東方病愛録   作:kokohm

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赤蛮奇の愛

 私は理性的である。少なくとも、これまではそう思っていた。

 

 だからこそ、自分が弱い妖怪であると気付けた。

 

 

 

 

 

 私は理性的だ。少なくとも、これまではそうだった。

 

 だからこそ、私は人間に紛れ、人里に住むという手段を選べた。

 

 

 

 

 

 

 私は理性的だ。少なくとも、彼と会うまではそうだった。

 

 だからこそ、私は極めて平穏な日々を送れていた。

 

 

 

 

 

 

 それが、一体何処で歯車が狂ってしまったのだろう。今の私には、『彼』を抱えながら考えることしか出来ない。『彼』の頭を膝に乗せて、ゆっくりと撫でながら考えるしか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう。彼と出会ってからのことを考えるしか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が彼と出会ったのは、私が日銭を稼いできたある日の夕方のことであった。

 

「あの、すみません」

 

 突如、後ろから声をかけられた。その瞬間、私はもしや、と思ってしまう。もしかしたら、私が妖怪であるとばれたのではないか。そんな疑問を覚えるのはしょっちゅうであったのだが、毎度毎度そう思ってしまうのには変わらなかったし、慣れなかった。

 

 だから、多分私は声をかけられた時に肩を震わせてしまったと思う。でも、あまり不自然にならないように気をつけながら、私はゆっくりと振り向いた。

 

「……私ですか?」

 

 振り返った私が見たのは、一人の男性であった。人間の、歳は多分二十代くらいの青年。

 

「その、落としましたよ」

 

 そう言って、彼は手に持ったものを差し出す。彼の手にあるものを見て、私はあっと声を上げた。

 

「私の財布……」

 

 驚いて懐を探ってみると、やはり私の財布が何処にもない。先ほど、買い物をした時にでも落としたのであろうか。まるで気付いていなかった。

 

「その、ありがとうございます」

 

 罰の悪い思いを感じながら、私は青年から財布を受け取る。幸いにも青年は性根の綺麗な人であったらしく、特に何を要求するでもなく私に財布を返してくれた。まあ、今にして思えば、そういう人物でなければそもそも財布を私に返しに来てくれたりなどしなかっただろうけれど。

 

「いえ、偶然気付いただけですから」

 

 そう言って、青年はニッコリと笑う。大の大人に言うのも不自然だろうが、無邪気と評するのが一番似合っているであろう笑みだ。そんな彼の笑みに、何故か私は触れがたいような何かを感じて、思わず顔を背けてしまう。どうにも、こういった真っ直ぐな善意というのは、久しく味わっていなかったからだろうか。

 

 ともかく、財布は受け取ったので、私は礼もそこそこにその場を離れようと思った。仮にも正体を偽っている身なのだから、あまり他人と不用意に接触をしないようにしていたのだ。

 

 だから、いつものように私はその場を離れようとしたのに、何故か私の足は動かない。そして、私の意に反して、私の口が勝手に言葉を紡いだ。

 

「お礼を、させてくれないでしょうか?」

「え?」

 

 虚をつかれた様な表情を彼は浮かべていたけれど、内心では私もそうであった。まさか、そんなことを言ってしまうだなんて、私は自分が信じられなかった。それほどまでに、私は人――この場合は他者という意味だ――に飢えていたのだろうか。

 

「どう、でしょうか?」

 

 そんな私の内心の驚きなどまるでないかのように、私の口は勝手にそんな言葉を吐き出す。そんな気はまるでなかったつもりなのだが、こうなるとここで前言を撤回するというのもおかしな話だ。出来れば断ってくれないだろうか、そんな望みを胸に彼を見つめると、彼は少しばかり困ったような表情を浮かべたけれど、

 

「……ええ、ではありがたく受け取らせてもらいます」

 

 そう、私の言葉を受け入れてしまった。こうなると私の本心としては物凄く困ってしまうのだが、仕方がないと諦めるしかないだろう。

 

 こうして私は、どうしてこうなったのだろうかと疑問を感じながら、彼と夕食を共にすることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へえ、そんなことが」

「ああ、まあ色々とあってね」

 

 食事をし、当然のように飲酒を重ねると、互いに口も軽くなっていく。気付けばどちらも敬語などを使うのは止めていて、かなり気安く言葉を交わすようになっていた。

 

 初めはそんな気などなかったはずなのだが、やはり酒を飲んでしまったのが原因だろう。まったくもって、今日はよろしくない日であった様だ。

 

「外来人?」

「そう言われているらしいね。僕としては、何か夢みたいな話なんだけどね」

 

 いつしか、互いに結構深い所まで話をするようになっていた。勿論、私が妖怪であることなどは言っていないが、それでも色々と喋ってしまった気がする。対する彼のほうも、自分が外来人であるということも私に話してくれた。他にも、誰それに拾ってもらっただとか、何処其処で働いているだとか、そういう内容だ。

 

 そうして、そういった話が適当に区切りがついた所で、ようやく私は彼と分かれ、家路へとついたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に彼を見かけたのは、それから一週間と経っていないある日の昼下がり。行きかう人々の向こう側に、私は彼の姿を見かけた。

 

 どうやらあちらは気付いていないらしく、対面こそしていたが私の位置とは少しずれた方向を見ている。

 

 まあ、だからどうしたという話だ。あまり特定の個人と深く付き合うつもりは私にはなかったので、彼に気付かれることのないようにその場を離れる、つもりだった。

 

「――あの!」

 

 しかし、私の足は勝手に彼の方へと向き、私の口は勝手に彼に呼びかけていた。まるでいつかの様に、まるで私の身体ではないのかのように、私は彼の元へと走った。

 

「……あれ、蛮奇さん?」

 

 彼のほうも、すぐさま私の存在に気付いた。少しばかり不思議そうな表情を浮かべていたけれど、すぐに彼はまたあの時の様な笑顔を浮かべる。

 

「どうしたの?」

「ちょっと、顔が見えたから」

「そう。じゃあせっかくだから何処かで話そうか」

 

 その言葉に、私は頷いて返す。やはり、私の意思ではないのだけれど、そんなことが彼に分かるわけもなく。結局私は、その日も彼と共に、長い時間を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 それからの日々は、わざわざ思い返そうとするまでもなく良く覚えている。

 

 

 日銭を稼いで、時折彼を見つけて、そして他愛も無い雑談を交わす。

 

 

 ……私はこれでも、自分は理性的な妖怪であると思っていた。けれど、どうにも彼と出会ってからはその自信がなくなっていった。だって、彼と会うと、何故か私の身体は、私の意思に反して動くのだ。

 

 

 

 

 

 私の足は、口は、身体は、まるで私のものではないかのように、私の意思に反して動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だけれども。

 

 

 

 いい加減、それが数度と続けば、その理由も何となく想像がついた。もっとも、そのきっかけまでは分からないけれど。

 

 柔和な雰囲気か、落ち着きのある声か、良く人を見ている動きか、はたまた邪気の感じられない笑顔か。

 

 そのうちのどれに惹かれたのか、それはいくら考えたところで分かるものではないのだけれど。

 

 私は彼に、惚れてしまったのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……婚約?」

 

 その言葉を聞いたのは、私が彼への想いをいい加減に認める気になってから、ゆうに一年は経った、とある昼下がりのことだった。

 

「らしいぜ。まあ、あくまで噂だけどよ」

 

 そう私に言ったのは、仕事場で少なからず交友のある一人の男だ。男が彼の事情などを知っていたのは、彼は私が思っていたよりもこの里で有名だった事が原因らしい。

 

 まあ、どうやって、などには興味はない。問題なのは、どうして、だろう。

 

「どうして、お見合いなんてしたのかしら?」

 

 この頃には、いい加減自分の気持ちというものにも自覚があったので、彼の話題ではあるものの、自分の意思で話をするということは多くなっていた。だから、今の質問も私の意思によるものであった。

 

 実際の所、私は彼がお見合いをしたという話を、今の今まで全く聞いていなかった。これでも彼といる時間自体はそれなりに多いと思っていたのだが、まるで彼からそのような話題を聞いたことはなかった。

 

「あー、ほら、アイツって外来人ってのは聞いているだろ?」

 

 そう言って、男は説明を始めた。何でも、彼がこっちに来てお世話になっている人たちというのが、人里でも有名な長者であるらしい。それで、細かい理由などは知らないが、その人たちが彼を大層気に入っており、正式に家族として迎え入れるために見合いの場を組んだらしい。

 

「……で、意気投合したとか、何とか。まあ良くは知らないけどよ」

「そう」

「アンタは確か、アイツと仲が良いんだよな? 気になるなら本人に訊いてみればいいさ」

「そうするわ」

 

 そう、私は自分の意思で答えて、彼を探す為に席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ごめん」

 

 開口一番、彼は私にそう言った。私が何を訊きに来たのか、それが分かったからだろう。もっとも、それで彼が私に謝る義務などないはずなのだけれど。

 

「……じゃあ、婚約の話は」

「ああ。断りきれなくて」

 

 いつもは笑顔なその表情を暗く歪めて、彼は俯いて言う。彼としても、あまり納得がいっていないのだろう。でなければ、こうして私と話をするはずもない。

 

 

「…………そう」

 

 残念、というのが正直な感想ではある。当然だ。私は彼を想っているのだから。

 

 

 だけれど、私が彼にどうこうと言う権利などあるわけがない。だって、私と彼はあくまで他人であって、そもそもを言えば私は妖怪で彼は人間なのだから。

 

 そうだ、最初から間違っていたのだ。妖怪である私が、人間である彼に懸想するなんて。……こういったことを避けるのも、私が人と関わらないようにしてきた理由だったはずなのに。

 

 まったく、一体いつからその事を忘れていたのだろう。私は理性的であったはずなのに。何故、忘れてしまったのだろうか。

 

 

 

「……じゃあ」

 

 

 後悔を胸に、私は彼の元を去ろうとした。お幸せに、とでも声をかけようとした。もう二度と会わないのだから、そんな言葉をかけようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――その婚約者って、一体誰?」

 

 

 そのはずだった。それなのに、私は、確かにそう言っていた。

 

 

 どうしてそんな事を言ってしまったのだろう。今まさに、もう二度と会わないと決心したはずではなったのか。

 

 久しぶりに、私の身体は私の意思から離れていた。彼への思いを自覚してからは、初めてのことだった。

 

「ああ、相手っていうのは――」

 

 彼の方は、特に私の質問に対し疑問を持たなかったのか、平然と婚約者の名前を言った。それは私でも知っているぐらいの、この里の豪商の娘の名前だった。

 

「そっか。――じゃあ、またね」

 

 そう言って、私は彼に背を向けた。何となくだけれど、後ろで彼が頭を下げているような気配があったけれど、私は振り返らなかった。

 

 

 私の脚が何処に向かって歩いているのか、それは何となく分かった。だけど、そこで私がどう行動するのかだけは、その時の私には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、聞いたかよ」

「何が?」

 

 声をかけてきたのは、彼の近況を私に話した男だった。男は驚いた、という表情を浮かべながら私に言う。

 

「ほら、アイツが婚約したって話はしただろう?」

「聞いたね」

「その相手、死んじまったんだってよ」

「……へえ。病気か何か?」

「いや、誰かに殺されたらしい。……しかも、頭を持ち去られたって話だ。ひょっとしたら妖怪の仕業なんじゃないかって、ちょっと噂になっているぜ」

「そうなんだ」

 

 そこまで聞いたところで、私は席を立った。そのことに、男は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「どうした?」

「……彼に会いに行こうと思って」

「ああ、そりゃいいかもな。アンタはアイツと仲良いし、励ましに行くのはいいことか」

「そういうこと」

 

 そう返して、私はその場を離れた。次の目的地はが何処かなど、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はこれからも、こんな事を続けていくつもりなのだろうか。人里を歩きつつ、私はそんな疑問をもった。これからもずっと、彼が誰かと結ばれそうになるたびに、あんなことを繰り返すのだろうか。私の身体は、そんな選択をするのだろうか。そんな疑問だ。

 

 

 でも、いくら考えてみても、答えは出ないのだろう。だって、いくら『私』が理性的に考えても、どうせ『私』は勝手に動くのだから。いくら事前に考えたところで、意味があろう筈もないのだ。

 

 

 ……でも、おそらくは、そうなるのであろう。

 

 その結論が出た所で、彼の姿が目に入って来たので、私は思考を打ち切った。これ以上は、必要ないと思ったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私が妖怪だと気付かれたら、私はどうするんだろう。

 

 

 ふっと浮かんだその疑問。その答えを、出したくなかったから。

 

 




 はい、蛮奇回です。色々迷走した結果、良くわからない所に着地した感じ。いくつか展開は考えたんですけどね、悩んでしまった結果が今回です。最近全体的に書こうという気力が湧かなかったので、それがまとめが雑な理由かも知れませんね。


 今回、蛮奇回という事で、まず口調やらをどうするかが難題でした。どうにも、これと定まった口調や性格面がなかったので、設定を見てなんとなくこんな感じでいいのかなあと、ふわっと考えて今回はこういう風にしてみました。やっぱり資料が少ないと決め難いです。

 で、本題である今回のコンセプト。これは蛮奇の口調やらを決める前から決めていました。というか、蛮奇の話を思い浮かんだからそっちでも悩むはめになったという感じですね。それでそのコンセプトですが、思考と行動のずれですね。蛮奇の妖怪としての特徴である、頭と身体が分かれているというところから膨らませてみました。思っていることとやっていることが全く異なるという、まあそんな感じですね。最初はもう少し暴走というか、そんなものも考えていたのですが結局止めて、今回のような感じで纏めました。頭の中では彼の幸せを願いつつ、身体は彼を滅多刺しにしているというような展開も考えていたんですけどね。……ま、冒頭の文から分かることもあるでしょうけれど。『頭』というのも、彼女の種族にかけていたりいなかったり。

 次回ですが、まあ全く決まっていません。また適当にリクエストを眺めながら、思いついたときに書いていくといった風になるでしょうね。ではまた。




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