東方病愛録   作:kokohm

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 今回は過去の話の続き、かも知れない話です。それぞれ、美鈴回、幽香回、青娥(霊夢・弐)回、をもとに書いていますので、読んでいない方、覚えていない方は先にそちらを読む事をお勧めします。




少女たちのその後

 

 1.彼の本心

 

 

 

 

 ――失敗したなあ、と思う。色々と上手く行っていたと思うのに、肝心な所でへまをしてしまったらしい。

 

 

 思惑は、結構上手くはまっていた。予想通り、咲夜さんも、パチュリーさんも、小悪魔さんも、お嬢様も、妹様も、全員が、彼に対して暴走した。そこまでは、まあ良かったのだ。

 

 良くなかったのは、彼が案外、予想以上に精神的に強靭であったことだろうか。彼は、あんな風な彼女たちに、根気よく付き合ってしまい、どうしてそうなったのかと、聞きだしてしまったことだろう。

 

 いや、最初はよかったのだ。私の適当なアドバイスなど、彼女達はあまり覚えていなかった。彼女達にとって、動いていた事が重要であって、きっかけはそれほど重視していなかったから、私のことはさして意識に残っていなかったから。

 

 ただ、この少し前。とうとう妹様とお嬢様が、客観的に見て洒落にならない騒動を起こした中、ポロリと二人が、私のことを漏らしてしまったのだ。いやまったく、あれさえなければ、連鎖的に始まった抗争で、全員が共倒れとなっただろうに。

 

 結果、彼は私が彼女たちに吹き込んだという事を知ってしまった。ああまったく、これさえなければ、それなりに上手く行っただろうに。私も、油断していた。いや、彼女たちには、十分に警戒をしていて、ただ、彼に対してはまったく警戒していなかった。

 

 それが、このざまである。この胸にある痛みと、口から漏れる血の味。倒れた視線から、胸に生えるナイフが見える。痛い、と思うのに、どこか他人事の様に私は考えてしまっている。

 

 いよいよやばい、と思う。たぶん、本気で、間違いなく、私は死ぬ。そうでもなければ、これほどまでに冷静に、思考など出来るはずもないだろう。ああ、もう。彼と一緒にいたかったのに、よもやその彼に刺されるなんて。まったく、自業自得だとしか言えない。

 

 もう、身体に力が入らない。精々が、頭を動かす程度だろう。だから、力を振り絞り、私は目の前に立つ彼の姿を、最後に視界内に収めようとする。

 

 ……ああ、愛しい、貴方。私は、貴方と……

 

「二人……き……りの、ふた……り、だけ、の、どこ、かにへ……」

 

 ……行きたかった、だけなのに。

 

 最後に、そう私は呟いた。薄れゆく意識の中、

 

「……僕も、そうでした」

「…………は、は」

 

 何だ。最初から、間違えていたのか。そりゃ、こうなるわけ、です………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2.彼の目覚め 

 

 

 ……おはよう。よく、眠っていたわね。

 

 あらあら、寝ぼけているの? ここは私達の家で、貴方は私の旦那様でしょう?

 

 ……目が覚めてきたようね。そうよ、貴方は少し性質の悪い病気になって、ずっと眠っていたのよ。まったくもう、やきもきさせてくれたんだから。

 

 ほら、あの娘も向こうで待っているわ。お父さんとして、私と一緒に迎えに行きましょう。元気になった貴方の姿を、私達の子供に見せてあげないとね。

 

 え? どのくらい眠っていたかですって? そうねえ……百年くらい?

 

 冗談、冗談よ。百年も眠っていたら、病気云々の前に貴方の身体が持たないものね。……ねえ、やっぱり、人間止めない? 今回みたいな事があったし、人間の弱い体は私にとって不安に過ぎるわ。もう二度と、貴方においていかれるなんてしたくない。

 

 ……え? ああ、ごめんなさいね。貴方が眠り続けてしまったものだから、つい死んでしまっていたような表現をしてしまったわね。そうよね、貴方は今、こうしてここにいるものね。

 

 大丈夫、貴方は死んでいてないわ。ただずっと、眠り続けていただけよ。その間何も起こっていないし、何も起こしていないから、安心してちょうだい。精々、ここに迷い込んだ人間を泊めて上げた程度かしらね。ああ、浮気なんてしていないから、安心してちょうだい。

 

 ふふ、ありがとう。でも、信用してくれるのは嬉しいけど、嫉妬もされないのはちょっとだけ不満、かしら。贅沢な事を言っているわね、ごめんなさい。

 

 さあ、行きましょうか。ああ、ゆっくりでいいわよ。ずっと眠っていたもの、急に歩くのは大変でしょうし。何なら私が抱えてあげましょうか? ふふ、冗談よ。

 

 

 

 

 ……え? ああ、その植木鉢のこと? うーん、何と言ったらいいかしらねえ。貴方の回復のために準備したもの、かしら? ああ、でも正確には、準備したものへの感謝の印、と言ったほうが正しいかもしれないわね。

 

 

 

 

 

 

 ――綺麗でしょう? 百本の、貴方の為に用意した花々は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 3.彼の帰宅

 

 

 ……騒がしい。ぼうとする意識の中に、そんな言葉が浮かぶ。普段はずっと、静かな屋敷であるというのに、今は妙にうるさい。外で何かが暴れているような、そんな感じだ。

 

 何だろうか、と思い、気だるい身体を起こし、立ち上がる。珍しく、今は妙に気力があった。いつも屋敷中に満ちている妙な香りが、心なしか薄いようが気がする。青娥が何か、また企んでいるんだろうか。何にせよ、やる気があるうちに自分の意思で歩いてみよう。最近はもっぱら、芳香に運ばされているばかりであったことだし。

 

 

 

 時折、壁に身体を預けながらふらふらと、屋敷の内を歩いていると、喧騒が玄関のほうから聞こえていることに気がついた。正直、あちらにはあまり行った事がない。どうやっても開かない、出ることの出来ない玄関などそう行きたいものでもなかった。

 

「……はは……」

 

 小さく、笑い声のようなものが聞こえた。誰の物だろうか。青娥のもの、というわけでもないらしい。たぶん、少女の笑い声だと思う。何だろう。この声、知っているような、知っていないような。懐かしいものが、少しだけある。

 

 

 どさり、と目の前の廊下の角から、何かが倒れこんできた。何だ、と思ってみれば、それは青娥だ。だが、変だ。まず、足がない。下腹部もない。さらに言えば左腕もない。血まみれで、全身が赤く濡れている。

 

 どういうことだ、と思いながらぼんやりと見ていると、青娥はのろのろと顔を上げ、そして緩慢な動きで、右腕一本で這うようにしてこちらへと来る。不思議と、そんな彼女の姿に、何の感慨も湧いて来ない。最近は、彼女からの感情に、割合応えるようになっていたような気がするのだが、まったく何も感じない。

 

「……あ……わ……の…………いと……い」

 

 何事かを、青娥は口をパクパクとさせながら言っている。聞き取れない。何を言いたいのだろうか。濁った目で見られても、その意図がまるで分からない。

 

 バタン、と青娥の顔が下に落ちた。力尽きたようだった。

 

 ふと、彼女に近づこうとしてみた。何でそうしてみたのか、それは分からない。ただ、一歩だけ踏み出そうとしたところで、

 

「――ああ、ここにいたのね!」

 

 バッと、廊下の陰から現れた誰かが、そう叫びながら飛びついてきた。その勢いに耐えられず、思わずその場に尻餅をつく。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……! 貴方を疑ったりして私が悪かったわ! こんな女に騙されるなんて、本当にごめんなさい!」

 

 泣くように、懐で少女が叫んでいる。この声、この体躯。覚えがある、ような気がする。大きなリボンに、紅い服。血の混じった、この甘い香り。この少女の名前は、一体誰だった? とても、とても大事な人だったような、そんな気がするのに、名前が出てこない。

 

「さあ、一緒に帰りましょう! 元凶のこの女もこの通り殺したし、もう私達の仲を裂く奴はいないわ。今度はもう、絶対に貴方を疑わないから、また一緒に私と過ごしましょう? そうよ、間違っているのは貴方じゃなく、貴方以外の全員なのよ。貴方だけを信じるから、だから、もう帰りましょう?」

 

 腕の中の少女は、壊れたような笑顔を浮かべながら、そう懇願してくる。相変わらず、名前は思い出す事が出来ない。でも、やっぱり、大事な人だったような気がする。

 

「ね、早く帰りましょう?」

 

 だから、その場に青娥の死体と、血に濡れた包丁を残して、彼女と一緒に屋敷を出た。久しぶりの、外だった。

 

 

 それからは、彼女と二人、神社で過ごしている。段々と気力も湧いてきて、日常生活が送れるようになってきた。よく笑う彼女を見ていると、こちらも嬉しくなってくる。

 

 

 

 

 

 

 ――今日も、相変わらず、彼女の名前だけは思い出せない。

 

 

 

 

 




 はい、七十話の特別回です。今回はこれまで書いた話のうち、三つの話の後日談的な話を書いてみました。チョイスが若干謎なのは、単に思いついた奴を書いただけだからです。話によってはどうしても、後日談を書けないものもありますからね。正直、後一話ぐらい書いたほうがいいかなと思ったのですが、長引きそうなのでいっそ投稿しました。でもまあ、やっぱり変な組み合わせだよなあ……

 付け加えておきますが、これはあくまで後日談の可能性の一つでしかありません。ひょっとしたらまた、別の可能性もあるわけです。これが正史ではないということを、意味は特にありませんがご理解いただきたく思います。

 次回は、まあ適当に書きます。この時点ではまったく次の事を考えていないので、何とも言えません。リクエストからをメインに、思いついたものをまた突発的に投稿できたらと思います。ではまた。

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