東方病愛録   作:kokohm

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 ここ数話が怖かったとのことなので、今回はホラーなしで。多分狂気も無しです。ヤンデレ好きな人には申し訳ない。


レティ・ホワイトロックの愛

 

 ――身を切るような、しかし私にとっては心地の良い冷気を感じて、私はまどろみから目覚めた。また今年も、身を凍えさせる冬が来たのだと、いまだ夢心地の頭に理解させていく。

 

 背伸びをし、しばしぼうっと辺りを見渡していると、段々と意識が平常のものへと戻っていく。……そして、急いでしなければならない事があったことを思い出した。

 

 

 そのことに気付いた私は、急いで身支度を整えてここ数十年根城にしている、日の当たらぬ洞窟の中から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 太陽も隠れている冬空の下、時折降ってくる雪の結晶の冷たさを心地よく思いながら私は空を飛ぶ。目的地は人里、その近くにあるちょっとした林だ。

 

 

 たった十数分でつく距離であるのに、体感ではもう一時間は経っているような気がする。気が急いているのだと、頭の冷静な部分が私に告げている。だけど、そんなことなど気にせずに、私はただ待ち合わせ場所(・・・・・・・)を目指して飛んでいた。

 

 

 

 そうして、すぐに――体感的にはようやく――私は目的地である林についた。辿り着いた私は地上に降り、林の入り口から歩いて木々の中に入っていく。急いではいるが、これがあそこ(・・・)に向かう上で決めたルールだ。

 

 

 さして広くもない林であるので、数分も歩くとその中心部、地下水が湧いているらしい小さな泉へと辿り着いた。泉が見えたと同時、私は急いで辺りを見渡す。

 

 

 居るのだろうか? はたまた居ないのだろうか? どっちだろうかと思いながら辺りを見渡していると、少し先に切り株に座る人影を見つけた。距離はあるが、すぐに彼だと分かった。

 

 

 安堵と共にそちらへと歩いていく。本心で言えば駆け寄りたいぐらいの所なのだが、それはみっともないと自制する。特に、ここ数年はそう感じる事が多かった。

 

 幾ばくか歩くと、彼のほうもまた私に気付いたようだった。ゆっくりと、身体に負担がかからぬように立ち上がり、こちらへと手を振っている。その顔には、数十年前から見続けてきた、愛嬌のある笑顔が浮かんでいる。

 

 

 

 そうして、声が届くくらいの距離まで来たところで、私は声をかけた。

 

 

 お久しぶり。そう私が微笑みながら言うと、彼は――枯れ木のように細いからだの老人は、久しぶりと笑って言った。

 

 

 

 

 

 

 私が彼と会ったのは、もう数十年も前のことだ。ふらりと散歩をしている中、偶々ここを訪れた時に出会った、酷く混乱している少年の姿は今でも昨日のことのように覚えている。

 

 その少年に、何の気になしに声をかけてみると、彼はいきなり泣き出した。後で聞けば、訳も分からぬ中――何の拍子にか神隠しに遭い、不可解と混乱で酷く怯えていたらしい――で優しい声をかけられたので、思わず泣き出してしまったとのことだった。そう説明していた時の、彼の恥ずかしそうな、ふてくされたような顔もまた、未だに覚えている表情だ。

 

 それからはまあ、紆余曲折もあって、私は少年と度々話をするようになった。それは少年が、人里で居場所を見つけてからも代わることなく、三日に一度程のペースで会い、他愛のない会話を楽しんでいた。

 

 

 とはいえ、所詮私は冬の妖怪だ。冬が終わればまた、何処ぞで次の冬まで眠りにつかなければならない。その事を私が少年に伝えると、彼は少し泣きそうな表情を浮かべていたけれど、すぐにこう言ってきた。

 

 ――来年も会える?

 

 その言葉に、私は思わず頷いた。

 

 

 そして、その瞬間になって初めて、私も彼との時間を大事にしていたことに気がついたのだった。

 

 

 

 

 次の冬、私はまた泉を訪れていた。また会えるだろうか。そんな不安を持ちながら私がそこに辿り着くと、そこではうろうろと落ち着きなく泉の周りを歩き回っている、彼の姿があった。その事に安堵しながら、私は声をかけると彼は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 それから、ずっと私は、冬になるたびにこの泉を訪れていた。三日に一度と決めていたけれど、実の所は毎日のように訪れ、来ないと分かっていながらも彼を待ったりもしていた。そのことに、彼ももしかしたら気付いていたのかも知れなかったけれど、特に何を言うでもなく、三日のに一度だけ私に会いに来ていた。

 

 

 ――気がつけば私の胸の辺りまでしかなかった少年は、私を越すほどの身長とがっしりとした体格をした青年になっていた。その事に、私は時が経つのは早いのだと気がついた。

 

 

 

 ――気がつけば、青年は経験を積んだ大人の顔になっていた。背の高さこそは変わっていなかったけれど、いつの間にか身体は力を無くしているようだった。その事に、私は漠然とした恐怖を感じるようになった。

 

 

 ――そして、気がつけば、彼は年老いた老人となっていた。かつての力強さなど微塵も感じられてない、すぐにでも死んでしまいそうなほどに、弱い老人となっていた。その事に、私は覚悟を決めざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 今、私の前に立つ彼は、今まで交流を深めてきた彼であるけれど、同時に昔のように時間があるというわけではなかった。

 

 

 もう、彼はここで私を立って待つことはなかった。疲れてしまったと、切り株に腰をかけて待つようになっていた。

 

 もう、彼は三日に一度、ここに訪れるようにはなっていなかった。今日のように、私が来るまでは毎日のように通っているらしいけれど、私が起きた事を確認した後は、週に一度ほどしか来なくなっていた。

 

 全ては、彼がもう、以前のような体力や気力がないという証であり、――同時に、その死が刻々と迫っている証左でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 どうしたんだ? そう、彼は問いかけてきた。再び彼と会えて、色々と考え込んでしまった私を、不審に思ったようだった。

 

 それに対し、何でもないわ、と答えようと思ったけれど、少し思い直して、私は言った。

 

 

 貴方の寿命が、迫っているって思って、と。

 

 

 そう、私が正直に言うと、彼は困ったように頭をかいた。

 

 

 ……その時は、約束通りに頼むよ。

 

 

 

 少しして、彼はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 ……今から、二、三十年ほど前だろうか。ぽろっと、彼がこぼしたのだ。

 

 

 ――子供がいる、と。

 

 

 本当に、無意識でこぼしたのだろう。言った後も、特に気にした様子はなかった。おそらく、私が特に態度を変えなかったのもあって、自分でも言ってしまったことに気付いていなかったのだろう。

 

 

 その事を聞いて、私は別に取り乱さなかった。だって、彼と私は、別に恋人や夫婦というわけではなかったからだ。私は――おそらく彼もだろうけれど――互いのことを愛している、とは思っている。だけれどそれは、愛という言葉の意味とは少し違っていて、何か、説明は出来ないのだけれど、また別の感情なのだと思う。

 

 想い合ってはいるけれど、例えば独占欲などがあるわけではなくて。本当に、何と言ったらいいのだろうか。中々難しいけれど、とにかく私達はそういう関係なのだ。

 

 だから、彼が結婚していようが、子供が何人いようが、さしてショックだとは思わなかった。思ったのは、ただ、

 

 

 ――彼が死んだら、私には何が残るのだろうか。

 

 

 そんな、ふとした疑問だった。

 

 

 

 

 元より、妖怪と人間ということで、寿命や流れる時間の違いというものは理解していた。特に私は他よりも実時間が短いから、ある種の覚悟は持っていた。

 

 だから、彼が死ぬこと自体は悲しいとは思っても、是が非でも回避したいとは思わない。それを彼が望まぬことも、十分に分かっていた。

 

 ……ただ、彼が死んだ後、おそらくは残り永いであろう寿命を、彼なしで生きていくかと。そのことに、恐怖を覚えてしまっただけだ。彼との間に子供がいれば、などと世迷言を考えてしまったのも、そんな恐怖による気の迷いの所為だったのだろう。

 

 ――つまり、私は、一人ぼっちに戻るのが怖かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 そういった事を、私はそれから少ししたある日に、彼に直接ぶつけてみたのだ。あまりに単純な行動だけれど、他に良い手も思いつかなかった。

 

 

 

 そうすると彼は、少しばかり考えるようにした後で、こう言った。

 

 

 

 ――だったら、私が死んだ後は、遺体は君の好きにしていい。

 

 

 

 

 普通ならば家族に任せるであろうものを、私に託す。そう、彼は言ったのだ。

 

 

 聞いた瞬間、成る程と思わず私は思った。遺骨などにするにせよ、あるいはそのまま冷凍でもしてしまうにせよ、彼が死んだ後も『彼』は私の傍にいるといことになる。魂などは流石にないし、所詮は抜け殻にしか過ぎないのだろうが、それでも彼が残したものではなく、彼そのものが残るというのは、中々、私にとっては都合の良い話のように思えた。

 

 

 ――それなら、悲しさも紛れるかもしれないわね。

 

 

 そう、私が彼に言うと、彼は何処かホッとしたような表情を浮かべた。……そんな彼を見て、やはり私と彼は互いに想い合っているのだなと、改めて実感したものだった。

 

 

 

 

 

 

 ……それから、長い月日が経ち、今もまだ私と彼はこうして話をしている。だけれど、あと何年、いや、もしかしたら、後何日かもすれば、いつぞやのあの約束を実行することになるだろう。

 

 

 そんな日は来ないに越したことはないのだけれど、来ないわけがない。いつかは絶対に、私は彼の亡骸を抱いて、この泉を後にする時が来るのだ。

 

 

 

 その事に恐怖はない。――だけれども、私はその時が来る事を恐怖している。

 

 

 

 

 

 

 何故ならば、

 

 

 

 

 その時に私が、彼が死んで悲しいと涙するのではなく、

 

 

 

 

 ――これで、彼と永遠に一緒だと歓喜してしまうのではないかと、そう思ってしまったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから私は、その日が可能な限り遅れるように祈りながら、今年の冬も彼と会う。

 

 

 

 ……彼が、早く亡くなって欲しいなどとは、決して思わぬようにして、私は今日も彼と話す。

 

 

 

 

 

 こんな日がずっと続けばと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 その時がすぐに来ないかと思わぬようにしながら。

 

 

 

 




 はい、今回はレティ回です。久しぶりにパッと思いついてそのまま直接書きました。どうにも最近、全体的に書くという気がなかったので形になるか不安でしたが、まあとりあえず書きあがってよかったです。

 前書きにもありますが、感想から、最近怖い(意訳)という風に言われたので、そういう要素のない話を書いてみようかなと思い、どうせならまあ久しぶりに、狂っていない感じの風にしてみようと、そう思って今回の話を書いてみました。まあ、ちょいちょい題材にもしていますが、何だかんだといって妖怪と人間が結ばれる上で重要な課題は、寿命だと思います。これまではそれを解決するようなものも書いてみましたが、今回はまあ受け入れるタイプで。何気に彼が老人まで歳をとったのは妹紅の話以来ですかね? 何気に結構書いているので、あんまり記憶に自信がないですけど。

 ……あんまり内容そのものについて特筆したいと思うことがないですね。まあ、何か思い出せば活動報告にでも書いておきます。感想で聞かれれば答えますしね。

 まあそんな感じで、次回の話ですが、やっぱり特に決まっていません。ま、ぼちぼちと考えつつ、書いていこうと思います。ではまた。



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