東方病愛録   作:kokohm

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姫海棠はたての愛

 

 トントンと、小さく扉を叩く。

 

「――花果子念報、です」

 

 私の口から出る声は、いつも以上に小さい。もう何回もこうしているというのに、どうしても気恥ずかしくなってしまうからだ。

 

 だけど、自分でも聞き取れないのではと思ってしまう声なのに、

 

「――はい、今日もありがとう」

 

 扉を開けて、彼が出てくる。にっこりと笑顔を浮かべる彼に、私は思わず顔を逸らしてしまう。

 

「あ、あの……。はい」

 

 何か、気の利いたことを言おうと思ったけれど、結局はそのまま手に持った新聞を渡してしまう。けれど、そんな私の態度に気を悪くする様子もなく、彼はうんうんと頷いて受け取ってくれる。

 

「うん、確かに。後でじっくりと読ませてもらうよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 お礼の言葉が尻すぼみになっていったのが自分でも分かって、落ち込んでしまう。どうして、彼の前だといつもの調子が出ないんだろう。理由は分かっているのに、どうしても改善する事が出来ない。

 

「……その、はたてちゃん」

「は、はい!?」

 

 名前を呼ばれて、思わず声が上ずる。どんな事を言われるんだろうと、彼の次の言葉に注目する。

 

「ああ、……その……ええっと」

 

 だけど、どうにも彼は歯切れ悪く、名を呼んだ理由を中々言ってはくれない。そんな彼の態度に、ふっと心の中に不安感が生まれる。

 

 もしかしてもう新聞を取ってくれないのだろうか。もしかしてもう私に会ってくれないのだろうか。そんな言葉が頭の中で存在感を放ち始める。

 

 もう面白いと思ってくれなくなった? 私の態度に気を悪くした? 私が嫌いになった?

 

 そんな想像に、思わず足がすくむ。先程、新聞を喜んで受けとてくれたことなど忘れて、私は彼の言うかもしれない言葉に恐怖する。

 

「――うん」

 

 彼が一つ、決心したように頷く。そして、

 

「はたてちゃん、良かったら今度――」

「――どうも!」

 

 彼の言葉を遮るように、上空から声が降ってくる。それは、私にとってとても聞き覚えのある声だ。

 

「今日も清く正しい射命丸文が、文々。新聞を配達に来ました……って、はたて? もしかして、貴女もこの方に新聞を?」

「え、ええ。そうよ」

 

 文の登場に、正直ホッとしてしまった。何故なら、彼女の登場によって、彼は私に対して言おうとした何かを飲み込んだようだったからだ。彼が私に何を言おうとしたのか、それを聞かずにすんだ。そのことに、私は非常に安堵した。それがどちらへの方向の言葉だとしても、今の関係が変わってしまうかもしれない言葉を、私は望んでいない。今の、ぬるま湯のような日常だけでいいと、私は思っていた。

 

 臆病なのだ、私は。結局のところ、その一言に尽きた。

 

「……じゃあ、私はこれで失礼します」

「え? あ、うん、またね」

 

 文が来たことで、少し面食らっているようであった彼に短く別れを告げ、私はその場を離れる。もう少し一緒に居たかったと思いつつ、だけど離れられて良かったと思ってしまう私は、多分変なんだと思う。

 

 

 

 

 文と私は、友人で、多分ライバルだと思う。私も、おそらくは文も、相手を意識して新聞を書いていたから、ライバルと言っていいと思っている。……でも、どれだけ書いても、文の新聞の方が、私の新聞よりも上だった。

 

 

 

「一部、頂けますか?」

「え?」

 

 彼と会ったのは、私が売れない新聞を手にため息をついていた時だった。思わず彼の言うとおりに、持っていた新聞を渡したのだけど、すぐに後悔の感情が湧いてきていたと思う。何故なら実は、目の前で自分の新聞が読まれるというのを、私はその時初めて経験したからだった。

 

 どんな感想を言われるんだろうか。酷評だったりするだろうか、あるいは何も言わずに突っ返されるのだろうか。そんな、後ろ向きなことばかり思っていた筈だ。それほど、その時の私は、自分の創作物に自信を持っていなかった。

 

 

「うん、面白い」

「…………?」

 

 だから、最初に彼がそう言ったとき、私は彼が何を言ったのか理解できなかった。たぶん、その時の私は間抜けな表情だったんだと思う。そんな私に対して、彼は微笑みながら、

 

「――定期購読を希望しても良いですか?」

 

 そう、優しい声で言ってくれたのだ。

 

 

 

「……それが」

 

 それが、私と彼の始まりだ。その後はゆっくりと、少しずつ距離が縮まっていったような、あるいは変わっていないような、そんな感じだったと思う。

 

 でも、そんな距離感が、たまらなく愛おしかった。良いにも、悪いにも傾いていない、そんなぼんやりとした関係が、本当に心地よかった。

 

 

 だから私は、彼との距離を変えたくなかった。一歩も下がらず、しかし進むこともなく。そんな、惰性のような日常を、ずっと過ごしていたい。そんな日々が未来永劫続くのだと、錯覚し続けていたい。

 

 

 それが、私の唯一の望み。それ以下も、それ以上はいらない。ただ、それだけが欲しいとうのは、贅沢な望みなのだろうか? そんなことは…………ない、と信じたかった。

 

 

 

 

「心地がいいのは分かるけどねえ」

 

 それが、私のあれこれと聞いて、私が少し答えた後の、文の第一声だった。ため息を吐く文に、そうだろうなと私は思う。だって、文と私は、まるっきり考え方が違うから。思い立ったら即行動、の文に、私のこの後ろ向きな思いは理解できなくて当然だと思う。別に、それで腹が立つというわけでもない。

 

 

「でも、だからって、ずっとこのままっていうのも、あんまりよくないと思うわよ」

 

 分かってはいる。理解はしているけど、だからと言ってこれ以上を望もうとするほど、私は強くない。それは、私自身がよく知っている。

 

 

「……はあ、やれやれね」

 

 そんな私の態度に呆れたのか、文は肩をすくめる。分かってくれたとまでは行かなくても、干渉しないでくれそうかなと、私は彼女の態度にそう思った。

 

 

 

 

 

 

 だから、次の彼女の言葉に、私は耳を疑い、そして――――おかしくなってしまった(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――実は彼をちょっと、遊びに誘おう、なんて思っていたりするのよ」

 

 

 ………え?

 

「人間だけど、結構彼って私の好みだし、なんならちょっとそういう関係に、とかね」

 

 ……待って。

 

「これで私も結構いけているはずだし、彼も乗ってくれたりするんじゃないかしら」

 

 待って……!

 

「ま、少なくとも貴女よりは良い線行くんじゃないかしら?」

 

 ――待って待って待って待って待って待ってマッテマッテ待って!!!!!!!!!

 

 

「……なんて、冗談――」

 

 連れて行かないで連れて行かないでツレテイカナイデ連れて行かないでツレテイカナイデ!!!

 

「――はたて? どうかしたの?」

 

 彼だけなの彼しかいないの彼だけなの彼だけが彼しか彼が彼以外は彼だけが彼彼彼彼彼彼かれカレ彼彼彼――――――!!!

 

「……え? …………え?」

 

 ――私から、盗らないで――――!!!!

 

「……は、た――?」

 

 

 

 

 

 

 ――気がつくと、文は動かなくなっていた。

 

「……あ、文……?」

 

 揺する。揺する。揺する。

 

 

 

 ――動かなかった。

 

 

 

「あ、あはっははは、は……」

 

 あっけない。あっけなさ過ぎて、現実味がない。

 

 

 何で? 何が? 何故?

 

 

 

 私は――――?

 

 

 

 

 

 ――リリリンと、鈴の音が響いた。

 

 

 

「……あ……」

 

 彼の家を訪れる日の、家を出る時間になるように設定した、目覚まし時計の音。この音が聞こえると、私はいつも彼の元へと行っていた。

 

 

 

「――行かなきゃ」

 

 そうだ。彼の元に行かないと。それが、私のいつもなんだから。

 

 

 

 

 私と彼の、日常を崩したくない。だから、今日も行かないと。

 

 

 

「そうよ、今日もいつものようにしないと……」

 

 

 関係を変えたくない。それが、私の望み。だから、今日もいつも通りにしないといけない。今日も、明日も、明後日も、ずっとずっと、いつも通りにしないと……。

 

 

 

「行って、来ます……?」

 

 寝ている(・・・・)文にそう告げて、私は家を出た。

 

 




 はい、はたての話でした。依存系? あるいは何だろう、執着系? まあ静かな感じにしたかっただけです。アイデア自体はリクエストが来た瞬間に思いつき、毎度のように話の頭と後ろだけはすぐに書けたのですが、しかしその間が書けなかったので遅くなりました。まったく、こういう書き方をしているから全体で見たときに文章の感じが変になるんだという話。よくこれで読者の皆さんに見捨てられていないよなあ。

 しかし、今回私ははたてを、まあ人見知りっぽいというか、後ろ向きな感じに書いていますが、これはあくまでこの話でのはたてであって、普段私が思っている彼女のキャラがそうというわけではないです。東方キャラはその性質上、結構人によってキャラが違うことがありますが、はたては結構人によるという面が大きい気がします。真面目に文のライバルだったり、引きこもりだったり、あるいはまったく違った風だったりと、他と比べても色んなキャラがいる気がします。ま、別に彼女に限った話ではないんですけどね。

 で、次回……の前に、ちょいと活動報告に質問を出してみようかと思っています。内容としてはまあ、最近私が分からなくなってきた、ベタなヤンデレとは何ぞやというものです。出来れば、時間があるという方には見てもらって、さらに奇特な方には意見をいただければなあと思っています。ではまた。

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