東方病愛録   作:kokohm

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 今回はいつも以上に毛色が違っています。らしくはないと、そう思われるかもしれません。




小悪魔の愛

 

「ああ……」

 

 ほう、と熱い息を吐きながら私はあの方を見つめる。物陰からそっと、決して見られぬように。

 

「――小悪魔?」

「! は、はい!」

 

 だけど、夢中になりすぎていたのか、うっかりあの方に名を呼ばれてしまう。呼ばれた以上、すぐに出て行かないといけない。内の感情を隠しながら、私は平静を装って、急いであの方の傍に向かう。

 

「すまないが、紅茶のおかわりをもらえるかな? ちょうど飲み干してしまってね」

「はい、畏まりました」

 

 差し出されたティーカップを恭しく受け取り、それを手に持ったまま下がろうとする。すると、あの方がふと声をかけられた。

 

「――小悪魔」

「何でしょうか?」

「この間のことなんだが」

 

 言われた瞬間、身体が一瞬硬直する。しかし、返事を待たせるわけにはいかない、だから、私はすぐに頭を下げる。

 

「申し訳ありません。私には、荷が思いことでございます」

「荷が重い、か……。別に、私が嫌いというわけではないんだね」

「それは……」

 

 当然ですと、そう返答してしまいたくなる。だが駄目だ、そんなことをこの方に言ってしまうわけにはいかない。

 

 

 

「――失礼します」

 

 

 

 ただ、それだけを何とか言って、私はその場を去る。あの方から私が見えなくなった、そんな地点で私は思わずしゃがみこんだ。

 

「は、あ……」

 

 思い出されるのは、あの時にあの方から受け取った言葉。

 

 

 

『私の、恋人になってくれないかな?』

 

 

 

 そして、思い出すのはその時の私の返答。

 

 

 

『申し訳ありません』

 

 

 

 そう、私が言ったのは当然だった。何故なら、

 

 

 

 

 

 ――私があの方の傍に立つなど、恐れ多い……!

 

 

 

 それが、私の本心だったからだ。

 

 

 

 

 

 あの方がこの紅魔館に客人として滞在されるようになったのは、今から一年と三ヶ月と、十三日と九時間、五十八分三十二秒前だ。

 

 何処からか、レミリアお嬢様があの方を、今日からの客だと連れて来られたのだ。その時から、私はあの方の為にお仕えしたいと思うようになった。これを好意と、もしかしたらそう呼ぶのかもしれなかった。とはいえ私はパチュリー様の従者、あの方に直接仕えるのは難しいし、何よりすぐに悟ったのだ。あの方のお傍に控えるなど、私程度では不相応に過ぎると。

 

 だというのに、何故かあの方は私に興味をもたれた。本をよく読まれる方で、大図書館に来られる事が多かったので、その際に何か注意を引いてしまったのだと思う。出来うる限り陰からお手伝いしていたつもりだったのだけど、ままならないものだ。

 

 

 

 そしてある日、あの方は私におっしゃった。私に、恋人になって欲しい、と。

 

 

 

 その言葉を聞いたとき、私が感じたのは、歓喜でも、驚愕でも、ましてや嫌悪でもない。私はただ、――恐ろしかった。

 

 私のような、十把ひとからげな存在が、あの方のような特別な人に、その隣に立つなど、そんな恐れ多いことが出来よう筈もなかった。その時に、私は強く理解したのだ。私はただ、あの方に仕える多数のうちの一人になりたかった。認識すらされない、そんな存在になりたかったのだ。あの方に私という存在を知られることすら、それすら不敬であると、そんな風に私は悟ったのだ。

 

 

 

 

「……はあ」

「どうしたの、小悪魔?」

「あ、パチュリー様……」

 

 これからどうすればいいのかと、私がため息をついているとパチュリー様から声をかけられた。いけない、いけない。お仕えしている主にこのような姿を見せるなど、そんなことをするなどと。

 

「何か心配事でもあったの? 何なら、暇つぶしついでに相談に乗ってあげるわよ?」

「……」

 

 パチュリー様の提案に、私は少し考え込んだ。確かに、こんな難問を私程度が考えたところで解決などしよう筈もない。だったらいっそと、私はそう考えた。

 

「実は……」

 

 全てを話し終わった後、パチュリー様は思いのほか真剣な面持ちで考え込んでいた。主に従者の私事につき合わせるなど、これもまた恐れ多いことだ。だけど、私の想像以上にパチュリー様が本気になってしまったので、もはや私にはどうしようもなかったのだ。

 

 ただ、パチュリー様の前で待つことだけしか出来ない私に、パチュリー様がようやく顔を上げて私に言った。

 

「……ねえ、小悪魔」

「なんでしょう?」

「――私が、解決させてあげましょうか?」

 

 そう言うパチュリー様の顔は、どこか狂喜染みているようにも、私には感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

「……彼、パチェと付き合いだしたのかしら?」

「そのようですよ、お嬢様」

 

 別件で席を外している咲夜さんに代わり、お嬢様の紅茶を私が準備している。そんな中、ふとお嬢様がそのようなことをおっしゃったから、私はそれに肯定しておいた。

 

「ふうん……」

 

 と、お嬢様は何故か、私のほうへと視線を向けてくる。……まさか、あの方が私に恋心を抱いた、一時の気の迷いについてご存知だったのだろうか? まあ、だとしてももはやどうでもいいことだ。何故ならあの方は、既に私のことなど忘れ去ってしまわれているからだ。

 

『私なら、彼から貴方に関する記憶を消す事が出来る。……どうする?』

 

 そう、あの日、パチュリー様に問いかけられた時、私は一も二もなく飛びついた。何故ならそれは、私にとってあまりにも魅力的な提案だったからだ。私にことをあの方がお忘れになってくだされば、私はあの方にとっての特別になど決してなりえない。数多くいる従者の中の、そのうちの一人に戻る事が出来る。そうなれば今度こそ、私は決してあの方の傍に寄ることなく、陰からお仕えし続ける事が出来る。一度は失敗してしまったけれど、同じ轍を踏む気など欠片もない。だから私は、躊躇うことなくパチュリー様の提案に頷いたのだ。

 

「てっきり、彼は別の者と恋仲になると思ったのだけれどね。……パチェと、か」

「あの方とパチュリー様は、大変お似合いかと思います」

 

 紛れのない本心で、私はそうお嬢様に申し上げる。あのお二人は、確かお似合いと私は思うのだ。

 

 今にして思えば、パチュリー様はあの方に懸想されていた私に思うところがあったのだろう。悩んでいた私に声をかけたのも、おそらくは何か思惑があったのだろう。そして私がした相談を、パチュリー様はすぐさま利用することにしたのだろう。そう、恋のライバルを消し、自分があの方の特別になるという思惑を。

 

 当然だが、そのことに対し私には何ら思うところなどない。むしろ、こうあるべきだったのだと、そうとすら思える。敬愛するパチュリー様と、心酔しているあの方が恋仲になる。そして、私がお二人を陰ながらお世話する。ああ、これこそが私の望み、喜びだったのだと、心の底からそう思えるのだ。

 

「でも、あの二人の運命は……」

 

 何か、お嬢様が呟かれたようだったけど、私の耳に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「……これは……」

「……ああ、小悪魔。悪いが、この後始末を任せてしまっても良いか?」

「畏まりました。……パチュリー様は?」

「出て行った。……少し、距離を置いた方がいいか」

 

 そう言って部屋を出て行ったあの方の顔は、目に見えて憔悴されている。その事に、私はぎゅっと手を握り締めてしまう。

 

「……パチュリー様……」

 

 これ以上ないほど散らかされた部屋の中、私はそれを行った主の名を呟いた。

 

 少し前から、パチュリー様の様子がおかしくなり始めていた。案外独占欲が強い方だったのか、あの方に誰かが近づくと酷く癇癪を起こすときがあったのだ。どうにも、あの方を束縛し続けていたいと、そんな風に思っている節もあるらしい。

 

「……何と、恐れ多いことを」

 

 反射的に、私はそう口にする。そうだ。仮にもあの方を束縛し、その身体を、心を疲労させようなど、恐れ多いにも程がある。いかにパチュリー様とは言え、許容できるものではない。

 

 

 

「……つまり、そういうことなんですね」

 

 つまりは、こういうことだ。パチュリー様もまた、あの方の隣に立つにふさわしくなかったのだ。私程度は論外にしても、まさかパチュリー様も所詮はあの程度とは、まったくもって期待外れだと言える。

 

 

 

「――ご安心を」

 

 既に去ってしまったあの方に向け、私は深々と頭を下げる。もはや私には、あの方に陰ながら仕えるものとしては、パチュリー様の狼藉を許すわけには行かなかった。

 

「さて、どうしましょうか」

 

 部屋の片づけを行いながら、私は問題の解決方法を考える。色々と手段は思いつくのだが、短絡的に行動すると私までここに留まれなくなる。何としても、あの方にとっての有象無象でいるためにも、私はここに存在し続けなければならないのだ。

 

 

 

「――もう少しだけお待ちを、我が主」

 

 ご苦労をかけてしまうことになるが、私が何としてもあの方の障害を排除してみせる。――私の全ては、ただあの方の為にあるのだから。

 




 はい、小悪魔の回です。ぶっちゃけ、首を傾げられそうな話だと思っています。

 今回は自己評価が超低く、その上で崇拝型を少し混ぜたような感じです。自分はあの人に相応しくないというやつの、凄い版とでも言うのでしょうか? その上で、彼が十全に過ごせるように色々な意味で全力を尽くそうとしている感じ。自分でもよく分からぬまま書きました。だからこれが狂っているかとか、病んでいるかと聞かれると、さあと自分でもそう思っていたりします。まあ、たまには良いと思ってください。問題は、そのたまにはが多いことなんですが。

 次回ですが、もう五十回となるようです。またいつものように少女たちの、を書こうかと最初は思っていたのですが、少し前にふむと思ったコメントを頂いたのでちょっと挑戦してみようかと思っています。もっとも、その元となるコメントが何処にも見当たらないのですが。感想で消してしまったのでしょうかね。まあ、それはともかくとして、可能であれば今日明日で書いてみようとは思っていますが、駄目そうなら切り替えて書くことにしますので、期待せずにお待ちいただければと。ではまた。

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