東方病愛録   作:kokohm

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アリス・マーガトロイドの愛・弐

 

 

「……いつやっても嫌なもんだよな、葬式ってのは」

 

 外に出て早々、霧雨魔理沙はそう呟く。老人ではあったが、些か交友のあった相手の家を出ての、ままならぬと言いたげな感想だ。義務や強制で来たわけでもなく、遺影の前で手を会わせた程度でも、葬式に出るというものは幾ばくかの疲労を感じてしまう。

 

 伸びの一つでもしようか。いや、流石にこんな場所でするのは良くないか。そんなことを考えていた魔理沙であったが、

 

「……ん? あれは……」

 

 ふと、見知った顔を彼女は見つける。アリス・マーガトロイド。知り合いであり、しかし友人というべきかはやや首を傾げるような、そんな仲の相手だ。

 

 だが、その見つけた場所が、少しばかりおかしい。今しがた出てきた家の、その斜向かいにある路地。そこに何故か、隠れるようにしながら、じっとアリスは家のほうを見つめるように立っている。

 

 どうしたのだろうか。疑問に首を傾げつつ、魔理沙は彼女に近づき、声をかける。

 

「よう、こんなところでどうしたんだ?」

「……何か用?」

 

 素っ気無い返答に、再び魔理沙は心の中で首を傾げる。確かに、友好的かどうかは分からない間柄ではあるが、常の彼女であればもう少し柔らかな対応をとるはず。いつものアリスらしくないなと、そんな感想を魔理沙は抱く。

 

「いや、特段用ってわけじゃないんだが……そっちこそ、あの爺さんの家に用事があるんじゃないのか?」

「――いいえ、もう用は済んだわ」

「え?」

「それじゃあ、さようなら」

 

 そう言って、アリスはすたすたと路地の奥へ歩いていってしまう。そのあまりにあっさりとした態度は、思わず後を追う気をなくさせるほどだ。

 

「……変な奴」

 

 そう呟いて、不服そうに魔理沙は鼻を鳴らす。そうしてしばし、少しばかりの怒りを抱えていた魔理沙であったが、幾ばくかして頭も冷えてくると、次に浮かんでくるのはアリスに対する疑問の思いだ。

 

「それにしても、アイツの用事ってなんだったんだ?」

 

 あの老人の家に用があるんじゃないか、という魔理沙の質問に対し、用事は済んだ、とアリスは確かに言っていた。ここで重要なのは、用件があの老人の家と関連している事を否定しなかったということだ。

 

 魔理沙の知る限り、アリスは人里において、特定の人間と深い交友は持っていなかったようであった。基本的に広く浅く、というスタンスであったように思われる。そんな彼女が、しかし今回はこの家に関しては、何かしらの用件を所持していた。それが、些か引っかかるといえば引っかかる。

 

「…………暇だし、ちょいと調べてみるか」

 

 気になったことは調べるに限る。己が好奇心の赴くままに、魔理沙は調査を開始することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、調査を始めて二日後の昼過ぎ。休憩と寄った団子屋で、魔理沙は驚きの事実を知った。

 

「――あの爺さんと、アリスが昔付き合っていただって?」

 

 団子屋を営む老婆が話したことに、魔理沙は思わず驚きの声を上げる。そんな彼女の反応は予想出来ていたのか、老婆は昔を懐かしむようにしながら頷いた。

 

 老婆曰く、先日亡くなった老人とアリスは、老人がまだ青年であった年頃に良い仲であったらしい。基本的には人里の外で逢瀬を重ねていたようであったのだが、時折人里でも仲睦まじい様子を見せていたそうだ。当時の老人――青年は容姿もよく、アリスと並んで歩いている姿は、それはそれは絵になったそうだ。

 

 だが、そんな二人の時間も、突然に終わりを迎えた。発端は、青年に対し持ち上がった見合い話だった。元々、青年は人里の住人ではなく、ある日ふらりと迷い込んだ外来人であった。その時、右も左も分からぬ青年をある夫婦が面倒を見たそうなのだが、見合いの相手というのがその夫婦の娘であったのだ。大恩がある相手の頼みを、青年は結局断ることが出来なかったらしい。特に、種族の違い、寿命の違いを材料に説得する夫婦の姿を当時は見たとものだと、老婆はしみじみと語った。

 

「それで、どっちも素直に諦めたのか?」

 

 どうだったのだろうか、と老婆は魔理沙の質問にそう答えた。少なくとも、その後青年は人里を出なかったそうだし、アリスも青年に会うような素振りはまったく見せなかったそうだ。だが、青年の妻は何やらいぶかしんでいたようであったし、失恋にかこつけてアリスを口説こうとした男は多数いたのだが、誰も彼も軽くあしらわれてしまったらしい。断言できるのは、これまでの数十年において、二人は一度も顔を合わせていないということだけだと、老婆は複雑そうな表情で語った。

 

「成る程ねえ……」

 

 道理で、と老婆の話を聞き終えた魔理沙は頷いた。実は一日前のことだが、アリスのことに関して、無謀にも老人の家に直接聞きに行っていたのだが、その際に老人の妻にえらい剣幕で怒鳴られてしまったのだ。確かに、老人が亡くなってすぐ今に聞くべき話ではなかったと反省したのだが、どうにもそれだけではなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし……そうなるとアリスは何であそこにいたんだ?」

 

 老婆に礼を言って店を出た後、魔理沙は不思議そうに顎を撫でた。これまでの聞き込みの副産物として、あの日アリスがあの家の敷地内に入っていないことは確認が取れていた。あの老婆の話を踏まえれば、あの日アリスが来る理由としては、老人に最後の別れを告げる、というのが妥当なのだろうが、そうではないことは分かっている。遠目で一目、にしてもどうにも引っかかるものがある。そもそも未だに何かしらの感情を抱いていたのだろうかという疑問もあるが、そこを気にするといよいよあの日あの場所に来る理由が思いつかなくなってくるのが問題だ。

 

「いい加減、聞き取りで分かる範囲はここまでだろうな……」

 

 さて、とそう呟いた後、魔理沙はなにやら決心した表情を浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あら、魔理沙じゃない」

「よう、アリス」

 

 驚いたような素振りを見せるアリスに、魔理沙は軽い口調で挨拶をする。

 

「どうしたのよ、急に」

「いやな、ちょっと聞きたい事があるんだ。ちょっとお邪魔させてくれないか?」

「いいわよ。中に入って」

 

 魔理沙が選んだ手段とは、やや禁じ手気味であるが、アリス本人に直接聞くということであった。答えてくれない場合もある、というかその可能性のほうが高いが、状況を進めるにはこれぐらいしないと駄目だろうと思ったからだ。もっとも、調査を始めてから時間も経ち、ある程度好奇心も収まってきたので、最悪答えがなかったとしても、これでお仕舞いにするつもりであったのだが。

 

「飲み物は紅茶で良いわね? お茶請けはクッキーと、ああ、スコーンもあるけれど食べるかしら?」

「貰えるものは貰うが、なんか機嫌がいいな?」

 

 鼻歌交じりにお茶の準備をするアリスに、魔理沙は首を傾げて言う。あの老人の死で悲しみにくれている可能性は考えていたのだが、機嫌が良いという可能性はまったく考えていなかったからだ。

 

「そうかしら? まあ、昔から悩んでいた課題が、ようやく一歩進んだから、その所為かもしれないわね」

「へえ。課題って言うと、人形作り関係なのか?」

「そんなところよ。ようやく、私の願いが叶い始めたというところかもしれないわね」

「ふうん」

 

 出されたお茶を一口飲みながら、魔理沙は上機嫌なアリスを見やる。いつもの冷静な雰囲気はなりを潜めており、まるで幼い少女のような笑顔をアリスは浮かべている。今にも踊りだしそうである、と魔理沙はそんな感想を抱く。

 

「なあ、アリス。ちょっと聞きたいんだが――」

 

 しかし、そんなことはともかくと、魔理沙があの日のことについて聞きだそうとした、その時だ。突如、キッチンの方から何かを知らせるような高音が聞こえてきた。

 

「あら、いけない。ごめんなさい、魔理沙。ちょっと待っていてもらえるかしら」

 

 そう言って、アリスは慌てたように席を立った。料理関係か何かで問題が起こったのだろうか、と魔理沙は思うものの、やはり彼女にしては珍しいことだとも思う。何でそこまで浮かれているのだろうか、と魔理沙は首を捻る。

 

 

 

 

 

「……うん?」

 

 ふと、魔理沙の視界に一体の人形が映った。今までアリスが壁になって見えなかったそれは、布製の小さな人形だ。素材ゆえにデフォルメされた顔だが、格好も合わせて見るに、どうやら男の子の人形であるらしい。

 

「アリスにしては珍しい感じの人形だな……」

 

 何となく興味が引かれ、魔理沙は席を立ってその人形の元に近づく。膝を曲げ、近くで覗き込む魔理沙であったが、

 

「……んー?」

 

 何か、人形の顔に魔理沙は違和感を覚えた。デフォルメのきいた、誰とも分からぬ顔であるというのに、何処か見覚えがあるような気がした。

 

「何だ……?」

 

 どうしてそんな風に感じたのだろうか。疑問に思い、じろじろと人形を見つめていると、

 

 

 

 ――た――――

 

 

 

「えっ!?」

 

 ビクッとして、魔理沙は周囲を見渡す。今何か、声のようなものが聞こえた気がしたからだ。しかし、いくら見渡した所で、目に見える範囲内に人の姿はない。視界内で人型をしているのは、目の前の人形だけだ。

 

「まさか……」

 

 ありえない、と思いつつ、魔理沙は目の前にある人形に手を伸ばす。パッと取れるはずの距離を、何故だが尋常でないほどにゆっくりと伸ばされた指が、いよいよ人形に触れ――――

 

 

 

「――魔理沙?」

「うおっ!?」

 

 背後からの声に、文字通り魔理沙は飛び上がった。バクバクとする心臓を宥めるようにしながら振り向けば、そこにはアリスが立っている。

 

 

「お、驚かすなよ、アリ――」

 

 言いかけて、魔理沙の口がピタリと止まる。理由は、目の前に立つアリスの、その目だ。先ほどまで喜色で満ちていたその目は、まるで氷そのものではないかと思われるほどに冷たい。身に纏う雰囲気も快活さなどまるでなく、まるで敵に対するものではないかと思われるほどに硬い。

 

「ねえ、魔理沙……もしかして、貴女、その人形を持っていこうだなんて考えていないわよね…………?」

 

 アリスの声は、異様なまでの殺意に満ちていた。今までに感じたことにないそれは、魔理沙の喉をからせ、身体を硬直させる。

 

「どうなの、魔理沙?」

「…………そ、そんなこと、するわけないだろ」

 

 色の無い目で覗き込むアリスに、魔理沙は必至の思いで口を動かし、答えた。その返答は紛れもない事実であったのだが、しかし例え嘘であっても、そう答えなければ、ともすれば殺されていたのではないだろうか。そう思ってしまうほどに、アリスの目は、顔は、声は、魔理沙に恐怖を与えていた。

 

 

 

 

 

 

「――そうなの。ごめんなさいね、疑ったりして」

 

 魔理沙が否定の言葉を振り絞って数秒、アリスは表情を一転させた。邪気のない、つい数分前まで浮かべていたものと同じその笑みが、何故だか魔理沙にとっては非常に恐ろしいものに見える。

 

「わ、悪い。今日はもう失礼するな」

「あら、いいの? まだ何もしてないじゃない」

「いや、いや。もう、今日はこれで十分だから」

 

 震える足を押さえつけて、魔理沙は飛び出すようにアリスの家を出た。もう、最初の目的など魔理沙の脳内から消えており、今はただ、この場所からすぐさまに出て行きたかった。

 

 

「――またね、魔理沙」

 

 ――た――――

 

 背に投げられた別れの言葉と、再び聞こえた謎の声。そのどちらにも反応することなく、魔理沙は飛び立つ。もう、何もかもがどうでも良かった。アリスの行動も、人形も、声も、もう何もかもがどうでもいい。今は、何も考えずに、ただただアリスから全力で離れたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は、あっ」

 

 どれくらい、全力で飛行を続けていたのだろうか。額を流れる汗が目に入ったことで、ようやく魔理沙は正気に返った。飛行によるものか、はたまた冷や汗か。流れ出るそれを拭い、魔理沙は大きく深呼吸をする。それを数度繰り返した所で、思い浮かんできたのは例の声に対する疑問だ。

 

「あの、声は……」

 

 その声には、何処となく覚えがあった。僅かばかり交友のあった、とある老人の声。それにあの声は、何処となく似ていたのではないか。そこまで考えたところで、魔理沙は大きく頭を振った。

 

 もう、これ以上魔理沙は考えたくなった。アリスの目的や、あの人形の正体。そういったことを深く考えると、とてもではないが良いことにはつながらないような気がしたからだ。

 

 特に、あの声のこと。あの声が言おうとしていたことは、絶対に考えてはいけないと、魔理沙の直感が告げていた。

 

 

 ――た――――

 

 

 思わず、声の続きを考えてしまいそうになって、魔理沙は必死で、思考を止める。

 

「……何もなかった。それでもう、いいじゃないか」

 

 あえて口に出し、魔理沙は頷く。そうしないと、恐怖に、そしてそれを越える何かに押しつぶされてしまいそうであった。

 

「私が見たのは、幸せそうなアリスの姿。それだけ、それだけだ……」

 

 何度も何度も言い聞かせながら、魔理沙は飛び始めた。家に帰って、鍵を閉めて、お風呂にでも入って落ち着こう。そう、魔理沙は決意して頷く。

 

 

 もう二度とアリスの家には行かない。それもまた、決意しながら、魔理沙は家へと帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うふ、うふふふ。これでもう、私と貴方は、ずーっと一緒。もう少ししたらもっと大きな身体も作るから、楽しみに待っていてね。うふふふふふふ………………」

 

 

 

 

 ――た――――

 




 はい、久しぶりの投稿です。最近はどうにも執筆が出来ず、随分と間が空いていますが、たぶんまだまだこの感じは続きそうです。勝手ではありますが、気長にお待ちくださいということでお願いします。

 今回は色々考えた末、アリスの二回目ということになりました。何となく、前に書いた短編のアリスの話に似ているかと思います。まあ、私の中でアリスというとこういうイメージがある、ということなのでしょうね。狂気度は、やや控えめ、なのでしょうか? 人間が数十年思い続けるならともかく、寿命の長い魔法使いが長く人を想うのはそこまでおかしい気はしないような、でも最終的に取った手段はあれなような、そんな感じ。彼の言葉を最後に丸々載せるかどうかは悩みましたが、まあ載せないほうがいいかなと、そう思ったり。

 次回ですが、ぼちぼちネタも思い浮かんできたので、何とか文章化できそうなものから、のろのろ書いていこうかと思います。可能であればリクエストの方から書いていきたいですが、どうなるかは正直分かりません。これに関しては本当に申し訳ない限りです。何度も書いてきた言葉ではありますが、どうか気長にお待ちください。ではまた。



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