 

 見る限りでは凡庸な男だった。見た目も、それから分かる中身も、何かが逸脱などしていたりしない。明らかに普通の人間で、私が興味を持つような人間ではないのは確かだった。それなのに、たった一言二言の会話で、うっかり心惹かれてしまったのだから、全くもっておかしな話だ。

 

 この、私が、レミリア・スカーレットがただの人間に心奪われるなど、笑い話にすらならない。……いや、笑い話なのはここからか。何せ彼には、――既に、恋人が居たのだから。

 

 

 

 

 

 それを知ったのは、宴会の中でそれとなく霊夢に彼のことについて聞いたときだった。初恋は実らない、なんて言葉は聞いた事があるが、あまりにも早すぎてもはや笑いが出るほどだった。……本当に、今思い出しても笑えてくる。

 

「……お嬢様、こちらを」

「……ええ、ありがとう」

 

 咲夜の差し出したハンカチでそっと頬を拭う。……やれやれ、本当に情けない話だこと。

 

 

 

 

 ……私は、案外諦めの悪い方だったらしい。その翌日には彼について調べ始めていた。まあ、もっぱら動いてくれたのは咲夜なんだけれど。その結果分かったことは、彼が外来人であること、幻想入りした彼を拾ったのが今の彼の恋人であること、……二人が、とても仲むつまじそうであったということ、だ。

 

 咲夜と、それとあの烏天狗の協力もあって入手した彼とその恋人の写真を取り出す。ニッコリと、二人が互いに笑いかけている写真だ。凡庸な彼に相応しく、その隣の恋人もまた凡庸そうな風である。分かってはいたものの、この写真を手に入れたときは自分の無理を悟ったものだ。

 

 見た目なら勝っているだろう、だが私は見た目年齢が低すぎる。せめて咲夜ぐらいの身長やスタイルがあればまた別だっただろうが、この成長の遅い吸血鬼の身体には難しい注文だ。そもそもとして彼は人間であり、私は妖怪だ。種族の違いを超えることはそう簡単なものではない。そして何より、写真の中の二人の笑顔を見た瞬間に悟ったのだ。この二人の間に割ってはいることなど、決して出来ないのだと。

 

 

 

 

 ピシリ、と手に持ったティーカップが音を立てる。私の中の憤りが思わず発露してしまったようだ。

 

「取り替えます」

「いいわ、このままで」

 

 これ以上紅茶を飲む気にもなれない。それにこのままでは今度は握りつぶしてしまいそうだった。

 

「少し、出かけてくるわ」

 

 席を立ちながら空に目をやる。今の私の心の内と同じく、その空には雲が広がっている。……いや、私の心の方は、どちらかといえば雷雲の方があっているか。

 

「お供いたします」

「いいわ、単なる散歩のつもりだから。日傘の準備だけして頂戴」

「畏まりました」

 

 散歩と言うか、心の内の発散と言うべきか。八つ当たりに外に出かけるようなものなので、誰か供に連れて行くのもよろしくないでしょうし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あら」

 

 ふらり、ふらりと歩いていると、いつの間にやら人里の近くに来ていた。どこぞのさとり妖怪の妹ではないが、無意識のうちに彼のことを思ってでもいたのだろうか。未練たらしいわね、まったく。もっとも、ここに来たからといって彼に会うという選択肢もないけれど。そもそも彼にとって私は一度だけ話した事がある妖怪であって、彼と私の間には一切繋がりがないのだから。好きの反対は無関心、などとは言うけれど、全くもってその通りなんでしょうね。

 

「……あの」

「――え?」

 

 突然、後ろから声をかけられた。その声に振り向いた私が見たのは、彼の隣にいた女だった。

 

「……何かしら?」

 

 彼が私のことをおぼえているかどうかすら怪しいのだ、彼女が私のことを知っているはずがない。だとすれば何故この人間は私に声をかけてきたのだろうか。

 

「あ、えっと、女の子が人里の外に居たから気になって」

 

 その答えに一瞬意味を図り損ねて、すぐに理解しなおした。今の私は傘で顔やらは見えなくなっているし、吸血鬼の翼も隠している。パッと見た限りで少女の姿をしているとは分かってもその詳しい姿は見えない。だから私のことを普通の人間かもしれないと思って声をかけたのだろう。

 

「別に。さして問題はないわ」

 

 お優しいことだ、とつい刺々しい声を出してしまう。単なる八つ当たりに過ぎない行為だ。そんな自分に嫌気を感じつつ、それを振り払う為に逆に問う。

 

「貴女こそどうなの? そっくりそのまま返させてもらうわ」

「そうなんだけど……、私は人を待っているから」

 

 大人びた少女だとでも思ったのか、私の口調に特に反応もせず彼女は答えを返してくる。

 

「へえ、待ち合わせ、ね。こんな人里の外で待ち合わせなんて、随分と度胸があるものね」

「流石にこの辺りは人里に近いから人を襲う妖怪も少ないし、忘れ物をした彼を待っているだけだから」

「彼、ねえ。それは貴女の大事な人なのかしら?」

 

 それが誰のことなのか、聞かずとも分かる。だが、聞かずにもいられなかった。

 

「……ええ、私にとって大事な人」

 

 傘越しに見る彼女の顔は満足げで、それが随分と腹立たしく感じる。

 

「…………そう」

「今日も、ね。何処かに連れて行ってくれるらしいの。何か大事な話があるんだって」

 

 聞かれてもいないことを自分から話しているのは、それほどまでに喜ばしいからなんでしょうね。その内容というもの、大体は見当がつく。

 

「……それは、良かったわね」

 

 苛立ちを紛らわせる為に外に出たのに、更なる苛立ちを私は感じている。そんな私の思いに気づくこともなく、彼女はさらに何がしかを話している。

 

 

 

「――――」

「…………」

 

 段々と、その声が煩わしく感じてくる。喋っている内容など全く意識に入ってきていないのに、ただただ不愉快さが積もっていく。

 

 

「――」

 

 ……止めろ。

 

 

「――」

 

 ……止めろ。

 

 

 

 

 その話を止めろ、その声を止めろ、その雰囲気を止めろ、その笑顔を止めろ、その喜びを止めろ。

 

 

 

 

 止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ、止めろ………………。

 

 

 

「それで――」

「――止めろ!!」

 

 心の中の声を、強く吐き出した。私の突然の怒声に驚いたのか、女は軽くへたり込んでいる。

 

「な……」

「……貴女、言っていたわね」

 

 

 こんな女が、彼の想いを受けているのか。私はまるで気にされていないというのに、お前はそんなにも愛されているのか。

 

 

「この辺りに、人を襲う妖怪は少ないって」

 

 

 気に入らない。気に入らない。気に入らない。お前は彼に想われているのに、何故私は有象無象に過ぎないのか。

 

 

「でも、いないわけじゃないのよ」

 

 

 傘を閉じ、隠していた翼を解き放つ。優雅なるこの吸血鬼の姿を見た女は、悲鳴を上げる。

 

 

「――ひっ!? あ、ああ、貴方は……」

「私に会った、不運を呪いなさい」

「……あ、ぁ…………」

 

 

 爪を一閃。ただそれだけで目の前の女の首筋から血が噴出す。その血が身体の前面につくのが、何処かおかしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はあ」

 

 やってしまった。殺したせいで少しばかり冷静になった頭が、この状況はよくないと判断する。まったく、八つ当たりで人を殺してしまうとは、私ともあろうものが美しくない話だ。

 

 

「さて、どうしたも――」

「――あああああ?!!!?!」

 

 悲鳴、あるいは、怒声。背後から聞こえてきたその声は、私が心奪われた男の声であった。

 

 

「……はあ」

 

 見られてしまった、わね。万が一、億が一の可能性とはいえここで彼に会わなければ、恋人を失った彼に接近することもできたかもしれなかったというのに。やれやれ、どうやらこの運命は私にとってよろしくなさ過ぎたようだ。

 

「――! ――!!?」

 

 こちらに走ってきた彼は、倒れ伏す彼女の身を掻き抱いてその名前を叫んでいる。その名前がちっとも私の耳に入ってこないのは、私はその名前を聞くことを拒否しているからなのかしらね。

 

 

 

「……ない」

「?」

 

 突然、ポツリと、彼が何かを呟いた。先ほどまで聞こえていた涙の音は消え、彼の回りには一切の音が無くなっている。

 

「……許さない」

 

 今度は、はっきりと聞こえた。その言葉ははっきりと私の耳に届いた。――そして、

 

「――許さない!!」

 

 そう叫んで、彼はこちらに目を向ける。女をその手の中に抱きながら叫ぶ彼の目には、私への、愛する人を殺した者へと殺意に溢れていた。

 

 

 

 

「……!」

 

 その、殺意に溢れた彼の目に、思わずゾクリと来た。その憎悪の混じった声に身体が震えた。

 

 

 

 これだ、これが……!!

 

 

 

 今、私は彼にとって有象無象ではなくなった。最愛の人を殺した、憎むべき妖怪となったのだ。その事実に心が歓喜する。好きの反対は無関心、とはよく言ったものだ。この、むき出しの殺意と憎悪は、私が彼にとっての特別になったのだと実感させてくれる。

 

 

 

 

 

「ハハハハハハ!!」

 

 

 

 

 思わず、笑い声を上げてしまう。今、私は彼に()()()()いるのだ!!

 

「――私は、レミリア・スカーレット。夜の王たる吸血鬼にして、紅魔館の主」

 

 ニッコリと、精一杯の愛を込めて私は彼に笑みを向ける。

 

「私を殺したいのなら、私の元を訪れなさい。あなたのその()()が、本物なのだと証明してみせなさい」

 

 笑いながら私は空へと身を躍らせる。こんなにも身体が軽いのは、あるいは初めてのことかもしれない。

 

「また、会いましょう」

 

 最後にそう言い残して、私は彼の元を去る。背後で叫ぶ、彼の怨嗟の声を聞きながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、お客様がいらっしゃいました」

 

 咲夜の声に意識が浮上する。どうやらあの時の夢を見ていたらしい、実にいいタイミングだったものね。

 

「……そう。歓待の準備は?」

「十全に」

「それは良かったわ」

 

 それを聞いて、私はバルコニーへと出る。降り注いでいるのは、天を覆う満月の光。

 

「良いわね。逢瀬にはちょうどいい月夜だわ」

 

 

 

 くるり、くるりと軽く踊る。月下に高ぶる火照った身体を少しでも冷やし、それでいて彼と対峙するための熱量は保持できるように。

 

 

 

「――ああ、こんなにも月が紅いから」

 

 

 

 くるり、くるりと月光を浴びる。くるり、くるりと夜を踊る。

 

 

 

「楽しい逢瀬になりそうね」

 

 

 くるり、くるりと運命を喜ぶ。くるり、くるりと彼を望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 くるり、くるり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くるり、くるり。

 

 

 

 

 




 はい、レミリア回です。当初は運命とか、吸血鬼の特性とかを重視した話にしようかと思っていたのですが、この話の原型を思いついたときにレミリアを当てることを思いついたので、こうしてレミリアの話となりました。相手から想われなくてもいいから、というタイプのお話であり、憎悪は無関心に勝るといった話でもあるような、ないような。相手の世界にいないことほど堪えるものはなく、その世界に入ることは何ものにも勝る、とでも言った所なのでしょうか。書いている私にも良く分かりません。

 さて、流石に疲れたので連日投稿はおそらくこれでお仕舞いです。いい加減他の奴も書きたいですしね。次回はまあ、そのうちやる気が出た時に書きます。その時も連続投稿になるかもしれないし、そうでもないかもしれません。おかげさまで総合評価も1000を超えましたし、これからはランキング入りを目指して頑張ります、ということで。ああ、あと活動報告での人気アンケートですが、まだ受け付けているので良ければコメントください。範囲は四十話まで、になるでしょうか。もう少し集まれば次話投稿時にでも結果を発表させてもらいますので。ではまた。

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