東方病愛録   作:kokohm

51 / 90





霊烏路空の愛

『あ、そこのお兄さん! ちょっと聞きたいことがあるんだけど』

 

 そう言って、彼に声をかけてきたのは一人の少女だった。彼女が彼に言うには、何でも道に迷ってしまったので、目的地までの道を教えて欲しいとのこと。彼からすれば何の変哲もない、単なる迷子になった少女に会ったということになるだろう。背中に大きな翼が生えていることを除けば、であるが。

 

 

 

 

『えっと……、あれ? どう行くんだっけ?』

 

 その少女は頭が悪い、とまでは言わないが、少々記憶力に難があった。何度彼が目的地までの道を教えても、すぐに戻ってきて彼にまた道を確認しに来た。そのため、彼は彼女に付き合って、目的地まで直接案内をすることになったのだ。

 

 

 

 

『私? 私はねー、お空って言うんだ』

 

 道案内をするに当たって、まずは自己紹介ということになった。それにより彼は彼女がお空という名だと知り、そう呼ぶようになった。彼女の方は、彼が名前を教えても何故かお兄さんと呼び続けていたが、特に問題があるわけでもなかったので彼は気にしなかった。

 

 

 

 

『へー、そうなんだ』

 

 道すがら、彼は彼女と会話をしていたが、彼女はとても純粋であった。もしくは無知だとか、素直だとか、そう表現しても良いかもしれない。何を言っても彼女はそうなんだとそれを信じるし、彼にとっては常識であることも彼女が知らないということは多々あった。その度に、彼女は素直に彼にその言葉の意味を尋ね、彼はそれを解説する。その意味を彼女が理解、記憶したかは怪しいところもあったが、少なくとも反応がとても良かったので、彼は面倒を感じることなく、彼女の疑問に付き合った。見た目はともかく、まるで子供のようだと、そんな風に彼は彼女に対して思っていた。

 

 

 

 

『じゃあねー、お兄さん!』

 

 そしてようやく目的地に辿り着き、彼女は彼に礼を言って飛び去っていった。ややもすれば呆気のない別れだったが、そもそもただ道案内に付き合ったというだけの関係だ。彼のほうも特に感傷に浸るということもなく、彼はその場を去った。これが、彼が彼女に初めて会った日のことだった。

 

 

 

 

『あれ、お兄さん?』

 

 次に彼が彼女に会ったのは、地底での偶然であった。彼の友人の魔女に連れてこられ、彼女とはぐれてしまった為にふらついていたところを、彼女が声をかけてきたのだ。

 

 

 

 

『こんなところで会うなんて偶然だね!』

 

 会ったのはたったの一回きり、その時間も大して長いものではない。だというのに彼女が彼のことを覚えていたことと、思いのほか彼女がこの再会に喜んでいることに彼は少しばかり面食らったものの、感情表現が大きいんだなと納得した。そして何故か、彼は彼女の家、正確には彼女たちの家へと招かれることになったのだ。

 

 

 

 

『ここがね、さとり様と私達の家なんだよ』

 

 彼女がここ、地霊殿に彼を連れてきたのは、彼の現状を知った彼女がそのように提案したからだ。自分の主なら、彼の力になってくれるだろうからと、彼を半ば無理やり引っ張ってきたのだ。やはり素直だと、引っ張られつつ彼は実感していた。

 

 

 

 

『さとり様、お兄さんを連れてきたよ!』

 

 そう言って彼女が彼に会わせたのは、古明地さとりという少女であった。さとりはその名の通り心を読む妖怪らしく、彼女の子供のような説明を聞く前に、彼に対し苦笑交じりで謝罪をした。さとりも苦労しているのだなと、そう彼が反射的に思ったところ、力なく笑ったのが印象的ではあった。ついでに、その際に初めて彼は、さとりから彼女の本名が霊烏路空だと言うのを知るのであった。

 

 

 

 

『またね、お兄さん!』

 

 その後はさとりの力もあって、彼は友人と再会をすることができた。別れの際、彼女は彼に対し再会の言葉をかけ、それに対し彼の何となく頷きを返し、その日は別れとなるのであった。

 

 

 

 

『お兄さん、来たよ!』

 

 そして、彼女は宣言どおり彼に会いに来るようになった。会いに来ると言っても流石に人里の中に入ってくることは出来なかったので、彼の方から外に出て迎える必要があったのだが、そんな面倒も案外苦にならなかった。彼女が彼を気に入ったように、彼のほうも彼女のことを気に入っていたのだろう。

 

 

 

 

『それでねー、お燐がねー』

 

 彼女が話す内容は、往々にして彼女の近況であった。時折同じ会話を繰り返し話すこともあったが、彼は特に指摘することなく、初めて聞いたような風で対応していた。対して彼の方はというと、彼女と同じく近況を話すこともあったが、基本的には彼が知る知識を彼女に教えるというものが多かった。どうしてそうなったのかといえば、ひとえに彼女がそういう話をせがんだからに過ぎない。鳥頭とはいえ元のスペックそのものは悪くなかったのか、彼の話を彼女は興味深そうに聞くものであった。まあ、鳥頭ゆえにそれを忘れてしまうのが早かったのが玉に瑕だったが。

 

 

 

 

『そうそう。私、本を読み始めたんだ』

 

 そんなことを彼女が言ったのは、彼が彼女と会うようになって数ヶ月が過ぎた頃であった。突然どうしたのかと彼が彼女に聞けば、こういうものにも興味を持つようになったと彼女は彼に返した。自分の影響だろうかと彼は、ともすれば自惚れとも取られるようなことを思ったけれども、事実それがきっかけであったのだ。だからだろう、彼女はこの後もよく、自分の読んだ本の内容を彼に伝えるようになり、彼はそれをどこか微笑ましい気持ちで聞くようになった。

 

 

 

 

『んー……、何となく?』

 

 いつからか、彼女は彼によく引っ付くようになった。最初こそは彼も、どうしてと理由を問うていたのだが、明確な答えが返ってこなかったので、段々と気にしないようになっていった。ただ、彼女が最近その手の、所謂恋愛系の本を読んでいるらしいので、それが原因ではないかと彼は推測していた。自意識過剰と言われるかもしれなかったが、彼は彼女の感情は自分に向いているのではないか薄々思っていたからだ。その事に、むずがゆいような感覚はあったものの、どうとするわけにも行かなかったので彼は彼女の好きなようにさせていた。

 

 

 

 

『えー? そんなことないと思うけどなー……』

 

 まずいかなと、彼はその日初めて思った。そう思った対象は彼女であり、そして彼女が読んでいる本であった。どういうことかといえば、彼女が最近読むようになった恋愛系の本に、少々目に付く内容のものが増えてきたからだ。例えば、あまり特殊でない形の物、監禁だとか束縛だとか、そういうものだ。誰が彼女に渡しているのかは分からなかったが、勘弁してくれと彼は思わざるを得なかった。何せ彼女は少々純粋が過ぎる上に、その手の経験がまったくない。そのため、本の内容を素直に信じてしまう気があったのだ。事実、最近の彼女の様子は若干おかしいと、そんなことを彼は感じており、そういった本は読まないようにとは言っているのだが、どうにも効果が出ているように見えないのが、最近の彼の心配事となっていった。

 

 

 

 

『だって、好きな人とは一緒にいるものだって書いてあったよ?』

 

 ある日彼は彼女に、彼女たちの家、地霊殿に来ないかと言われた。どういうことかと問い返した結果、先のような言葉が返ってきた次第だ。その言葉に彼は、じっくりと悩んだ後、ゆっくりと首を横に振った。その理由を、彼は正直に彼女に語ろうとした。そういうのはまだ早いと、まだそのような関係には至っていないと。

 

 

 

 

『何で、何でお兄さんは私と一緒にいてくれないの……!』

 

 だけれども、その言葉を彼女が最後まで聞くことはなかった。彼が理由を言い始めてすぐに、その場からすぐに飛び去ってしまったからだ。そのことに、彼は彼女に対し申し訳のなさと、そして一抹の不安を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私ね、色々と学んだんだー。お兄さんからと、ご本からと、そして他にも色んな物から」

 

 そして、現在。彼は今、地霊殿の一室にいた。そこでは彼はゆったりと、椅子に座って彼女を見つめている。ただ、それだけ。それ以上の自由は、今の彼には与えられていなかった。

 

 

 

 

「好きな人とは、一緒にいるのが普通なんだって」

 

 それは、彼女が読んだ本に書いてあったことだ。

 

 

 

 

 

「私達と違って、人間は簡単に死んじゃうんだって」

 

 それは、彼が彼女に教えたことだ。

 

 

 

 

 

「好きなのに一緒にいてくれないのは、誰かに邪魔をされているからだって」

 

 それは、彼女が知ってしまったことだ。

 

 

 

 

 

「弱い人が死なないようにするには、強い人が守ってあげれば良いんだって」

 

 それは、彼女が理解したことだ。

 

 

 

 

 

「分かったんだ。どうすればいいか」

 

 だから彼女は、自分が納得した通りに行動した。

 

 

 

 

 

「守るためには、その人の傍にいれば良い。邪魔されない為には、誰も近づけさせなければいい」

 

 それは正しく、そして間違っている。だけれど、それを指摘する者は、指摘出来る者は何処にもいなかった。だから彼女は、それを信じ込んだ。

 

 

 

 

 

「だから、私は決めたんだよ。お兄さんと、ずっとここで暮らそうって」

 

 無邪気に、彼女は笑う。彼からどのような視線を向けられようと、彼にどのようなことをしようと、彼女はただ心から笑っている。それが、その胸の感情の結果だと、そう信じていたから。

 

 

 

 

 

「これからも色々、私の知らないことを教えてね。お兄さん?」

 

 彼女はとても素直で、ただただ無邪気で、そして、あまりにも純粋すぎたのだった。

 




 はい、お空回です。本来なら今書く気はまったくなかったのですが、どうにもここ二日の投稿の所為で頭がこっち用に固定されていたらしく、他作品用に意識が切り替わらなかったので予定を変えてこの話を書くことになりました。内容がある程度固まっているときならともかく、そうでないときにこの状態になってしまったので、今回は微妙だったかなと、そんな風に評しています。

 今回のテーマと言うかまあ、とりあえず無邪気ゆえのみたいな話を考えていました。人の言うことを信じすぎて、間違った方面に行ってしまうとか、そういう感じの奴です。ただ、なんかいまいち固まらなかったので、最終的に今回みたいな感じになりました。お空に本は合わないとか思う人もいるかもしれませんが、鳥頭でも本ぐらい読めるだろうと、そんな感じです。当初は大図書館に連れて行ったみたいなのも挟むつもりでしたが、結局止めてしまったので、多分彼女が読んだ本はさとりが持っていたものなんでしょう。さとりが確信犯だったのか、あるいは同類だったのかは謎ですけど。

 次回は、うん、意識が切り替わるかどうかでまた変わるので何とも言えませんが、基本的には時期が開くと思います。楽しみにしている方たちには申し訳ないのですが、こればっかりをやっているというわけにもいかないものですから。ではまた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。