東方病愛録   作:kokohm

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古明地さとりの愛

 

 朝、廊下を歩いていると、彼が億劫そうに歩いているのに出会った。

 

「……」

 

 そんな彼に、私は声をかけない。廊下をすれ違う時に、軽く会釈をする程度だ。

 

「……」

 

 それに対し、彼の方も同じように会釈を返す。すると、すれ違いざまに彼の心の声が聞こえてくる。

 

 ――楽でいいな、本当に。

 

 その彼の心の声に、私は軽く笑みを浮かべる。私の行動で、彼が満足を覚えているということが嬉しかったからだ。

 

 

 

 彼がこの地霊殿に来たのは、ひとえにこいしが彼を連れてきたからであった。何でも、地上を放浪していた時に出会ったらしく、どうやらその際に好意を持ったこいしが半ば強引に連れてきたらしい。我が妹ながら、何ともすさまじい行動力だ。まあ、あるいはいつもの無意識の結果だったのかもしれないが。

 

 ともかくとして、そうしてここに来た彼は、あまり口数の多いタイプではなかった。心を読んだ結果、元々無駄に話をするのが好きではないようだった。その性質の所為で、金こそはあったものの人間関係はあまり良くなかったらしい。それは幻想入りしてからも同じことで、それがこいしの提案を断らなかった理由の一つであるようだった。

 

 それを踏まえてなのだが、こいしの方は彼に好意を持っているようだったが、彼の方がこいしに好意を持っているかどうかは、何とも微妙なところであった。こいしのことは嫌っていない風ではあるものの、それがそういうことなのかどうかは彼自身にも良く分かっていないようだった。そのことを僅かに嬉しくは思うものの、しかし彼から私への好意がそれほどではないことを考えると、素直に喜べないものはあった。

 

 

 そもそもとして、私が彼にこうして好意を抱くようになったのは、彼と初めて会った時にあった。

 

 

『はじめまして。私は古明地さとりと言います』

『……』

 

 私の名乗りに対し、彼は礼をした後、端的に自分の名前を名乗った。それ以外にまったく喋ろうとしない彼に、私はこの時点で好印象を持っていた。私の能力上、心にもないことを並べ立てる人に比べたら、無駄口を叩かない人の方がよほど好ましかったからである。

 

『最初に、申し上げておきましょう。もしかしたらこいしに聞いているかもしれませんが、私は悟りという妖怪です。そのため、私は貴方の心を読む事が出来ます。それが嫌であるのなら、どうぞお帰りになってください』

 

 だというのに、私の口から出たのは、何ともつっけんどんとした言葉であった。相変わらず捻くれているその言葉に、自分自身に対し嫌悪感すら覚えた。しかし、そんな私に対し、彼が思った言葉は、たったの一言。

 

 ――成る程。

 

 ただ、私の能力を了承するという言葉だった。心を読めること、今現在ですら読まれているのかもしれないということに対して彼が思ったのは、嫌悪でも、はたまた歓喜でもなく、それを受け入れるという思考のみ。

 

 そんな思考をさらした彼に、私は何故か心惹かれてしまったのだ。

 

 

 

 

 そうしてそれからは、彼を含めた地霊殿での生活が始まった。とはいっても、表面上はさほど変わったというわけではない。ただ、食事の場に一人増えた、くらいのものであろう。裏を返せば、私が彼を会えるのもその時ぐらいというだけだ。

 

 無論、彼と個人的に話をしたいと思わなかったわけではない。ただ、昼間はこいしがよく彼のそばにいたし、夜は夜でそうするわけにもいかなかった。彼が、夜に人を部屋に招くことを好まなかったからだ。それもまた、彼の心を読んで知った彼の情報であった。

 

 

 彼は口数こそ少なかったが、心の中では案外色々と考えていた。こいしのこと、地霊殿のこと、地底のこと、私のペットのこと。それぞれに良い悪いと色々なことを考えていた。……だけれども、私のことはそれほど思っていなかった。

 

 当然だろう。住む場所のことを考えるのは自然なことだし、よく一緒にいるこいしのこともそうだ。彼に興味を抱いているお燐やお空たちに絡まれれば、自然と彼女らのことを考えるのも当たり前のことだ。あまり、彼と話そうとしない私のことを、あまり考えないのは至極もっともな話だ。

 

 ただ、彼は同時にこうも考えていた。――面倒だ、と。

 

 別段、こいし達と一緒にいること自体は彼も否定していない。そうであるならばとっくにここを出ていっている。彼が面倒だと思っていたのは、結局のところ自身が喋ることであった。

 

 こいしたちはどうしても、相手に会話を望むタイプであり、事実彼にはそういう風に接している。だから彼も、一方的なものではなく、双方向な会話をせざるを得なかった。そのことを時折疎ましく思っていたことを、私だけが知っていた。

 

 

 だから、私は彼とあまり会話を交わさなかった。会話をするにしても、首や手を振ることで意思を示す事が出来る程度。徹底的に、私は彼の声を引き出さないようにしたのだ。

 

 だから、どうしても深い交流という物は行えない。彼も、私のことをそれほど深く思うことはない。だが、だけれどだ。彼は、ただ私のことだけは、決して疎ましく思うことはなかった。

 

 それで十分だった。自分が人付き合いを苦手としていたからこそ、私はこんな関係で満足だった。それで今は十分だと、そんな風に本気で思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 それが揺らいだのは、ある日のことだった。

 

 ――困ったな。

 

 その言葉に、私はすぐさま彼の心に集中した。彼が困っていることは、解決したいと思ったからだ。その結果分かったのは、何ということのない問題。ただ、彼の部屋の水周りの調子が悪いということだった。案外大したことのないことではあったが、彼が困っていることは事実。だから私は、すぐに修理の手配をし、その日のうちに水周りは直った。彼も、若干困惑していたようではあったが、ともかく直ったこと自体はありがたいと思ってくれているようであった。

 

 

 

 

 

 その夜のことだ、私の部屋を彼が訪れたのは。

 

『どうしましたか?』

 

 表面上は平静を取り繕っていたつもりだが、内心ではかなり動揺していた。何せ彼が私に直接会いに来ることなど、今までなかったからだ。そして、そんな私に対し、彼は、

 

『――ありがとう』

 

 と、私に感謝をしてくれた。問題の解決に当たって、私が動いたことを察してくれての行動であった。

 

 

 

『……いえ、貴方が喜んでくれたのなら何よりです』

 

 ともすれば初めて聞いた彼の声に私は思わず呆け、そして魅了された。もっと聞きたいと、そう思った。だけど、そんなわけにも行かないと、これまでの生活で私は骨身に刻んでいた。だから、私はそれで全てを済ませた。

 

 

 ただ、私の胸には、彼からの感謝の言葉がしかと刻まれていた。そして、それをもっと欲する心もまた、生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからの私の行動は、あまりに率直なものだった。

 

 

 長く同じ場所で暮らせば、そのうちにその生活への不満や希望などが出てくる。それは彼も同じで、心では何ということのないことを良く呟いていた。だから私は、彼の心の声をつぶさに聞き、その内容を叶えた。それがどれだけ小さな不満や願いでも、私は全てを叶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうすれば彼は、よりよく思ってくれるかもしれない。いつかは、私のことをもっと見てくれるようになるかもしれない。彼が、私に好意を思ってくれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ありがとう』

 

 

 

 その言葉が、私の心の中で繰り返される。それが私の全てだ。

 

 

 

 

 だから、私は彼の思う通りに動く。彼が願った通りに働く。

 

 

 

 

 彼の望むことは、何だって行おう。彼が心の中で呟くことは、つぶさに取り入れよう。彼が欲するものは、どんな物だって手に入れよう。

 

 

 

 

 

 彼がそれを食べたいのであれば、何としてもそれを作ってみせよう。彼が会話を嫌うなら、彼を煩わせないようにしよう。彼が静寂を好むのであれば、騒音を発するものたちは消してしまおう。

 

 

 

 たとえ慣れぬ包丁に怪我をしようとも、絶対に作ってみせよう。自分を傷つけてでも、会話を欲する心を止めよう。いかに愛したペットたちでも、彼がうるさいと思うなら処分してしまおう。

 

 

 

 

 

 

 彼のために尽くそう。彼の望むままに生きよう。彼の為に、全てを奉げよう。

 

 

 

 

 

 

 

 彼の都合のいい女であろう。彼にとって、便利な女でいよう。

 

 

 

 

 

 

 彼の心のままに、彼の願いのままに。

 

 

 

 

 

 だから、だから、だから。だから、せめて、私の願いを。たった一つの願いを、どうか彼に叶えて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私だけ、などとは言わない。こいしのおまけでも、何でも構わない。だから、だからせめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私を、愛してください。

 




 はい、さとり回です。後半の展開が飛んでいるような気もしますが、二つぐらい違う話を混ぜたせいですかね。毎度毎度、展開はその場その場で変更されていくのが私の悪い癖。

 内容としては、なんですかね。奉仕型だとは思います。自分でも書いていて良く分からなくなった気がします。狂気少な目っぽいですが、結構やることもやっていたり。……うん、割と自分から言う事がないですね。いつも通り、聞かれたら答える方式で行きましょう。

 で、そろそろ六十話になりますね。一応また、少女たちの、で考えてはいますが、どうなりますかね。まだまだ、頭の中でまとまっているようで、まとまっていない感じです。まあ、その前に次回を考えないといけないんですけどね。ではまた。

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