東方病愛録   作:kokohm

48 / 90






河城にとりの愛

 

 

「……ああ、いたいた」

 

 人里から離れた川のほとり、そこに彼女がいた。ぱちゃぱちゃと、水を蹴る彼女の背中に、僕は声をかける。

 

「やあ、にとり」

「――やあ、盟友」

 

 相変わらずだなあと、彼女のこちらへの呼びかけ方に思う。どういうわけか、彼女は僕のことを名前ではなく、盟友と呼ぶ。まあ、だからといって別に不満があるわけではないのだけれど。

 

 

「今日も来てくれて嬉しいよ、盟友」

「そう言ってもらえると、こっちも嬉しいかな」

 

 彼女と、河城にとりと初めて会ったのは、僕が幻想郷に迷い込んですぐのことだった。きっかけは些細なことで、特に特筆するようなことはない。大事なのは、僕と彼女が友人となって、度々里の外で出会うようになったということだ。

 

「さあ、今日は何を話そうか?」

「そうだね……。じゃあ、盟友の、外の世界でのことについて聞かせてほしいな。代わりに、私も今作っているものについて話すから」

「機械の話は良くわかんないんだけどね。まあいいけど」 

 

 彼女と習慣的に会うようになってから、どれくらい経っただろうか。半年、は経ってないくらいかな? その間、僕達は何となく互いのことを話し合った。時折、二人で何処かに出かけて、そして後にそのことも話題に上げる。そんな風に、僕達はここ数ヶ月を過ごしてきた。

 

「――そういえば、この間のことは傑作だったね」

「傑作? 何かあったっけ?」

「忘れたのかい? この間の宴会で、盟友が見事に酔っていたじゃないか」

「え? ああ、うん。確かにそれはあったけど……」

 

 おや、と僕は思った。確かにそのことは事実なのだけれど、その場ににとりがいた覚えがないのだ。いくら酔っていたとはいえ、彼女がいれば流石に覚えていたと思うんだけど。

 

「あれ、にとりも参加していたっけ?」

「何を言っているだい、盟友。私も一緒に居たじゃないか」

「ん……」

 

 どうだっただろうか。いまいち確信が持てなかった。だけれど、僕はちょっと忘れっぽいから、そうだったのかもしれないと納得した。

 

 こういった記憶違いは何も今回が初めてではない。何度か、にとりの言うことを覚えていないことがある。そもそもとして、外の世界にいた頃から、僕は記憶力には自信がなかった。だから、これもそうなのだろうと納得していたのだけれど。

 

「……そうだったかな……」

 

 こうも、忘れているだろうか。そんな風に、引っ掛かりを覚えずにはいられなかった、

 

 

 

 

 

 

 

 そんなにとりとの日課を済ませた、翌日のことだ。

 

「……ん?」

 

 ふと、後ろを振り返る。ざっと辺りを見渡してみるものの、特にこちらを見ているような人は居ない。

 

「いない、よな……」

 

 首を捻ってみるものの、やはり気のせいだったかと僕は前を向く。そんな僕の態度を妙と思ったのか、品物の準備をしていた店員さんが僕に声をかけてきた。

 

「どうしました?」

「いや……、ちょっと視線を感じた気がして」

「お兄さん男前ですからねー、仕方ないってやつですよ」

「はは、そうだといいんだけどね……」

 

 だといい、と冗談交じりで、しかし半ば本心から僕はそう思う。この不気味さがその程度の理由なら、何の問題もないからだ。

 

 それを感じたのは、今日は初めてではなかった。ここ数日、何かにつけ視線を感じているような気がする。しかし、どれだけ見渡しても、こちらを見ている人は見受けられなかった。

 

「なんだろうな……」

 

 気持ちが悪い、と本当にそう思う。居心地が悪いとも言うのかもしれないが、まあそんな感じだ。気のせいだと思いたいのにどうしても気のせいだと思えない。だから、ずっと気味が悪いのだ。

 

 

 そんなことを思いながら、僕は家に帰った。

 

 

 

 

 

 

「やあ、盟友」

「や、にとり。遅かったね」

 

 今日は珍しく、にとりは僕より遅れて現れた。いつもなら僕より先に来て待っているだけに、本当に珍しいことだと思う。とはいえ、これは僕が早く来すぎたということなのだろう。何分、ここ最近ずっと感じていた視線にいい加減まいってしまったので、つい誰もいないだろう時間から家を出てここに来たのだから。そのおかげか、今日は視線を感じることはなかった。どれくらいぶりだろうかと、ここに来てから随分とほっとしていたものだ。

 

「何か、あったりしたのかい?」

「…………いいや、盟友が早すぎただけだよ」

「……? ……それもそうだね」

 

 何か、彼女の言葉に、若干の含みを感じたような気がしたけれど、気のせいだろうか。

 

「……さ、今日は何を話そうか。ああ、この前釣りに行った時の話でもするかい?」

「釣り? ……二人で釣りになんて行ったっけ?」

「行ったじゃないか。私達、二人で」

 

 また、覚えのない話を彼女はする。だけれども、僕にはその覚えはない。……いや、確かに最近釣りにには行ったけれど――

 

「――盟友が落ちてびしょ濡れになったときなんか、悪いけどつい笑っちゃたし」

「……え?」

 

 と、思わず僕は耳を疑った。だってそれは、

 

 

「何で、知っているの?」

 

 

 にとりが、絶対に知るはずのないことだからだ。

 

 

 

「……何を言っているんだい、盟友?」

「だって、あの時――」

 

 確かに、僕はこの前、こことは違う川に行って、そして滑って水に落ちた。だけどその時、僕が一緒にいたのはにとりじゃなくて、

 

「僕は慧音先生と、子供たちといたんだから」

 

 僕が川に行ったのは、慧音先生に頼まれて、寺子屋の子供たちの引率を手伝ったからだ。その際に、ついでに釣りをやっていて、子供たちのいたずらで滑って落ちてしまった。それは事実。だけど、これだけは断言できる。

 

「君は、確かにあの場には居なかった」

 

 仮にも、彼女は妖怪なのだ。そんな彼女が子供たちに近寄ることを慧音先生が許すはずがないし、よしんば近づいても子供たちが騒ぐ。だから、いくら僕の記憶力が悪くても、彼女がそこにいたはずがないのだ。

 

 

 

「――君は、どうしてそれを知っているんだ?」

 

 

 

 僕の詰問に、彼女はぴたりを動きを止めた後、

 

 

 

「――ふふっ、あははははははははは!!」

 

 

 突然、笑い出した。その様に、初めて見る彼女の姿に、僕は思わず一歩足を下げてしまう。

 

 

 

「に、にとり……?」

「――何を言っているんだい? 盟友」

 

 そう言って、彼女は僕をじっと見つめてくる。

 

「私はずっと、盟友と一緒に居たじゃないか」

 

 その目は、何処かおかしかった。何と言ったらいいのか分からないけれど、とにかく異様だった。

 

「いいや、その時だけじゃない。私と盟友は、これまでずっと一緒に居たじゃないか。……ずっと一緒に居たんだよ、二人で、一緒に」

「……う」

 

 そのにとりの目と、言葉と、そして何よりその笑顔に。僕は確かに恐怖を覚えた。気持ちが悪かった。気味が悪かった。目の前の彼女が、僕の知るにとりではないように思えた。彼女の皮を被っただけの、何か別のもののように思ってしまった。

 

 

 

「……盟友」

「っ!」

 

 彼女が、僕に向かって一歩踏み出したところで、僕はとうとう我慢の限界を迎えた。目の前にいる彼女から、僕は逃げ出した。脱兎の勢いで、僕は全力で走り出した。

 

 

「盟友――」

 

 

 背後で聞こえる彼女の声を、――僕は必死で無視して走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……それが、二週間ほど前のことだ。それ以来、僕は人里の外に出ていない。……とでもではないが、彼女に会う気にはなれなかった。

 

 だけど、それから僕の心はとても安らかなものとはいえなかった。

 

「……!」

「おわっ! どうした?」

「――いえ、何でも」

 

 突然後ろを振り返った僕に、周りの人が驚いたような視線を向けてくる。だけど、僕はそれにまともに対応する余裕がない。

 

 あれ以来、僕は視線を感じている。その数は前より――彼女に会わなくなった頃より、ずっと増えている。今では、ほぼ一日中感じているような気がする。とてもではないが、まともに生活など出来なかった。

 

 

 

 

「……はあ」

 

 

 だけど、働かないと生きてはいけない。だから必死でそれを無視して、僕はいつものように働いた。気を抜けば過剰に反応してしまうので、ずっと気を張って生活をしないといけない。そんなことをしていれば、段々と身体の調子も悪くなってくる。とうとう、働き先から少し休めと無理に休暇を取らされる始末だ。ありがたいといえばありがたいのだけど、心苦しくも感じてしまう。

 

 

 

 

「ただいま……」

 

 帰宅し、誰も居ない家に声をかけると、思いのほか、疲れた声が出た。やっぱり疲れていたんだなと、自分でも納得する。

 

 そのまま、だらりと身体を揺らしながら、ゆっくりと居間に入る。そのまま、適当に寝転がろうとしたところで、机の上のそれに、――封筒に気付いた。

 

 

「――!」

 

 

 ぞくり、ときた。何故なら、確かに朝出る時には、机の上に何もなかったはずだからだ。だから、誰かが僕の家に侵入して、封筒を置いていった。そうとしか考えられない。

 

「……」

 

 逃げ出そう。そう思ったと同時に、その封筒の中身が気になった。何故か、足は外に向かわず、手はゆっくりと封筒に伸びていく。そして、ついに僕は封筒を手に取った。

 

「手紙……」

 

 封筒を開けてみれば、そこには手紙が入っていた。何枚もの、長い手紙だ。

 

「……」

 

 僕は震える手で手紙を開き、――読み始めた。

 

 

 

 

 

『――酷いじゃないか、盟友。どうして、私に会いに来てくれないんだい?』

 

 ざわりと、身の毛が逆立つ。出だしの文面で、誰が書いた手紙なのかが分かった。彼女が僕の家に侵入し、この手紙を置いた。そのことに、僕は確かに恐怖した。

 

 

 

 だというのに、僕の目は止まらず、手紙を読み進めてしまう。

 

『盟友が来てくれないから、私の方から会いに行ったよ。いつものように、盟友は忙しそうに働いていたね。それが来てくれない理由かい? でも、そんなに忙しいのにこれまで私に会いに来てくれことがちょっと嬉しかったかな』

 

 そこまで読み進めて、僕は震える声で呟いた。

 

「会いに……!!」

 

 どういうことかと、そう思った瞬間に、僕は気がついた。これまで感じていたあの視線は、にとりのものだったのだということに。

 

「何時から、なんだ?」

 

 疑問がこぼれるものの、それに対する返答などあるわけもない。唯一返答があるとすれば、この手紙ぐらいだろう。

 

「……」

 

 だから、僕は手紙を読み進める。

 

 

 

 ……手紙には、彼女の言う僕の思い出が書かれていた。その半分が、僕にとって覚えないのないもので、その半分が、僕が一人、もしくは彼女が居ないところでやっていたことだった。

 

 

 ――僕は知った。彼女が僕をどう思っていたのか。……彼女が、どう思ってきていたのか。

 

「狂っている……」

 

 吐き気と共に、そんな言葉が口から漏れた。彼女は、ずっと思い込んでいたのだ。僕と一緒にいると、僕と仲良く過ごしていたと。現実はそうではないのに、彼女は僕といたと本気で思っていたのだ。

 

 

 たぶん、彼女はずっと僕を見ていたんだ。陰からずっと僕を見て、そしてそこに自分がいると思っていたんだ。本気で、本心で。彼女は、そう思っていたんだ。

 

 

 それがどんな感情からきているのか、それは分からないでもない。だって、僕も彼女に対し感じていなかったわけではなかったのだから。……だけど、ううん、だからこそ、今の僕にはそれが受け入れがたかった。

 

 受け入れがたい彼女の感情を知りながらも、僕はまだ手紙を読み進めた。何処かに、これは冗談なのだと、そんな言葉が書かれていないかと、そんな都合の良い想像にすがっていた。信じられなかったし、信じたくなかった。……そんなことはありえないと、分かっていたにもかかわらず。

 

 

 

 

 ……とうとう最後の一枚となった。自分がどんな表情を浮かべているのかも分からずに、僕はゆっくりと手紙をめくる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

『盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友盟友――』

 

 

 

 

「――っ!?」

 

 その文字に僕は、思わず手紙を取り落とした。紙一杯に書かれたその言葉に、僕は全身で嫌悪感を覚えた。これ以上はと、僕は落ちた手紙に背を向けて、家の外に出ようとした。いよいよ、限界だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間――

 

 

 

「――愛しているよ、盟友」

 

 

 

 ――すぐ傍から、彼女の声が聞こえた。

 




 はい、にとり回です。ちょっと久々に、若干リハビリチックに書いたので、まあちょいとおかしいかもしれませんが、ご了承いただければと。ホラーっぽく書いたつもりですが、はてさて。

 今回のにとりですが、思い込みプラスストーカーといったテーマで書いています。河童が人間をずっと観察していたとか、それで勝手に盟友と思っているとか、そういう設定から思いついて書いたつもりです。最近のにとりのイメージとはちょっと違うような気もしますけどね。

 さて、次回。現状は特に誰とも決めていません。リクエストも大分溜まっていますのでその中から書けるようにはするつもりですけどね。ただまあ、そう言いつつあれなのですが、次回も多分遅くなります。他作品、具体的にはバカテスの方をちょっと切りの良いところまで書き進めたいんですよね。他にも書きたい奴が出てきて本当に困る。……ま、こっちが遅くなるのはある意味いつものことなのですけど。……胸を張っていうことじゃないな、うん。ではまた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。