東方病愛録   作:kokohm

45 / 90

 芳香といいながら青娥視点だったり。






宮古芳香の愛

 

 ――最近、面白い青年を見つけた。

 

「ですから、どうして僕に付きまとうんです?」

「あら、決まっているじゃありませんか。――面白いからです」

 

 そう、私が言うと、彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。本当に、そういう顔を一々とするから、私に目をつけられるというのに。

 

「あのですねえ」

「まあまあ、いいじゃない。……そ、れ、に? 貴方だって、まんざらでもないんじゃないかしら?」

「誰が!」

 

 生意気にも苦言を呈そうとした彼の言葉を遮り、からかうように笑ってみせる。そんな私に対し、彼は怒ったように怒鳴るものの、

 

 

 

「――私が来れば、芳香も一緒に来るものね」

 

 

 と、彼が泣き所を押さえてみせれば、彼は見る見るうちに怒りを発散させる。

 

 

「……そ、それは」

 

 

 しどろもどろに、彼は視線を各所に迷わせる。まったく、分かりやすい。

 

「素直じゃない子には芳香はあげないわよ?」

「ぐっ……」

 

 そんな風にからかえば素直な反応を返してくる。まったく、本当に面白い。

 

「ふふっ。……芳香は外で待たせてあるわ、会いにいって来たらどう?」

「……そうさせてもらいます。失礼します」

 

 

 

 ……本当に素直な子。一々私に断ってからいくなんて、ね。

 

 

 

 

「……だというのに、女の子の趣味は変わっているわねえ」

 

 よりにもよって、あの芳香に好意を持つなんて、ね。根本的には死人であり、私に操られているあの娘に好意を持つ、か。私に対する態度が悪いのも、そのあたりのやっかみやらが混じっているのかしらねえ。

 

「まあ、単純に私が苦手なのかもしれないけど」

 

 というよりそちらの方が主かしらね。とはいっても、私からすればどちらでもいいのだけれど。

 

「芳香は、どうするのかしらね」

 

 あの娘には自我というものがそう多くない。所詮は私が操っている人形のようなものなのだから、当然といえば当然なのだけど。

 

「でも……」

 

 最近は、あの娘も自分の意思を表面に出すようになってきたような気がする。ちょうど、彼が私達と会うようになってから。彼の存在が、死人のあの娘の何かを震わせているのかしら、ね?

 

「もうすこし、それを観察させてもらいましょうか」

 

 あの娘が彼に対し何かしらの執着を見せれば、大事なあの娘のために少しばかり骨を折ってやってもいい。あの娘が何の反応も見せなければ、当初の予定通り彼をこちら側に引きずり込めばいい。……いえ、芳香の思いに関係なく、彼はこちら側に来ることになるかもしれないわね。

 

「そうすれば、彼は芳香の傍にいられるものね」

 

 久方ぶりに見つけた稀有な素質を持つ青年。――どちらに転ぼうとも、手放す気はないわ。

 

「ふふっ、ふふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、と。

 

「少し、様子を見にいってみましょうか」

 

 さて、今日の二人はどんな会話をしているのかしらね。

 

 

 

 

 

 

「……私は走れないからなー」

「走れない? ああ、そっか。関節が曲がらないんだっけ?」

「そうだぞ。手も足もまっすぐだー」

「そうなんだ」

 

 ……どういう会話かしら? 壁越しだと顔も見えないし、良く分からないわね。

 

「それで、そんなに走るのって楽しいのか?」

「たぶん、ね。普通の楽しいとは違うんだけど、それでもやっぱり、走ることは楽しいことだと僕は思っているんだ」

「おお、そうかー」

 

 へえ。彼、走るのが趣味なのね。……走るのが趣味って何かしら?

 

「陸上部、って言っても分からないかな。僕は外の世界にいたころは走る速さを競ったり、走れる距離を競ったりする集まりに参加していたんだ」

「そんなものがあるのか」

 

 それの何処が楽しいのかしらね? 外の世界の人間の好みは分からないわ。

 

「まあね。……そこで僕は、毎日のように走っていたんだ。来る日も来る日も、より速く、より遠くへ、って思いながら」

「今は違うのか?」

「こっちは向こうと違ってトラック……上手く走るのに適した場所が無いからね。こっちに来てからはそういう目的で走ってはないかな」

「……寂しいのか?」

「え?」

 

 ……え? あの娘、今なんて言った? ――寂しい? あの娘が?

 

「お前は、お前の走りを出来なくて、寂しいのか?」

「……どうだろうね。こっちに来てからはずっと忙しくて、そんなことを考えたことも無かった」

「じゃあ、今考えろ」

「ははっ、そう返されるとは思っていなかったな。…………分かんないけどさ、いつかはまた、走りたいって、そう思うかな」

「そうかー……」

 

 あの娘が、ね……。キョンシーも成長するのかしら、なんて、ね。……やはり、全ての鍵は彼、か。――ますます、欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そろそろ、帰りましょうかね。

 

「――芳香、そろそろ帰るわよ」

「おおー、分かったぞ」

「じゃあ、今日はさようならね。また会いに来るわ」

「またなー」

「……うん、またね」

 

 あらあら、私への返答はなし、と。まあ、別にいいのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そろそろいいかしら。

 

「ねえ、芳香」

「んー?」

「貴女、彼のことをどう思っているの?」

「アイツのことか? ……そうだなー……」

 

 珍しく、この子が悩んでいるように見えるわね。……変わりつつあるのかしら? この、私が作ったはずのキョンシーが。

 

「……よく、分かんないなー」

「そう」

「でも、一緒にいると楽しい気がする、ぞ?」

「疑問系ねえ」

 

 自分でも分からない、か。……案外、ひょっとするかもしれないわね。

 

「じゃあ、芳香。貴女は彼とずっと一緒にいたいと思う?」

「思うぞ、青娥と一緒だ」

「あら、嬉しいわね」

 

 ――やはり、欲しいわね、彼。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、今日も彼に会いに行きましょうか。

 

「芳香、彼のところにいくからついてらっしゃい」

「おーう」

 

 ……心なしか、嬉しそうに見えるわね。……本当に、面白いこと。

 

 

 

 

 

 

「……あら?」

「お?」

 

 彼の家の前に、知らない人がいるわね? ……んー、様子が、おかしいかしら?

 

「彼に、何かあったのかしら?」

 

 そう、私が口に出したら、

 

「急ぐぞ!」

「え? あ、ちょっと待ちなさい!」

 

 芳香が、私も聞いた事のない鋭い声を出して飛んでいった。軽いとは言え私の指示を無視して、これほどまでに積極的に動くなんて……。

 

 

 

「うわっ!?」

「おい、あいつに何かあったのか?」

「あ、あいつ? アンタは一体」

「ああ、ごめんなさいね。芳香、そんなに迫ったら話すものも話してくれないわよ」

 

 どうにも、ちょっと暴走気味なようね。

 

「私達はこの家の主に用があるのだけれど、彼に何か用?」

「あ、ああ。いや、ちょっと見舞いにな」

「見舞い? 彼、風邪でもひいたの?」

「……知らないのか?」

 

 ……何か、嫌な予感がするわね。

 

「この前、土砂崩れがあっただろ? あいつ、それに巻き込まれて、さ」

 

 

 

 その男が続けた言葉は、衝撃的なものだった。

 

 

 

 

 

「――足を、失ってしまったらしいんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……困ったことになったわね。

 

「まさか、足をなくしたとはね」

 

 不運な事故の結果、と言い切るには彼が失ったものが些か大きすぎるわね。

 

「その所為か、彼も会ってはくれなかったし」

 

 普段であれば何だかんだと家に上げてくれるんだけど、流石に今日は彼も家に入れようとはしなかった。……壁抜けをしようかとも思ったのだけど、流石にねえ。私も邪仙だのと言われているけれど親しくしたい相手にそんなことをするわけにもいかないし。

 

「どうしましょうかねえ」

 

 彼を仙人に、とは思っていたけれど、流石にもう乗ってこないかも知れないわね。……個人的にも、芳香の為にも、彼をこちら側に引き込みたかったのだけれど。

 

「……そういえば」

 

 ふと、芳香がいないことに気がついた。あの娘、普段は私の近くに居るようにしているはずなのに、一体何処にいったのかしら?

 

「……青娥」

 

 ああ、戻ってきたようね。一体何処にいっていたのかしら?

 

「どうしたの、芳――」

「――これがあれば、あいつは走れるようになるか?」

「……これって…………」

 

 

 

 そう言って、芳香が私に見せたのは――人間の足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……芳香、これはどうしたの?」

「おう、適当な人間から取ってきた」

「……そう」

 

 むやみやたらには襲うな、と私は命令していたはずだったんだけどね。この子にとって、この程度は襲ううちに入らないということかしら? ……違うわね。――私の命令を無視し、暴走したのね。

 

「全ては彼のため、か」

「青娥?」

「ああ、ごめんなさい。……残念だけど、これじゃ彼の足にはならないわ。少しばかり鮮度が足りないもの」

 

 流石に生身の彼の足を、死体のそれで代わりとするわけにもいかないもの。

 

「そうかー……」

「……ねえ、芳香。どうして貴女は、彼の足を元に戻したいの?」

「走ってほしいからだぞ」

「走って……?」

「あいつは走るのが好きらしいからな、足が無くちゃ走れないだろうー?」

 

 ……ああ、あの時の会話ね。――そう、そういうこと。

 

「ねえ、芳香」

「何だ?」

「――今度は、私も一緒にいくわ。貴女一人だと少し不安だから」

「おお、青娥が居れば大丈夫だなー」

 

 せっかく、芳香が執着してくれているだもの。確実に、やらないとね。――あの娘の為にも、……私の為にも。

 

 

 

 

「……責任、とってもらわないと、ね」

 

 これほどまでに芳香を、私の可愛い芳香を変えてくれたんだもの。彼には責任を持ってこの子を大事にしてもらわないと、ね。

 

 そのためにも。

 

 

 

「まずは、都合の良い人間を探しにいきましょうか」

「おー!」

 

 

 

 ――忙しくなりそうね。

 




 はい、芳香回です。ふとした思い付きから適当に書いたのでいつも以上にクオリティーが低い気がします。無知と言うか、無自覚と言うか、無邪気と言うか。そんな感じの話にしたかったんですけどねえ。まあ、その場合狂気とか闇とかの成分は薄くなる気もしますけど。あと最初は芳香視点で書こうかと思ったのですがすぐに無理だと判断し、結局青娥視点になりました。青娥にしては邪が足りないかなあ、とかも思ったり。ううむ、やはり難しい物だ。

 さて次回、はいつになるんでしょうかねえ? 一応ネタが思い浮かんでいるキャラはいるのですがそれを文章化するのは当分かかるかもしれません。……まあ、私は現金ですから何かあれば速くなるかもしれないですけどね、なんて。ではまた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。